恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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③:新しい出逢い

 ましろのことをもっと深く理解しようとする、というのが今後の課題というのが八潮さんと話して得られたものだった。それが具体的にどうしたらいいのかなんてものは当然ながらどこかから与えられるわけじゃないけどさ。ヒントはもらったものの、そのヒントすらあやふやでしかないこの状態だけど、ひとまず俺はましろから急に知ろうって前のめりになられるのはちょっとだけ苦手って言われたこともあり保留することになった。とはいえこのままじゃダメだってのもわかってるんだけど。

 

「なるほどなるほど……つまりシュウくんはましろちゃんを知りたいけど、ましろちゃんは元々知られるのが苦手なんだね」

「そうみたいなんです」

「確かに、急に踏み込まれるのは怖いよね」

「ん、まぁ確かにそうだね〜」

 

 花音さんの言葉に頷き同意の言葉を放ったのは俺ではなくて、俺が少しだけ苦手としている人だった。こればっかりは内面がとか外見が以前の問題で、トラウマをほじくり返してきた相手だからという他ない。俺の視線が気になったのか、花音さんの隣にいた彼女は気まずそうに頬を掻いた。

 

「アタシ……ケッコー嫌われてる?」

「ちゃんとお話すれば大丈夫だよ」

「でも明らかに身構えられてるんだけど」

「シュウくんも、リサちゃんは大丈夫だから」

 

 そう、羽沢珈琲店で花音さんの隣に座っているのは『Roselia』のベーシストでひまりやつぐみの先輩にあたる人物、今井リサさんだった。そして兄ちゃんとは顔見知りであり、それが原因で俺のトラウマを見事に再現してくれた人でもある。今井さんには罪はないってのは俺だってすごくよくわかってる。今日、花音さんとお茶していて、彼女が来て二人で話しているところを聞いただけで充分に彼女が善人だってことが伝わってきた。

 でも、それでもやっぱりトラウマってのはわかっていても反応してしまう厄介なものなんだなって。

 

「リサちゃんは、シュウくんに謝りたいからここにいるんだし」

「うん……でも、俺もすみません今井さん」

「いいよ、確かに最初はなんでそんな反応されなきゃいけないんだーって思ったケド、アタシが謝る方だしさ……ごめん」

「ふふ、じゃあこれで仲直り、ね?」

「……はい」

 

 ちょっとだけ、花音さんの方から圧力めいたものがあった気がするが、あのにこにこふんわり笑顔のお姉さん、松原花音さんから圧が飛んでくるなんてこと、あるわけない。ないよな。じゃあ俺の気のせいだということにしておこう。ここでやっぱり今井さんは苦手ですって言ったら花音さんが白鷺さんに変身しそうな予感さえあった。あのお姉さんは怖い。

 

「それで、キミってましろとバンド組んでるんだよね?」

「そうですね、二人で……まぁ後はアシスタントが」

「二人でバンド?」

「あ、えっと説明するの忘れてた……えへへ」

「そうですか……」

 

 あまりにあざとかわいいのでツッコミもしにくくなってしまった。そんなドジを発動した花音さんはさておき、俺は今井さんにことの経緯というか成り立ちをかいつまんで話していく。どうやら今井さんは特にこの近辺の顔が広いらしく、パレオのことなんかもRASだから有名、という雰囲気ではなく個人的に知り合いというノリだったから特に驚いた。よくよく考えれば花音さんとだってどういう接点があって友人同士なんだって感じだし。

 

「なるほど〜、それで瑠唯がそんなことを」

「そんなことがあったんだね」

「はい」

「確かに相手のことを知るって大事だよね」

「私もそう思うな……ふふ」

「どうかしましたか花音さん?」

「それじゃあ今日はうってつけかなぁって」

 

 うってつけ、という言葉に疑問符を浮かべたが、そんなに考える時間を有することなく俺はそのうってつけという言葉が今井さんとこうして話す機会があるという現状だってことに気付いた。

 ほぼ初対面どころか、初対面でマイナスポイント稼いでしまった今井さんを知るって相当ハードル高くないですか? 

 

「逆を返せばリサちゃんのことをちゃんと知ることができれば、ましろちゃんなんて簡単って思えるでしょ?」

「暴論じゃないですか……?」

「花音はそういうとこあるから」

「だって、そっちの方がシュウくんもリサちゃんも笑顔になるでしょ?」

 

 ふふふ、と笑う花音さんに俺と今井さんが同時に苦笑いをした。

 どうやら割と今井さんはツッコミ気質なようで、同じギャルっぽい見た目の知り合いでも桐ヶ谷さんとはタイプが全然違うんだなってことはよくわかった。

 

「そうそう、言い訳じゃないんだけどさ……山本さんってさ、プライベートでしゃべると半分以上弟の自慢話だからさ」

「……え」

「それでなんか気になって……だからあんな感じで接しちゃって」

「そうだったんですか……兄ちゃんが」

「浩介さんってシュウくんの話、すごくするよね」

「そうそう、マジでそうなんだよね!」

「それは……知らなかった」

 

