翌日の朝、結局泊まっていった二人と合わせて四人で朝食を摂っていた。パレオがスタジオのソファで寝ていた俺を起こしに来てくれた。寝過ごすことはなかったが、二人を送ってく元気もなかった俺はコンビニで二人の着替えやらにお金を払い、各両親に連絡を取って許可をもらった。前から仲良くしていて、よく一緒に晩ご飯を食べてる効果はあったのか、意外とすんなり信用してもらった。
「本当に大丈夫?」
「いや、ひまりとつぐみこそ、二人でベッドで大丈夫そう?」
「私は平気だよ」
「わたしも」
自分の部屋のベッドに二人を寝かせて俺は隣のスタジオに置いてあるソファで寝たのだった。パレオにも協力してもらって本当に申し訳ないと朝起きた時に謝罪と感謝するとパレオは笑顔でいえいえ〜と微笑むだけだった。
「あ〜、バンドもバイトも休みでよかった〜」
「本当に、わたしもすっごく疲れちゃった」
「二人とも、もしかして気が向いたら帰るやつ?」
「パレオちゃんが私たちの分まで洗濯してくれたからね」
「乾いたら帰るよ」
どうやらパレオの部屋に二人の洗濯物が干してあるらしい。俺としては別に二人がいつ帰ろうと困らないためそっかと相槌を打ってソファに座った。すかさずアイスティーのグラスをパレオが置いてくれる。三人分置かれるそれにつぐみとひまりはちょっと驚きの表情をしていた。
「……すごいね」
「あれが自分の役目だって言って聞かないから」
「テキパキしてて本当に年下かって思うよね」
本当にね、少なくとも俺よりかは家事できるよパレオは。両脇につぐみとひまりが座ってきて、なんだかちょっとソワソワしてしまう。俺を挟んでくるとは思わなくてちょっと左側に寄ってたのに、まさか両サイドとは。
しかも寝間着としてライブなどで購入したパーカーを貸しているので、所謂彼シャツ的なのが二人だ。なんだか背徳的なことをしている気がしてきた。
「二股ですか、修斗様」
「違う、断じて違うよ」
パレオにはそう見えるのか。残念ながら俺は二人のこと友達だと思ってるし、二人も俺は友達でしかないから。そういう邪推はよしてもらおう。それに、万が一恋愛関係で云々ってなるとごちゃごちゃして、この関係が崩れる可能性があるから、それだけは避けたい。そりゃ他の誰かを好きっていうなら全力で応援するけど。
「……なるほど」
「まぁそんな日は来ないから安心していいよ」
俺を好きになるならまず身近に上位互換がいるからね。兄ちゃんっていうんだけど、俺たち兄弟どっちとも知り合っている状態であの人に惚れずに俺に惚れるのはマジでありえない。だからどっちとも知り合いのつぐみとひまりにおいてその可能性はゼロって断言してもいい。
「……なるほどなるほど、パレオも他人の機微には疎いという自覚はありますが」
「いや、パレオはいつも細かいところに気付いてくれて助かってるよ」
「修斗様……」
「ちょっと、いちゃいちゃしないでもらっていいですか?」
「してないよ」
ひまりにそんなツッコミを入れられて俺はすかさず反論をする。いちゃいちゃって人聞きが悪いからねそれ。つぐみはそんな俺の様子を見てちょっと苦笑いをしていたけれど。
のんびりと疲れを癒やすためにお昼まで雑談をして、リビングでのんびり過ごしてご飯の後はスタジオに移動して練習をする。
「パレオのこと、二人はどう思った?」
「……ん〜、なんていうか、やっぱりちょっと無理してるかなって時はあるよね?」
「うん、ちゃんと距離測ってると思う。修斗くんとも」
「そっか」
俺はそこまでは感じなかったけど、それも含めて距離を測ってるからなんだろうなとわかった。そりゃね、パレオにどこぞの妹のような距離の劇的な変化を臨んでるわけじゃないけど、いやむしろやめてほしい。もうちょっとマイルドなのがいいんだけどさ、それでも隣でこれからも土日は寝泊まりしていく予定なわけでしょ? それなら余計な気を遣うと精神的によくないわけだからさ。
「やっぱりあの子を蝕んでるのは、RASに戻れてないからだと思う」
「……でも、私たちにはどうしようもないよね」
「そうだね、でも……わたしはなんとかしてあげたいかな」
つぐみの気持ちの籠もった言葉に俺は頷いた。正直に言って、ロックちゃんやマスキングがダメだったことを踏まえると当事者でもない俺たちにはなんともしようがないのかもしれない。チュチュさんがなんとかすべきところなのかもしれない。でも、パレオを引っ張ることはできなくても、背中を押すことくらいはできるんじゃないかって思ってるんだよね。
