フェスが終わった後、俺たちはひまりたち『Afterglow』と合流して打ち上げを焼肉屋でしていた。本当はパレオもRASを巻き込んで参加する予定だったんだけど、それを引きずって「No!」と言い切ったのはパレオの主人でもあるチュチュさんだった。その時の残念そうな顔と珍しくチュチュさんの言葉に反論したのが印象的だったけど。
「ど、どうしてですかチュチュ様」
「時間がないからよ」
「そうですよパレオさん、まだ中学生なんですから!」
「そんな〜」
「どんまいパレオ」
「修斗様ぁ……」
そんな顔をされても条例とかで、夜遅くに中学生が出歩いていたら補導されるんだからしょうがない。といってもパレオを一人というのもかわいそうなのでチュチュさんが家に泊めることを約束していたら嘘みたいに元気になってたのはパレオらしいといえばそうなのかも。
──まぁ、そんなパレオはさておき座敷席を占拠しての打ち上げはわいわいと盛り上がりを見せていた。
「さぁ、幾らでも食べてちょうだい! パーティは思いっきり盛り上がらないと楽しくないもの!」
「さすが〜、モカちゃんかんげき〜」
「ちょっとモカ、だからって食べすぎないでよ」
「蘭はしんぱいしょーだね〜」
弦巻さんの言葉にみんななにも疑問に思わず食べてる。しかもコースとか食べ放題じゃなくて一個一個に値段がついてるのに。俺はこそっとひまりに大丈夫なのかと確認すると、早速頼みたいだけ頼んでる彼女はきょとんとした顔をしてから、大丈夫と明るい顔をした。つぐみもそれに続いて頷いた。
「こころだし」
「気にしなくて大丈夫だよ、こころちゃんがそう言ってるんだから」
「え……でも」
「ほらほら、シュウも何か頼みなよ!」
まぁでも、この状態で俺ひとりが遠慮しても何も変わらないだろうということで諦めて色々と注文する。早速やってくる肉を焼き始めているとその匂いで空腹感が刺激される。昼に結構牛串食べたのに、隣にいるひまりはもう視線が網で焼かれる特上カルビにしか向いてなかった。
「あむ、ん! んくっ、ぷはぁ! いやぁ、打ち上げに焼肉ってサイコー!」
「ああ! 飲み物もうまいな!」
「ひーちゃんもトモちんもおっさんみたいですな〜」
「まったく……」
「あはは……あ、修斗くん、サラダ食べる?」
「ありがとつぐみ」
「え〜、シュウは男の子なんだからもっと肉だよ肉!」
「テンションが酔っ払いなのはなんで……?」
「ひーちゃん場酔いするタイプなので〜」
俺は『Afterglow』の席に花音さんと一緒に入れてもらった。もう一つはモニカ五人に兄ちゃんと弦巻さんという組み合わせだ。チラリと向こうを伺うと兄ちゃんは壁側の席で向かいの瑠唯さんとおしゃべりをしながら隣のましろを構っていた。すごい、その上余裕を感じている。これがモテる男ってやつなのか。
「シュウ、シュウ! これもおいしーよ!」
「ああもう、めちゃ酔ってるけど本当にこれアルコール入ってないの?」
「ジュースのはずだけど……」
「はは、ひまりは本当にシュウのこと好きだよな!」
「うん」
「あ──あはは、ありがとう」
好きって何気ない言葉と、それをあっさりと肯定するひまりの笑顔に心臓が跳ねた。くっつかれると、距離を詰められると、俺はすぐにひまりを女子として意識してしまう。それがちょっとだけ悔しいというか、
「……いつも思うけどさ」
「はい?」
「ひまりと磯村って、付き合ってないんだよね?」
俺とひまりの距離感を疑問に思ったのか美竹さんにそんなことを言われてしまう。すると巴も青葉さんもそれがまるでどっちかわからなかったようにちょっとだけ興味深そうにこちらを見ていた。花音さんはニコニコ顔で何も言ってくれないし、もう片方の隣にいるつぐみですらじっと俺を見るだけだった。
