学校帰り、兄ちゃんの仕事もあり寄り道をしようと商店街へと足を運んだ。制服姿でコロッケを買って道で食べていると、突如後ろから声を掛けられた。この無駄に大きくて、つぐみとはまた違った明るい声は、だなんて思うまでもなくそこにいたのはピンク髪のおさげと緑と紺のチェックのスカートを揺らす上原ひまりだった。
「シュウ! 一口!」
「自分で買えよ……」
「そうだぞひまり、いきなり一口は理不尽だろ」
隣にいるワインレッドの長身のイケメンはカレシ、ではなくひまりやつぐみと同じ羽丘女子学園に通うれっきとした女子、宇田川巴だった。もっと言ってやってほしい。後、無駄にあざとい小悪魔仕草はやめろとも言ってほしい。そうやって一体今まで何人の男を勘違いさせてきたんだいキミは。
「シュウ、私もコロッケ食べたい」
「自分で買え」
「あ! なんと私、誕生日来週なんだ!」
「……え?」
「え、じゃなくて十月二十三日は、私の誕! 生 ! 日!」
じゃなくてね、えっともしかしてコロッケ一口で誕プレとして成立するんですねって驚きだったんだけど。いやそれでいいならいいけど俺ちゃんとつぐみと一緒に誕プレ選んだんだけど。
「コロッケ一口で済ませていいならいいけど」
「はっ、よくないでしょ! ちゃんとお祝いして!」
「ひまり、修斗の誕生日祝ってないくせに」
「もう過ぎてたもん」
表情がコロコロ変わって、頬を膨らませて拗ねてみたり、目を輝かせてみたり、彼女こそあざとかわいいって言葉が似合うだろう。俺は呆れつつ精肉店の店頭にいたおばちゃんにもうひとつと頼んだ。おばちゃんはちょっとニヤニヤしながらもう揚げてるよと言われた。まぁ声でかいもんな、ひまりのやつ。
「モテる男はつらいねぇ」
「モテてるのはここのコロッケですけどね」
幸いそんな値段するわけじゃないしとサイフの紐を緩め、俺に絡んでくるひまりに渡した。巴には呆れられるけど、逆にライブのチケット譲ってもらったりとか、それこそ彼女たちのバンドである「Afterglow」のライブチケット取っといてくれたりしてくれてるし、呆れることより感謝してることの方が多い。なんならつぐみとバンドの話するようになったのはひまりのおかげだし。
「アタシまでもらっちゃって悪いな」
「ついでついで」
「優男だね〜シュウは」
「ありがとうって言葉を聞きたい」
「ふふ、ありがと!」
「……どういたしまして」
振り回されてるような気がするけど、なんとなく嫌だとは思えない、憎めないところがひまりの魅力なんだと思う。真面目ってわけじゃないんだけど、素直なんだよね。その素直さが多分男を勘違いさせる要素な気がしなくもないけど、女子高でよかったね。
「それじゃ、アタシはこれで、あこを待たせてるからな」
「じゃあまた」
「また明日ね〜」
「ああ」
巴が去っていくのを二人で見送り、そして俺はなんでお前は帰らないんだよという素朴な疑問を抱いた。いやまだコロッケちょろっと残ってるけどさ、それなら巴にもうちょい待ってって言えばよかったのでは? しかもこんなことを考えている間に最後の一口も消えていったというのに。
「そうだ、お兄さんの誕プレ買ったんだってね」
「見に行っただけでまだ買ってはないけどね、デカいから直前につぐみと買いに行くよ」
「つぐ、嬉しそうに教えてくれたんだ」
「選んでる間もずっと嬉しそうだったよ」
「でも、ダメそうなんでしょ?」
俺は頷いた。兄ちゃんはつぐみのことなんて眼中にない──って言ったら言い過ぎかもしれないけど、少なくとも告白しても手応えがありそうだなんてちっとも思わない。そもそも兄ちゃんはしきりに「カノジョはしばらくいらない」って言ってるんだよな実は。つぐみにはそんなこととても言えないけど。
