恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

30 / 65
②:嘘つき

 前回の花音さんの恋バナがしたい? 相談したい? みたいなメッセージ性をもった質問をされたような気がして俺はひまりに相談していた。恋バナといえばひまり、みたいなところがある。本人曰くバイト先とかクラスのそういう話に聡いらしいし、そもそもそういう話への食いつきがすごいことはよく知ってるから。羽沢珈琲店で待ち合わせて、俺はひまりにことの顛末を説明し終わると、向かいに座る彼女はアイスティーを口から話して腕を組んで納得顔をしていた。

 

「ふんふん、花音さんがね〜」

「どう思う?」

「ズバリ、花音さんって好きな人がいて、私たちに身近な人なんじゃないかなっ?」

「……それ兄ちゃんしかいなくない?」

「そ、それは……確かに!」

 

 確かに、じゃないんだよなと思いつつ、やっぱり兄ちゃんかなと信用ならないものの候補を絞ることができた。そこでひまりを疑っているのがバレてるのか、じっとこっちを見てくる。ほらだって、そもそもひまりって前科あるじゃん。つぐみのことだけど、あれがある以上ひまりの断定はほとんど信頼してないからね。

 

「いやそうなんだけど、そうじゃなくて……候補ならもうひとりいるなぁって」

「もう一人……誰? バンドの人とか?」

「バンドの人といえばそうかも」

「なんか言ってたな……なんだっけ、ラスデウだっけ?」

「あー、あのVっぽいやつ」

「知ってるんだ」

「出演してからね、サマーフェス」

「そういえばそっか」

「ってそうじゃなくてね」

 

 ひまりはそこで俺に向かって指を差した。俺が、どうした──って確かに異性で俺やひまりたちに共通してる人物といえば兄ちゃんを除くと俺だけになるな。でも俺か、うーんって感じはある。兄ちゃんより俺ってなる場合ってぶっちゃけると年齢が近いくらいじゃないかなと思うんだよ。兄ちゃんは花音さんとですら四つ年齢差があるのに対して俺とはひとつでハードルが低いみたいな。

 

「お兄さんとシュウって結構違うと思うけどね、私は」

「そう?」

「だからお兄さんじゃなくてシュウって可能性もあると思うよ」

「そうかなぁ」

 

 俺はそれが微妙な気持ちになってしまうの、すごくよくないことだって思いつつもどうしても素直な気持ちでそれが表情に出てしまう。当然ながら、それに対してひまりは怒ったような顔をして、俺にそれがダメだってことを伝えてくれる。

 

「もし本当にシュウのこと好きだったら、すごく傷つけてるよ、それ」

「……ごめん」

「ってかさ、シュウってなんでそんなに女の子に好きって思われたくないの?」

「好きって思われたくないわけじゃないんだけど」

「嘘だよ、だって私の時だって、理由は違うけど根っこは一緒じゃん」

 

 その言葉に、俺は確かにと納得してしまった。自分の感情の話なのになんだか爆速で論破されてしまったことに対して、なんて言えばいいのかわからなくなっていると、ひまりは畳み掛けて同じ質問を投げかけてくる。しかも今度は身を乗り出したせいでチラリと無防備な谷間が目線に入ってきたが、なんとかスルーする。まだ残暑だからひまりも薄着なんだよな。

 

「ほら、シュウって女の子に興味がないわけでもないじゃん?」

「そうだね」

「目線的にも」

「不可抗力なのでケーキでいいですか?」

「梨のタルト〜♪」

「はい……」

「しゅ、修斗くん……わたしが作ったやつにしようか?」

 

 お値段約500円が追加され、俺が肩を落としていると見兼ねたようにつぐみに声を掛けられた。けどまぁこれは俺が全面的に悪いので迷惑料というか罰金的なかたちで支払うことにする。それに試作ケーキばっかりで行きつけの喫茶店にお金を落とさない厄介なお客さんにはなりたくないので。

 

「それで?」

「え、えっと」

「──私も気になっちゃうなぁ」

「か、花音さん……!」

 

 本題を切り出そうかどうか迷っていると、そこに更に花音さんまで加わってきた。ひまりの策略かとも思ったけど、向かいの彼女も口を大きく開けていたため、どうやらそうじゃないことがわかった。

