うちによく滞在する一番の料理上手といえば、つぐみもそうなんだけど金曜と土曜は必ずいるパレオが一番俺んちの台所に立っているし、またましろと兄ちゃんの両方を満足させる料理作りの第一人者でもあると思う。今日もピンクと水色のツートンカラーのツインテールを左右に揺らし、鼻歌交じりに料理を作っていた。
「パレオさん、今日は何作ってるの?」
「本日はハンバーグですよ〜、一緒にスープも作っているので後で捏ねるのお手伝いしていただけますでしょうか?」
「うん、任せて! 私でもそのくらいはできちゃうから」
「はい、いつもお手伝いしていただき、助かっています♪」
「えへへ」
──というのが割と金曜の日常風景である。野暮な質問を抱いても黙っていてあげてほしい。本人は至って真面目にパレオの手伝いをして満足そうにしているのだから。だけど今日はそこに俺が知る限りの料理上手、つぐみが加わっているため更にましろの末っ子ぶりに拍車が掛かっているような気がする。ちなみにパレオが来ると大体の場合俺は何もさせてもらえない。
「修斗様に家事をさせるなんて、メイドのパレオがいる間は絶対に、ぜーったいにダメですっ」
「だから修斗くんはのんびり待ってて」
「わ、わかった」
こうやって言ってくれるのはいいんだけどなんとも言えない疎外感だ。こういう時に限って兄ちゃんは一旦帰ってきたはいいものの、なにやらやけに楽しそうに電話をしたと思ったらちょっとおしゃれな格好をして出ていってしまった。もしかすると本格的に兄ちゃんの心の氷を砕いた人が現れたのだろうか。それだとましろにとってはとんでもない悲報なんだけど。
ううん、と唸っているとつぐみが隣に座ってどうしたのと微笑んでくるから打ち明けてしまう。
「浩介さん、お付き合いしてる人いるの?」
「いや確証じゃないけどもしかしたらって」
「そっか……あんまり嬉しくない?」
「いや嬉しくないわけじゃないんだけど、もしかしたら気を遣わせてるのかなって」
兄ちゃんがお付き合いをしてるとすると、下手すると俺ってやつは邪魔者ではなかろうかと考えてしまうね。イチャイチャするための家はここなんだから俺がいたら気軽に家に連れ込めないじゃないかなって。言い方は悪いけど、兄ちゃんが折角、一緒にいたいって人を見つけて愛を育むことができるんだから過去を知ってる弟としては邪魔になる要素は排除したいんだよな。
「確かに、浩介さん帰ってこないこととかも多くなったよね」
「夏休みの時みたいに単純に仕事で忙しくなったのもあるんだろうけどさ」
「……もしかしたら、こうやって気軽に修斗くんのおうちに遊びに来れなくなっちゃうかもしれないんだ」
膝を抱えたつぐみの言葉は、とても寂しそうで、この気持ちが俺だけじゃないってことへの安心感と申し訳ないって気持ちが混ざってしまう。まぁでも、いまからそんなこと考えても杞憂でしかない。ちゃんと兄ちゃんに訊いてみて、兄ちゃんの口から恋人がいるって確定するまでは俺の憶測でしかないからなぁ。
「兄ちゃんに訊いて、もしそうなら相談しないとね」
「うん」
「つぐみ?」
トン、とつぐみの頭が俺の肩に乗っかったことでやや驚きと緊張を混ぜた声で名前を呼ぶ。つぐみがこうやって身体的接触をしてくるのはなんというか、びっくりしてしまう。それとこのくらいならパレオとましろなんてほぼ日常的に触れてる範囲なのに、つぐみ相手だとなんだかとても羞恥心がこみ上げてしまう。
「ごめんね、なんかこうやって一緒にいられなくなっちゃうのかなぁって思ったら……寂しくなっちゃって」
「謝ることはないけど、それにお別れするわけじゃないんだし」
「そ、そうだよねっ」
「でも、寂しいって気持ちはわかるな。もしそうなったら、俺も寂しい」
家族ってだけで、謂わば兄ちゃんちの居候とも言える俺が何言ってるんだと思うかもしれないけど、ここはしょっちゅう誰かが来てくれて、すごく幸せな時間を過ごしていった場所でもあるんだ。
一緒に音楽活動をするための拠点として使い、また時々泊まりに来ては末っ子気分で甘えるましろ。
バンド活動のために週末泊まりに来るための部屋を持ちつつ俺に懐いてくれて今のようにちょっと行き過ぎなくらいに家事をしてくれるパレオ。
フラッと立ち寄ってシャワー浴びてテレビ見つつ談笑して帰ったり、練習として隣を使って一緒にご飯を食べてから帰ったりと結構フリーダムなひまり。
近所のお姉さんのイメージよろしく最近は作ったご飯を持ってきて食べてみてとタッパーを持ってきて、また台所に立つこともドラムを叩くことも増えた花音さん。
そして、羽沢珈琲店で向かい合うのとは違ってリラックスした表情で俺の隣にいるつぐみ。この家だと正面よりも横顔を見てることの方が多いんじゃないかってくらいだ。
「……当たり前だと思ってた賑やかさが、なくなるかもしれないって思うとすごく寂しいよ」
「修斗くん」
「こんな甘ったれた気持ち、多分兄ちゃんには見抜かれてるんだろうな」
「そう……そうかもね」
そして実際に兄ちゃんは家を空けることが多くなっていて、兄ちゃんは最初からこれを予測していたような感覚すらある。俺んちだ、なんておこがましいこといつも言っちゃてるけど、今のこれも兄ちゃんが許してくれてるだけに過ぎないんだな。
──もし、実はすぐ同棲とかしたいけど俺のせいでできてないなら、ひとまずは隣のスタジオが俺の家ってことになるんだろうか。あそこも一応の設備は揃ってるし、間取りが同じところにベッドでも置けば寝室は完成だからね。
