恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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⑥:コーヒー豆と乾燥オレンジピール

 つぐみの要望に応えるというかたちで始まったデートは続いてショッピングへと移行していった。彼女が積極的にショッピングをしたがったわけではないけれど、ショッピングモールにやってきたから折角ということで色んなものを一緒に見ていくことになった。こういう状況になると、普段のパターン──まぁひまりのことだけど、彼女の場合はまず間違いなく服を見たがる。自分で着てみて似合うかどうかを選ばせるし、なんなら人を着せ替え人形にして遊んでいくまである。

 

「見てこれ、かわいいね」

「これ、入浴剤なの?」

「そうだよ」

「……兄ちゃんって確かつぐみに誕プレでもらってからハマってるんだったよね?」

 

 つぐみが見ているのは一見するとお菓子かなにかと勘違いしてしまいそうな程にパステルカラーでかわいらしい容器に収まった入浴剤たちだった。今つぐみが手に持っているビンに入ったものも、何も知らなかったらラムネかと思うだろう。そんな彼女の趣味の一つである入浴剤の数々に俺が思い浮かべたのがウチの洗面所に置いてある入浴剤たちである。

 

「あ、でも修斗くんのおうちにあるのは、薬局とかデパートに売ってるようなやつだよね」

「そうだね、兄ちゃんの趣味みたいなもんだけど、俺も日常的に使ってるよ」

「わたしはどっちかっていうと見た目? かわいいから、ほら」

「兄ちゃんは疲れが取れてる気がするって喜んでた」

「確かに浩介さんに送ったやつはそういう系だったかも……あはは」

 

 でもそのおかげで柚子やらラベンダーやら、色んな匂いが日替わりで俺んちの浴槽を満たしてくれてるからありがたいと思うことにした。他にもお湯に浮かべるなんか妙にゆるくてかわいらしい生き物みたいな小物とか、シャンプーやタオルなんかを壁掛ける小物とかにつぐみは目を輝かせていた。

 

「お風呂好きだよね、つぐみって」

「うん、入浴剤に凝ったら、なんとなくお風呂が楽しくなって、それじゃあ他にもって考えちゃうんだよね」

「この前電話した時は焦ったよ」

「あ、あー、えへへ、ひまりちゃんとかとはああやってよくお風呂で電話するから」

「そうなんだ」

 

 前につぐみが充電器を家に忘れたことがあって、それで電話したらお風呂だったってことがあった。あれって見えないけど、見えないからこそのなんだか会話しちゃダメな感じがあると思う。最近はバスタブトレー? っていうのを買ったらしくまたついつい長風呂しちゃうんだとつぐみは微笑んだ。

 

「お風呂かぁ……じゃあ温泉とかも好き、って聞き方はおかしいかな」

「温泉? いいよね、お風呂とはまた違ったリラックス感があるよね、広いし天然温泉だと効能とかあるし──」

「お、おう」

 

 あれだ、これは好きなやつだ。湯治が好きって言うとなんとなくティーンズっぽくなさが出てきそうな感じだけどね。つぐみ的にはお風呂とかであったまるようなリラックス空間にのんびりするのが気持ちいいらしい。その気持ちはすごくよくわかるね。でも俺ってあんまりこう、温泉とかって行ったことないんだよな。

 

「ないの?」

「ないね、あんまり旅行するような家族じゃないし」

「そっか」

「うん、遠出なんてそれこそ合格祝いって兄ちゃんとドライブしたくらいかな」

「──じゃあ行こう!」

 

 そう言うとつぐみが俺の手を握ってくる。あったかい両手が俺の拳を包んで、そして大きな瞳が必死に前のめりに伝えてくれる。行きたいなら行きたいって言っていいんだって。今は兄ちゃんだけじゃない、つぐみや他にもたくさんの人がいてくれるからって。そういえば花音さんも旅行でもいいよなんて言ってたっけ。

 

