①:とある夏のひととき
中学時代、まさに同年代の女性と関わることなく過ごしてきた俺が高校時代に入り、兄ちゃんの影響もあって急激に増えた女性との関わり、その中で一番会話を重ねたのはつぐみだと思う。羽沢珈琲店に通って暇な時や休憩中に向かい合っておしゃべりをして、仲良くなっていった。
だけど、最も一緒にいる記憶がある人物はつぐみよりもひまりだ。羽沢珈琲店で会うことがほとんどのつぐみとは違って、ひまりとはどこかへ出掛けることが多いのがその一助だろう。
「シュウ、明日って午後から暇?」
「練習どうしたの?」
「つぐが生徒会で、蘭が家の事情、モカがバイトでさ、巴もなんかあこと出掛けに行くって」
「つまりひまりだけが暇なのか」
「元々練習の予定で、モカがリサさんのヘルプだもん!」
「でもみんな素早く予定組み立ててるのに」
「私も今から予定立てようとしてるところっ」
だからこんな気軽に出掛ける誘いを掛けてくる。俺としても他の人、例えばつぐみや花音さんに「午後から暇?」と訊ねられたら少し身構える。でも、ひまりはそんなこともなく、いいよと気軽に言える相手でもあった。高校でなんとなーく友達付き合いが薄めの俺にとってはすごくありがたい存在だ。
「うちで自主練でもしてく?」
「それもいいけど、ほら見てこれ」
「どれどれ?」
スタジオのソファに並んで座りスマホを見せられて自然と距離が近くなる。それは肩が触れ合うくらいの距離感で。相手がひまりだから、気を遣わなくていいダチだから大丈夫──というとそうでもない。
なんせひまりは本人も自覚があるのかどうなのかわかんないけど相当な美少女だ。おまけにコンプレックスなため口には出さないがスタイルのせいで身長の割に周囲より体重が多い。それを世の男性的には全肯定したくなるような、ごめん語彙がないからストレートに言うけどおっぱいとおしりがでかい。でも太ってるわけじゃないってところがまたプラスポイントな気がする。
「かわいいパンケーキでしょ?」
「俺は女子が口にする食品をかわいいって言う感覚がわかんない」
「かわいいでしょ!」
そんなひまりと肩が触れ合う、どころか腕を組まれてその胸の柔らかさがわかる距離に来られると一瞬で健全な男子高校生である俺は邪な思考で頭がいっぱいになってしまう。ひまりのことを意識しないでいられるのは一定距離までだと俺はこの一年の関わりですっかり身にしみていた。
「これ、行きたいの?」
「カップルで来ると特典あるんだって」
「世の非リアにケンカ売るよね」
「女の子二人でももらえるもん」
「男二人でもらえるのかな」
「いやぁ……それはどうだろうね」
女性同士のカップルがありなら俺と兄ちゃんが二人で行っても特典をもらっていいはずだ! ただ世の中は不平等なのでそうはいかないのが現実だ。そもそも冷静に考えて俺が店員で男同士の兄弟がカップルですって来店されたら上司に「どうしますか?」って訊ねてしまいそうだけど。
「ほんとはモカか巴と一緒に行こうかなって思ってたんだけど」
「二人とも予定が入ったと」
「そう!」
「だから俺か」
「そう!」
そう! じゃなくてね。ひまりって時々幼馴染に蔑ろにされてるよね。ちょっとかわいそうになってきた。別に俺としては問題がない。パンケーキは好きか嫌いかでいうと回答に困ってしまうっていうのが唯一の懸念材料ではあるけど。