「バイトもしなきゃかな」
「それならうちで働く?」
「つぐみの? 募集してるの?」
「わかんないけど、修斗くんならきっと、キッチンできるだろうし」
「そ、そうかな」
「うんっ、あ、なんなら住み込みとかどうかなっ」
つぐみにキラキラな笑顔で迫られる。これは、ひまりが言う「ツグってる」ってやつなのでは。住み込みする程の距離じゃないよここ。スタジオで寝泊まりするから大丈夫と遠慮するとつぐみはちょっと残念そうに、でも自分が言ったことをちょっと振り返ったのか恥ずかしそうに納得してくれた。
「修斗様〜、つぐみさ〜ん、もうすぐ出来上がりますよ〜♪」
「あ、うん」
「さっきから盛り上がってたけど、どうしたの?」
「ましろ……んん、これは俺の予測なんだけどさ、兄ちゃんに恋人がいるかもしれないんだ」
「……そうなんだ」
「まだ予測だから」
「なるほど〜、それでこの部屋が使えなくなるかも、というお話をしていたのですね」
準備をしながら、いや約一名使い物にならなくなったけど、お皿とか出して準備をして完成したハンバーグを乗せて二種類あるソースを掛けていく。俺だけ違うソースで、残りの三人はどうやらオニオンソースみたいだけど、俺のは多分スパイシー系かな。コンソメスープとライスと一緒に出てきたそれに食欲が刺激された。
「パレオのお部屋を使えばいいのではありませんか?」
「パレオの部屋って……隣?」
「はいっ、あちらなら間取り上パレオが使っていないお部屋もありますので、今のお部屋のように二人で住むことも可能ですから」
「それは……でも週末泊まりに来るよね?」
「そうですね、ですがそこまで恥ずかしがるようなことでもないですよね?」
「ま、まぁ……確かに部屋別だし?」
「女の子が泊まりに来ることもあるもんね」
「筆頭がそのましろなんだけど」
でもなんとなくパレオの部屋に居候という感覚がするので二の足を踏んでしまう。パレオの部屋がかわいらしくなっているのが原因の一つのような気がするけど。パレオはパレオで独り暮らしにはちょっと広くて、と苦笑いをしていた。確かにリビングは使ってる感じしないもんね。キッチンに置かれてる机はすごくピンクでかわいらしいのにテレビもないしソファもないんだよね。
「必要ありませんからね、テレビが見たければこちらで修斗様に甘えつつ見れますので」
「あはは……パレオちゃんからしたら隣が寝室でこっちがリビングみたいなもんだもんね」
「そうですね、基本こちらにいますから」
「でもそうしたら、結局お泊りしにくくなっちゃうね」
「それはそうだね」
俺としてはその言葉は意外だったけど。この話題の前提には兄ちゃんに恋人がいるとするものだ。ましろからするとこの家に来る意味の半分くらいはなくなってしまっているような気がするんだけど、それでもお泊り
「でも、まだ確定したわけじゃないから、そうかもくらいの気持ちで考えよっ」
「では修斗様が来ることを想定して必要そうなものは手配しておきますね、チュチュ様に頼んでおきます♪」
「あ、俺そっちで暮らすの確定なの」
「テレビは配信を大画面で見るのにも使えますので大丈夫ですよ、パスパレを……大画面で……!」
「そっちかぁ」
つぐみの苦笑い交じりの言葉に笑い声が重なる。でも多かれ少なかれ、突如湧いて出てきたこの日常の崩壊という可能性にみんなが寂しさを抱えていることも共有できた。花音さんやひまりもきっと、この終わりの可能性に寂しいとか残念って気持ちを抱いてくれるんだろう。それだけ、この当たり前だと思ってた時間が幸せだったってことなんだよな。
「ご、ごめんね、わざわざこの距離で、しかも荷物まで取りに家に戻ったのに……お泊りだなんて」
「いいよ、ひまりも偶にやってたし、一応夜道だからね」
「ありがとう」
「最近なんて泊まる用具こっちに置いてきてるし……それはましろもだけど」
その気持ちが強くなったのか、つぐみは突如として泊まりたいと言って両親に許可をもらった上で荷物を一旦取りにいったカノジョを羽沢珈琲店前で待っていた。確かに冷静に考えてみれば泊まり用具を取りに家に帰るってなんか変な行動だ。でも、俺はそれを変だなんて笑わないし、じゃあ帰ればなんて言わない。
「結局浩介さんは帰ってこないの?」
「うん、ホテルに泊まるからって」
「そっか、恋人かなぁ?」
「その可能性は高い気がするよ」
幸いなのはましろが思った程のショックを受けてないように見えることだ。もしかしたら内心は傷だらけかもしれないけど、それはもう俺にどうにかしろって方が無理ゲーなんだよな。
つぐみもちょっと不安がってるところがある。そうだよな、料理研究ってことで家に来る回数が増えた途端にだもんな。
「つぐみ」
「なに?」
「またさ、去年みたいにデートする?」
「でっ……いいの?」
「買い物しつつさ、兄ちゃんの誕プレ選んだり、なんならほら映画とか」
「……わ、わたしでよければっ!」
「じゃあ決まりだね」
「うんっ」
俺は咄嗟にそんなことを言って、もしかしたら断られるかもと少し思いつつ嬉しそうな顔にほっとした。今度は最初からちゃんと、デートとしてつぐみとショッピングをして、それ以外にもつぐみの好きなことをして一日過ごしてほしい。不安そうな顔を見たら強くそんな風に思ってしまったから。