何が起こったのかなんて俺にもわかんないけど、とりあえず花音さんとデートすることになった。目的があったつぐみの時や、ひまりとは違う緊張感が俺を包んでいたけど、出掛ける前にパレオが微笑みつつ、アドバイスをくれた。アドバイスといっても気の持ちよう以上の効果は発揮しないんだけど。その気持ちを変えてくれる明るい笑顔だった。
「修斗様はいつだっていつもの調子で大丈夫です。花音さんもそれをきっと期待していますから!」
「ありがとうパレオ」
「はい、それでは行ってらっしゃいませ〜♪」
「行ってきます」
見送られて、待ち合わせ場所である商店街に入っていくと、そこにはいつもと変わらない佇まいの花音さんが立っていた。どうやらデートだから気合入れてきたよなんていうあざとさはなくて安心した。服を褒めるとか髪型を褒めるとか苦手だし、化粧の違いが、なんて言われたらお手上げだからね。
「おはよう、シュウくん」
「おはようございます、花音さん」
「いい天気になったね」
「ちょっと暑いくらいですね」
「うん♪」
いつもの二割、いや三割増しってところだろうか、眩しいほどの笑顔をしてくれる。いつもほとんどの時で笑顔だけど、今日は特に楽しみとか、嬉しいとかそういう感情を伝えてくれる。噂によると花音さんは困り顔がかわいいらしいけど、俺は困り顔ほとんど見たことないんだよなぁ。
「それじゃあ、行こっか」
「はい」
「今日くらい敬語なくてもいいのに、デートなんだし……ね?」
「え、いやいや! 花音さんにタメ口とか恐れ多いですよ!」
「ふえぇ……」
あ、困り顔した。確かにかわいいけど、俺にそのかわいさを楽しむ余裕がない。花音さんって出逢って一年経ってるけどさ、ひまりとつぐみと出逢ってからそれほど差がないのになんでか花音さんのことはこうも強く異性として意識してしまうんだろうか。多分いつも言ってるようなお姉さんオーラのせいなんだろうと思う。
「ふふ、シュウくんとお出かけできるなんて……ふふふ」
「そんなに楽しみなんですか?」
「うん、遠くに出掛けるのは千聖ちゃんとじゃ、できないから」
「できない……どうしてですか?」
「えっとね、千聖ちゃん……多分だけど、あんまり電車が得意じゃないみたいで……」
得意じゃないとは俺が一瞬思ったような、芸能人だからとか人混みが苦手とかじゃなくて純粋に乗り換えとかがわからなくて失敗しがちなんだそうだ。そこに花音さんの迷子癖が加わればなんとちょっとしたお散歩が大冒険になりかねないらしい。それは確かに帰りを待つこっちがハラハラするからなぁ。
「だから、シュウくんと一緒だと安心できるよね」
「俺だって別に方向感覚に優れてるわけでも、電車の乗り継ぎが上手なわけでもないですから」
「でも私より迷子にならないから」
「まぁそりゃそうですけど」
「頼りにしてるね、シュウくん」
「はい……って、そんなに頼られても困りますからね」
俺は思わず頷いてしまい慌てて訂正する。花音さんはこうやって女性経験のない男性をさりげない仕草で惚れさせてしまう魔性を持った女性なのではないかとすら思うところがある。普段の天然さに対して時折見せる優しい顔とか、ボディタッチとか妙に隙が多いところとか、ふとした仕草は大人っぽいところとか。挙げたらキリがない。
「楽しみだなぁ……」
「水族館ですか?」
「シュウくんと一緒の水族館が、楽しみなんだよ」
「な、なんか照れるんで……そういうのは」
「ふふ」
そんな花音さんとのデートはもちろん彼女の要望で水族館だった。ただしいつものところではなくて、白鷺さんが苦手とするらしい電車を乗り継いでスカイツリーの近くまで。スマホで調べておいたルートに従って俺は花音さんを導いていく。