とはいえ日程としては全然問題ないし、俺はその誘いに乗ることにした。
「いいよ、明日の午後、集合は?」
「シュウんちまで迎えに行くから大丈夫」
「わかった」
俺は頷くと今度はインスタの画像を見せてくる。フォローしている友達や興味のある人の画像は、夏休みを満喫しているのが多いという印象があった。色んなところに旅行して、そして景色や食べ物をカメラに収めているようで、ひまりはキラキラした顔でここに行きたい、これ食べたいと話していた。
「ひまりは時間が足らなさそうだね」
「そりゃもう、全然!」
「いいね」
来年になればきっと受験とか考えて気軽に時間を使えなくなる。そう考えると俺やひまりにとっては高校生の間で最後に遊び倒せる夏休みなのかもしれない。もちろん進学するつもりならまだまだ夏休みはあるんだけど。
ひまりはそれをわかってるのかわかってないのかはさておき、すごく有意義に過ごそうとしてる。そういうところがひまりの一緒にいて楽しいところだ。
「え〜、シュウは暇なの?」
「そりゃあね、バイトとかもないし」
「じゃあさ、残りの夏休み、私と一緒に暇じゃなくしてみない?」
「それは、どういう意味?」
「どういう意味もこうも、お互い暇なら遊びに行ったり、こうやって時間合わせて自主練したり……そう! どうせ暇だなって家でダラダラしてるなら──私に振り回されてみない?」
俺に顔を近づけて満面の笑みでそんなことを言い出す。
夏休み最初の方はパレオのことばっかりで、あんまり出掛けることもなかったしひまりの誘いを断ることも多かった。でもワンドルのライブは楽しかったし、やっぱりひまりと一緒にいるのは楽しい。俺としては嬉しい提案に思えてしょうがなかった。
「……振り回すつもり?」
「だって、シュウは行きたい場所とかそんなにないでしょ?」
「ないね」
「私はいっぱいあるもん! だから振り回されてよ」
「しょうがない。振り回されてあげる」
「とか言って、シュウは私のこと大好きだもん、楽しんでくれるでしょ?」
「そりゃね」
大好きって言葉にちょっとドキっとさせられる。女性経験のない俺からすると友達とはいえ、異性間で好きって発するのはそれ相応のリスクというか変な誤解を招きかねないんじゃと思ってしまう。好きって実は俺に気があるんじゃね? って現象だ。中学時代にそんなこと言われたらこの瞬間からひまりの一挙一動が気になってしまうところだった。
「修斗様〜、あなたのパレオが帰ってきましたよ〜♡」
「おかえり、言い方なんとかしようか」
「事実です」
雑談をして、また練習して雑談をして、すっかり日が暮れてひまりがシャワーを浴びたいと言うのでお風呂を貸しているところでパレオが帰ってきた。メイドではなくなったはずなのに相変わらずパレオは夏休み突入直後のテンションで接してくる。それは広義の意味では浮気になるんじゃなかろうかと疑ってるんだがどうだろう。
「チュチュ様は、そっちにいる間くらいは貸してあげるわ、と仰っていましたので!」
「借りてるのにあなたのとか言わせてるのはアウトじゃない?」
「パレオが言っていることなので大丈夫ですよ〜」
いやそれ以前に慣れてきてたせいでなんとも思わなくなってたけど、中学生に様付けされた挙げ句にあなたのとかメイドとかペットとか言わせてるの、実は何かしらの犯罪になるのでは? 俺、最悪死刑になってもおかしくないのでは?
