①:ホットのダージリンと習作モンブラン
十月が近づいた頃、俺はいつものように学校帰りに羽沢珈琲店で寄り道のティータイムを楽しんでいた。ひとりでの優雅なティータイムを過ごしているが、それがずっと続くわけではないことを俺はよく知っていた。
──なんて言ってるけど割とボッチティータイムが寂しいので話しかけてくれるとすごく喜んでしまうんだけど。
「修斗くん! 今日は一人なんだ」
「つぐみ、今帰り?」
「うん、相席大丈夫ですか?」
「もちろん」
「じゃあ、お茶淹れてくるねっ!」
ご機嫌で店の奥に消えていく制服姿の女の子は羽沢つぐみ、羽沢珈琲店の看板娘でもあり羽丘の生徒会副会長でありまた商店街出身の幼馴染五人バンド『Afterglow』の癒やし系キーボード担当である。役職が多すぎて目が回りそうだが頑張りすぎてまた倒れないか心配である。倒れて救急車で運ばれたらしい時には俺は知り合いじゃなかったけど。恐らく今日は生徒会帰りだろう、本人曰く生徒会は会長が優秀だけど暴れん坊のため楽な時もあれば大変な時もあるらしい。氷川日菜さんって暴れん坊なんだ。
「パレオが語る日菜さんって才色兼備、仙才鬼才って感じだったから」
「ま、間違ってないのかな」
「その微妙な反応から俺は何かを察したよ」
「あ、あはは……日菜さん美人でかわいいし、確かにすごい人だけど」
「突飛なところがある」
「う、うん……かなり」
まぁ言っていたのはパレオなので。あの子のパスパレに対する愛は恐らく質量に変換したら優に太陽を越すと思うよ。地球は一瞬で蒸発しかねないほどだと思う。
それはさておき、今日は機嫌がいいからそこまで大変じゃなかったと仮定して雑談を始めていく。この前花音さんと二度目の水族館デートをしたことや、ひまりがもう冬の服を買おうよと振り回してきたこと、パレオのパスパレライブに何故か付き合うことになった話、ましろとの音楽活動が割と好調なことなど、こっちは幾らでも会話デッキに事欠かない。
「なんか……すごく仲良しな子が増えたよね、修斗くん」
「いつの間にかね」
「……ふふ、そこで仲良しってほどじゃないって言わなくなったね」
「俺だって、色々ありますよ」
「色々……かぁ」
去年の今頃だったらもっと捻くれて、いや兄ちゃんへの劣等感丸出しで下手すると兄ちゃんがいなかったからくらい言ってたかもしれない。けど、いい加減そんなトラウマに振り回されて悲しい顔させちゃうのはよくないってことも学んだよ。こう何回も続いて、花音さんの件で決定的になればね。
「……そう考えると一番の被害者はつぐみなのか」
「わたし?」
「ほらずっと、つぐみは兄ちゃんのことが好きなんだって思ってたし」
「でもあれって春くらいに誤解だよって言った……よね?」
「でも疑ってたんだよ、実はね」
「そっ、そっかぁ」
「だからごめん、って言いそびれたままだった」
「ううん、違うってわかってくれたらそれでいいからっ」
別に誰も彼もが兄ちゃん目当ての外堀埋めに俺を利用するわけじゃないし、なんなら俺に関わる女子全員が兄ちゃんにメロメロになるわけじゃない。ましろは別だけどあれも俺を利用ってよりは偶に相談されるくらいまっすぐで、変化球なんて使えそうにもないし。そもそもつぐみも変化球は苦手なタイプそうだ。
「つぐみは頑張り屋で決めたことにはまっしぐらって感じだもん」
「そうかも、とりあえず頑張るっ、みたいな感じ」
「それがつぐみのいいとこだよ」
「……えへへ」
茶色のボブカットを揺らして照れ笑いに頬を掻くつぐみは小動物めいたかわいさがある。俺が知る小動物系女子の中でもとびきり優しくて穏やかな方だと思う。リスとかハムスターとかそっち系。振り回したい系トイプードル上原ひまりに至っては最近小動物系の「小」をなかったことにしたいレベルだ。ましろが小動物の限界値だよ。
「そうだ、来月末は浩介さんの誕生日でしょ?」
「そうだね」
「浩介さんの予定が合えば今年はみんなでお祝いしたいなぁって思ってるんだけど」
「みんなって、花音さんとかひまりとかも?」
「そうそう、最近たくさんおうちにおじゃまさせてもらってるし、何回か泊めてもらってるのになんにも返せてないなぁって話してたんだよ」
「そうだったんだ」
誕生日の話は最近になってからましろはしきりに相談してきていたけどそういう誕生日会を開くならなんにも考えなくてもプレゼント渡せるしなんなら合法的に泊まることも可能だと思うな。だからあいつ的にもこれはチャンスと捉えるだろう。問題は兄ちゃんが忙しいことなんだけどね。
「去年もなんだかんだで修斗くんにプレゼント渡して終わっちゃってるもんね」
「そうそう、コーヒーメーカーね」
「もうあれ買ってから一年かぁ……そっか」
「だね……つぐみ?」
あの時のことはまだ鮮明に覚えてる。つぐみと一緒にデートをして色んなものを見て、それまでとは違った一日を過ごした記憶だ。そんな感慨に耽っていたらつぐみはじっと下を、カップに目線を合わせて何かを悩んでいるように感じた。あの時のことで、何か気がかりだったんだろうか。俺はそんなことを考えながらつぐみの言葉を待っていると、彼女はまっすぐに力強い、けれどくりっと大きな目で、俺を見つめてきた。