「それができるのはやっぱり、シュウじゃないかな?」
「修斗くんは、パレオちゃんと一緒に居るんだから」
「……俺が、なんとかできることじゃないんだけどね」
「だからってそうやってなんにもしないままじゃ、パレオちゃんも動けないと思うよ」
今度はひまりにそう言われて俺は腕を組んで考え込んでしまう。なんもしないままじゃ、パレオも動けないって言われてもな。俺がパレオはRASのキーボードメイドだからこそだよみたいなこと言ったところで、何にかパレオの中で変化があるんだろうか。いや本当に俺が何か言うことで意味なんて生まれるんだろうか。
「わかんない」
「……わかんないって、ひまり」
「だって、パレオちゃんの問題でしょ? 意味があるかどうかなんて私にわかるわけないじゃん!」
「そんな身も蓋もないようなことを……」
「でも、伝えることが大事だって言いたいんじゃないかな、ひまりちゃんは」
「そう、それ!」
それ! じゃなくてね。俺の気持ちを伝えた時の効果とか意味とかじゃなくて、伝えることそのものが何かを変えるきっかけになるんじゃないかってことか。解決に向かうとか向かわないとか関係なく、俺は俺のスタンスをちゃんとパレオに伝えたことなんてないから。そういうことを怠らずにすることが大事ってことだね。
「さすがひまり、良いこと言ってくれた」
「ん、でしょ? これでも後輩に頼られてるからねっ!」
「……すごく嘘っぽくなったな、一気に」
「そんなことある?」
「あはは……」
「つぐ〜!」
笑い声に包まれて、俺は立ち上がってキーボードに手を添える。パレオはやっぱり、これを弾きながらの笑顔が一番いい。気障な言い方だけどさ、俺もあんな風に楽しそうに演奏したいって思えたんだよな。
そう考えているとパレオがスタジオに入ってきた。その隣には本来ここにいないはずのましろまで一緒にいた。
「修斗様〜、ましろさんがいらっしゃいましたよ〜」
「あれ、ましろ?」
「行くって連絡したのに全然返事くれないから、パレオさんに連絡したよ」
「ああ、ごめん」
「もう、事前に連絡しろーってうるさかったのシュウさんじゃん、なのにさ──」
「ましろちゃんだ〜」
「──あ、えっと……こんにちは」
なんなんだこいつは、と真剣に考えてしまった。倉田ましろは重度の人見知りでこの中だと比較的顔を合わせてるはずのつぐみや、最近は毎日いるから毎度顔を合わせてるはずのパレオにすら慣れてないから、人の影に隠れるのはわかる。ただ俺に対してのそのぶつぶつ文句言ってた態度はどこにいった?
「な、なんでひまりさんがここに……つぐみさんまで」
「昨日ライブあってさ、ヘトヘトでそのままシュウんち泊めてもらったんだよ」
「なるほど……それでシュウさんのパーカーを」
ましろは納得したように頷いた。というかましろはどうして来たのか訊いてなかった。訊ねると何故か呆れ顔をしてきた。ひまりやつぐみの前とは態度が違い過ぎる。これでも俺と実質の初対面は同時期なんだけどなふたりとも。
「今日はつくしちゃんが予約ミスっててモニカの練習なくなっちゃったから、自主練しようと思って」
「一人でする?」
「ん」
どうやら新曲を用意しているようだ。ましろはある程度自分で俺に聞かせられると思ったラインまで到達しない限り練習を秘匿する傾向にある。一応俺だって音楽のことはアドバイスしてあげられるんだけど、どうやら信用されてないらしい。スタジオから隣の部屋に戻っていきながらつぐみの呟きに耳を傾けた。
「本当に修斗くんに懐いてるんだね」
「なんか動物みたいな言い方」
「じゃあ、修斗くんが好き?」
「それは……語弊がある気がする」
好きか嫌いかの究極の二択を突きつければそりゃ好きに大別されるだろうと信じているけど、ましろはあくまで兄ちゃんのことを恋愛的な目で好きで、俺は兄ちゃんの弟だし、一緒に動画投稿することになったから自然と素に近い感じになってるだけなんじゃないかなと思ってるんだけど。
「シュウはもっとこう──なんて言うの? 自分から見た自分とさ、他の人から見た自分が違うっていうのをわかったほうがいいと思うんだよね」
「えっと……」
「──もう少し客観的に自分を見つめ直してほしい、ということですね。確かに修斗様は主観的過ぎると思います」
「それ! 」
そんなこと言われてもな。鏡に映る自分を見ただけじゃ客観性なんて皆無だし、そもそも自分のことを自分として見ないってどうやるんだと悩んでしまう。というか俺、そんなに客観視できてないのか?
