翌日、俺とパレオが時間になる前に編集作業やSNSのチェックなんてことをしていると、予定よりも少し早めにましろはスタジオにやってきた。兄ちゃんに許可をもらってスタジオの合鍵をもらっているましろが鍵を開けて部屋にやってくるとまずパレオが素早く応対してくれる。動きが身軽ですごいんだよなぁ。
「お茶淹れますね〜」
「あ、ありがとう……新しい曲、どうだった?」
「反応は上々でございますね、最近ではMorfonicaの知名度もまさにうなぎのぼりですので、それに伴ってチャンネル登録者もかなり伸びております〜」
「そっか、えへへ……じゃあみんなに喜んでもらってるんだ」
「オリジナル曲もありますし、その点でも強みかと」
ましろが作詞できるからね。当たり前のことながら数多浮かんだ作品全てが『Morfonica』として還元されるわけじゃない。むしろ比率で言うなら10%もないんじゃないだろうか。ましろもそれだけの数の詞をノートの落書きで終わらせてしまっている。俺とましろはその中から、出来はよかったんだけど『Morfonica』としてはイマイチ、みたいなものをピックアップしてパレオと俺が案を出し合って共同で作曲、最後は兄ちゃんやチュチュさんにダメ出しをしてもらってブラッシュアップという感じでこの前三曲目を投稿したところだった。
「基本パレオの方が凄いんだけどね」
「パレオは密かにチュチュ様への想いを込めた楽曲作りを計画しておりますので〜、その基礎づくりに利用させていただいているだけでございますから」
「それはきっと最高の恩返しなんだろうな」
「ね、きっとすごく嬉しいって思ってもらえると思うよ」
「はい」
そんな色んな思惑もある俺の夢だった音楽チャンネルだけど。収益化も出来ているが、どうしても手を付けられないままでいた。だって一応俺とましろのバンド、という形ではあるけど一つの動画を作るのですらたくさんの人のボランティアで成り立っているチャンネルだし。チュチュさんのプロデュースとか、兄ちゃんと揃って作曲の監修、パレオはマネジメントと動画編集、撮影、作曲、それとその他雑務をこなしてくれる裏方だし。他にもひまりやつぐみ、花音さんが手を貸してくれることも一度や二度じゃない。
「そもそも半分以上ましろの知名度依存だしな」
「だね」
「そこは嘘でもフォローして」
「ボーカルが花形ですから」
「……ん、まぁそうなんだけど」
既存曲のアレンジは俺がやってるけど、オリジナル曲はバッチリましろの名前が入ってるからね。チュチュさんは別に監修まで名前上げなくていいわよ、と言ってくれていたから流石に名前出してないしパレオは別名義でやってくれてるけど。
──まぁそこまで嫌だってわけじゃない。幾らましろが有名でも後ろの楽器がヘタクソだったら意味がないから、再生数が増えて、固定客も増えているってことは俺の演奏もそこそこだって認められてるようなものだと思ってるし。
「冗談はさておきまして、修斗様もちゃんと話題になってますよ」
「……え?」
「そりゃそうだよ、シュウさんはボーカル以外全部やってるんだよ? そのインパクトは強いよ」
「じゃあさっきのくだりは?」
「シュウさんが面白かったからつい」
「ましろ?」
「ご、ごめんなさい……えへへ」
「謝る気ないだろ、パレオは?」
「お仕置きでございますね……ど、どんなご命令もパレオは忠実にこなしますので」
「ハウス」
「そんな! それは拒否いたします!」
「どんな命令でも忠実にこなしてくれ」
そんなことを話して、スタジオで練習と作業をしていて、夕方頃になったところで珍しいことにスタジオの呼び鈴が鳴った。誰も連絡無しで来ることってほとんどなくて、まぁひまりが気分が向いてやってくるとかくらいだけど。俺がどっちにいるかわかんないから基本的に連絡来るんだよね。そう思っていると応対していたパレオの反応が明確に他人行儀なものに変わった。
「は〜い、えっと……ああ、八潮瑠唯さん、浩介さんなら……え、こちらにご用事が?」
「えっ」
「る、瑠唯さん?」
「修斗様、八潮様からスタジオの見学がしたいと申し出がありますが……どうされますか?」