「わたし、修斗くんとあんまり遊べてない、よね?」
「あんまりっていうのは、ひまりに比べてって感じでいい?」
「ひまりちゃんは……ちょっと修斗くんと遊びに行き過ぎだと思ってるけど」
「それはそう、幼馴染としてもっと言ってやってほしい」
夏以降もちょいちょい暇な時に来てはちょっと映画とか、気になるスイーツの店とか、なんならベースの練習とか、一週間に何回会うんだってレベルなんだよな。下手するとクラスで隣に座ってる女子より顔合わせてる気がする。花音さんは花音さんで遊びにというわけじゃないけど、羽沢珈琲店以外でも俺んちに来てお茶してったり、ドラム叩きに来たり、この前なんか迷子になっちゃったってヘルプの連絡来たほどには距離が縮んでる。そしてボーカルやってくれてるましろと毎週末になるとただいま戻りましたとか言ってくるパレオは言わずもがなだ。
「あー、えっとなに……つぐみももっとわがままでいいよ」
「い、いいのかな?」
「ほら前に言ってたじゃん、料理のバリエーション増やしたいって、それだけでも色々おしゃべりできるでしょ?」
「たしかにね、えと、じゃあ……それでいいかな?」
「そんな風に遠慮するとマジで俺の予定全部埋まってくから、今のうちにね」
こんなこと言うとすごくお前も俺に会いたいんだろうみたいなキモさを醸し出しているような気分になるが、我慢しよう。だってこのパターンは花音さんと同じなんだから。つぐみは生徒会とかバイトで忙しくてそもそも休日もロクに空きがないから、部活とバイトがあるはずのひまりがあの頻度なのはさておくとして、俺だって友達が遊びたいって言ってくれてるのにこっちから提示しないわけにはいかない。
「じゃあ、修斗くんのお買い物が見たいなって」
「買い物?」
「どんなこと考えて買い物してるのかなとか、どういう料理思い浮かべてるのかなとか、そういうのが知りたいな」
「なるほどね、次の買い出し明日なんだけどそれでもいい?」
「大丈夫、空けるからっ」
「無理はしないで」
「うん、ありがと!」
つぐみの提案の意図はやっぱり、料理のバリエーションを増やしたいってことなんだろう。そもそも辛い料理が共通の好物である俺と兄ちゃんの二人暮らしで辛くないものが出ないことがほぼない。最近だと俺は他の子に合わせて後から辛くできる料理のレパートリーを増やしているからつぐみもそれが知りたいんだろう。前はだいぶ苦労していたってこともあるからね。
「辛い方が、修斗くんも……あと浩介さんも喜んでくれるでしょう?」
「そうだけど、俺はつぐみの優しい味も好きだよ」
「好き……そっか、好き、かぁ」
つぐみの習作のケーキを頬張りつつ、その優しい甘さに一息吐く。兄ちゃんはこういう仄かな感じでも甘いものは苦手だけど、俺はこういうのは割と好きだし、なんならつぐみのケーキを食べるようになった一年ちょっとで好物になってると言っても過言ではないわけだ。そんなことを言うとつぐみは安堵とちょっとの照れを顔に浮かべて微笑んだ。彼女の色と同じカフェラテのような淡い微笑みに俺は思わず目を細めてしまう。
「修斗くん、またちょっと明るくなったね」
「……それ、ちょっと前に花音さんにも言われたよ」
「ってことはわたしの勘違いじゃないってことなのかな?」
「どうだろうね、二人揃って勘違いの可能性も否定はしきれないよね」
「そうやってごまかしたってことは修斗くんも自覚はあるってことだね」
「そうだね」
でもつぐみは
──あれだな、最初に会った時と比べてってことだ。ちょうど一年前、俺が最初に変わったってつぐみが思うならそこだろう。
「うん、そう、わたしにとって変わったなぁって思ったのは一年前のデートの時かな」
「兄ちゃんの誕プレ選び、なんかもうすごく懐かしいことのように感じるけど……同時に最近のことに感じちゃうね」
「だね」
「あの時さ、最初はずっとなんで兄ちゃんのことが好きなつぐみが俺とデートするんだ、なんて警戒してたよ」
「すごく距離あったもん」
それはあれだ。花音さんと同じことだ。俺を利用して兄ちゃんに近づこうとされてるんだって考えて、無意識的にも意識的にも敵意みたいなものを発していたような気がする。つぐみのことはひまりと一緒に応援してたはずなのに、それでもデートだなんて言って俺に近づいてこられるのは嫌だったみたいで。
「つぐみ、すごく楽しそうにしてて、ああ違うんだなって思ったな」
「え?」
「兄ちゃんのための踏み台とかじゃなくて、そりゃ兄ちゃんのためなんだろうけど……誕プレだし」
「うん」
「だけどつぐみは、俺とひまりみたいな関係がよかったんだなぁってことにそこで気づいたんだよ」
「……うん」
結局、つぐみは頑張り屋で何に対しても全身全霊すぎて、ひまりみたいな関係にはなれてないけどね。それはつぐみが選んだ道だからいいとして、何が一番だったって俺がそういうものを求めてるってことに気づけたってことなんだろうなと思う。
──最初に知り合って、言うなら俺がトラウマを乗り越えるための最初の一歩目を踏み出すきっかけをくれたつぐみ、そんなつぐみと久しぶりに一緒に出掛けるのが、なんだか無性に楽しみになっている自分がいた。