 花音さんはおじゃましますと言いながら俺の隣に座ってきて、ちょっとつっかえながら水を渡してくるつぐみに、あくまでいつも通りの笑顔を──いや、なんか圧を感じるからいつものじゃないかもしれない。

 

「い、いやぁ、楽しい話じゃないですよ……?」

「楽しいか楽しくないか、じゃなくて知りたいんだよ?」

「シュウ、諦めた方がいいと思うよ」

「そんな……」

 

 俺にとってこの話題はとある過去の経験から来てるもので、それは誰にも語りたくない過去でもあるため避けたい話題だったんだけどな。ひまりも花音さんも、話すまで帰してくれそうな雰囲気がない。どこまで誤魔化しきれるかな、と俺はゆっくりと言葉を選びながら語り始める。

 

「あれですよ、好きな人に好きな人がいたとか……そういう単純な話ですよ」

「もっと詳しく」

「そんなこと言われてもなぁ……ああ、あれだよ。年上の先輩だったんだけど結構仲良くてさ、高校の文化祭の時に告白したら実は好きな人がいますってフラれて……それがショックだったんだよ」

「……それだけ?」

「それだけって言わないでくださいよ」

 

 花音さんのリアクションがすごくショックだった。フラれたのはフラれたんだよ、しかもこう、なんというかひまりと似たような……っていうとひまりに失礼かもしれないけど、映画行ったり、服を選んでもらって、他にもピクニックとかプールとか、そういうところに二人で出掛けたりもした先輩なんですよ。

 

「……元カノってこと?」

「その理論だと今カノはひまりだね」

「えっ、えへへ……」

「んんっ……話がそれてるよ二人とも」

「そうでした、えっと結局何が言いたいのかって話ですね」

「そうそう」

 

 フラれるだなんて思ってなかった、なんて奢りが過ぎるかもしれないけど、少なくともあの時の俺はフラれるだなんて思ってなかった。だからこそ、好きな人がいるって言われた時に思考が停止したし、足許がガラガラと崩れるようなショックがあった。その傷跡がトラウマになって今もこの胸に刻まれてるんだと思う。

 ──あの、胃と胸の真ん中が痛くなるようなあんな感覚を味わったら、俺はもう恋愛ごとの矢印の先にも根本にもなりたくなくなる。そんな俺のトラウマの告白に花音さんはそっかと申し訳なさそうな顔をしていたが、逆に疑問を浮かべたのがひまりだった。

 

「ん〜?」

「どうしたの、ひまりちゃん」

「いや、なんか……違和感? というか、んーっと」

「えっと、腑に落ちない……?」

「そうそれ、それです。私は今の話を聞いてひゃくぱー納得できなかった」

「どうしてか、訊かせてもらっていいかな?」

「だって、シュウの話ってこう、矢印にすると直線でしょ?」

 

 コップとお皿とスマホを横に並べて人差し指で間の空間を一方向になぞるひまりにそうだねと俺は肯定する。俺が先輩のことを好きで、先輩は違う人を好きだった。そういうシンプルでよくある感じではある。俺のトラウマの原因は先輩の態度なんだけど、そこはわかってるのかと言いたい気持ちをぐっとこらえて、ひまりの言葉の続きを花音さんと一緒に待っていた。

 

「これじゃあ拗れてるってよりは憧れ止まりってことじゃん。こじれるのって、こうでしょ?」

「……そうだね」

 

 今度はスマホをひまりから見て少し奥へ、そしてコップとお皿の中間点あたりに置いた。そして指でスマホからお皿へ、そしてお皿はコップへの見えない矢印を表現する。同じだけど、これは全然違う。花音さんもその言葉に納得したようで頷いていた。

 ──ひまりってこんな考察とかできるタイプの賢さあったっけ。

 

「今失礼なこと考えたでしょ」

「結構」

「正直でよろしい、コロッケで許してあげる」

「……うっす」

 

 また食い物か、と思ったが黙っておく。これ以上ひまりの機嫌を損ねるとスイーツになるからな。単価が安い時点で立ち止まるのは大事である。じゃなくて、そんなカロリーおばけに取り憑かれた彼女はコップとスマホを指で往復した。そう、拗れるってことはここに関係性が生まれてる必要がある。それが三角関係ってやつだから。

