クラゲ、ペンギンと大きな目的を果たした俺と花音さんは続いてその水族館の中にあるカフェへにやってきた。ペンギンの水槽の近くにあるそのカフェのコンセプトはずばりそのまま「ペンギン」というもので、メニューもそれにちなんだ安直だけど特徴的なものになっていた。
「ペンギンフロート、ペンギンコットンキャンディ……か、かわいい……!」
「めちゃくちゃ気に入ったって感じですね」
「うん、うん……っ、すごい、来てよかった……!」
特徴的なのはメニューだけじゃなくて、さっきのペンギンの水槽が店内の席の目の前にあって、今回の目的もまたそれになる。クラゲかペンギンか、そういった水族館の中で花音さんが特に好きなものとカフェ、その複合が何かないかと色々と考えた結果この水族館になったくらいなんだから、メインイベントと行ってもよかった。
「クラゲとかは……その、あったはあったんですけど」
「けど?」
「結構大人っぽかったり、その……値段が」
「そうなんだ」
個室のカフェとか存在するの初めて知ったよ。しかもゴロンと寝れる場所まであるなんて聞いたら健全な男子高校生は変な妄想しましたよ。とにかく、他にも喫茶店じゃなくてバーだったりとかで色々と条件に合わなかったのでクラゲ路線は諦めた。そうしてペンギンにシフトして見つけたのがこの水族館だった。幸い、時間をズラしていたため混み合っておらず、ゆうゆうと席を選ぶことができた。
「わ……かわいい」
「じっくり座って泳いでるところ見れますね」
「ね、こんなの贅沢すぎるなぁ……」
「よかったです、気に入ってくれて」
そんな躓きはあったものの、花音さんの反応から見ればこれが成功だったか失敗だったか──なんてわざわざ問いかけるまでもないことだっていうのは伝わってくる。ペンギンのワッフルソフトを食べつつ、泳ぐペンギンをこの上なく堪能できる。ひまりもかわいいものとか「映える」ものには目がないのできっとはしゃいでることが容易に想像できる。
「ドリンクは年パス買うとめちゃくちゃ安くしてくれるみたいですね」
「……ほしい、けど……うーん」
「電車ですか?」
「うん」
「まぁ確かに、花音さんは厳しいですよね」
電車なんて逆に考えれば決まった時刻に決まった場所に送り届けてくれる、迷子とは無縁のものに感じてしまうけど、その電車を間違えるというリスクは当然ありえるわけで。花音さんはふとよそ見をした瞬間に自分がどこにいるのかを失念するという能力を持っているため、油断はできない。
「兄ちゃんも、最近はますます忙しいみたいだしなぁ」
「……シュウくんじゃ、ダメ?」
「俺ですか?」
「今日みたいに、シュウくんと一緒に行けたらなぁって思うんだけど……」
花音さんは俺と目線を合わせるわけでなく、隣で正面下を見て照れ笑いを浮かべつつ、そんなことを言ってくれる。なんだか俺も照れくさくなってしまうけど、お姉さんだと思っていた人に頼られるのって、すごく嬉しくなってしまう。特に花音さんにはたくさん助けられてきたし、ましろの時も、パレオの時もひまりの時も、さりげないアドバイスをくれた。そんな花音さんが喜んでくれるなら。
「……じゃあ、最初から年パス買っておけばよかったですね」
「──っ、うん、そうだね……ふふ……っ」
「か、花音さん?」
「キミは、ずるいよ……期待しちゃうよ」
「え、ああ、期待はしてくれてもいいですよ、暇ならガンガン誘ってください」
肩に花音さんの頭が乗ってきて、するりと指の間に花音さんの細い指が入ってくる。ドキっとさせられる行動に俺はちょっとだけつっかえつつ、左腕全体が花音さんの柔らかさを堪能してしまっている罪悪感と羞恥に駆られて目線を逸らすと、ちょうど目線の先にすごく目を惹くような美人がいた。いや美人だったからガン見したわけじゃなくて、それが知ってる人だったからなんだけど。
「……シュウくん? デート中に他の女の子に目移りしてるの?」
