デートの日から、花音さんとの距離感が明確に縮まったような気がする。いや、気がするんじゃなくて明確に縮まった。
一番の違いは花音さんが頻繁に家に来てドラムの指導とか、なんならご飯作ってくれるなんてイベントも起こるようになった。この日は兄ちゃんが音楽番組の収録のために地方──しかも里帰りとも言うべき地元の番組の収録のため実家に一泊することになった。それで独りで過ごすはずだったんだけど。
「つぐ、これおいしいね!」
「そのチキン南蛮、花音さんが作ったんだよ」
「お口に合ったならよかった♪」
「ピリ辛の加減ちょうどいいですよ!」
「本当に、おいしいです」
「うん、いっぱい食べて。特製の南蛮酢もあるからね?」
気づけばこの賑やかさだった。つぐみ、花音さん、ひまりと四人での食卓に俺は慣れているようなそうでないような感覚だった。ふと気づいたんだけど俺って結構気軽に同年代の女子を家に上げすぎなのではないか。そう思った原因は学校のクラスメイトとの会話だった。前回も話したひまりガチ恋のクラスメイトが夏休みに俺の動画をオススメしてくれたらしくそこからなんとなく三人での会話が増えていた。
「この前さ、色々あって女子を家に上げてさ……」
「女子?」
「その色々が知りたいな、どんな手を使った? 催眠か?」
「なんでだよ、
「
「知らねーよ」
水泳部の犬飼がひまりガチ恋のメガネ男子で、岡田はちょっとチャラめで部活はやってないが空手道場の息子だ。犬飼はガールズバンドのオタクで岡田は中学時代軽音をやっており、そのメンバーと今もアマチュアでバンドをやってるらしい。ガールズバンドにも詳しく、推しはポピパで特に花園たえさんがいいんだとか。
そんな二人の会話内容は岡田が隣のクラスの女子で自分ちである空手道場に通ってる子が紆余曲折あってリビングで数時間ふたりきりだったという話題だった。
「いや、緊張するなあれは、なんか家とは思えないくらいに片肘張っちまってよ」
「……そうなんだ?」
「磯村はなんでそこで不思議な顔ができる、まさかお前も経験者だとでも?」
「嫌な言い方だな、それ」
「あー、えっと今日も来るよ」
「……も、だと?」
犬飼の顔が険しくなったところで俺は自分の認識の甘さを知った。俺の意志で最初に家のリビングに異性を招いたのは中学生の時だったよ、先輩を招いて一緒にゲームしたけど、その時は確かにドキドキした。こっち来てからはすっかり慣れてしまっていたよ。なにせ呼んでなくても家にいるし。
「……お前は多分麻痺してるな」
「いや許していいのか岡田、こいつ女をとっかえひっかえしてるクズだぞ」
「言い方が悪すぎる」
「というか前から思ってたんだがどういう繋がりで倉田ましろ嬢とお近づきになったんだ、答えによっては指詰めることになる」
「怖いって……ましろ嬢?」
月ノ森出身のお嬢様ガールズバンドのボーカル倉田ましろはお嬢様だと思われているらしい。まぁ俺も最初はお嬢様だと思ってたけどね、知れば知るほど庶民でミーハーだよあの妹系内弁慶ちゃん。色々と経緯を話すと納得してくれたようで、俺はなんとか一命を取り留めたが、このことがきっかけで自分のやってることの異常に気づくことができた。むしろなんで気づかなかったんだろう、兄ちゃんのせいにしておこう。前の家では兄ちゃんが基本的に女子連れ込んでたし、言い方は悪いけど。
「どうしたの?」
「ああいや……こうやってみんなが来てくれて、一緒にご飯を食べてくれることの特別感を再確認してまして」
「なにそれ、別に日常じゃん! ね、つぐ?」
「そうだよ、じゃなきゃこんなに寛げないし」
「ひまりちゃんは寛ぎすぎかなぁって思うところはあるけどね?」
「そうですか? だってシュウんちだし」
