今日は松原花音さんにお茶に誘ってもらっていた。そう、ここまではいい。割とよくある誘いなので緊張は特にせず、自然体で行ける。そもそもそこまで浅い知り合いでもないし。
でも今日はそこにもうひとり、ティーブレイクが似合いそうにない人が一人参加することになっていた。しかもあんまり話したことのない人で、俺はやや緊張気味に集合場所の羽沢珈琲店へとやってきた。
「あ、こんにちはシュウくん」
「……花音さん」
「どうしたの?」
湿度を伴った晴れた日のことだ、不思議じゃないんだけどばったりと出会った花音さんの姿に俺はすごく清楚系お嬢様という感覚がしていた。かわいらしい日傘に俺の語彙力じゃとてもじゃないけど解説しきれないかわいらしいワンピース。結構一緒に出掛けることもある人なのに、ドキドキしてしまう。
「ふぅ、暑いね……先入って待ってようか」
「そ、そうですね」
「うん」
微笑みすらもすごく清涼な風を運んでくれる。行きつけのはずの珈琲店がすごく特別なデートコースのように感じてしまうほど、今日の花音さんはかわいかった。もしかしてデートしてました? ってレベルだ。すると、なんとなくその服に言及しないといけないんじゃないかという焦燥感にかられた。
「そ、その服、かわいいですね」
「ふふ、シュウくんに会えるから気合入れてきたんだ……♪」
「なんですか、その世の男性全てを勘違いさせれそうな魔法の言葉は」
「ふえぇ、シュウくんって明言してるのに……?」
それはたしかに。でもその名前の部分を〇〇とかにすれば完璧に世の男性全てになりますよ。俺はちょっともしかして花音さんって俺のこと好きなんじゃって思いました。
まぁそんなありもしない恋愛フラグは置いといて、今日はデートじゃないんだよ。
「どうもッス、花音さん! おまたせしました!」
「大丈夫だよ、こっち座って」
「失礼しますっ!」
──マスキング、RASのドラム担当でありかつては狂犬とまで呼ばれたフリーのドラマーだ。春ごろはスカジャンといういかにもなヤンキースタイルだった。真夏は流石に控えてるみたいだけど。
「よう修斗! 」
「うん、なんか久しぶりな感じするね」
「確かにな、まぁお前もあんまりスタジオ来なくなってるからな」
軽く挨拶を交して、俺は花音さんとマスキングと向かい合う形になる。そんなメンバーを注文を取りながら二葉さんが不安そうな顔をしていた。安心してほしい、花音さんは見た目の通りすごく無害だし、マスキングも悪い人じゃないから、見た目とは違ってすごく面白い人だし。
「……今の子、かわいかったな」
「二葉つくしちゃんって言うんだよ、シュウくんの妹さんの友達なんだって」
「お前妹いたのか」
「精神的な問題だけどね、今上げてる動画でボーカルやってくれてる子」
「ああ! あの子か!」
マスキングはパレオを説得にきた際に一度だけ顔を合わせたことがあった。その時はましろが泣いて俺に隠れたという逸話付きだ。キミは初見でまず間違いなく不良とか暴走族ってイメージがつくから、しかもかわいい子に反応して顔近づけるのもやめた方がいいと思う。それで何人の女の子を泣かせてきたんだ。
「人聞き悪いこと言うなよ……で、もしかしてパレオのことで作戦立ててくれたのか?」
「作戦を立てた、というか立てるって言った方がいいかな」
「そのための情報収集がしたかったんだよね?」
「そうです」
情報収集、というのは具体的に言えばパレオにとって地雷原と化しているためイマイチ判然としない「チュチュさんと何があったのか」という部分だ。なんかチュチュさんにとって自分がもういらなくなったから、としか言われてないため、現実に何があってどうして今はRASから離れてるのかわかってないんだ。
「……あれな、チュチュに後から訊いた話だと、結構ヒドい言葉掛けてたみたいなんだよ」
「ヒドい言葉、か」
一言一句はチュチュさんに直接聞かないといけないから、無理としてもどうやらパレオがチラっと言ったように、いてもいなくても変わんない的なことを言ってしまったらしい。それは、パレオにとって絶望以上の何者でもなかっただろう。
──自分はチュチュさんに必要とされてる。それはRASが
「ちょっと前にさ、ライブしたんだよ。キーボードは打ち込みで」
「うん、パレオがそう言ってた」
少しだけほっとしたような声で、よかったと呟いていたのが印象的だった。その後、結局不安だったのか、それとも何かを伝えたかったのか、やけに甘えてきたのは言わなくていいとして。
