恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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⑥:手の届く距離感

 いつも明るくて、楽しげなひまりの悲しみと怒りと、涙の表情に狼狽えつつもなんとか奮起してベンチの隣に失礼させてもらう。それだけでも隣からはとんでもない拒絶を感じてしまうけど、なんとかメンタルを持ち直していった。

 

「勘違いされちゃうよ」

「……そのことなんだけど」

「なに?」

 

 冷たい言葉と、怒りの籠もった視線、あのひまりが同じ表情をしてるって時点で相当怒ってるんだってことはひしひしと伝わってくる。でも、負けたらひまりの言葉を肯定することになる。ひまりと一緒にいて楽しくなかった、迷惑していたってことを肯定することになる、それだけは絶対に嫌なんだ。

 

「俺さ、ひまりと一緒にいて……迷惑だったこととか、困ったこと、ないわけじゃない」

「……そう、そっか」

「ごめん、迷惑って思ったことはないや……困ったこと、あるよ。そりゃあひまりってさ、距離が近いわけだから」

「そう?」

 

 そこは無意識なのか、やっぱりそうなんだと思いながら俺はデートの時に距離が近いことで困ることはたくさんあったよ。腕組まれるのも、スマホを見せる時にすごく顔が近いのも、ボディタッチがあるところとかだって、対人関係がうまくない俺からしたらすごく、困る。困ってしまった。

 

「それって、ドキドキしてた?」

「……確かに、そうとも言うけど」

「だ、だったら余計に、私なんかと一緒にいても迷惑でしょ」

「そんなことないよ、だってひまりとライブ観に行くのも、映画も、なんならただ買い物行くだけでも楽しくないなんてことなかった」

「……そんなこと言って」

「じゃあひまりはデートしてて、俺が楽しくなさそうに見えた? デートしてる時の表情は俺よりひまりの方が詳しいよ」

 

 そう、ぶっちゃけ本当は俺がどういう顔してたのかなんて俺にはわからない。でも表情筋が仕事をしないほうではないって自信があるし、実際にデートした帰りとかすごく充足していた。それくらい、俺にとってひまりとの時間は大切だったから。

 

「改めてごめん……すごくひまりを傷つけた」

「……絶対に、許さない」

「え……」

「だって、私だけが空回りしてたのかなとか、ああ私ってシュウにとって迷惑とか、友達に隠しておきたいくらいなのかなって思ったら涙、止まんなくて……」

「ひ、ひまり……!」

 

 また涙声になっていくひまりに俺は対応しきれずにおろおろとしていると、ひまりは俺の方を見上げてきた。目の端っこが赤くなったまま、俺を睨みつけるようにしてどんどんと顔を近づけてくる。なに、え一体なんなの? 頭の中はもうパニック状態で、なんとか言ってほしいと切実に願っていたところだった。

 

「私のおっぱいが目のやり場に困るとか、いつもあんまり意識しないのにふと髪からいい匂いしてドキっとしたとか、そういう困るにしといて」

「……え、あ……?」

「クラスメイトには俺はひまりと仲いいんだぜ、とかこの間も一緒にライブ行ったぜってマウント取りなさい」

「なんで?」

「それができないなら、困らないでってこと!」

「え、えぇ」

「返事はっ?」

「は、はい」

 

 え、ええっともしかしてひまり、今相当な理不尽言ってこなかった? ひまりは俺の気のない返事に疑いの眼を向けてきたが、最後にはよしっと笑顔に戻った。よかった、なんとか笑顔に戻ったみたい。そこで改めて謝るけど、ひまりは泣き腫らした目を細めてニマニマと笑みを浮かべて嫌だと言ってくる。

 

「私を泣かせたってこと、ちゃんと反省してねっ」

「う、うん……反省してるよ」

「本当かなぁ、シュウってばこういうのまたやらかしそうな気がするなぁ……?」

「信用ないね」

「だってほら、パレオちゃんの時にもちょっと違うけどやらかしてるし」

 

 グウの音も出ない。前からそうなんだけど、口喧嘩とかで俺がひまりに勝てる確率なんて存在しないんだろう。泣き疲れたのか、それとも笑い疲れたのかひとしきり笑った後に、ひまりは俺の肩に頭を預けてくる。そしてひまりの言う通り、髪からふんわりといい香りがして心臓が跳ねそうになる。ひまりのせいで意識させられてる、悔しいけどでもその安心しきったように足をゆらゆらと揺らすひまりにこれ以上何かを言う気になれなかった。