「……ありがとうつぐみ」

「うんっ、修斗くんの行きたいところ、行けたらいいなぁ」

「夏休みは終わっちゃったけど、紅葉狩りとかもあるもんね」

「いいね、紅葉狩り。そうしたら紅葉が見られる旅館とか、温泉も!」

「お、そっちに繋がってくるね」

「ふふ、そうだよね……もっと欲張りになってもいいんだもんね?」

「そうだね」

「修斗くんも、ちょっと無理かなって思うことも言っちゃっていいと思うな」

「いいのかな」

 

 つぐみは当たり前のように笑顔で頷いてくれた。それはいつからか、本当はずっと前から自分のことを透明人間だなんて思わなくなっていたことを真正面から肯定してくれるような言葉だった。

 俺はこっちに来た当初は、過去のトラウマもあって自分のことを透明人間だって自嘲していた。いつだって俺は兄ちゃんの弟で、俺を見ているようでみんな兄ちゃんを見ていたって。でもいつの間にか、いや最初につぐみと挨拶を交わしたその時から俺の身体には色が付いていたんだろう。つぐみが、俺を見つけてくれたんだ。

 

「兄ちゃんの誕プレ、こんな感じでいいかな」

「大丈夫じゃないかな」

「あんまり毎年毎年凝ったら大変だからね」

「そうだね」

 

 ──それから兄ちゃんの誕プレは色々悩みつつもつぐみが厳選したコーヒー豆を二人でプレゼントすることにした。去年のコーヒーマシンから続いてのものだが、お店で挽いてもらったものを、というのはまたスーパーの食料品売場にあるようなものとは違った味になるだろう。たぶん、兄ちゃんでもコーヒーの良し悪しくらいはわかってくれると信じてる。

 

「どうせならわたしのうちで使ってるの、販売してるから買ってみてくださいって言ったんだけどなぁ……」

「まぁ兄ちゃんだし」

「修斗くんはいつの間にか紅茶派になってるし」

「ひまりとかと一緒にいるとどうしてもね」

「むぅ……」

 

 とか言いつつ頬をやや膨らませた彼女もバリバリの紅茶派だ。なんならブラックコーヒー苦手って言ってたんだよな、カフェモカとかカフェラテなら飲めるらしいけど。何故か辛党って妙にコーヒー好きみたいなイメージあるよな。実際に辛党の父さんもそうだったし

 兄ちゃんもそうだから偏見、とは言わないけど。

 

「じゃあわたしが淹れてあげる」

「コーヒーを?」

「うん、なんなら家でお父さんに教えてもらってるし、将来はバリスタに……なんて考えてるから」

「……ああ、俺でよければ練習台になるよ」

「そういうことじゃないんだけど……もう、修斗くんが飲んでくれるならそういうことでもいいけど」

 

 つぐみがちょっと不満そうにしていたけど、どうやら納得してくれたようだった。練習台といっても恐らくあのコーヒーメーカーじゃ羽沢珈琲店の味は再現できないだろうから、そういう意味では違ったのかも。でもつぐみはそれも一つの手だと考えたのか袖を引っ張ってあざとかわいくアピールしてくる。

 

「お代はいいから、ケーキとかお菓子とか、後は料理も……色々実験台になってほしいな」

「それはお得すぎる実験だ、紅茶一杯でどんだけでも粘れちゃうね」

「ふふっ、どうせなら閉店までいる?」

「それは迷惑じゃない?」

「そんなことないよ、そうしたら一緒に夜ご飯食べれるしっ」

「そこまで考えてたのかぁ……本当にお得な実験台だね」

 

 でしょうと笑うつぐみに俺も笑顔になる。それにしてもくいしんぼう的な意味じゃないけどつぐみと一緒にいるとデート中も食べ物の話ばっかりになるね。そうやって苦笑するとつぐみもそれに気付いたようでおんなじように苦笑する。だけど、それがつぐみと俺の共通会話というか、お互いが一番するりと出てくる話題だからな。

 

「あ、みてみて、オレンジピール」

「オレンジピール……どう使うのが正解? やっぱりチョコとか?」

「クッキーとかケーキにも使うよ、他にもトーストとか、あとオレンジ煮っていうのもあるんだよね」

 

