学校の帰り道、珍しく全員が暇だったため友人二人と教室で駄弁っていた。すっかり三人組が定着していて、音楽の話も気兼ねなくできる最高の友人と言えるが、その後に家に帰ってきたその姿を見て、やはり俺は贅沢ものなんだろうと思った。
二人はどうやらあまり女性との関わりがないらしく、本人たち曰く自分たちは変人だと勘違いされているためモテないだそうだ。
「そういえば知ってるか、うちのヤバい先輩の話」
「同級生にもヤバいの何人かいるけどな」
「ああ、隣のクラスの委員長とかな……だけど」
「隣の委員長……誰?」
「お前ほんとそういうのに興味ないよな」
そりゃね、人間関係割とあっちに割きがちだからね。
それはさておき、どうやら先輩にバンドマンが幾人かいるのは知ってるし、なんならつい最近その先輩がひまり、つぐみ、花音さんがいいって言ってて俺も何度かライブに足を運んでいる『Wonderers』通称ワンドルさんが通っている高校が自分のところだということをつい最近知ったよ。
「そのワンドルの先輩、キーボードの噂なんだが」
「ああ、あの人は相当な女誑しらしいな」
「そうなんだ」
「噂によると九股してるとか」
「……それは流石に盛りすぎじゃない?」
「それだけじゃない。しかもベーシストはRoseliaのほぼ全員と関係を持ってるんだ」
ベーシストって言うとひまりイチオシのあの人か。いやそんなこと口に出した日にはひまりガチ恋勢たる犬飼は発狂して死ぬだろう。そもそも俺がひまりと知り合いなのも黙ってるくらいだし。なにせ彼はひまりのことになるとちょっと怖いくらいだからな。逆に岡田は花園たえさんのギターを心底リスペクトしてるらしいので問題ないけど。
「なにやら委員長が派手になったのもそいつの影響らしい」
「派手に……ああなんか金髪になった人いたね」
「今更かよ磯村」
俺からすれば関係のない世界の話なんでね。なんかちょこちょこっとしゃべった記憶があるけど。
──まぁそれはさておき、そこから派生して妄想に話が飛ぶのが犬飼の謎のクセだった。きっと手料理とかかわいい子に作ってもらってるんだろうみたいなことを言い出して、そこからおかしくなり始めていく。
「正直ひまりちゃんがエプロン付けて料理してくれるんだったらマズくても全然いい」
「まぁこう、女子の手作り料理ってのは憧れっちゃそうだよな」
「だろ」
確かにって言ったら俺はちょっと違うけど、中学の時から料理作ってはいたから、兄ちゃんと二人暮しするためにっていう目的でだけど料理をしてたからな。当時の先輩がお菓子作りが好きって言葉を信じて一緒にお菓子作りしたいななんて考えてたんだよな。それは一応叶ったは叶ったよ。全部兄ちゃんにあげるために俺の補助を必要としてただけだったけど。
「何言ってるんだ、どうせ磯村はましろ嬢の手料理食べてるだろ」
「……ましろは料理できないよ?」
「そうなのか」
「つまりましろ嬢に料理を振る舞ってる方か! 羨ましい……」
「どっちでも言うな犬飼」
そんな会話をしていたためか、帰ってきた俺を迎えてくれた二人に対してすごく感謝の気持ちときっと二人が知ったらどう思うんだろうなぁという気持ちになった。今日はつぐみと花音さんが仲睦まじくキッチンに立っておしゃべりしつつ何かを作っていた。兄ちゃんは仕事で地方のホテルで泊まりだ。
俺の様子がおかしかったのか不思議そうな表情をしてきた花音さんとつぐみに夕ご飯を食べながらあらましを語ると案の定笑われてしまった。
「シュウくんのお友達って面白いね」
「面白い、まぁ確かに面白いですね」
「わたしとしては、去年は全然影もかたちもなかったクラスの友達って単語にほっとしました」
「私も」
「ちょっとまって、心配されてたの俺」
「そりゃそうだよ! 去年の修斗くんなんて友達の話すると顔背けてたからね!」
「……う、それはそうだけど」
それに比べたら確かに友人と言っていい人物が学校にいるのはつぐみからしたらほっとするかもしれない。去年の今頃とか特にそういう感じだったからなぁ。
それはそうとして二人ともワンドルが同じ学校だったことにも話を広げていった。ただし俺が想像したミーハーな感じとは違ったノリだったことには驚いたけど。
「紗夜さんが連れてきた時は驚いちゃいましたけどね」
「私のバイト先にも来てたよ、意外なカップルだよね」
「……紗夜さんって、Roseliaの氷川さんですか?」
氷川紗夜さんが羽沢珈琲店へとたまに足を運ぶことは知っていた。お菓子作り教室を開催したことがあって、俺も手伝いに駆り出されて──というと嫌がったみたいに聴こえるけど、つぐみに頼られたのに加えてひまりに協力してあげてと言われて手伝ったんだ。その時にアイシングクッキーに苦戦していた。それ以来、足を運んでは山盛りポテトを食べている姿を時折見かけるんだよな。
