恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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第五章:花音編その1
①:ずるい


 二学期が始まると、三年生たちはパタパタと忙しさを増しているように感じる。受験や就職の関係で一番大事とも言われる二学期、そんな忙しい日々を来年に控えた俺は今日ものんびりと他人事のように羽沢珈琲店に入り浸っていた。

 入り口で二葉さんが出迎えてくれる。いつものように席を探すと名前を呼ばれ、俺はその人の向かいに座った。

 

「こんにちはシュウくん」

「花音さん、今日は一人ですか?」

「うん」

 

 松原花音さん、兄ちゃんの知り合いであり、羽沢珈琲店へ一緒に行った際に紹介された一つ上でありつつもどこかお姉さんのような雰囲気を醸し出している。

 同じく常連である彼女は、変わらないふわりとした笑顔を浮かべつつマグカップを口に運んでいる。

 

「……花音さんは、受験とかは?」

「受験?」

「ええっと、二学期になってからうちの学校はちょっと、三年生が慌ただしい感じがするので」

「うん、大丈夫、心配してくれてありがとう♪」

「ああいや、すみません、余計なお節介でしたね」

「ふえぇ……あ、謝らなくてもいいから……」

 

 そうだよな、花音さんおっとりしてるけどしっかりものだ。ぽわぽわしてて大丈夫じゃない、なんてことは有りえなかったね。俺が謝罪すると花音さんはわたわたと慌てていて、なんだかそういうところはかわいらしい。

 ふと考えるとこの人もこの人でひまりとは別方面でモテそうな人だよなと感じる。やっぱりほら、おっとりした女の子って好きな人多いじゃない? しかもこの清楚さでありつつふとした隙があって、男女であんまり対応が変わらないから、惚れてる男が続出してもおかしくない。

 

「そ、そんなにモテないよ……?」

「ええそうですか? 俺、バイト先でよく連絡先もらってると思ってました」

「……えっと」

 

 気まずそうに苦笑いをされて、どうやら俺の予想通りだということが判明した。だよね、こんなにかわいい店員さんいたら俺も通い詰めそうだもん。いや実際のところは俺もこの喫茶店通ってる理由は店員さんみたいなところはあるけど。つぐみが話し相手になってくれるからってのが大きな理由だからなぁ。

 

「モテてもいいこと……ないよ」

「そうですか?」

「気まずいし、怖い時もあるよ? 私からしたら……知らない人にいきなり、連絡先渡されるんだから」

「……すみません」

「う、ううん……怒ってるわけじゃないけど」

 

 また地雷を踏んだらしい。ちょっとしょんぼりしてしまう。そうだよな、兄ちゃんもおんなじようなことを言ってたのになんて無神経なことを言ってしまったんだろうか。よくよく考えもせず言葉を出してしまったことを深く反省していると、花音さんは俺の机に向いていた視界に指を出してねぇねぇと視線を上げさせた。

 

「今日って、おうちに誰かいる?」

「え、いや……今日は兄ちゃんが遅くなるんで、ご飯も俺一人ですけど」

「そうだよね、つぐみちゃんは練習みたいだし」

 

 他にもましろも練習だし、平日だから結局最寄り駅で最後の最後まで離れたくないと甘えていたパレオもいない。その話をするとじゃあさと花音さんは微笑みを浮かべた。それはなんだか、花音さんのいつもの笑顔とは違ったような、でも俺がよく知る微笑みだった。ひまりやパレオ、つぐみもたまにする芳しい花を思わせる笑顔だった。

 

「今日は私がおじゃましちゃってもいいかな?」

「え、俺はいいですけど……」

「じゃあ、行こ♪ ご飯、私が作るね」

「それは悪いですよ、お客さんなのに」

「つぐみちゃんやひまりちゃんは作るのに?」

「あー、あの二人は……いや、わかりました」

「何にする予定だったの?」

 

