夏休みも今日が最後だ。明日から二学期が始まるという今日の日は家でのんびりと、のんびりとは過ごしてなかったな。けど静かな日々だった。俺の隣には真剣な顔をしているひまりがいて、パレオがお昼ご飯を作る音が台所からリビングへと聞こえていた。それが集中が切れる合図だったようにひまりは机に突っ伏した。
「お、お腹減ったよ〜」
「もうすぐできるから、ほらここまで頑張ろうよ」
「う、うぅ……はぁい」
ひまりがリビングの机に広げているのは、夏休みの課題だった。朝から巴と美竹さんが家に連れてきてなんだなんだと思ったら、相当な量が残ってるらしく、ただみんな予定があるため監視と手伝いを頼まれたのだった。俺だってそんなにめちゃくちゃ成績いいってわけじゃないからわかんないのを教えることができるかどうかはわからないんだけど。
「せっかくの夏休みなのにさ、課題こんなに出すのありえなくない?」
「文句は課題をやった人だけが言えるんだよ」
「パレオちゃんはやったの?」
「はい、こちらに滞在するのは折込み済みでしたので一週間で終わらせました」
「すごっ、優等生だぁ〜」
「優等生……」
「ひまり、それ地雷ワードだから」
パレオの前でかっこいい、優等生、真面目と言うのは微妙な顔をするのでやめようね。ひまりはそういう意味じゃないよと慌てつつ、パレオちゃんを愛でるために立ち上がった。どうやら中断するタイミングは今だと判断したらしい、まぁいいけどさ。これなら夕方くらいには終わりそうだし。
「ほんとパレオちゃんってかわいいよね〜、よしよし〜」
「あ、ありがとうございます……」
「こらひまり」
「なに? もしかして妬いちゃった? パレオちゃん取られるかもってなった?」
「ひまりがストレス溜まってることはよくわかった」
「だ、大丈夫ですよ修斗様、パレオは修斗様の忠実なメイドなので!」
「チュチュさんと二股してるのに?」
「うっ、そ、それはぁ……えっと……その」
「あはは、やっぱりシュウ、妬いてるんだ〜」
「妬いてないって」
妬いてるって俺がまるでパレオに対して独占欲があるみたいな言い方やめてよ。パレオはあくまでチュチュさんがご主人様であって、そんな彼女に対して反抗期というか、自分が本当に必要なのかわからないって言うから一時的に預かっただけで。
──そんな言い訳をしながらお昼をそうめんで済ませた。俺は練りわさびをめんつゆに溶かして食べているとひまりは意外そうな顔をしてきた。
「唐辛子以外でもよかったんだ」
「うん、俺はね」
「浩介さんは
「じゃあ和食とかどうしてるの?」
「柚子胡椒使ってるよ」
「修斗様に柚子胡椒の作り方を教えていただいて、夏はこのパレオが初挑戦してみたんです〜♪」
そうめんも兄ちゃんは唐辛子切ったやつか七味か柚子胡椒、俺はわさびって違いがある。俺も前者で食べれるけどね、偶にはこれでいいんだよ。特に夏は辛いものが捗るから俺は割と夏が好きなんだよなぁ。俺が美味しそうに食べているのを見たせいか、隣にいるひまりが俺のそうめんを数束奪って口に運ぶ。
「──っ!?」
「あ、ああひまりさん、お茶です」
「んん、んく、ん──っは、かっら! どんだけ入れたの?」
「え、普通に?」
「修斗様感覚で普通です、色が変わるくらいとか平然と入れますからね」
「ほ、ほんとだ……ちょっと緑っぽくなってるし」
茶色く透き通ったひまりのめんつゆに比べて、俺のめんつゆは不透明なものになっている。色も僅かに緑を帯びており、明らかな違いがあるのだが、なんで手を出す気になったんだろうか。ひまりは辛いのあんまり得意じゃないくせに。
やがて落ち着いたのか荒い息を吐きながら汗を拭うひまりに声を掛ける。
「大丈夫?」
「……なんか、私自信なくなってきた」