「そうじゃないです、意外すぎる人が一人で水族館にいたせいでついまじまじと見てしまって」
「意外すぎる人?」
「はい、あの人です」
顔の方向でその人物を示すと、そこには花音さんも顔は知っている人、妖艶かつとびきりの大人っぽいクール系美女でありつつ俺より年下でましろと同学年というバグのような存在、八潮瑠唯さんだった。スマホを片手に連絡してるのか、しきりに指を滑らせて周囲を見たり、水槽の前で立ち止まってからまたスマホを操作するというのを繰り返していた。
「何やってるんだろうね……?」
「なんでしょうね」
「メモしてる?」
「もしかして作曲のヒントとか?」
「浩介さんみたいにってこと?」
「はい」
兄ちゃんが水族館に行くのは作詞作曲に行き詰まった時だ。そこで花音さんと出逢って今、こうして俺が何故かデートをしているわけだけど。兄ちゃんは別にメモとかはしないタイプだけど、きっちりしていて真面目な八潮さんならありえるなという予測だった。
しばらく観察していた俺と花音さんだったけど、数分してから花音さんがちょっとだけ拗ねたように腕を引く。
「今はデートしてるから……ね?」
「そ、そうでした、すみません」
「うん、わかればいいんだよ」
ひまりも言ってたけど、そういうのは好きな相手だろうとそうじゃなかろうと失礼になることの方が多いからデート中に他のところに意識を持って行き過ぎたらダメなんだよな。確かに俺も花音さんに全く別のことで、しかもそれが道行くイケメンとかが相手で上の空になられたら微妙な気分になるよな。
「ありがとう、シュウくん」
「なにがですか?」
「キミのおかげで、新しい世界を見れた、すごく素敵で……楽しい世界」
「……花音さん、いやいや、まだ回り終わってないですって」
「うん、そうだね」
「ここは他にもオットセイとか、他にもクラゲの飼育作業とかペンギンとかのご飯の準備すると施設も見学できるみたいですよ」
「そうなんだぁ……クラゲの飼育……」
やっぱりそこに食いつくんですね。クラゲの赤ちゃんや成長途中のものとかを見れて、時期によっては体験プログラムもやってるってホームページに書いてあったからね。まだすぐに近くには日本最大級の金魚展示エリアとかもあって、地域柄としての江戸の下町っぽさも醸し出しているらしい。
「すごいなぁ……ふふ」
「すごいですよね」
「あ、ううん……いっぱい調べてくれたんだなぁって」
「そっちですか? 花音さんだって調べようと思えば情報なんてたくさん出てきますよ」
「そうじゃなくて……シュウくんが私とのデートのために、たくさん調べてくれたのが嬉しんだ……♪」
「元々は、夏休みに花音さんとの時間を作らなかったことが原因ですから、このくらいは」
いわば夏休みの宿題のやり忘れみたいなものだ。本当だったら夏休みに来れたらまだまだイベントもやっていただろうし。ただそういう義務感以前に調べてるのが楽しかったのも事実だ。よくデートする相手はやっぱりひまりだけど、あいつとのデートは基本的に彼女の行きたいところに俺が振り回されるって形になる。その点で言うなら花音さんが喜びそう、楽しんでくれそうって考えながら自分で計画を立てるのはちょっと、いやだいぶ楽しかった。
「金魚って、キレイだよねぇ」
「ですね、鮮やかで、見てるとすごく涼しげなのもいいですよね」
「ただ、あんまり飼うってなるとなぁ……って、これはクラゲもなんだけど」
「クラゲ飼おうとしたことあるんですか……」
「うん、売ってるよ?」
「いやそういう問題じゃ……まぁいいか」
金魚に限らず魚類をちゃんと飼育するのは通常の家庭だと中々に難しいんだよな。実家はその件で兄ちゃんと二人で試行錯誤を重ねて、最終的には猫よけをした上で庭に深さもそこそこある池を作って安定したんだよな。あれは大きくなりすぎて金魚って呼べる代物じゃなくなったけど。