かしこまった口調で、パレオがそんなことを言うが恐らく彼女もましろに気を遣っているのだろう。同じバンドのメンバーではあるけれど、八潮さんは同時にましろにとって想い人を横取りした、と認識していてもおかしくない人物なのだから。ここでキャットファイトを繰り広げられるのは俺としても困るからね。パレオも最後の言葉は俺よりもましろに向けている感じが伝わってきた。
「ましろ」
「ん? 私は平気だよ」
「嘘じゃないよね」
「うん、本当だよ」
「じゃあ、こっちは断る理由はないよ」
「ではそのようにお伝えして参ります」
「俺も行くよ」
「かしこまりました」
お客さんが来るとすっかりメイド対応になるパレオに前にチュチュさんのスタジオで色々話していた時、ポピパの人たちが来た時のちょっとフランクな感じを思い出した。パレオって割とこう、メイドである以前にかわいいを優先してるところあるんだけど、俺の時は違うんだなぁ。
「磯村さん、突然お邪魔してすみません」
「ううん、休憩中だったし……それで見学って?」
「浩介……彼が、時間があったら見てほしいと言っていたので」
「なるほどね、兄ちゃんが」
改めて対面すると本当に彼女は年下なのだろうかという疑問が湧いてくる。俺にとって花音さんや白鷺さんがお姉さんという雰囲気だけれど、八潮さんはなんというか雰囲気や立ち振舞いも相まって兄ちゃんの同級生と話してる気分になる。だからこそ兄ちゃんとの実際の年齢差を感じないんだけど。
「けれど、彼の意図が私にはよくわからなくて、だから中途半端な言い方になってしまいました」
「ああ、多分兄ちゃんは作曲ができて、今までの誰とも違う楽器を専門にする八潮さんから見た俺とましろの現状とマンネリ化を防ぐための新しい刺激になってほしいって考えてると思う」
まず、兄ちゃんは俺の動画はチェックして後から色々と言ってくれる。だから俺もちょっとだけ思ってたことなんだけど、新曲も三つ目になりパターンに入り始めていることを感じたんだと思う。そうすると作曲ができつつ、俺でもましろでもパレオでも、他の花音さんやひまり、つぐみたちでもない新しい視点で語ってくれる上にましろが人見知りしないような人物がアドバイスしてくれたら最高だよね。そんな人物が兄ちゃんの現在の恋人である八潮瑠唯さんにぴったりだったってことだね。
「……シュウさん、ちょっと気持ち悪い」
「なんで」
「修斗様が極度のブラコンだというのは今更語るまでもない事実でしたが、まさか思考トレースまでできるとは」
「ストーカーのそれだね、しかも悪質な」
「キミたちなんで貶すの?」
「理解はしました。あなたの彼への理解度は理解したくありませんが」
「八潮さんまで、あと地味に日本語で遊ぶのやめて」
けれど、本当にましろは兄ちゃんと八潮さんが付き合ってるのに対して鬱屈した感情を抱いているわけではなさそうだった。今も彼女の言葉にくすくす笑ってるし。ちょっと安心すると、それをじっと見つめていたらしい八潮さんの唇が少しだけ綻んだ気がした。なんだろう、そんなに面白かったのかな。
「でしたら早速、練習風景をご覧になりますか? それとも音源を確認されますか?」
「……他の楽器は全て磯村さんがやっている、でしたよね?」
「え、うん」
「なら……音源の方でお願いします」
「かしこまりました〜」
それにしてもバイオリンか、クラシックには触れてこなかったからな。興味がないわけじゃない、八潮さんがバイオリンでバンドやってなかったらきっと興味がないわけじゃないという状態にすらならなかったような気がするけど。
クラシカルな楽器で俺が演奏できるのはピアノくらいかな。それも特別なレッスンとか誰かに教えてもらったとかじゃなくて中学時代に音楽室にあったピアノを触って遊んでたからくらいのテンションだし。
「……ありがとうございます」
「いいよ、それで?」
「ど、どうだった瑠唯さん?」
「倉田さんの歌には文句がないわ。モニカの時と同じできちんと歌いこんでいるし、世界観を大事にするあなたの歌い方は動画越しでも充分に伝わっていると思うわ」
「う、うん……!」
「ただやはりテンポが走りがちで、走ってることに気付いた時に動揺するクセも変わっていないけれど」