 兄ちゃん、そんなに俺のことを周囲で話してたのか、それはそれで恥ずかしくなる。すると兄ちゃんから練習を見てほしい的なことを言われた八潮さんもその辺りは被害を受けているのだろうか、もしそうなら誠心誠意謝罪しとかないと。

 そんな部分から俺は知っているようであまり知らなかったバンドマンとしての兄ちゃんを今井さんは語り出す。それに対して俺は恐らく今井さんは知らないであろうプライベートな兄ちゃんという情報を交換した。

 

「高校生でプロに、かぁ」

「それで兄ちゃんは高校卒業後すぐ地元からこっちに」

「お兄さんはプロのギタリストで、弟は歌以外ができる音楽系のストリーマーかぁ、すごい兄弟だね」

「血筋じゃないはずなんですけどね」

「やっぱりそういう音楽とかの感性は後から養われるものじゃない?」

「そうなんですかね」

 

 俺は今井さんの語ってくれた過去のように近くに音楽をやってるような人がいたわけでもないけど。と、思ったところでそういえば兄ちゃんが中学の終わりか高校入ってすぐくらいの時に聴かせてくれた曲があって、それが俺にとってはすべてのきっかけで、兄ちゃんは憧れのギタリストの曲が衝撃的で、だからこそ兄ちゃんはその人が目指して、そして立った「FWF」の舞台は絶対にプロとして立ちたいって言ってた。

 

「……そんな人が」

「私もそれは知らなかったなぁ」

「こっち来てその名前は出してないと思う。でも兄ちゃんにとってはすごく、大きな憧れの人だったと思う」

「アタシらも中学生くらいの時か……ん?」

「どうしたのリサちゃん」

「もしかして……その山本さんの憧れの人のってさ、友希那と苗字一緒じゃなかった?」

「どうだったかな……」

 

 俺もうまく覚えていない。その人は「FWF」の舞台に立ってから幾ばくもしないうちにバンドを辞めちゃったって言ってたし。兄ちゃんにしてみれば強く憧れた人なのかもしれないけど、俺からすると兄ちゃんの憧れの人でしかないからなぁ。

 今井さんは続けて曲を聴かせてくれて、それは確かに兄ちゃんが音楽を目指した、そして俺にとってもルーツでもある一つの曲だった。

 

「やっぱり……友希那のお父さん」

「友希那ちゃんのお父さんって……昔バンドやってた?」

「うん、そして友希那がバンドを、Roseliaを結成した理由でありFWFを目指してる理由かな」

「そうだったんですね」

 

 まさか『Roselia』のルーツと兄ちゃんのルーツが繋がってるなんて思いもしなかった。なんの偶然か同じ年に「FWF」に出演しようとしているのも、すごい奇跡を感じているね。なにより湊さんのお父さんが兄ちゃんの憧れの人か、多分兄ちゃんは気付いているだろうけどね。

 

「じゃあアタシはこの辺で、花音もありがとね」

「仲直りできてよかった」

「あはは、まぁこれで睨まれることはなくなっただろうし」

「すみません、生意気な態度取って」

「いーって、山本さんにもよろしくね☆」

 

 そう言って、今井さんはカラリと明るく去っていった。なんというか、あれを嫌いになれる人間っているんだろうかっていうくらい、彼女の顔が広いって意味がよくわかったような気がする。トラウマ刺激された俺がこの短い間で普通に会話できるのってのがもうすごい。花音さんとはまたベクトルの違ったお姉さんって感じだ。

 

「ね、リサちゃんは大丈夫だったでしょ?」

「本当に、ありがとうございます」

「ううん、シュウくんが笑顔になってくれれば、私はすごく嬉しいな」

「花音さん」

 

 世界を笑顔に、が合言葉であり同時にバンドの最終目標でもある「ハロー、ハッピーワールド!」の一員である花音さんらしい言葉だなと思った。実際、これでふとした時に今井さんと遭遇しても気まずい感じにはならないし、なんなら彼女の方から挨拶してくれる可能性が高くなった。それにひまりがよくいて、青葉さんがバイトしてるコンビニでバイトしてるらしいし。遅かれ早かれなんとかしなきゃいけないことではあったんだよな。

 

「それにしても、これでなんとなく相手のことを知るってことがどういうことかわかるようになったんじゃないかな?」

「そうですね……そうかもしれません」

「なら、よかった」

 

 花音さんの笑顔に、俺もほっと息を吐く。相手のことを知るために一番手っ取り早いのは自分のことを知ってもらうってことなんだなっていうのが今井さんとの会話でなんとなくわかってきていた。ましろみたいな人見知りならその前に色々と手順を踏まなきゃいけないだろうけど、ましろはそれすらもスキップしてしゃべることができる相手だから、問題ない。

 