「ひまりは俺をなんだと思ってるんだ……」
とまぁ特別感とか言ったけど、ひまりの言う通り結構な頻度のある日常風景のため、またすぐになんでもなくなるんだろうなぁという気持ちだった。最近だとましろが料理するって言って一緒に台所立つこともあるし。あの子は包丁の扱いがマジで危なかっかしいんだけど、兄ちゃんに喜んでもらおうと一生懸命に頑張る姿は、応援したくなる。すぐに挫けるし弱音吐くしで結構宥めるのに苦労することも多いけどね。
「修斗くんと一緒に料理かぁ」
「ふふ、じゃあつぐみちゃんもシュウくんに手伝ってもらったら?」
「俺でよければ」
そういえばつぐみと一緒に料理ってしたことない気がするな。みんなでハンバーグこねたりとかはしたことあるけどね。逆に花音さんはそういう経験がないからちょっと羨ましそうに話を聞いていた。みんなで料理っていうのもやっぱり楽しいんだよね、協力して作るもののバリエーションで一番人気は気軽に辛くできるって点で餃子だけど。
「いいなぁ、みんなで餃子作り」
「またやりましょうよ!」
「あれなら豆板醤で後から辛くするだけで、どっちかに合わせることなくていいですし、わいわいしゃべりながら作ってホットプレートで焼くんですよ」
「じゃあ次に来た時はそれかなぁ」
「餃子の皮買っときます」
「うん♪」
ふと思ったけど、うちに来るメンツって、ましろ以外はすごく女子力高いんだよな。家が喫茶店のつぐみはもちろん、花音さんはお菓子作りも料理も上手で、ひまりもちょっと集中力足らないところあるけどかなり高め、そしてパレオは中学生ながらその自称に違わぬ超性能を有している。
「よかったね、シュウ」
「助かってるよ、みんなのおかげで俺のバリエーションも増えたし」
「それは私たちもだよ、ね?」
「はいっ! でもまだまだです!」
「お〜、つぐってる」
そんな賑やかな夕ご飯の時間も終わり、片付けが終わって三人を送っていく。つぐみの家とひまりの家はかなり近所にあるためすぐだから必然的に送っていく時間が長いのが花音さん、ふたりきりになってしまうのも花音さんだけだ。これもまた、ささやかな変化といえるような気がする。
「シュウくんってさ、明るくなったよね」
「……そうですか?」
「前は、もうちょっと私たちに警戒してたからかなぁ」
「警戒、してましたか?」
「警戒……というよりは、うーん……これは言っちゃっていいのかわかんないけど」
花音さんは言葉を探しているような仕草で顎に指を当てて首をかしげた。妙にあざといなと思うけど多分天然でやってるんだろう。だって花音さんだし。そんなあざとかわいい仕草の花音さんの言葉を待っていると、やがて彼女は意を決したようにごめんねと前置きしてオブラートに包まない言葉を向けてきた。
「
「……バレてたんですか」
「その時は全然気づかなかったよ? でも、九月初めの頃に、中学時代のトラウマのお話をしてもらったから気づけたんだけどね」
「そりゃあ、俺の話の嘘にも気づきますよね……花音さんはすごい」
唯一、俺がそう思って接していなかったのが上原ひまりだ。あいつは最初からつぐみと兄ちゃんの応援がしたいから協力しろってスタンスだったから兄ちゃんのことをそういう目で見てるわけじゃなくて、本当に俺と協力することで二人をくっつけようとしてるんだって信じられた。まぁ少し付き合えばひまりに裏とか表とかそういう腹芸ができるようなやつじゃないってわかるんだけどさ。
「私、そんなに腹黒に見えるかなぁ……?」
「いや、花音さんは裏も表もなく俺が兄ちゃんの弟だから話しかけてくるんだって思ってました」
「……そっかぁ」
そこで寂しそうな顔をされてしまうから、今は