 ──もしかしたら、永遠なのではと思ったその時間は、思わぬ音に妨害される。それは俺の耳にもはっきりと聞こえてくる、お腹が鳴る音だった。

 

「……今の、ひまり?」

「……聴かなかったことにしといてよ、やっば……はず……」

「ま、まぁじゃあ戻ろうか」

「うん、ほっとしたらほんと、お腹減っちゃったよ〜」

「そうだね」

「私を泣かせた罰として私に肉を貢ぎなさい」

「了解、とびきり美味しく焼いてあげるよ」

「おおっ、言ったね〜、楽しみにしとくねっ」

 

 ひまりはそうやって俺の腕に抱きついてくる。なんとなく、ひまりが言ってたことを意識させられたばっかりだったことが逆に功を奏し、覚悟ができていたというか、予測できていたため、それほど動揺せずに受け入れることができた。ただこの腕に伝わってくる、俺のどこを触っても再現不可能な、本当に同じ人体なのかと疑いたくなるほど柔らかな感触に慣れることは一生ない気がしてきた。

 

「シュウ」

「なに?」

「これからもデートしてくれる?」

「それは、うん……もちろん」

「次におんなじこと言ったらもっともっと怒るし、泣くから!」

「元気に宣言しないでほしい……」

 

 そうして俺とひまりは二人で打ち上げで盛り上がる場所に戻り、ひまりの幼馴染たちが彼女を囲んで声を掛けていた。

 ──そこで笑顔で輪に加わってるひまりの後ろ姿によかったとほっとしていると、花音さんがにこにこと俺に話し掛けてきた。

 

「仲直りできたみたいだね」

「はい、おかげさまで」

「ふふっ、なんだか私まで嬉しくなってきちゃった」

 

 ふわりとした笑みに、裏表のない言葉、花音さんの癒やしオーラに俺はついついつられて口角が上がってしまう。さすがは「世界を笑顔に」を目標にしてるバンドのドラマーだ。こういうさり気なくて、素朴で気さくなところに花音さんの笑顔に対する姿勢みたいなのを感じてしまうね。

 

「ほらシュウ! 約束忘れたわけじゃないよねっ」

「はいはい、焼かせていただきます」

「いーな〜、あたしにも〜」

「自分で焼きなよ、モカ」

「蘭でもいーよ〜」

「お断りする、あたしの食べる分なくなるし」

「修斗くん、トングあげるね」

「ありがと」

 

 その後はひまりのわがまま放題に振り回されつつ、なんだかんだで『Afterglow』のメンバーとも打ち解けたような気がする。特に美竹さんは最初すごく怖いイメージがあったのに、話してみたり他の人の話や受け答えを見ると恥ずかしがり屋で他人思いな人だってことがよくわかったから。ひまりのこともすごく心配してたし。

 

「──それで、親御さんの説得はうまくいったよ。花音とつぐみが口添えしてくれて助かった」

「ありがとうございますお兄さん!」

「シロ〜、お前便乗してるだけだろ〜」

「い、いいでしょ別に……ねっ、お兄ちゃん♪」

「まぁいいけど、あんまり奔放すぎると怒られるのオレなんだよなぁ」

「シュウ、またパジャマ貸してね」

「わかった」

 

 その後、パレオがどうしても、どうしても自分も打ち上げに参加したいと家で待ち構えるつもりということで、俺と兄ちゃん、花音さん、つぐみ、ひまり、ましろのメンバーで二次会ということになった。俺と兄ちゃんは家に帰るだけなんだけど。ましろはひまりの言葉に何かを閃いたようで兄ちゃんの袖を引っ張る。

 

「お、お兄ちゃん、私もお兄ちゃんのシャツ……パジャマにしていい?」

「いやお前この間泊まった時にパジャマ置いてっただろ」

「……う、そうだった」

 

 どうやらカレシャツ気分を味わいたかったらしい、あざといが抜けてるところが非常にましろらしい。こういう時デカい部屋を借りといてよかったなぁなんて呑気に笑っている兄ちゃんに苦笑いをしながら、俺はすっかりご機嫌に戻ったひまりに声を掛ける。まだ夏休みはある、ひまりと遊べるだけ遊ぶって約束してる俺にとって本番はここからだ。