でも、成功したんだよね? そう訊ねるとマスキングは首を横に振った。
「……改めてパレオがいねーと、ダメなんだなって思った」
「パレオのキーボードは、RASの心臓に近いって、兄ちゃんも言ってたよ」
「心臓、か……確かにそうかもな」
実際にRASの音楽のリズムを担っているのはキーボードだ。そしてそれを奏でながら前列でかわいらしく動き回ることこそが、パレオがRASにおける生命線である証左なんだと思う。それは、同じくリズムを担っているマスキングにはよくわかることだと思う。まぁ、彼女の場合は隙あらば暴れようとする狂犬だけど。
「パレオは、なんでもできるんだよ」
「なんでも?」
「はい、あいつはパフォーマンスが目立つのはもちろん、他のフォローに回るのも、ライブを自分の独壇場にするのも、全部できるんスよ」
「うん、それが抜けるとやっぱりいまいち物足りなくなるよね」
「そっか、じゃあ」
「成功だなんて、言えるレベルじゃないっす」
今はいいだろう。ファンも休みなのかなってことで納得するけど、それが続けば下手すると本当にRASにとって危機的な状況になりかねない。ちょっと落ち込み気味に語るマスキングに花音さんは優しく相槌を打って雰囲気を和らげていた。
俺はそんな話を聞いて、改めて自分の考えを打ち明ける。
「パレオ、最近楽しそうじゃないんだよ」
「楽しそうじゃない?」
「はい、キーボード弾くことあるんだけど、やっぱり
「違う……か」
「あの子にとってはもう、RASとキーボードは切り離せないものなんだよ」
それを、無理やり切り離してる。そうやって、切り離してると自分に言い聞かせることで本当の気持ちを隠してしまっているんじゃないかって俺は考えてる。なによりパレオはウィッグをつけずに学校にいる姿を「本当の私」と形容していたけど、俺は違うと思ってる。初めて会ったキラキラとかわいい笑顔を見せた姿こそが、パレオの本当の姿だ。
「RASのキーボードメイド、それがパレオの本当の姿だよ」
「……修斗」
「だから、俺が話してみるよ。マスキングはいざとなれば三人がかりでチュチュさん引っ張ってきて」
「おう!」
「私にもお手伝いできることがあれば言ってね」
「ありがとうございます」
でも正直、こうやって連絡手段がなかった俺とマスキングの話す場所を設けてくれた時点ですごく助かってる。あんまりRASの情報とか入らなかったし、万が一パレオに見られるとちょっと地雷踏んじゃってることになるからね。
──それからは三人でお茶を楽しむ。意外だったのはマスキングと花音さんがお菓子作りで盛り上がってたところだった。
「マスキングお菓子作りできるの?」
「まぁ趣味程度だけどな」
本当に見た目のキャラと中身が違いすぎる人なんだよな。かわいいものが好きでスカジャンもうさぎのキャラがついててかわいいから着てるっぽいところあるし。ロックちゃんを勧誘したのはマスキングの家の地下にあるライブハウスのバイト先でかわいかったかららしいし。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
最後に改めてマスキングに頼むなと言われて頷き、家に戻るとパレオはどうやら家事をしていてくれたみたいだ。なんだか当たり前に感じてしまうが、そうじゃないんだよな。俺はソファに座ってお茶を淹れてくれたパレオに手招きをして隣に座ってもらった。きょとんとしていたけど、パレオは自分をメイドだと自称して憚らないため拒否することはない。
「どうかされましたか?」
「うん、今日マスキングと花音さんとお茶したんだ」
「……そう、ですか」
マスキング、という名前を聞いたことで明らかにパレオの表情が変化する。苦しそうな顔、そんな表情をされると俺も苦しくなる。でも、このままでいいわけがないのも同じ気持ちだから。マスキングからされた話をしているとパレオは手をこっちに伸ばしてきて、俺はその手を握るとちょっとだけほっとしたような顔をした。
「勝手なこと言うね」
「はい」
「RASは、このままじゃダメになっちゃうと思う」
「……だめに」
「うん、パレオのキーボードがないと、このままじゃ成り立たない」
だからこそ、パレオは帰るべきだと思う。そんなことは言わずに──これはわがままになってしまうけど、パレオがいてくれた時間が俺にとっても無くしがたいものだって思っちゃってる部分があって、俺はそれが自分で嫌になったけれど。
──でもパレオの表情は今にも泣きそうなものになっていた。