「あの人ってリサちゃんと幼馴染なんだって」
「今井さんとですか?」
「だから友希那ちゃんとも仲良しで、燐子ちゃんも……色々あるみたいだよ?」
「だからあこちゃんとも仲良しみたいです」
「へ、へぇ……」
それが犬飼の言ってた「Roselia全員と関係が」って発言の火の元ってわけか。今井さんはカレシいるって発言に納得したし、それがあのベースの人と勘違いされてたらますます、なんというかかわいそうな人だな。女難の相でもあるんじゃなかろうか、あの彼は。
まぁこれは面白そうだけど友人にはリークしないことを約束しよう。出どころを聴かれた時に困るからね。
「女子校だからこそ、恋愛話は色々とあるんだよね」
「そうそう、男の人と歩いてると目立っちゃいますからね、逆に」
「そうなんですね、大変だ」
なんというか、恋愛って俺の中で他人事なんだなっていうのが今の会話で充分に自覚できた。俺の中で恋愛って中学の時で完全に終わってる気がする。
──兄ちゃんと八潮さんの恋愛も、ましろの恋愛もなんならその前のつぐみの恋愛を応援しようみたいな時もかなり蚊帳の外からの応援だったし、兄ちゃんと八潮さんに至ってはカップルになっても別になぁという感情が前に出てしまう。
「……シュウくんは、恋愛で傷ついちゃってるからかもね」
「傷ついてる、なんて……もう昔の話なんですけどね」
「昔でも、今でも、関係ないと思うよ」
「……恥ずかしいですよ、花音さん」
食べ終わった食器を片付けていると花音さんに頭を撫でられてしまい、妙にこそばゆい感じがする。特につぐみに見られながらなので特に恥ずかしいって気持ちが強くなってしまう。近所のお姉さんに子ども扱いされてるところに同級生がいたら、ほらなんか嫌でしょみたいな気持ち。
だけど今度はつぐみまで隣にやってきて一生懸命背伸びをしてまで俺の頭を撫でてくる。悪態を突きたい気持ちもあったけど、花音さんもつぐみも手が優しくて暖かすぎるんだよな。
「修斗くんはもう傷つかなくていいんだよ」
「……つぐみまで」
「だって、浩介さんは幸せそうに笑ってたからっ」
「つぐみちゃんの言う通りだよ。キミはもう、浩介さんを好きだった人に追い回されることもなくなったんだし」
「そう、そうですね……」
「ましろちゃんも、シュウくんに負担を掛けたりしてないでしょ?」
「してないですね」
それどころかましろは、今までと同じように妹系内弁慶だ。パレオやつぐみ、花音さんにも多少はその内弁慶で甘えん坊な気質が出始めてるくらいには、ここを今も自分がいていい場所だって思ってくれてる。そんな空間を作ったのは兄ちゃんじゃなくて俺だって前にパレオは言ってくれた。だからこそ、ましろはどうしても甘えたい時に兄ちゃんじゃなくて俺を頼るようになったんだって。
「そうですよね、ましろちゃんってちょっと前から浩介さんより修斗くんに甘えること増えましたよね」
「そうだね、この前こころちゃんとはぐみちゃんに会った時もね、さり気なくシュウくんの隣にくっついてた」
「あれはまだほんの少しだけ人見知りしてるんですよ」
「もしかしたら、ましろちゃんが失恋にショック受けてないのは、そういう事情もあるかも」
つぐみの言葉は自分が恋と憧れの境目を見失っていたからなんだろう。ましろなんてそれこそ本当に幼い時からの恋愛だ。小さな子どもがお父さんと結婚すると言って憚らないような、幼稚園や保育園で先生に恋をしてしまうような。そういう類の恋愛だと言われてもおかしくないような長い年数だもんな。
「うん、わたしと一緒なんて言い方は、よくないかもしれないけど」
「いや、特にましろは普段からみんなと何かが違うって意識の中で生きてるから、安心できる場所が少ないんだろうし」
「その中で唯一安心できる家族以外の存在が浩介さんだったってことだね」
「兄ちゃんは兄ちゃんでましろのことを大事にしてるから」
あくまで近所の妹分としての大事だけど。ただそれでも高校生になるまでこっちにいることは黙っていたのは、やっぱりあの頃の兄ちゃんにましろの恋愛感情は毒になり得たんだろうなぁって予想くらいはできる。ましろのことはまだまだわからないことはあるけど、兄ちゃんのことなら多少は深く理解してるから。
「やっぱりブラコンだよね」
「つぐみ」
「だって、すぐそういうこと言うでしょ?」
「でも、他人よりもきょうだいのことをわかってあげられてるって自信は、なんとなくわかるなぁ」
「特に俺なんて別に兄ちゃんに反抗期したこともないんで」
そりゃ、中学時代の一件で色々思う所はあったけど、兄ちゃんは悪くないわけで。劣等感とかやるせなさとかをぶつけたい気持ちにはなったものの兄ちゃんと関わりたくないなんて思うことはなかったかな。帰省してきた兄ちゃんは変わらずに兄ちゃんのままだったのも、こうして中学卒業してこっちに来たのもやっぱりその理由の一つだよ。