「なんで?」
「高校卒業した時のカノジョのこと、引きずってるんだと思う」
「お兄さんがこっち来る前?」
「うん」
「そっか〜」
その人に俺も結構、精神的に酷い目に遭ってるからあんまり語りたくないっていうのも理由にあるけど、兄ちゃんはそれで間違いなく恋愛に疲れてるんだと思う。詳細を知らないから二年以上もって言われるかもしれないけど、詳細を知ってる俺からすれば兄ちゃんカノジョ作れよとは言えないんだ。
「強敵もいるしね〜」
「強敵?」
「ほら、花音さん」
「ああ、確かにつぐみにとっては強敵かもね」
松原花音さん。俺とも関わりがあるけど、兄ちゃんと一緒に居る姿も目撃される一つ年上の人だ。正直一歳差よりも年の差を感じることもある大人な雰囲気を持った人で、確かに隣にいると付き合ってる? って一瞬思えるのは彼女の方だと思う。こんなことひまりくらいにしか言えないことだけどね。
「最近ね」
「ん?」
「つぐが泣いちゃったりしなきゃいいかなって思ってるんだ」
「そうなの?」
「うん、友達だもん。幸せになってほしいじゃん」
「それが、兄ちゃんと付き合うことじゃなくなっても……ってことか」
「うん」
夕暮れを眺めながら近くのベンチに座ってそんなことを言ったひまりの横顔は、ちょっとだけ夏とは違った雰囲気だった。たった三ヶ月だけど、それでも彼女にとってはたくさんのことがあったんだろう。友達の恋ではしゃいで、俺を無理やり引っ張っていた彼女は、根っことしてはそれほど違いはないけど、友達のために色々と考えた結論なんだってことは痛いくらいに伝わった。
「兄ちゃんは別につぐみのこと、嫌いではないと思うんだけどね」
「やっぱり大人過ぎると思うんだよ、私はね?」
これが二つとかならまだしも、五つは割と離れていると俺も思う。きっと今俺が五歳年下の子に迫られたらきっと隣にいるこのやかましい友人は俺のことをロリコンだと騒ぎ立てるだろう。まぁ五歳下って小学生だから気持ちはわかる。高校生が小学生と付き合うのはヤバい。中学生でもどうかなって感じなのに。
「あ、そうそう」
「なに?」
「今週末、買い物に付き合ってよ。あと観たい映画もあるし」
「……他にいないの?」
「いたらシュウに頼むわけないじゃん、というか荷物持ちしてよ」
「そっちが本命でしょう」
「えへへ、いいじゃん誕生日なんだよ〜?」
あざとい。そして誕プレあげるって言ってるのにそれか。俺はちょっと呆れた顔になりながらも週末は特に予定があるわけじゃないため、断る材料を残念ながら持ち合わせていなかった。続けての言葉で奢らせようということではないらしいのでちょっとだけ安心したけど。
「あれだよ、時間と手だけ貸してくれたらいいんだよ」
「見返りは期待してるよ」
「どうかな〜? そこはシュウ次第ってことで!」
「都合のいいセリフだなぁ」
「でもそれを信じてくれるのが、シュウのいいとこだよ」
急に、しかも雑に褒められても嬉しくない。ひまり曰く、いやこれは多分つぐみにも思われてることかもしれないけど、俺は人より言葉を素直に受け止めるという長所があるらしい。騙されやすいって短所になる気がすると呟くとひまりには騙すより騙される方がいいよと笑われたけど。どうやら一定以上仲良くなってしまうと、コロっと騙されるようになるらしい。なんてチョロいんだ俺は。
「あれ、声が聞こえたなと思ったら、ひまりちゃんと修斗くん」
「やっほー、おかえりつぐ」