 二人で会計を済ませつつ、家に向かうが、そんな自分が緊張をしていることに気づいた。これがもし、ひまりやつぐみ、ましろやパレオなら気にすることもない。それは、花音さんが一人で家に上がるのが初めてだからだ。普段は誰かがいて、そこに一緒にいることはあっても、花音さんと二人になることなんてない。だからこその緊張感なんだと思う。あと年上っていうのもまたいつもと違う気がする。

 

「ふふ、おじゃまします」

「どうぞ」

「うん、ありがとう」

 

 ああ、なんかドキドキする。こう、いちいち礼儀正しいのもちょっとお客さんって感じがしちゃうね。ひまりなんてもうただいまって言いそうなレベルだし、パレオなんてただいまって言ってくるから。お茶を出して、それでどうしたんですかと訊ねる。わざわざ珈琲店から移動したんだし、何かあるんじゃないかって身構えていたけど、杞憂だったかな? そう思っていると花音さんは普段通りのおっとりした様子でしゃべり始めた。

 

「私……うーんと、なんて言ったらいいんだろう。ちょっとだけ、怒ってる?」

「えっ」

「ええっとね、怒ってない……と思うんだけど、怒ってる?」

「すみません、ちょっとわかんないんですけど」

「ふえぇ……そ、そうだよね、ごめんね……」

 

 要領を得ないけれど、何か不満がある? らしいことは伝わってきた。表情も口調もいつもと変わらないからその不満とやらがどのくらいなのかイマイチ伝わってこないけど、俺にわざわざ言うってことは俺に対してってことなんだろうな。まさか兄ちゃんにとかじゃないよね。

 

「……去年はさ」

「はい」

「浩介さんに紹介されて、喫茶店でたくさんおしゃべりしたでしょう?」

「しましたね」

「バンドのお話、たくさんしたでしょう?」

「ですね、ひまりがハマってるバンドも確か花音さんが」

「だよね……っ!」

 

 そう、ワンドルは元々花音さんの推しバンドだったんだよね。それをつぐみとひまりに教えて、二人が見事にファンになったって経緯がありましたね。その他も花音さん実は男女問わず邦ロック好きみたいで、今の大ガールズバンド時代なんて呼ばれてる中で生まれたアマチュアのガールズバンドや、近所で活動してるグループのことを結構仕入れている。

 

「ドラムは前から好きだったから、それで聴いてるうちにハマっちゃったんだよね」

 

 というのが花音さんの言葉だ。でもそれがどういう不満へと繋がるのだろうか。俺が不思議そうな顔をしていると花音さんは悲しそうな表情に変わってしまう。

 ──そのまま俺が言葉を待っているとため息をついて紅茶を置いて、一言ポツリと呟いた。

 

「今年は?」

「今年の、夏休みの話ですか?」

「うん」

「えっと……そうですね」

 

 言われてみれば去年の夏休みはまだひまりともちょくちょく出掛けるような関係になる前、というかなるかならないかくらいだった。

 つまり俺のメインの話相手は、つぐみと花音さんだけで、特に花音さんはよく話し相手になってくれたっけ。だけど今年の夏といえば、パレオの騒動があって、それ以外も基本的にはましろとひまりと過ごしていることが多くて、花音さんにはほぼ会えてすらなかった。まさか、そのことに対して怒っているというか不満を募らせているってこと? 

 

「そうだよ、それにフェスの時もひまりちゃんが独り占めしちゃうし」

「……そうでしたね、花音さんとほとんど話してないような」

「ような、じゃなくてしてないよ……!」

「す、すみません」

「もう、だから今日はキミとたくさんお話をするためにここに来たんだから」

 

 不満げに唇を尖らせる花音さん。え、あれ、花音さんってこんなかわいらしい生き物でしたっけ。いやいや、かわいいのはそうなだけどさ、こう年上特有の余裕というか「お姉さん感」っていうのが花音さんだと思ってるところがあって。そんな花音さんの、普段のちょっと隙のあるドキっとするようなものとは違うあざとさに俺は思わず照れてしまう。

 

「わかりました、たくさん話しますか」

「うん、そうフェスでね、カッコいいバンド見つけたんだ」

「へぇ、どんな感じですか?」

「ちょっとVっぽい? 世界観がある感じで、女の人が一人いる四人グループなんだけど──」

 