「なにが?」
「その気持ち、よくわかりますよひまりさん」
「パレオちゃん……」
「なんで結託してるのこの二人」
お昼ご飯を食べ終わり、洗い物を手伝っていると呼び鈴が鳴ってパレオがにこやかな声で応対する。すっかり慣れてるけどここにパレオが暮らしてるって思われるのは大丈夫なのかとふと考えているが、彼女が玄関を開けてやってきたのはなんと倉田ましろだった。今日はレコーディングとかレッスンもない予定だったんだけど。見るとましろは大きなリュックを背負っていて、俺はなんとなく彼女がなんて言うかを察知した。
「シュウさん……課題」
「あー、やっぱりか」
「やっぱり?」
「もう先客いるんだよ」
「あ、ましろちゃんだ〜」
「ど、ども……えっと、課題やってるんですか?」
「そう!」
「元気に言うことじゃない」
ましろも後回し後回しにして終わってないらしい。モニカの他のメンバーは桐ヶ谷さんと二葉さんがまだ終わってなくて広町さんと八潮さんはとっくに終わってるらしい。
桐ヶ谷さんはなんとなくキャラ通りだが二葉さんが終わってないのは意外だ。
「つくしちゃんはこまめに分けて予定立ててるから」
「なるほどね」
「ある意味計画性がありますね」
「ただサマーフェスと打ち上げで終わらなくなったって言ってた」
「……あの子らしい」
ただ俺も二人を見るのは大変だなとか考えつつ二人に挟まれて課題を見張ることにした。幸いましろは結構やってあって、わかんなかった部分とかめんどくさい部分だけ後回しにしていたためなんとかなるが、課題全てを後回しにしたひまりはかなりヤバいな。
しかもパレオを構いながらという三重苦だ。まだ中学生なので教えてと手伝いを頼むこともできないし。
「地名とか人物の名前とか一気に増えて、覚えきれないよ……」
「ましろさん、歴史上の人物は身近な人だと思うと早いですよ」
「身近な人……って」
「例えばこの方は──」
──前言撤回、手伝いできてた。高校の世界史範囲を教えることのできる中学二年生って何者だよと思わなくないが、これでひまりに集中できる。数学とか、そういうどうしてもパレオじゃ無理なところだけ頼めばいい。読書感想文とか持ってきてなくてよかった、そこはましろの得意分野だそうで。ひまりもそれはやっててよかったよ。
「……モカとリサさんに手伝ってもらったけどね」
「よかった、俺に頼んできたら流石にお手上げだった」
「ふふ」
「なに?」
「いや、なんか課題やってるのに楽しくなってきちゃって」
「なにそれ」
さっきまで眉間にシワ寄せてたくせに、今は思わずドキッとさせるほどかわいい笑顔を俺に向けてくる。どうしてこう、ひまりの笑顔ってキラキラしてるんだろうか。いやパレオとかつぐみも似たような笑みをする時あるんだよな。なんとうか、普段の笑顔とは違う、微笑みなんだけど、花が咲いたようなそれが風に乗って甘い香りを放つような、そんな笑顔。後は、そうそう、花音さんも同じような笑みを浮かべている時がある。女の子ってこういう笑顔をするんだろうか。
「シュウさん」
「はい、なに?」
「お兄ちゃんは?」
「兄ちゃんならどっか遊びに行ったよ」
「そ、そうなんだ……」
詳しい話は聞いてないから知らないけど、とにかく今日は休みだけどどっか出掛けたのは確かだよ。ましろはどうやら休みっていうのは知っていたらしく、兄ちゃんがいないことに対して落ち込んでいた。ましろは本当に兄ちゃんのこと好きだよな、叶わないと知っていながら恋をするっていうのは、やっぱり苦しいことだろうに。
「そんなことない……はず、お兄ちゃんだって、私のこと、嫌いじゃないもん」
「そうだね」
「シュウ、そこ流しちゃダメなやつだよ」