ここでミスったら迷子癖のある花音さんだ、許してくれはするだろうが結局辿り着けないってことには落ち込むだろうと気合を入れ直す。なんせ複数回乗り換えだからな、俺を頼っていいってところを見せたい。
「電車って色々あるよね」
「ありますね、近くなら二つあるし」
「そうだよね、地下鉄も、地上にあるのもあるもんね」
「後は高架も」
「うん」
「上に行ったり下に行ったりしたら、すぐ迷子になっちゃいそうで……」
「それじゃあはぐれないように……ええっと」
「腕組んでいい?」
「えっ、っとぉ……まぁ、いいですけど」
ドキっとさせることを言われてポンと乗り換えが頭から吹き飛んだ。花音さんと俺の感情、どっちが先に迷子になるかの勝負のような気分さえしてくるね。ただし本人は何も気にしてる様子もなく普段とは違う道にそわそわと左右を見回していた。不安というよりは好奇心が勝ってる顔だ。
「なんだか、乗り換えいっぱいしてると冒険みたいだね」
「またすぐ乗り換えてなんで疲れたらごめんなさい」
「ううん、大丈夫」
一駅で二回乗り換えて、最後だけ少し長め。合計しても30分くらいだろう。中学まで暮らしていた場所では電車の乗り継ぎってこうはいかなかったなぁとしみじみ感じつつ、二度目の乗り換えをした。花音さんは素直に着いてきてくれるためすごくスムーズだが、きっとこれを一人で思い出して再現しろと言われたらそれこそふえぇっと焦って困ってしまうんだろうな。次の駅で乗り換えるを二回やるだけなんだけど。
「これで覚えたら今度はひとりでいけますね」
「ふえぇ……む、無理だよぉ……」
「さっき乗り換えたのが、あの駅で……次はここで降りて」
「しゅ、シュウくん……」
なるほど、これが花音さんの困り顔がかわいいと思う気持ちなんだろう。今の俺はすごく最低で、すごく楽しそうに言葉を発していたと思う。俺にこんな一面が、と自分で自分に驚いていると、花音さんがそれに気づいたように以前送っていった時のように腕を抱き、だけど今度はやや涙目で俺を見上げてきた。
「……す、すみません調子乗りました」
「シュウくんは私が迷子になって帰れなくなってもいいんだ」
「そんなことないですよ、ちょっとした冗談ですから」
「本当に?」
「はい、本当です」
何この生き物は、普段はお姉さん雰囲気バリバリの花音さんが、あの大人っぽくてけど仕草とかはあざとかわいくて、常に微笑みを浮かべる花音さんが俺の腕をがっちりとホールドして幼い子どものように拗ねた口調を使うなんて。
デートをすると、その人の意外な一面が見れるというかこういう顔もするんだって思うことはある。つぐみとか、ひまりはもう慣れ親しみすぎて普段との変化を感じなくなってるけど。それは花音さんとて例外ではなかったということか。
「ちょっと混んでますね」
「土曜だもんね」
「そうですね」
数分とはいえ、観光地の最寄り駅へ向かう路線だけあってやや混み合っていた。俺は電車慣れしてない花音さんを庇うようにして、ちょっと距離が近くなるのはこの際気にしないことにしてドア際で車内方向を見ている花音さんの前に立った。なるべくなら後ろ向いててほしかったんですけど、もう向きを変える余裕は彼女にはないだろう。
「……ふふっ」
「もうすぐですからね、調べた感じだとすごくキレイって話だし楽しみですね」
「ん、うん……それもそうなんだけど、守ってくれてるんだなぁって思ったら嬉しくなっちゃって」
「そりゃ、花音さんが潰されたり、万が一変な目に遭うのは嫌なので」
きっかけは同じようなシチュエーションでひまりが大きなカバンを持った人に潰されかけたことだ。後はつり革に捕まるような仕草で肘を胸に押し当てられたことがあったくらいだろうか。ひまりもそうだけど当然、花音さんもとびきりの美少女だ。そういう人の近くにいることで少しでもこの満員電車のストレスを軽減しようとでも言うんだろうか。俺は空気なので無視されがちなのが辛い。