「修斗さんも、私のことはいりませんか……?」
「どうして」
「だって、私がいらないから、必要ないから……追い出そうとしてるんじゃないんですか?」
「そんなわけないでしょ」
首を横に振る。俺は、パレオがいらないとか、そういう話をしてるんじゃなくて。パレオがちゃんとパレオでいられる場所はRASにあって、RASは──チュチュさんはパレオのことをちゃんと必要としているってことだ。いらない、なんてことは絶対にない。特に今はすごくチュチュさんも暗い雰囲気で、みんな帰ってきてほしいって思ってるんだよ。
「いらなく、ないですか?」
「むしろ、パレオはモテモテなんだよ。引っ張りだこだ」
俺だって、パレオがいてくれた日々はすごく楽しかったよ。相手が女の子だからちょっと困ったこともあったけど、一緒に演奏したり、音楽のことで相談したり、ここ最近帰ってこれない兄ちゃんがいなくて寂しいなって思っていたはずの夏休みが、すごく彩り豊かなものになった。パレオのおかげで、俺はすごく幸せだった。
「……私も、パレオも楽しかったです」
「でも、パレオが音楽やってる時にちょっと寂しそうな顔してるの、知ってたよ」
「あ、あはは……バレちゃってましたか」
「そりゃあ、半分無理やりだけど、ご主人様やらされてたからね」
すごくしっかりもので、でもいつも笑顔はかわいくて、ふとした時に甘えん坊で、そんなパレオといる時間は本当に好きだった。だけど、パレオが本当に心の底から笑顔でいられる場所は俺の傍じゃなくて、チュチュさんのところ、RASがある場所なんだから。
笑顔でチュチュさんのことを話すパレオが、俺が知ってる本当のパレオだ。
「しかし……チュチュ様は本当に、そう思ってくださっているんでしょうか」
「不安?」
「……はい」
大丈夫、その辺は。マスキングからチュチュさんのパレオ欠乏症は聞かされてるし、本人も色々あって反省してるっぽいから。今度は四人で来るからって言ってたしね。
「けれど」
「どうしたの?」
「いえ……あの、ちょっとだけわがままを言ってもいいですか?」
「もちろん」
パレオは俺の言葉にありがとうございますと頭を下げて、それから身体を自分の方に向けてほしいと言った。素直に従うとパレオはなんと俺に抱きついてきた。正真正銘、間違えようのないハグだ。肩に頭を乗せられたり膝枕をしたりはしたけど、こうやって密着することはなく、更に女性とハグなんてほとんどしたことのない俺は慌ててしまう。
「ぱ、パレオ……?」
「パレオは、浮気性のダメなメイドです。チュチュ様のことを忘れて、修斗様に忠誠を誓うって決めたのに……ほっとしています」
「い、いいんだよ……というか反抗期だから出てくテンションじゃなかった?」
「う……そ、それは……修斗様が、その、あれです」
「どれですか」
「……チュチュ様がこのままお迎えに来てくださらないのなら、それでもいいと思わせたせいです」
俺のせいか。何もしてない気がするけど、さてはあれか。家事とか任せすぎてダメ人間だと思われたとか? まぁ確かに女子中学生をメイドにして家事全般やってもらってたって事実はあまりにダメ人間すぎるけども。
まぁそれはどうあれ、名残惜しいとか思ってくれてるらしい。後頭部に手を添えて撫でていると俺もじんわりと名残惜しいと思ってしまった。
「──多分、明日には迎えに来てくれるよ」
「そうしたら、お別れですね……」
「いや隣に住んでるし、しばらくこっちにいるでしょうパレオ」
「ですが、こうして修斗様をご主人様と呼ぶわけには、もういきませんから」
「別に俺はそれを強要してたわけじゃないんだけど」
「最後ですから、パレオのこと好きにしてくださっても構いません」
「構いますので滅多なことは言わないでほしい」
むしろ俺はパレオのご主人様でいたせいで妄想と現実の区別がつかなくなってるのではと恐怖してるんだよね。何故か妄想の中身のモデルが俺になってきてるし。ますます過激さを増していた気がするからね。この子はその妄想を出力したものを俺の名前のフォルダで管理してるせいで楽譜の情報のために端末を貸してもらった際、うっかり開いてしまったことがあるってだけで。
「それでは、ありがとうございました、修斗さん」
「シュート! パレオが世話になったわね……
「どういたしまして」
──その翌日、実に感動的な元の飼い主との再会は割愛しておく。人んちの前でやられるとちょっと恥ずかしいからやめてほしかったんだけど、まぁパレオもみんなも嬉しそうだし、まぁいいか。