「そんなわけないよ、ねぇつぐみ?」
「う、うん……でも、すっごい仲良しだよね」
「そーだよね〜、ひーちゃん学校でもすぐシュウが〜シュウが〜って言うもんね〜」
「そんなに言ってるかな、私」
「言ってる言ってる」
「ふふ、ひまりちゃんはバイト先でもそうだよね?」
「そうっすね、おかげでカレシいる前提みたいになってますよね」
俺はそこで驚きを隠せなかった。どうやらひまりたちのバイト先であるファストフード店の中だと俺は既にカレシ扱いをされているらしい。ど、どうりでたまに行くと主婦の人にすごく優しく対応されるのか。あれはひまりの知り合いのたまに来る人じゃなくてカレシだと思われてたのか。
「いや、悪いけどシュウ、お前がひまりのカレシだと思われてるの、バイトだけじゃないんだ」
「……え?」
「確かそれってモカのせいじゃなかったっけ?」
「あ〜、リサさんにテキトーにしゃべってたら〜、いつの間にか〜ってやつですな〜」
「いや、そもそもひまりにカレシがいるって話、テニス部内でも当たり前だからな」
そこで俺は──いやひまりも言葉を失っていた。なんでひまりが驚いてるんだよというツッコミは当然あるけど、どうやらひまりとしてもそれは寝耳に水だったようで、一気に酔い──じゃなくて場酔いが醒めていったようだった。そしてゆっくりと今の自分がやってること、つまり俺の腕に抱きついてる現状を冷静に俯瞰し、元に戻って顔を赤らめていた。
「……うそ」
「うっそで〜す、って言えたらね〜」
「も、モカぁ〜」
「リサちゃんが信じちゃってるのが一番問題かもね」
「そうですね、あのひとは人脈すごいですから」
それをどうにかするには勘違いを改めてもらわないとなんだけど、こういうのって本人たちが否定してもなんともならないんだってことはよく知ってる。そういう人を俺は知ってたから余計にそう確信していた。
ただ、事実としてここにいる人くらいには違うってことを伝えておかないと、ひまりにも迷惑を掛けるからね。
「ひまりと付き合えるなんて思ってもないよ」
「そうか? アタシは結構お似合いだって思うけどな?」
「やめてよ、俺の学校でもアフグロの演奏聴いてひまりにガチ恋したって言ってる人もいてさ──」
ひまりはモテる。いわば選り取り見取りの状態で、もしかしたらすごくいいカレシさん候補もいるかもしれない。なのにわざわざ俺と噂が立ってもいい気分はしないだろう。そこでチャンスを逃すなんてなったら俺だっていたたまれないし。そんな風に反論するとそれに対して美竹さんは大した興味もなさそうな顔をした。
「別に……どうでもいいけど」
「そうだよね、ごめん」
「いやあんたじゃなくて、ひまりに、なんだっけ?」
「ガチ恋?」
「それ、それがあんたとひまりが付き合っちゃいけない理由になるの?」
「えっと、え……?」
「らーん〜、おかおがこわいよ〜」
俺としては笑って流してほしい内容だったのに、美竹さんはなんだかすごく怒っていた。向かいの赤メッシュでツリ目のちょっとキツそうな彼女に睨まれて萎縮していると、ひまりがいいよと、冷たい声を出した。すごく、今まで聴いたことがないくらい突き放すような声で、ひまりはいいよと呟いた。
「シュウはこういうやつだから。蘭が怒ってあげる必要なんてない」
「……でも、ひまり」
「蘭ちゃん」
「つぐみ……ごめん、ひまり」
「大丈夫、ちょっと席外すね」
そう言って、ひまりは立ち上がりトイレの方向へと歩いていく。気まずい沈黙が流れしてしまった中で俺が考えていたのは「この流れは俺のせいなのか?」というものだった。そんな内心を半ば肯定したのはつぐみの優しくて厳しいフォローだった。