ひまりに言われて少し苦笑いをする。いやだってさ、俺には気持ちが深くわかるわけじゃないし、かと言って本当は兄ちゃんはましろのことが愛おしくて愛おしくてたまらなくて、それを我慢するために敢えて距離を取ろうとしてる可能性もないわけじゃなくない? もちろん兄ちゃんのキャラじゃないのは百も承知だけど。
「そういえば、花音さんもお出かけしてるっぽいから、もしかしたら……!」
「あー二人で出掛けてるかもね」
「お兄ちゃんと……いいなぁ」
「集中切れ始めてますね〜」
「まぁちょっと休憩しようか」
「じゃあお茶をお淹れして参ります〜」
お茶と甘いお菓子を用意して、二度目の休憩をする。二人とも息を吐き出し、紅茶とチョコやドーナツに癒やされていた。今日は最終日なのに働かせてばっかりでごめんねと次に夕飯の準備をし始めたパレオの隣に立つと、彼女はすごく嬉しそうな、ひまりと同じような微笑みを浮かべて俺の肩に頭を乗せて甘えてくる。
「むしろ、パレオは……私は明日が来てほしくないです」
「やっぱり学校は、自分でいられないからいや?」
「それもそうかもしれませんけど……修斗さんの傍に長くいたから、寂しくなってしまいそうで」
「……パレオ」
「変ですよね……ちょっと泣きそうになっちゃってて」
そんなお別れってわけじゃない。また金曜になったらきっとパレオは笑顔で俺の傍にいてくれる。だけど、それがオーバーなリアクションではないほど、パレオは夏休みを満喫していたように感じる。そして、ここでどれだけ彼女が俺に甘えてきていたかを。それは兄ちゃんも知らない、誰も知らなくて──俺だけが知るパレオだ。
「絶対、花咲川か羽丘受験します……」
「パレオならもっと頭のいいところも行けそうだけど」
「なら月ノ森でしょうか」
「判定出てるの?」
「そうですね、偏差値的には大丈夫かと。推薦も使えそうですし」
すごいなパレオは。ところでそのすごいってところに外部受験で合格してるやつがあそこでお菓子を咀嚼しながらぐったりしているけど、あれはなんだろうか、執念と奇跡って本人は言ってたな。真正面から俺の背中に手を回して顔を埋めていたパレオは思いついたように顔を上げる。ちょっと距離が近くて意識してしまうけど、パレオは少し戻った笑みを浮かべつつ俺に話題を振ってくる。
「そうそう、ところで花音さんの件ですが」
「どうしたの? 」
「浩介さんとは別だそうですよ」
「そうなんだ……ってなんで知ってるの?」
「昨日、花音さんにお会いした際に千聖さんとお出かけすると大層機嫌よさそうに羨ましい──いえ、パレオからいたしますと涎が出てしまいそうなほどに感銘を受けた概念を平然とお話していました」
「悪化してる」
「アイドルとデート、素晴らしいです」
目をキラキラさせないでください。そう言いつつも花音さんと兄ちゃんがデートをしてるわけじゃないって情報に俺は、なんて言うか残念でありつつもどこかで予感していたことに息を吐いた。
──前は兄ちゃんの恋を応援するだなんて言ってたけどね、兄ちゃんは多分兄ちゃんを好きになってくれる人とは付き合わない方がいいと思ってる。兄ちゃんに近い人じゃなくて、思わず追いかけたくなるような人が見つかればって。
「シュウ〜、続きやるよ〜」
「はいはい、というか一人で頑張れよ」
「ぜったいむり〜」
「シュウさん、これわかる?」
「えっと、待ってね──」
そんなこんなで、二人はなんとか課題を終え、俺たちは二学期を迎えることになったのだった。
余談だけれど、ましろは桐ヶ谷さんに、ひまりは巴や美竹さんにそれぞれ課題をちゃんとやってきたことに驚かれたということを早速愚痴られた。ひまりはともかく、ましろはまだ一年なのにもう既に驚かれるって一体何してるの?