「う……気をつけます」
そこに付け加えて走りがちなのは桐ヶ谷さんもそうなのだけれどと嘆息していた。その仕草でなんとなく、あの奔放な桐ヶ谷さんと八潮さんは相性が悪いんだろうなぁということは理解できた。同じ主旋律を演奏することが基本的な仕事である花形の弦楽器を持っているという共通点がありながら楽器のように二人はまるで正反対だ。クラシックとロック、静謐と情熱、思考と感覚、全体主義と個人主義、色んな対比が見えてくるね。そんなことを感じているとその静かで涼しさを思わせる視線が俺を捉えた。
「ただ、このままでは磯村さんが四つのパートを演奏する意味がないわ」
「……俺である意味?」
「確かにバンドという音楽形態、特に邦楽となればメインに据えるべきはボーカルであるべきという考え方は非常に効率的、だけれどそれは
「それはそうだね」
「デュオですら、いえそもそもバイオリンとピアノの二つですら、求められるのは個の実力以上に
「そうですね、チュチュ様もバンドは単純な和ではなく、輪であるべきと言うような言い方をします」
「えっと、足し算じゃなくてみんなでイチってことだよね」
「です」
パレオが輪という言葉に合わせて両手の指を合わせて丸を作り出しつつ八潮さんの総評を補足してくれた。チュチュさんがそんなことを、と思ったけどようなだからパレオの解釈ってことなんだろうな。チュチュさんはあんまり日本語の語彙はよろしくないし。
みんなで一つの音楽を。当たり前のことだけど、これがバラバラになるといい音楽は生まれないってことだね。
「つまり、現状はウケを狙ってましろさんを前に出しすぎている、ということですね」
「ええ……売れる音楽、というものをこれまで作曲したことのない私ですが、それも露骨になればオーディエンスは敏感ですよ」
「俺が、もっと技術を上げれば」
「いいえ、それでは足し算的な考え方です。まずはもっと、倉田さんの世界を理解することが大事かと」
「それはパレオにも言えることでございますね」
「ましろの世界を理解する」
「彼女がその瞳の中に内包する世界はクラシック、ロック……そういう音楽的なものではなくて、もっと根源に近いものですから」
「確かに、どういう音楽とか、そういうの気にしたことないや」
ましろは元々ヒトカラが趣味なだけの音楽的には初心者だった。でも一人で歌った時の技術はすごくて、その理由は一人だと音楽の世界に潜ることができるからって感じだった。
──ましろにはましろにしか視えない景色がある。それは歌詞にも現れていて、もう半年くらい一緒に同じ音楽を作り出している八潮さんは、俺よりも遥かにそれを理解している。いやそもそも俺はどちらかというと人の上辺だけを見て理解した気になるって悪癖があるから、このまま同じようにましろと一緒に音楽をやっても理解できなかったかもしれない。
「……読み違えたようですね、彼の真意を」
「そっか、兄ちゃんは……俺がましろの世界を理解しきれなくなってるってのを感じてたのか」
「クラシック音楽の技術を取り入れるのは、それが済んでからの方が効率がいいわ」
「そうだね……よし、わかった」
「方針は決まりましたね、修斗様」
「うん」
ひとまずはましろの世界を理解する。それが俺にとって必要なことだ。それはましろの口から語ってもらうとかじゃなくて、俺が倉田ましろという人間についてちゃんと、上辺だけじゃなくてその水底に沈んでいく必要がある。
そもそも俺にはないものだって切り捨てていたもんな、ましろが持ってる景色についての話は。
「ありがとう、八潮さん」
「いえ、あなたの音楽には少し興味がありましたから」
「そう、それは嬉しいな」
「それと倉田さん」
「ん?」
「……今度少し、二人で話す場所を設けたいのだけれど」
「そうだね、後で連絡するね」
「ええ」
そう言って八潮さんは一度も後ろを振り返ることなく立ち去っていった。そのタイミングでひまりがやってきたことも重なり、ひとまずは今日の練習は解散ということでパレオがお茶菓子とお茶を淹れてくれた。
ましろの世界、それを理解した時にどういう変化が待ってるのか、俺はそれが楽しみでありつつも少しだけ怖くもあった。