「遅かったね、パレオ」
「はい〜、ライブ前なので細かいところまでバッチリ練習してきました〜」
「お疲れ様、パレオちゃん」
「つぐみさんはお泊りですか?」
「うん、浩介さんいないし、ひまりちゃんもバイト終わってご飯食べたらこっち来るって言ってたし」
「余り物でよかったらご飯あるよ」
「いただきます〜」
金曜日はなんだか恒例的に賑やかなんだよな。今日はモニカもライブ前で広町さんの家に泊まり込みで練習するって言ってたからましろは来ないけど、いつもだったらましろも来て、兄ちゃんもいてって空間が広がりがちなんだけど。その代わり解散する時間になってパレオとひまりが来て、つぐみとひまりは泊まりの予定になっていた。
「明日は帰って来たらケーキ用意して待ってるからね、ひまりちゃん」
「ありがとうございますっ! 彩さんたちにも先にお祝いされてきちゃいました」
「それじゃあ俺は花音さん送ってくから」
「あ、わたしも一緒に行くよ」
「え、つぐみが?」
「一人の帰り道より二人の方が安全でしょ?」
確かにそうだけどと言ったところでつぐみはもう前のめりになって俺の背中を押してくる。夜道を歩かせる方が心配なんだけど、一人だとなんとなく帰り道が心細いのもまた事実だった。
ひまりとパレオに留守番を頼んで簡単な貴重品だけを持って街灯が頼りの道を歩いていく。
「シュウくんの友達も今度紹介してほしいなぁ」
「えっ……でも」
「そういえば、外に遊びにとか行かないよね」
「いや、だって……」
あの二人は俺とは別のベクトルで色々とあるからなぁ。岡田は道場で稽古がある上にバンドがあって、なんだかんだ犬飼も部活を頑張ってる。まぁそれよりもっと大きな理由にあの二人が揃ってガールズバンド好きって部分にあるんだけど。
ぶっちゃけ現状を知ったら殺されそうなんだよな。嫉妬で焼き殺されそう。
「大丈夫だよ、私がちゃんと説明してあげるから」
「……まぁ花音さんは前例があるので」
「ましろちゃんとかは紹介できなさそうだね」
「無理だね、あとひまり」
「ひまりちゃんかぁ」
「そうだよね、確かにひまりちゃんと常日頃デートしてるなんてシュウくんは言えないよね」
「言えませんね」
常日頃って言い方すると本当に誤解を招きそうだ。そんなに常日頃じゃない、と思う。実際それが本当かどうかなんて俺には判断できないけど少なくともガチ恋を自称してる人に向かってその子とデートしてますなんて言えるわけがない。ましろは人見知りの観点でちょっとあのノリを出されると怖がること間違いなしだからな。なんせましろ嬢とか呼んでるし。
「一介の男子高校生が超絶お嬢様である月ノ森生とお近づきになれる機会なんてないですから、それだけで羨む対象らしいですよ」
「それだったら修斗くんはすごい人になっちゃうね」
「モニカ全員と知り合いだもんね」
「……それを忘れてた」
普段は家に来る女性メンツにリソース割いてるため忘れがちだがガールズバンドオタクの犬飼が特に推してるバンド二つ、アフグロとモニカなんだけど、その二つのバンドメンバー全員と知り合いなのも隠しておきたいことなんだよ。桐ヶ谷さんあたりはワンチャン俺の顔と名前忘れてそうだけど。本人も顔と名前覚えるの苦手って言ってたし。
「わたしも、修斗くんの友達は気になるなぁ」
「つぐみまで」
「だって、もしかしたら長いお付き合いになるかもだしっ」
花音さんを送っていった帰り道、つぐみはそんなことを言って何故か気合を入れていた。俺としては避けたいイベントなんだけど、そのうちライブハウスとかでばったり出会いそうで怖いってのはそうなんだよね。その前に説明しておけば、ショックが小さいというか、半殺しで済みそうというか。被害に遭う前提で話してるけど。
「大丈夫だよ」
「何が」
「だって修斗くんの友達なんだもん」
「その根拠がよくわからないんだけど」
「気難しいし、あんまり自分のことを話したがらない修斗くんがいっぱいおしゃべりする相手だから」
「……だから素敵な心根を持ってるだろう、と?」
「そこまでは言ってないけど、許してくれそうだなって」
「それだったら、つぐみもその一人だね」
「わたしは……わたしはどうだろうね、もしかしたらすっごくヤキモチ妬いちゃうかも」
想像できないねと笑って、つぐみも冗談だったみたいで笑顔に変わった。
──やっぱりつぐみの言った通り一人よりも二人の帰り道は、暗いだなんて思わないほど笑顔にあふれて、心細さなんて微塵にも感じなかった。むしろ明るいとすら思えるんだから、すごくありがたい提案をしてくれたなぁと改めてつぐみに感謝を告げた。