「金魚って種類にもよるらしいですけど、10年は軽く生きるらしいですよ」
「そうなんだ……なんか短命なイメージだけど」
「あはは、水槽だと保って三年くらいですって」
「……そうなんだ、なんか……かわいそうだなぁ」
「うちの金魚はもう何年だったかな……まだまだ元気なんできっと十年くらいは生きてくれそうですけど」
もうあいつは野生の部類だけど。なんせ夏の主食はボウフラだからな。元々はボウフラ対策でペットショップで購入したんだから。ボウフラ対策だったのに池を作らされたのには、未だに兄ちゃんと俺の間での笑い話だ。
──そんな話に花音さんはくすくすと笑いつつ、ちょっとだけ甘えるようにこっちに顔を向けてきた。
「その子にも会いたいなぁ」
「うちの実家のですか?」
「うん……ね?」
「えーっと、えぇ……?」
「ふふ、ごめんね……困っちゃうよね?」
いや、困るっていうか、俺も兄ちゃんも家出同然っていうところもあるし、家族は兄ちゃんだけなんて言うレベルで俺は両親のことを良く思ってないし、なんならそこに花音さんを連れて帰省しようものならとんでもない勘違いをする。多分親戚づきあいの話とかし始めるだろう。対して自分たちもしてないのにそういうのは拘るんだから。
「再婚だと、やっぱり色々ある?」
「いやそっちじゃないです。うちの本当の母さんなんて、もう顔もうろ覚えですからね」
「そ、そっか、小さい時だったんだっけ?」
「はい」
写真があるわけじゃないし、幼い時のほんのちらっとした記憶でしかいない血の繋がった母親よりもよっぽど今の母さんの方が俺の中で「母親」としての認識が強い。まぁ家族として認めたくないほどには良く思ってないけど、それは再婚云々じゃなくて単純に兄ちゃんと俺と、両親の生き方が違うだけ、価値観の違いってやつだ。
「でも、やっぱり私は……ごめんね、何も知らない私の言葉なんだけど」
「いや、いいですよ」
「……やっぱり私は、どんなことがあっても家族は家族、そう思うんだ」
「家族は家族……ですか」
「なんか、ごめんね……ほら行こっ、クラゲの赤ちゃん、私すっごく楽しみだし」
「……はい」
花音さんの言葉は、思っていた以上に俺の心に刺さった。家族は家族、どんなに否定しても、生き方が違うって嫌っても、俺にとっての家族は兄ちゃんだけじゃない。それはきっと、色んなものを好きで、好きに夢中になる花音さんらしい、そして世界を笑顔にするという目標を持つハロハピらしい慈愛の言葉なんだろう。
──とりあえず、そうやってフラットな目線で言葉を交わせるようにするには結果がほしい。兄ちゃんのように、でも兄ちゃんとは違う方法で、俺は自分に胸を張れるようになりたい。
「花音さん」
「ん?」
「……ありがとうございます、俺、花音さんと知り合えて幸せです」
「ふえぇ……? ど、どういたしまして……?」
だけど焦る必要はない。兄ちゃんだって結果が出てるって言えるようになるまでに四年掛かってるんだ。とりあえず俺も高校卒業して、大学はどうするかさておき、今の兄ちゃんの歳になるまでゆっくりと、けど確実に歩みを進めていければいいんだ。
そんな真面目な思考もまた花音さんのかわいらしい笑顔を前にしたドキドキに消えていくんだけど、クラゲの赤ちゃんって呼び方がかわいすぎるんだよなぁ。
「クラゲの赤ちゃん、すっごくかわいかったぁ……♪」
「気に入ってくれてよかったです」
「また一緒に来ようね、シュウくんっ」
「はい、もちろんです」
なんだか今日一日で随分と花音さんと距離が縮まったような気がする。やっぱりデートすることで違った一面を見ることができるってことで、その違った一面を見ることで距離が縮まったと思えるってことなのかな。そうすると、花音さんは俺の違った一面っていうのはなんだったんだろう。それともそんなのはなかったのかな。そんなことが少しだけ気になっていた。