「愛があるので
「……愛?」
「愛着も愛ですよ、修斗様」
「ま、まぁそうなのか……?」
「はいっ」
要するに本人が納得してる、それを望んでるから大丈夫ってことなんだろうか。それに愛着ってすごく物に付けるような言葉に感じてどうなんだって思っちゃうけど、パレオに愛着があるのは事実だと思う。そもそもあんな風に甘えられて頼られて、嫌いだなって思うわけがない。
「あ、パレオちゃんおかえり」
「ひまりさん、今日はお泊りですか?」
「んーん、午前中は用事あるから」
パレオが鼻歌交じりに唐揚げを揚げてるとひまりが風呂から上がってきた。うちでも比較的長風呂の傾向があるひまりが思っていたよりも早く戻ってきたことに対して、俺はさてはこいつ唐揚げにつられて出てきたか? と疑いの眼差しで見ていた。今日はまた兄ちゃんがいないので、ご飯はこの三人ということになる。
準備をして、唐揚げと味噌汁、そしてサラダとご飯というメニューになった。パレオが鶏もも肉が安くて〜と笑顔で買ってきたためたくさんだ。
「浩介さんお忙しいですよね」
「ほんとに、前にテレビ出てからすっかり話題になったみたい」
「そんな人にサマフェス来てもらうの、なんか緊張しちゃうかも……!」
「パレオも身が引き締まる思いです」
兄ちゃん、どんどん有名人になっていくよな。もしこのまま有名になったら、住所とか特定されてカメラがその辺うろつくようになったりして。そんな冗談めいたことを言うと、パレオは少し神妙な顔つきになった。ひまりも首を傾げており、なにかまずいことでもあるんだろうかと訊ねるとパレオはゆっくり言葉を紡いだ。
「──山本浩介、五股お家デート、話題のイケメンギタリストはハーレム王」
「なにそれ」
「未来に書かれるであろう熱愛報道とか大好きな雑誌さんの記事です」
「あ、あー五股って」
うちに来る女の子の数は、隣のパレオ、ましろ、ひまり、つぐみ、あと偶に花音さん──ほんとだ五人だ。これが兄ちゃんの家に入っては出てを繰り返すんだからハーレムを形成してるって思われるってこと? 確かにそれはまずいかもしれない。何がまずいって事実無根なこと以上に巻き込む人数が多すぎる。
「じゃあお兄さんが今よりもっと有名になったら、私たちあんまりここ来たらまずいってことだね」
「ですね」
「……そっか」
確かに、そう考えるとパレオが神妙な顔になるのもしょうがないか。今の生活、多分パレオは楽しいし好きなんだろう。ひまりも、そう思ってくれてるし俺だって。
でも、俺のわがままで兄ちゃんの夢を邪魔するのはよくない。だから俺は駄々をこねるんじゃなくて、何か対策を立てるんだ。
「まぁ単純な方法としてはシュウが一人暮らしすることだよね」
「そうだね、そうするとバイトしなきゃか?」
「でしたらパレオとお部屋をシェア致しますか? これでもチュチュ様からお小遣いはいただけておりますし、両親はなんとか説得して中学を転校してもパレオは一向に構いませんが」
「それはご両親に申し訳無さ過ぎるから構ってあげようね、パレオ」
そもそも男とシェアハウスするから転校しますって両親に説明するのは下手すると俺が殴られるまであるだろ。
──ご飯の片付けをして少しのんびりしてからひまりを送るかということになった頃、パレオがチュチュさんに相談してくれたらしく返事が来ましたよと教えてくれた。
「しばらく部屋を貸してもいいわよ、余ってるからということらしいです」
「……ああ、あれマンションだもんね一応」
「チュチュ様のご両親のおうちでもありますからね」
他の入居者がいないからつい忘れがちだけどあれ、スタジオに見せかけて実家でもあるんだよな。どうやら兄ちゃんに聞いた話だと本人が言いたがらないからあんまり口にはしないが両親共にプロの音楽家らしい。そして親バカなんだとか。もちろん二世として期待されたチュチュさんは幼い頃から努力し続けたが結果が出ず、だがそこで甘やかされ続けたチュチュは一時期は音楽そのものに対して復讐しようとすらしていたらしい。そのための手足が──『RAISE A SUILEN』だった。
「今では、楽しそうにターンテーブル回してるよな」
「はい、それにRASのことや音楽を愛していらっしゃる、素敵なご主人様です」
「とりあえず厚意は受け取って、兄ちゃんとも話してみるよ」
「かしこまりました」
ひまりからも色々と考えてみるねとLINEが来ていて、ひまりもパレオも俺と同様に兄ちゃんの夢を邪魔しないという大前提がありつつ、この時間を大切に思ってくれてるんだということがわかって俺はなんだか嬉しくなってしまった。ただ、ましろ辺りはあんまり兄ちゃんちに近づくのはよくないってことに反発しそうな気がするけど。それは俺はあんまり関与しないから。