雑談を交えつつ週末の予定を確認していると、一時間くらい前にひまりが歩いてきていた方向からつぐみがやってきた。このタイミングだと多分、生徒会の仕事があったんだろう。どうやら三学期に向けて生徒会としても最後の仕事があるらしく、庶務の彼女はちょっとだけバタバタしている印象があった。生徒会に、珈琲店に、バンドか、俺には想像もできない激務であることは間違いない。
「おかえりつぐみ、生徒会?」
「ただいま──うん、二人は?」
「学校帰りに寄り道してたら集られた」
「シュウのお金で食べるコロッケは最高だよつぐ!」
「あ、あはは……」
俺はその疲れたような、まぁ半分は呆れ気味の苦笑いだったけど──そんな彼女の笑顔を見てコロッケ、は残念ながらもう閉店してしまっているため、近くにあった自販機に向かっていく。つぐみを手招きして俺は赤い自販機に並んでいたペットボトルの飲み物を指さした。
「どれがいい?」
「えっ、あ……じゃあ、このミルクティー、がいいな」
「よし」
お金を入れてつぐみが指さしたホットのミルクティーを購入する。表面は「あったか〜い」というよりはちょっと熱めだったけど、俺はそれをつぐみに伝えながら手渡した。
──脳裏に浮かんでいたのはひまりのさっきの言葉だった。友達だから、幸せでいてほしい。俺だって友達だと思ってるから、そんな気持ちだった。
「私は〜?」
「ひまりさんにはコロッケをあげませんでしたか?」
「ジュースほしいな〜、ほら私誕生日じゃん?」
「それ、何回目だ」
「あ、ありがとう修斗くん」
「生徒会とかバンドとか、大変だろうけど無理しすぎないようにね」
「そうそう、また倒れたらシュウのお兄さんに怒られちゃうんだから!」
「兄ちゃんだけじゃないけどね」
「そうそう」
つぐみは学校のこととか、色んなことを頑張りすぎてる。いくら頑張り屋だからって限度があると思うんだ。それこそひまりが言う通り今年の春に倒れて病院に運ばれたって話は兄ちゃんからも聞いてる。そして何より兄ちゃんには二学期始まる前くらいにちゃんと見といてやれって言われたんだから。
「そうだ! なんならさ、三人でご飯食べ行こうよ! 今日お兄さんいないんでしょ?」
「いないね」
「よし、じゃあ決まり!」
「急だねホントに。つぐみはそれでいい?」
「……うんっ」
「どこにする? それともシュウんちでつぐが作るとかもアリ!」
「いやそれはひまりも手伝うよな?」
場所を提供するのは俺、つぐみが料理を提供するとなるとタダ飯を食うだけ食うやつがいるんですよ、しかもついさっき人の金でコロッケとジュースもらってるやつなんですけど。するとひまりはまるで俺が間違っているのかとでも言いたげに笑いだした。バカにされてるみたいでムカっとした。
「そりゃ、そのくらい手伝うでしょ!」
「いや、今の言い方は違うでしょ、ねぇ?」
「そうだよ、ひまりちゃん。手伝ってね?」
「今手伝うって言ったのに!?」
そこからは買い出しをして、俺の提案で麻婆豆腐を作ることになった。もちろん、ひまりとつぐみがいるから辛めにはならないだろうけど。まぁそこは盛り付けた後で俺だけスパイスを足せばいい話だし。
そして賑やかなひまりと、明るいつぐみのコンビは本当に会話が絶えなくて一緒にいるだけで俺も自然と楽しい気持ちになれた。
「あれ、この麻婆豆腐どうしたんだ?」
「つぐみが四人分作ってってくれたんだ」
「お、ありがたい」
「多分辛味足したほうがいいよ」
「おっけ」
楽しい夕ご飯を食べつつ、そして兄ちゃんへの好感度稼ぎも忘れないつぐみの強かさもまた、ポイントの一つだよなぁと思う。胃袋掴むのは大変だろうけど、そういう地道な努力がきっと、兄ちゃんの女性関係のトラウマを払拭するための小さな一歩になってくれることを俺は信じてる。