恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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②:豆板醤

 学校帰りに俺は羽沢珈琲店の前で待っていると、おーいとかわいらしくも元気な声が聴こえて振り返った。

 茶髪と青色のチェックのスカートを揺らしながら小走りで俺の前にやってきたのはもちろん昨日一緒に買い物をする約束をしていたつぐみだった。

 

「おまたせ〜、えっとその……」

「へぇ、キミがつぐみやひまりの言ってた磯村修斗クン?」

「えっ……い、今井リサさん!」

 

 つぐみが一人じゃないことはそこまで珍しいことではないので驚きはしないが、その一緒にいる相手が『Roselia』のベース担当の今井リサさんだと言うなら話は別だ。びっくりもするし、なんなら声が裏返りそうになるくらい緊張する。しかも名前を覚えられているってなると、また違った緊張もするけど。

 ──そうだよな、ひまりとつぐみにとっては同じ学校の先輩だし、ひまりなんてよく名前出す先輩の一人なんだから一緒に帰ってきててもなんら不思議じゃないんだよな。

 

「なるほどなるほど、あんま似てないんだね、山本さんと」

「……兄ちゃんのことですか?」

「うん、ほらアタシらもFWFに出演するために頑張ってるからさ、その関係でちょっとだけ知り合い、みたいな?」

「そうですか、それで──」

「──修斗くん」

 

 袖を引っ張られる。俺がその相手、つぐみの方に目を向けると彼女はすごく厳しい顔をしていて、俺が今井さんに対してどういう態度を取ってるのかってことを強制的に、そして客観的に思い知らされた。

 俺は確かに明るくなったって言ってもらった。花音さんやつぐみに、でもそれは結局トラウマを克服したわけでも、向き合えるようになったわけでもないってことをこの一瞬でわかってしまった。

 

「……アタシ、なんかまずいこと言った?」

「あ、えっと……修斗くんは、その」

「いいよ、つぐみ……多分これは無理だ、変えられそうにない」

「……修斗くん」

 

 つぐみを悲しませるつもりなんてないのに、本当は大丈夫だよって言ってあげたいのに。俺は結局──兄ちゃんの名前を俺の前で無遠慮に出した今井さんに敵意を向けている。不信感と、不快感を堪えることもできずにまるで小さな子どものように。

 決して今井さんが悪いわけじゃない。何も知らない、俺のことなんて知りもしない彼女にとって唯一のとっかかりが兄ちゃんなんだから、そこで初対面のぎこちなさを取り除こうとするコミュニケーションだっていうのはわかってる。わかってるのに。

 

「ごめん、俺一人で買い物行くよ」

「あ、わたしも……」

「ごめん」

「謝るなら、つぐみちゃんを連れてってあげてよ、ね?」

 

 この場にいたくなくて、なんならつぐみにも顔を合わせるのは申し訳ないと立ち去ろうとしたのに──この人はどうしてこう、タイミングのいいところで笑顔を届けにやってきてくれるんだろうか。隣には私服姿の白鷺千聖さん、そしていつもの花が咲くようなかわいらしくも美人さんの笑顔を振りまくのは、松原花音さんだ。

 

「リサちゃんには私からちゃんと説明しておくから、デートするんでしょ?」

「……そっちだって、デートじゃないんですか?」

「あら磯村くんも気が遣えるようになったなんて、偉いわって頭を撫でてあげた方がいいかしら?」

「遠慮します……で」

「花音がこうするって決めて、私が何か言ったところでなんとかなると思う?」

「……今度、オススメの茶葉でもプレゼントします」

「ありがとう、優しい男の子は好きよ♪」

 

 白鷺さんに心にもない言葉を投げかけられて顔が引き攣ってしまう。俺、めっちゃ脅迫されて精一杯の貢物で許してもらったのに返しの言葉にドン引きしてますからね。どんだけ女王様気質なんですか。

 ただ、それで俺とつぐみを残して花音さんが今井さんを羽沢珈琲店へと連れていってしまった。一回拒絶したせいで余計に気まずいんだけど。

 

「わたしは、大丈夫だから……ね?」

「う、うん……でも、本当にごめん」

「気にしてないっ、わたしもリサ先輩がまさか浩介さんの話するだなんて思わなかったから」

「……そっか」

 

 なんだか気を遣われていて、それが逆に申し訳無さが増す原因になっている。

 でも今まではそこで終わりだった。兄ちゃん目当てでまず俺と仲良くなっておこうって近寄ってくるんだ、で終わり。そこに嫌悪感とかはあってもそれ以上の感情は湧かなかった。

 ──でも、今はちょっと違う。こんなのどうにかして克服したい。むしろ兄ちゃん目当てだろうがなんだろうがそれがどうしたんだって言えるくらいになりたいって思えるようになっていた。

 

「修斗くん……」

「……みんながみんなましろみたいなやつだったらいいんだけどね」

「そ、それはそれで……どうなんだろうね」

 

 つぐみの微妙な顔がちょっと笑えてしまった。つぐみにどうなんだろうねって言われる程、ましろってやっぱり兄ちゃんへの好意がわかりやすく、またそのために俺をわかりやすく利用してくれてるんだなってことがわかる。ただ、あいつのいいところって俺を不快な感じで利用しないことなんだよな。

 

「泊まりたい、お兄ちゃんと夜更かしでおしゃべりしたい」

「……そんなに話したいことあるの?」

「う……うーん、シュウさんの話」

「またそれか」

「だ、だって一番盛り上がるのシュウさんの話なんだもん……!」

「なんだもん、じゃなくて。ほらもっと音楽の話とかさ」

「音楽……あ、この間シュウさんにオススメしてもらったバンドがさ」

「俺! それも俺の話だから!」

 