「ふふ、それでお礼は何をしてくれるのかな……なんて」

「また水族館ですか?」

「キミが一緒に楽しんでくれる場所ならどこでも」

「口説かれてるんですかね、俺は」

「ふえぇ……だって、一緒にどこかお出かけなのに、私だけが楽しかったら意味がないでしょ?」

「……そうですね。俺も楽しかったですよ、あの水族館」

「本当……っ?」

 

 その反応は劇的で、今までちょっとだけお姉さん感を醸し出していたのに、すっかり子どものようなはしゃぎ方をされると俺もギャップやらそのあざとさで熱が出そうだ。

 ──ところでデートは確定なんですね、まぁいいですけどね。

 

「ふえぇ……いやだった?」

「まさか、予定合わせてまた前日泊まりとかにしますか」

「……うん、そうしようかな」

「迷子にならない方法は大事ですからね」

「じゃあ、迷子にならないように、シュウくんが一緒にいてね」

「はい」

 

 その笑顔はとびきりの笑顔だった。本当に花音さんの笑顔は色々と種類があるけど、その中でも今の笑顔が一番魅力的なんだよな。スケジュール帳を片手に予定を立てつつ、家へと移動しようとしているとそこに大きな声で花音さんの名前が呼ばれて振り返った。そこには、弦巻こころさんがいい笑顔で手を振っていた。

 

「こころちゃん」

「花音……と、あなたは初めましてね!」

「初めまして、えーっと、磯村修斗です」

「あたしは弦巻こころ、よろしく修斗!」

「え、あ、はい」

 

 手を差し出されて勢いのまま握手をするとすごく無邪気な笑みをされた。すごく、エネルギッシュな子ですねと目で訴えると花音さんもちょっとだけ苦笑い気味に、この状態で自分が助け舟を出すことができないことを示していた。花音さんから多少話は聴いていたけど、本当にすごくぐいぐい来る人だ。正直、得意ではない。

 

「こころん、とシュートくん、とかのちゃん先輩まで!」

「あらはぐみ! ソフトボールの練習は終わりかしら?」

「そうなんだよ! みんなはどうしたの?」

 

 そこに北沢精肉店の元気娘であり、花音さんと同じハロハピのメンバーである北沢はぐみさんまで加わるとさらにわちゃわちゃと雰囲気が騒がしくなる。北沢さんとは、どっちかというと仲良くさせてもらってる、というよりコロッケ買うとたまに店に立ってるからその時にひまりと二人で会話したのがきっかけなんだけどね。

 

「あたしは二人とばったり会ったの!」

「私はシュウくんと喫茶店デートしてて、今からシュウくんのお家に行こうと思ってたところだよ」

「シュートくんのおうち!? 」

「ふえぇ……ど、どうしたのはぐみちゃん」

「えっ、だって、もしかして二人って……恋人同士!?」

「そうだったの?」

「え、違う違う」

 

 北沢さんの驚きを俺は即座に否定する。よくよく考えるとデートしてから一緒に家にというとすごく恋人っぽい流れなんだろう。よくある流れだし、別にふたりきりじゃないからスルーしてたけど、花音さんの説明だけ聴くとそれっぽいよね。でも残念ながら今日は兄ちゃんもいるしましろもいるんだよな。

 

「シュートくんのお兄ちゃん?」

「あれ、言ってなかったっけ、俺は兄ちゃんと二人暮らしだよ」

「そうだったんだ! 前に言ってたプロのギタリストの人だよね!」

「そうそう」

「花音はそのお兄さんとも仲良しなのね!」

「うん」

 

 雑談をしているとましろがやってきて、それが知ってる人だと判断するとちょっとだけ安心したように俺の隣にやってきて挨拶をした。そうだよな、人見知りで怖がりなましろだけど、バンド活動を通して色んな人と知り合って、仲良くとまではいかないかもしれないけど普通に会話できるようになってるんだよな。そうなると最初の頃のことを思うとなんだかもっと褒めてあげなきゃなって気分になるね

 

「ん、なに?」

「いや、ましろもちゃんと変わってるんだなって」

「ほんと?」

「うん、まだ半年くらいだけど、兄ちゃんに制服見せに来た時よりもずっと」

「そっか……えへへ」

 

 ふわりと、少し頬を染めて微笑むましろの明るい表情に、俺だけでなく他の三人も自然と顔が綻んでいるように感じた。

 そのまま立ち話をしばらくしていたけど、北沢さんがお母さんに呼ばれたことでそのまま解散の流れができた。弦巻さんとも別れて少ししてから花音さんは俺を見て嬉しそうな笑顔をした。

 

「シュウくんもちゃんと変わってるよ」

「……なんですか急に」

「褒めてあげなきゃって思っただけ」

「ありがとうございます」

「シュウさん照れてるよ、花音さん」

「ね……ふふ♪」

 

 二人の顔を見れないまま俺は家に帰っていく。その後兄ちゃんにまで顔赤いけどと言われた時は本当に恥ずかしくてどうにかなりそうだった。

 花音さんはその日、送って帰るその瞬間までずっとご機嫌そうに微笑んでいて、余計に照れてしまうんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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