 こうして話しているとそういえば以前はひまりじゃなくて花音さんが向かいにいて音楽の話をするのが当たり前だったんだよなってことに今更気づき始めていた。他にはやっぱり水族館や喫茶店の話が多い。後は迷子エピソードくらいだろうか。ただ花音さんは迷子は迷子なりに色々な発見があってそれを楽しんでいるところがあるから俺もそんな体験を楽しみつつ話を聞いていられる。

 

「花音さんはおしゃべり好きですよね」

「そうかな……ふふっ、でもシュウくんもだよね」

「まぁ確かに」

「だから私もついついおしゃべりしすぎちゃうんだよね……」

「迷惑だなんて思ってませんよ」

「そっか、うん……ありがとう」

 

 ご飯も交えての絶えないおしゃべりだったけど、花音さんの微笑みに俺もやっぱりつられて笑ってしまう。ご飯食べ終わった後に、花音さんは満足したかのように立ち去ろうとしているところで、俺はそんな彼女を呼び止めた。もうちょっと待っていれば兄ちゃんが帰ってくる時間になる。その時間通りに帰ってこない可能性はもちろんあるけど。

 

「兄ちゃん帰ってきますよ」

「ううん、大丈夫」

「え、いいんですか?」

 

 うん、となんともなげに頷いた花音さんにちょっと意外だと顔をしてしまう。兄ちゃんといい雰囲気の時が多かったからちょっと狙ってるところもあるのかと思ってたけど、違うのかな。

 これに関しては本当に何度も言ってるかもしれないけどつぐみのことが勘違いだったため、ましろ以外には確定ではなくて疑ってかかってるところが多い。本当につぐみは兄ちゃんのことが好きなメンバーの最大手だと思ってたからね。

 

「じゃ、じゃあ送りますよ」

「ありがとう」

「いいえ、暗いなかで迷子になられたら俺も困るので」

「ふふ、そうだね」

「嬉しそうにしますね」

「嬉しいよ、シュウくんに送ってもらえるなんて……これはまた夜遅くなっちゃいそう」

 

 何かずっと楽しそうにしている花音さんを送っていく。暗いと余計に道がわからなくなるせいで迷子になりやすいのでは、と想像してその結果何か事故とかに遭ったりしたら本当に笑えないことになるし。俺も知らないうちに事故に巻き込まれるよりは、こうやって送っていった方が安心する。

 

「シュウくんはさ」

「はい」

「恋をしよう、とか思ったりしないの?」

「恋ですか?」

「うん、ほらかわいい子とか、仲のいい女の子とかいるでしょ?」

「つまりは、ひまりとか、パレオとかの中に俺の好きな子がいるのではってことですか?」

「うーん、そこまでじゃないけど、だいたいそんな感じかな?」

「ないですよ、そんなの」

 

 ひまりのことは友達として好きだけど、この間みたいにだからって勘違いされたらめんどいとかは考えなくなったけど、逆に言うとそこで俺が嫌だなとは思わない。もし誰かが本気でひまりのことが好きなんだって言われたら俺は、きっと応援はする。ひまりのことを悲しませるっていうか、また前みたいに泣かせるようなことはしたくないけど、その時に俺が邪魔だって言うなら退散する。

 

「……そっか」

「だから、恋がしたいかどうかで言ったら……どうなんでしょうね」

「したくない?」

「いやぁ……あんまりですかね」

 

 ──恋は、友情よりも脆い。それこそひまりやパレオとの関係は曖昧な付き合いたい、恋をしてるって気持ちよりも強いと思う。そのせいかもしれないけど、今は恋をしたいって気持ちは全然なかった。俺にとって花音さんを送っている日常も、おしゃべりをした日常も、色々な今の日常が好きだから。

 俺の言葉に花音さんはそっかと笑って、家の前で別れた。やっぱり花音さんも恋バナがしたかったんだろうか。そう悩むとやっぱり相談する相手は一人しかいないだろうと俺は彼女に連絡を取り始めた。

 

 

 

 

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