 ──ってな感じで、悪意の欠片もなくてさ。結局やってることは先輩とあんまり変わんないのにどうしてこうも違うんだろうなぁと思うけど、ましろは計算とか打算じゃなくて、ちゃんと俺との関わりも大事にしてくれてるって安心感があることだ。ましろは例え兄ちゃんにフラれても俺への態度を変えるとかしなさそうだなっていう安心感、それがましろにはあるんだな。

 

「ふふ、つまり修斗くんにとってもましろちゃんはかわいい妹ってことだね」

「そうかな……そうなのかも、なんだかんだ、かわいい妹なのかな」

「──最近のシュウはましろちゃん見てる時の顔がだんだんお兄さんに似てきてるよね!」

「え?」

「って言ってたよ、ひまりちゃん」

 

 それは……いいことなのか? 兄ちゃんとましろの見方の差がなくなってるっていいことのように思えない、なんとも微妙なリアクションをしたいね。ブラコンって散々言ってくるひまりだけど、もしかして俺は擬似的なシスコンも併発してるってことなんだろうか。いやそんなこと、ないよな? 

 

「えっ」

「いやいい、今のリアクションでだいたい察した」

「あ、あはは……修斗くんは家族を大事にする人だなぁって思ってるよ」

「それは、きっと違うよ」

「どうして?」

「両親のことは、そんなに好きじゃないから」

 

 兄ちゃんは家族だ。俺の前を歩いてくれるカッコいい兄ちゃんで、同時に俺の夢を守ってくれた人でもある。感謝でいっぱいで、こうして音楽活動して、ましろとレコーディングして、パレオと編集作業で顔を突き合わせて笑っていられるのは兄ちゃんが俺の夢を応援してくれて、腕を引っぱってくれたからだ。

 

「まぁでも親ならそう言いたいっていうのもわかるよ。それが俺じゃなきゃさ、わかるって気持ちもあるんだ」

「……音楽活動に、反対だったの?」

「特に俺は結果とか実績がゼロだからね、当たり前だよ」

「そっか……」

 

 かつては美竹さんのお父さんに否定された『Afterglow』のつぐみにはあんまりこういうのは言いたくないんだけどね。でも羽沢つぐみは俺の大切な友達だから。彼女が俺を知ってくれるっていうのは大事なことなんだって、こうやって明かすことができる。買い物に行くって言ってるのにこんなに暗い話で申し訳ないけどさ。

 

「ううん、わたしは修斗くんのどんなお話も聞きたい」

「……ありがとうつぐみ」

「そっか、だから高校でこっちに引っ越してきたんだね」

「そう、元々……兄ちゃんが家を出てく時に、お前が中学を卒業する頃にはお前一人くらい養えるようになるから、安心して近くの高校受験しろよって言ってくれてさ」

「だから浩介さん、すごく頑張ってたんだね……あの時の浩介さんは、大変そうだったけど、すごくキラキラしてて……それは多分変わんないけど」

「そういうところが、好きになった?」

「好きっていうかね、今考えるとあんな風に音楽に没頭して、頑張って努力して、自分の全てを掛けてる姿にああなりたいって考えたっていうのが強いのかも」

 

 それを当時は恋だと勘違いしてた、か。俺とつぐみは同じ歳だから兄ちゃんが来たばっかりの頃ってまだ中二だもんな。俺だって初恋はそれこそ先輩だけど、今の価値観でちゃんと恋できてたかって言われたら首を捻ってしまうから。初恋が実らないってジンクスめいて言われてるけど、やっぱりその精神的な幼さが根底にあるような気がしてきた。それこそ、その恋心を成熟しても持ち続けていられれば、あるいは可能性があるかもしれないけど。

 

「あれは修斗くんのためだったんだね」

「その頃の兄ちゃんの話、ちょっと気になるな」

「やっぱり? あの頃はね、でもやっぱりちょっとトゲトゲしてるところもあってね」

「羽沢珈琲店で会ったんだよね」

「うん、お手伝いで運んでたこともあってさ、それでまだあんまりガールズバンド流行る前だったから楽譜広げてるのが珍しくて、思わず声を出しちゃって……」

「はは、確かに珍しいかもね」

 

 兄ちゃんの話や雑談を交えながら俺は、すっかり今井さんのことも忘れてつぐみとスーパーで買い物をしていった。食材選ぶ時に思い浮かべてる料理とか、よく使う調味料なんかの話もしつつ、また兄ちゃんの辛いものエピソードが挟まっていく。なにより感じたのはカートを押しながら料理の話をするのは、新鮮で楽しかった。

 

「若いカップルが楽しそうにしゃべりながら買い物するのってこういう気分なのかな」

「……カップル」

「あ、えっとそういうことじゃなくて、なんかいつもより買い物が捗るっていうか色んなことに気づけるっていうかさ」

「わたしと修斗くんが並んで歩いたら……そういうカップルに見えるかな?」

「み……うん、どうだろ……でも、見える気がする」

「そ、そっか……そっか」

「ご、ごめん変なこと言って」

「う、ううんっ嫌じゃなかったから大丈夫っ!」

 

 つぐみを照れさせてしまって、俺も顔の熱さが伝染してしまった。

 ──これが時間的に夕日のせいだなんて言えてしまえばよかったのにな。残念ながらあと十分以上はスーパーの中なんだよなと思いながら俺は切れかけていた豆板醤を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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