「できてない!」
「断定しなくても……」
「だってできてないもん、ね、つぐ!」
「客観視っていうか、いっつも自分はダメって言うのはよくないよ」
「パレオも同意見です」
まさかの三人同時攻撃を受けて俺はそうかなぁと首を捻った。自己評価が低いって言いたいらしいけど、俺としては妥当というか、そもそも高くしてナルシストみたいに思われるよりは低い方がいいんじゃなかろうかと思うわけで。それに事実として本当に俺には誰もが認めるであろう完全上位互換である兄ちゃんいるし。
「上位互換、ですか」
「成績も、運動も、もちろん音楽だって、俺は兄ちゃんに何一つ勝てないし」
コミュニケーション能力も、もちろんそうだ。俺は兄ちゃんに勝てるものが存在しない。その分いつだって目標でいてくれる憧れの存在でもあるんだけどさ。だけどそれに対して強く否定をしたのは、他でもない、兄ちゃんに恋をしていたはずのつぐみだった。
「そんなことないよ、浩介さんに負けないところがあるってわたし知ってるから」
「いいんだよ、別に勝ちたいわけじゃないし」
「……修斗くん」
目標になるけど、勝ちたいわけじゃない。負けてても別にいいんだよ。重要なのは上がいるっていうことでもっと頑張ろうって思えることだから。流石にコミュニケーション能力はこう、向上しようって思ってもこれ以上は無理だなって思ってるところあるけどさ。
──その後はパレオの部屋で二人は着替えて、それを送っていってやっと落ち着いた。正直な話、つぐみとひまりが相手と言っても、やっぱり女の子なわけで、ずっと家にいてサイズの合ってないダボっとした部屋着姿というのは健全な精神の男子には毒だった。
「私もお兄ちゃんのパーカーとか部屋着にしたらドキドキしてもらえるかな」
「してもらえないでしょ」
「なんで?」
「なんでって、お下がり着せてる感覚になるから?」
俺も小学校高学年から中学始めくらいの時は兄ちゃんのお下がりで過ごしてたよ。成長が早いから服を買うと勿体ないって母さんに言われたからね。きっと兄ちゃんとしては彼シャツ的な感覚よりはお下がりな気がする。俺がひまりやつぐみにドキッとしたのは同級生が相手だからだし。
「むぅ……そんなに私、子どもっぽいかな?」
「……まぁ、言動は」
「シュウさんから見ても?」
「そりゃもう」
でも言動だけなので自分の胸を持ち上げるのはやめようね。本当に言動は俺でも幼いなぁって思う時あるのにひまりと勝負できそうなくらいの身体つきなの、なにかのバグだよね。後つぐみは割と自分が幼児体型っぽいの気にしてるフシある──ひまり曰くだけど、らしいのでやめようね。
「ましろさんのおっぱい羨ましいです〜」
「お前のご主人様は女の子でしょう」
「……修斗様は大きな方がお好きでしょう?」
はいはい、パレオのご主人様はチュチュさんだから。あの子は逆にスタイルいいと怒りそうな気がする。なんというか、並ぶと悪い意味で同じ年には見えないからね、二人は。そういう意味だとパレオとましろが並んでもどっちが年上か迷うことになる気がするけど。実はましろのが年上なんですよ。
「私は、パレオさんみたいな身長ほしいな」
「いいこと少ないですよ〜」
「大人っぽいし、ほら、身長高いとクールな感じしない?」
「……ですね」
あ、地雷踏んだ。だが自分のコンプレックスを俺にしか明かしていないのでパレオはギリギリ踏みとどまって笑顔を維持していた。プロ根性すごいな。
──まぁこの後、俺がどういう目に遭うのかなんてわかりきっているが。
「パレオ?」
「はい」
「離れてほしい」
「ダメです」
そしてましろがまたもやパレオの作るカレーに舌鼓を打ち──甘めに作って俺は後からスパイス盛ったけど。送って家まで戻ってきた瞬間、パレオはソファに座ったタイミングを狙って甘えてくる。ダメですじゃないんだよ。このメイド、わんこも兼ねてるせいで割と甘える時はわがままなんだよな。
「……大丈夫、パレオはかわいいよ」
「本当ですか?」
「本当だよ、少なくともクールとは思わないよ」
「……ん」
今日はふとした一言だったせいか、それとも相手が純粋無垢で悪意のないましろだったからか、ウィッグすらも着けずに風呂上がりのしっとりとしつつ温かい黒髪のまま撫でると大人しく目を閉じた。はっきり言うとこの生物にクールとかカッコいい要素を一切感じない。もっと真面目な委員長の顔を見せてほしいところである。
「……恥ずかしいので、嫌です」
「それは恥部なのか」
「でも、ご主人様がお望みなら……この姿でご奉仕を」
「妄想と現実をごっちゃにしてないでほしい」
ただ、膝に寝転がり始めて寝息を立て始めたパレオに、俺は結局なにかを言い損ねてしまった。明日は花音さんとマスキングのお茶会に誘われてるし、その時に色々と話してみるかな。というか多分花音さんはそれを目的で誘ってくれてるフシがあるし。