──これなら、きっとぶっちゃけても許されるかな。怒られたらその時は誠心誠意、土下座でもなんでもして謝ろう。
「俺、だから花音さんのこと、ぶっちゃけ苦手でした。というか嫌いでした」
「だよね……うん、私も、そうじゃないかって今考えてた」
「俺の考える花音さんの行動原理が、全部、なにからなにまで
「それは、ごめんね」
「いやいや、花音さんのせいじゃないですよ……俺が嫌なやつってだけで。謝るのは俺です」
きっと、最初のきっかけは俺が兄ちゃんの、知り合いの弟だったからだろう。でも花音さんにとって話し相手として一緒にいて楽しい、おしゃべりしやすいって思ってくれた。それは兄ちゃんの弟としてではなくて、単純に
「俺も、花音さんとおしゃべりするのは、すごく楽しくて、だから……ちょっと苦しくて」
「うん……でも、もう大丈夫なんだよね?」
「はい──って、それを見越して、デートしたいなんて言ってくれたんですか?」
「ん? あ、え……えーっとね、うん……そうだよ」
「なるほど……ありがとうございます花音さん、本当に感謝しかないです」
「……本当は、シュウくんと遊びに行きたいな〜、ひまりちゃん羨ましいな〜って思っただけだけど」
「え……」
「ふえぇ……だ、だって……私だって、シュウくんの……えっと、友達、そう友達でしょ?」
「友達……」
「ち、違った……?」
友達というよりは近所のお姉さんポジというのはこれは黙っていた方がいいのだろうか。というか花音さんのことを第三者に友達って紹介すると何か変な誤解を招きそうな気がする。俺にこんなキレイでかわいくて美人な友達がいるなんてってさ。ひまりも充分かわいいんだけどあれは、なんというか本当に友達って感じなんだよな。ノリ的に──とするとノリ的に花音さんは友達ってよりはお姉さんって感じなのか。
「うーん、どう考えても花音さんは近所のお姉さんポジションですね」
「ふえぇ……お姉さん、まだ遠いなぁ」
「流石にましろみたく外聞もなくお姉ちゃんなんて呼べませんけど」
「そっか、浩介さんとましろちゃんはそういう関係だもんね」
「ですね」
だから距離感はそれなりに近いけど、友達というには精神的なハードルがある。兄ちゃんとましろの関係が一番、例として挙げやすいかもしれない。といっても俺が明確に友達って紹介できる異性って実はつぐみとひまりだけ説あるけど。そうするとなんとなく納得したのか、それとも安心したのかほっと息を吐いてデートの時のように俺の腕に抱きついてくる。
「それじゃあ、
「そんなにくっつくと本当の弟さんに拗ねられますよ」
「大丈夫、キミのお兄ちゃんだよ〜って紹介するから」
「それは……どうなんでしょうね」
急に出てきてお兄ちゃんだよ〜はヤバくないか。そう考えるとそれを受け入れてくれたましろって案外懐がデカいのかもしれない。近所の兄ちゃんの弟で年上だから一応のお兄ちゃんみたいな。複雑だけどすっかりましろは妹系になってしまったからな。そんなことをぐるぐると考えてる間に花音さんの家が見えてきた。
「それじゃあ、またね……今度はお泊りも考えてみようかな」
「あーえっと、パレオがいる時でお願いします、俺一人だと応対できる気がしないので」
「うん、期待してるね、シュウくん」
そう言って花音さんは手を振ってキラキラと笑顔を輝かせながら玄関のドアを開けた。
──そして帰り道の最中で、家に同年代の異性が上がるのすらあの反応なら泊まったことが複数回あるってことを明かしたら俺は犬飼になんて言われるんだろうかと考え、これは黙っておいた方がよさそうだという結論に至った。なんなら来月末に既にましろとつぐみは泊まりが確定してるんだよな。なんせ十月には兄ちゃんの誕生日があるんだから。