 その言葉に驚く、オレンジで煮るってまた俺には全然ない発想だったから。でもつぐみも使うのはケーキやクッキーに混ぜるためらしい。甘くて、でもちょっとの酸味と苦味があってミルクと砂糖で彩られたお菓子のアクセントになる。そんなチョコケーキなんてあったらお茶のお供としては最適だよね。

 

「じゃあ今度作ってあげる」

「その時は……コーヒーも添えてくれると嬉しいな」

「もちろん、腕によりを掛けちゃうからねっ」

「楽しみにしとくよ」

 

 その時のつぐみの笑顔は、至近距離だったこともあり、思わず首を後ろに引いてしまうくらいにドキっとしてしまった。これまでも色んな人に、それこそつぐみにだって時折ドキっとしてしまうこともあったけど、これは本当に羽沢つぐみという女性がどれだけ魅力的かを伝えるのにはむしろ余計すぎるほどにかわいらしくて。

 

「どうしたの?」

「いや……去年とはやっぱり違うんだなって感じただけ」

「去年は修斗くん、距離があったから」

「やっぱりそう言う?」

「……うん」

 

 それは本当に申し訳ないと思いながらもその違いが、この意識を生み出しているような気がする。

 ──つぐみがもう兄ちゃんに恋愛感情がない。恋に恋をしていただけ、憧れただけって言われたのすら随分前のことだった気がするけど、それでも俺はつぐみの言葉を信用していなかったってことになる。いや実際に信用しなかった。

 

「いやその方が……俺に都合がよかった、のかな」

「都合が?」

「ああ、いや……俺は、つぐみなんて俺に興味もなんにもないそう思うことで、そうやって線を引くことで、自分から透明になろうとしてたんだなって」

「……修斗くん」

「都合がよかった、もっと言うなら……怖かった」

「……わたしが、怖い?」

 

 つぐみが怖いわけじゃないよ、つぐみとこうやって仲良くなるのが怖かったんだよ。ずっと、俺にとって異性って兄ちゃんを追いかける人でしかなかったから。男子中だったせいももちろんあるんだけどさ。

 だから、俺は兄ちゃんじゃない繋がりをずっとどこかで求めていた。兄ちゃんの東京での知り合い、兄ちゃんが水族館で偶然出逢ったバンド仲間、兄ちゃんが東京に置いてきた妹のような幼馴染、兄ちゃんの事務所の知り合いのバンドメンバー。そんな風に冠に「山本浩介」がいることで、俺とみんなは本当の意味で知り合っていないんじゃないかって恐怖があったんだ。

 

「……兄ちゃんのことは好きだけど、好きなんだけど、俺は兄ちゃんのことを疎ましいと思ってたんだ」

「そ、っか……だから、いつも自分を浩介さんを比べて、透明になろうとしていた」

「特に中学三年間はね、むしろ兄ちゃんがいなくなった後の方が兄ちゃんの名前を出されることが多くて、本当に嫌だった。嫌いにすらなりそうだった」

 

 でも、そんな考え方を切り替えるきっかけになったのが、つぐみだった。つぐみとデートした時に、俺はつぐみがまっすぐ俺を見ているって確信していた。その時は気づかなかったけど今になれば、そうだったんだなって思えたから。

 ──だから俺は、つぐみのことを本当に大切だって思ってる。なんて言ったら変な意味になりそうだけど。

 

「わ、わたしも……わたしもっ、修斗くんのこと大切な人だって思ってるよ……!」

「つぐみ……うん、伝わってる」

「伝わってる? 本当に?」

「本当だよ。じゃないと、こうやって一緒に出掛けたりなんてしないから」

「……そっか、わたしは、修斗くんにとって、ひまりちゃんや花音さんと、おんなじ?」

「ん? もちろん、同じだよ、同じように大切な人だよ」

「おんなじ、おんなじかぁ……」

「つぐみ?」

「なんでもない……さ、帰ろっ」

「う、うん」

 

 つぐみの言葉は決して明るいとは言いにくくて、でももう一度訊き返す前にはもういつものつぐみに戻ってしまっていた。

 結局、俺はつぐみに真意を訊き出すタイミングを失ったまま、電車に揺られて帰ることになった。手に早い誕生日プレゼントと、オレンジピールを持って。

 

 

 

 

 

 

 

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