 

「男だよ、そして男色じゃない」

「それはわかってるよ……なんか誤魔化してない?」

「……シュウくん」

「──先輩の更に二つ上の先輩で、同じ軽音部だった人です」

「軽音部……?」

「ああはい、まぁ俺なんでわかると思うんですけど先輩とも音楽関係で知り合ったんですよ、当然、その人も」

 

 花音さんが反応する。さて、ここからどうやって誤魔化せるだろうかと俺は必死で頭を動かす。

 ──俺が語ってることはほぼ真実だけど、ちょこちょこっと()()を混ぜてる。語りたくないことなんだ、言いたくないことやどうしても、それこそ嘘ついてでも誤魔化したいことがある。

 

「えっと、先輩とは……最低三つだよね」

「三つですか?」

「だって、高校のって言ってたよね。私もひまりちゃんもシュウくんが一年生の時から知り合いだから、そこでトラウマになってたら相談くらいしてくれるはずでしょう?」

「あ、ああ確かに! 花音さんよく気づきましたね」

「えへへ……えっと、だからその更に二つって……浩介さんと同じ歳だよね」

「そうですね、兄ちゃんと同じです、だから知り合いなんです」

「そっか……それもあるよね」

 

 そう、そこに更に続きがあるんだけどね。フラれて、別の人が好きだって言ってた先輩はその人が卒業する時に告白してフラれてる。そしたらあんなに優しかった先輩の態度は激変したんだ。八つ当たりなのか、なんなのかわかんないけど。もうあの人は俺の顔を見て笑ってもくれなくなった。その後どうなったかなんてわかるはずもない。

 

「……お兄さんは、なんか言ってたの?」

「えっと兄ちゃんは卒業してすぐ、こっちに引っ越してるから」

「そうだった……ごめん」

「あの、ごめんね……変なこと訊いちゃって」

「いやいいんですよ。今の俺はみんながいてくれてすごく楽しいし、充実してますから」

 

 二人のリアクションにどうやら漸く納得してもらったようで、俺はほっと一息吐いた。俺が引きずってる直接の理由はその先輩の態度の豹変なので間違ってはいないけどね。

 ──多分一番だめだったのが、そこからずっと、高校生になるまで俺は誰もこういうことを話す相手がいなかったってことだろう。兄ちゃんも、先輩もいなくなった後の俺に胸襟を開く相手がいなかったんだ。それを考えると今こうしてひまりや花音さんが話を聞いてくれるというのはすごく幸せなことだ。

 

「それじゃあシュウ、コロッケもケーキもありがとね!」

「うん、食べすぎるなよ」

「わかってますよ〜」

「それじゃあ花音さん、送っていきますよ」

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 ひまりと別れて、再び花音さんを送っていく。隣でどこか楽しそうに笑う花音さんを見ていて、ふとサラリーマンとすれ違う。

 ──俺は、あの人から見たら花音さんの何に見えるのか。花音さんと俺の関係は、どう見えるんだろう。過去を話したせいか、思い出してしまったトラウマの苦い味がじわりと口に広がるような感覚がする。しかしすぐに、花音さんの家の前に着き、ちょっとだけほっとしてしまう。

 

「ね、シュウくん」

「なんですか?」

 

 別れ際、花音さんは玄関に掛けた手を止めて振り返ってきた。その顔はすごく輝くような笑顔だったのに、俺にはすごく、とても怖い顔をしているように感じてしまった。

 

「──本当のこと、話せるようになったらまた教えてね」

「え……」

「またね、シュウくん」

「あっ、花音さん……え、嘘……でしょ」

 

 玄関が締まり、姿が見えなくなっても少しの間、俺は花音さんの言葉の衝撃に動けずにいた。本当のこと、って俺の嘘はバレてたのか。どういう経緯で、どういうところで嘘だって気づいたのか、それすらも俺にはわからないのに。

 ──誓って、全部が嘘じゃない。なんなら真実の方が多い。だけど花音さんはそれを全部見抜いてるかもしれないっていうんだから、実はあの人が一番、怖いんじゃないだろうか。俺はそんな失礼なことを考えてしまった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。