「そっか……あ、でも」
「なんですか?」
「シュウくんならここで鷲掴みにされても──嫌じゃないよ?」
「なっ、なに、言って……?」
「ふふ」
「さ、さっきの仕返しですか?」
「うん、ドキドキしちゃった?」
「そりゃもう、心臓バクバクですよ」
胸に手を置いて微笑んだ花音さんに戸惑っているとそれがあどけない笑顔に変わった。まさか花音さんがこういうちょっとセンシティブな冗談というかからかいをしてくるだなんて、誰に影響されたんだ、きっとあの小柄なのに全然小動物感のないどころか大人と芸能人オーラ全開の友達からだな、なんてことを教えているんだ。悪影響ですよあの親友きっと。
だがさっきの仕返しはまだ終わらないようで、花音さんの細くてキレイで、けどはっきりとした存在感を持った指が俺の左胸上部、やや右寄りに押し当てられる。
「ドキドキしてるね」
「今のでも心拍数上がりましたよ」
「シュウくんの心臓の音……」
音じゃなくて振動では、と思うけど音と振動ってざっくりしまくるとどっちも空気の振動だから一緒なのか。それにしてもそれでちょっとうっとり気味になるのってなんなんですか、もしかして心臓の鼓動にフェチズム感じるタイプだったんですか。割とパニック状態の中で俺が変な思考へ行きつくと駅名のアナウンスに花音さんが反応した。
「これ?」
「これっていうか、終点ですね」
「そっか」
「全員降りますから人に流されないように注意してください」
「大丈夫、シュウくんに掴まってるから」
普段だったらドキドキしてしまうけど、こういう時はありがたい。やっぱりドキドキはするけどね。
なんとかはぐれずに電車から降りることに成功した俺たちは、改札を出てようやく一息吐いた。人混みは大変だなぁとは思いつつも抜けてしまえば笑い話にもなる。
「あはは、流されそうでしたね……」
「そうだね、ふふっ、はぁ……ここからちょっと歩くんだよね」
「そうですね歩きますけど、大丈夫ですか?」
「ちょっとだけ喉乾いちゃったかも」
「それじゃあ自販機探しましょうか、きっとすぐ見つかりますよ」
「お任せします……迷子になっちゃわないように気をつけてね」
「大丈夫ですよ」
花音さんじゃないんだから、という言葉はギリギリ飲み込んで、俺たちはひとまず自動販売機の前で休憩することになった。疲れてないか、大丈夫かと気遣ってみたものの、花音さんはすごく楽しそうに俺のことを見上げていてちょっとだけほっとした。
デートは始まったばかり、いや始まってすらないけど既に花音さんはすごくキラキラしていて、これからのことが楽しみでしょうがないって感じだった。
「じゃあ行こっか……こっちでいいんだよね?」
「いえ、こっちです」
「ふえぇ……」
「絶対勘で言いましたよね」
「……う、うん」
「そういう根拠のないやつが迷子の元ですよ、後は興味のある喫茶店とか他のものに気を取られるとか」
「シュウくんってエスパー?」
「花音さんがわかりやすいんですよ、この場合は」
恥ずかしいけど、絶対にこの腕にある感触を離させたらダメだと思うには充分すぎる会話だったが、その義務感と花音さんの迷子癖が羞恥心を軽減させるものであることに感謝することは確実だった。なにせ移動中に肘から二の腕辺りにずっと柔らかい感触がしてるのを気にしないように言い聞かせられるからね。花音さんってやっぱり思ったよりもあるな、という超失礼なことが頭によぎってしまったのはもうこの際迷子にならないための経費だと思ってほしい。俺は花音さんがそのことについて気づかないようにと願いながら水族館へと向かっていった。