「ひまりちゃんは、修斗くんと遊びに行ったあと、絶対楽しそうにお話してくれるんだよ」
「……うん、ひまりすごく楽しそうで」
「だから、蘭はどーなんですか〜ってしゅーとくんに訊いたんだもんね〜」
「どうなんですかって」
「そんなの、お前がひまりのことどう思ってるのかってことだよ」
「付き合ってるとかじゃなくて、シュウくんがひまりちゃんといてどう思ってるか、だよね?」
美竹さんは頷いて、それからすごく悔しそうな顔をしていて、そこで俺はハッとした。
──今、俺はひまりとの時間を否定しちゃってたんじゃないか? 遠回しに俺はその勘違いを迷惑だって切り捨てた。それがもし、ひまりにとっては勘違いされるようなことしてることそのものを否定されたって思ったのか。
「修斗くん、さっき一回もひまりちゃんと出掛けた時に、楽しかったって言ってないでしょ?」
「それどころか、勘違いされて迷惑ってずっと否定したよね、それってすごく酷いことだと思うな」
「……す、すみません」
「謝るのは、私じゃなくて……ひまりちゃん、じゃないかな?」
まさしく、花音さんの言う通りだ。間違いに気づいて謝罪するのは花音さんにじゃない、ひまりにだ。周囲に付き合ってると勘違いされるくらいに俺との時間を楽しいって思ってくれていたひまりを傷つけてしまったんだから。それを謝る相手は当然だけど、ひまりじゃないと意味がない。
「……ごめん、俺もちょっと」
「うん、いってらっしゃい」
「ありがとう、つぐみ」
「ううん、ひまりちゃんのことよろしくね?」
「わかった」
つぐみにも激励されて俺は席を立つ。ただトイレの中に引きこもられていたら、不審者間違いなしだし、どうしようと思っていたけど幸いにもひまりはトイレではなく外の、出入り口付近のベンチで肩を落として──間違いなく泣いているようだった。
俺がそこに近寄ってなにかできるのか、兄ちゃんとかに任せた方がと一瞬考えて、それをすぐに思考から追い出した。この考えはダメだってパレオに怒られたんだ。兄ちゃんがとかじゃなくて、これは
「ひ、ひまり……」
とりあえず近くに立って声を掛けるが、華麗に無視をされる。あまりこうやって対人トラブルを経験してこなかった俺としてはもう既に心が折れそうになるが、こればっかりは自分でなんとかしなきゃと気持ちを奮い立たせ、もう一度だけ名前を呼ぶが、それも無視される。
「……さっきは、ごめん」
「……なにが」
「え?」
「なにが、ごめんなのか……わかんない」
「ひまりを、傷つけたから」
「そうやって、みんなに言われたから?」
そこで、俺はひまりの顔を見た。真っ赤な目元に潤んだ瞳、でもそこにあるのは悲しみじゃなくて怒りだった。
ここで折れて引っ込みたくなるくらいに、無策な自分を後悔した。いつもだったら何かきっかけがあればケロッと明るくなるひまりだったけど、今はどうあってもその表情を変えることができないんじゃないかとすら思えた。
「確かに……みんなに言われて、気づいて、慌てて追いかけてきた、けど」
「じゃあ、気づいてない、それは気づいてるって言わない」
「……でも」
「ほっといてよ、シュウにとって、私なんて迷惑でしょ。また勘違いされるよ」
何も言えなくなりそうになって、俺は思わず拳を握りしめて、怒りに耐えた。怒ってしまうことすら、間違いだっていうのに。
だけど俺は引くことはしなかった。引くんじゃなくて、ちゃんと、向き合わないといけない。俺は背中を押してくれたひまりの幼馴染たちやバイト先の先輩の言葉を思い返しながら放っておくわけがないことをひとまず伝えた。