 

「そうだね、海とかプールとか」

「水ばっかりだね」

「あーでも、ちょっと水着は……」

「どうしたの?」

「いや、あの……まぁいっかシュウだし、ちょっと太っちゃったから」

「……あ、ああ肌晒すからね」

「やっぱムカつく」

「なんで?」

 

 ひまりは自分のお腹まわりを触りつつそんなことを言ってはいるが、俺としては彼女が水着になると別の意味で注目の的になると思う。海なんて行けば目を離せばナンパされる可能性もあるだろう。そうなると俺一人でひまりを守りきれる自信はない。カレシのフリしても俺じゃあなぁって感じだし。

 

「それならいつも通りでもいいんじゃない?」

「そうかな、折角の夏休みなのに」

「ライブ後だし、のんびりできるならそれでよくない?」

「ん〜、じゃあシュウんちでのんびりさせてもらっちゃおうかな」

「俺んちなのか……」

「なに? 嫌なの?」

「いえ、そんなことありませんけど」

 

 むっと頬を膨らませられて慌てて首を横に振った。嫌じゃない、嫌じゃないんだけどさ、のんびりするなら自分ちでもよくないって思っただけで。別に嫌ってわけじゃない。なんだかんだで夏休み、ひまりとパレオ、とかましろととか、色んな人と過ごしてきて一人じゃない楽しさというか安らぎみたいなのを実感してきたところだし。

 

「じゃあ決まりね! あ、でも出掛ける時は出掛けるから」

「わかったよ」

「それじゃあ今日はシュウのベッドで寝ようかな〜」

「え、えぇ……いや別に俺はソファでもいいけど」

「一緒に寝る?」

 

 顔を覗き込まれて思わず後ろに仰け反ってしまう。なんてあざとくてドキっとする仕草なんだろうか、しかもひまりの場合はそこに胸元がチラリと見えてくるし、その無防備さのまま一緒に寝るのは色んな意味で危ない。なんせ俺だって我慢とかしなくちゃいけないくらいには健全な男子なので。

 

「冗談だよ?」

「わ、わかってるけど……」

「ふふ、あはは、今ドキドキしたんだ?」

「そ、そうだよ……ちょっと邪な想像しちゃって罪悪感に駆られてるところなんだから」

「ふーん、邪……えっちなこと?」

 

 その言葉に自分がまずいことを言ったと察した。そして白状してしまうことになる。うっかり胸とかに触れたらとか、起き抜けにはだけてたらとか。抱きまくらにされようものなら眠れない自信がある。そうすると精神衛生上よくないのでせめて花音さんかつぐみと寝てほしい。ましろでも可。

 

「私はお兄ちゃんと寝るよ?」

「寝ねぇよ」

「えっ」

「つか基本的にパレオんち、シュウかオレのどっちかはスタジオのソファってところだな」

「えっ、じゃないんだよましろ」

「シュウさん、私、もしかして……お兄ちゃんと一緒に寝れないの?」

「じゃあましろちゃんは私と寝ようね?」

「か、花音さんと……い、いいんですか?」

「見境なくなってきてないましろちゃん」

「あ、あはは……ひまりちゃんは私とだね」

「つぐ枕だ〜」

 

 どうやらやり取りは筒抜けだったらしく、更に恥ずかしくなってきたが、どうやら悶々とした夜は過ごさなくてもいいってことを察知してほっとする。俺はスタジオでいいや、起き抜けに寝ぼけた女子と出くわすのとか心臓に悪いし、そういうのは年上で余裕のある兄ちゃんに任せようと思う。

 

「それじゃあ、明日からも一緒だね、シュウ!」

「うん」

 

 夏休みのラストスパート、フェスも終わって本来ならのんびりましろのレコーディングとか、編集作業とかに追われつつ過ごす予定だったが、そこにひまりがやってくることになった。次は泊まる時のために自分のパジャマとか下着とか持ってきてねと言えるのは、やっぱりなんだかんだ言いながらひまりは俺にとって気兼ねなく話して、一緒に過ごすことのできる友人なんだと思える瞬間だね。

 

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