恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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⑤:新しい一面

 つぐみと帰り道を歩いて、家に戻ってくるとお風呂上がりらしいひまりがにこやかに、人んちの冷蔵庫の中にあったスイーツを食べながら──もちろん勝手に。ソファに座ってリラックスした状態で出迎えてくれた。冬が近づいて来るこの季節に合わせて何故か俺が選ばされた寝間着姿で、本当に人の家かと疑いたくなる。

 

「おかえり〜」

「おかえり、じゃなくて。しかもそのプリン」

「……え、食べちゃダメなやつだった?」

「違うけど」

「わたしと修斗くんが作ったやつだよ、ひまりちゃんお泊りするからって」

「だよね〜、びっくりしたぁ」

 

 明るい顔で笑うひまりに俺はため息、つぐみは苦笑いをする。確かに、冷蔵庫にはひまりのものが入ってないわけじゃないから勝手に開けることが非常識ということじゃない。そしてプリンは兄ちゃんが食べないし、俺も積極的に食べるわけじゃないかわりにひまりの好物だからね。間違ってないよ、ひまりとパレオのために作ったやつだし。

 

「パレオちゃんは?」

「お風呂入ってるよ〜プリンはお風呂上がりに食べますって言ってた」

「そっか」

「シュウはお風呂上がりのブラッシングしてあげるんでしょ」

「それはペット扱いがすぎないかな?」

「まぁ自称だし」

 

 俺はブラッシングとは呼んでないです。きっかけはましろが前に髪を乾かすのをめんどくさがった時に何を思ったかやってと俺の前に座り込んだことがあり、それを目撃していたパレオはこれだ、と思ったらしい。特にやり方を知っていたわけではなく、ましろの髪を乾かした時もお世辞にも上手とは言い難いため、特に髪の毛を大事にしているであろうパレオには恐縮してしまうんだが。

 

「その人、夏の時にシュウが言ってた人?」

「え、あ……うん」

「話してたの?」

「ほら……色々あったじゃん、フェスの打ち上げの時とか」

「あ、あれってその人が原因だったの?」

「原因は言い過ぎだけど、それでシュウがよくわかんないこと言い出してさ」

 

 つぐみが再び俺の友人二人の話を出したんだけど、ひまりはよく覚えてたな。その結果起こったことはきっとこれからしばらくは忘れてもらえないんだろうけど、そのきっかけは結構小さなことだからなぁ。ただひまりはもうそのことに対しても、なんならひまりガチ恋を自称して憚らないその友人──犬飼のこともあんまり興味がないようで視線をスマホに移動させた。

 

「シュウ、今度またライブ行こ、つぐも行く?」

「わたしは生徒会とお店の手伝い次第かなぁ」

「急にどうしたの?」

「モニカがさ、おっきな野外ステージで演奏するのが決まったんだって、透子ちゃんがSNSで公開してたよ」

「それは是非とも行きたいね」

「でしょ?」

「それだったら……わたしも、興味あるかも」

「じゃあ決まりで!」

 

 相変わらずの強引さだけど、モニカのライブか。ましろの歌を観客として聴くのもまた彼女を知るきっかけというか手がかりになるんだろうな。そう思っているとつぐみもちょっとだけ行く方に傾いているみたいだった。つぐみは自分でも言っていた通りバンド練習が休みでも生徒会と店の手伝いをしてるから忙しい。更に他の主な店員である二人のうち、若宮さんはアイドルなので忙しいし二葉さんはモニカだから当日は確実に休みだし、難しそうだよね。

 

「花音さんも誘った方がいいかも」

「そう?」

「前に一緒にライブ行きたいのにすぐひまりと行くって拗ねられたから」

「……花音さんって、そういうこと言うんだ」

「確かに、あんまりイメージないよね」

「……え、そうなんだ」

 

 花音さんって俺の中だとすごくお姉さんだけど時折こう、なんとなくかわいらしくなるイメージなんだよね。でもその認識は俺しか持ってないようで、驚きと共にあのちょっとだけむっとしたような顔は普段から誰かに見せてるわけじゃないんだってことを再確認させられた。

 

「ん、パレオから連絡だ」

「パレオちゃんってその地毛の姿って結局、シュウにしか見せたがらないよね」

「わたし、思い切って訊いてみたんだけど自分の中で、いついかなる時もかわいい姿を見せたいんだって」

「徹底してるね〜」

「単純に恥ずかしいだけなんだけどね、それ」

 

 呼びに来るわけではなくスマホで連絡してくるところにひまりが素早くツッコミを入れるのに、フォローはしておく。

 前だったら素の自分は見せたくないとか、ウィッグを外した令王那はかわいくないとか言ってただろうけど。今はそれが多少以上に崩れて、今更黒髪の自分を見せるのに恥じらいがあるらしい。だから壁があるってわけじゃないのは確かなんだよね。

 

「単純に甘えすぎてる自分を見られるのが恥ずかしいからだと思う」

「あー、パレオちゃんってかわいいけどすごくしっかりもので、メイドさんって感じだもんね」

「……そうなのかな」

「修斗くんだって、昔浩介さんに甘えるのは周囲に誰もいない時だったでしょ?」

「それは、そうなのか……いや確かに」

 

 ましろだってモニカの前では兄ちゃんにも俺にもそんなに甘えてはこない。それのすごく徹底した版だよと二人に言われてまぁそんなもんかなぁと納得する。そんなパレオの甘える時間を終えて戻ると、つぐみはおらずひまりだけがソファに座っていた。つぐみはどうしたんだろうと訊ねるとひまりはスマホからこっちに顔を上げた。

 

「つぐはお風呂行ってるよ〜」

「そっか、俺も入らないとだな」

「それよりさ〜」

「なに」

 

 俺はひまりに手招きをされて、ソファの隣に座ると何を考えたのかひまりは俺の肩に頭を乗せてきた。突然のことで、しかもひまりがすることがないのでびっくりしていると、ひまりはそのまままたスマホに目を向け始める。眠いのかなんなのか平常心でいようと務めるが、結局僅かに触れてる胸とか、何故か甘い匂いがするような感覚にドキドキしているとひまりがふとこっちを見上げてきた。

 

「えへへ」

「な、なんなの?」

「ううん、シュウは変わってるんだけど変わってないんだなぁって」

「急になに?」

「前だったら、嫌がってたなって思ってさ」

「前って、そんな前のことでもないし……嫌ではないけど、いいわけじゃない」

 

 とは言うがひまりの反応は悲しむわけでもなんでもなく、ただそっかと弾んだ声でまた元に戻ろうとしたところでつぐみの声が聴こえてことでひまりは頭を元の位置へと素早く戻した。

 なんなんだと思ったけど、俺が何かを言うより素早くひまりが肩を押した。

 

「ほら、つぐ出たんだし早くお風呂に行っておいでよ」

「お、う、うん……」

「どうしたの修斗くん」

「いや、なんでもない」

 

 憮然とした態度をしたはしたけど、文句を挟む間もなくひまりが更に畳み掛けてくるから不承不承ではあるけど何も言わずに風呂を交代する。納得できずにもやもやはしていたけど、ひまりの理不尽さは割といつものことかと頭を切り替えることにした。

 ぱぱっと短めで風呂から上がり、二人と雑談を続けているとやがてつぐみが大きな欠伸をする。

 

「ふぁ……」

「眠いなら、寝ておいで」

「ん……ひまりちゃんは?」

「私はもうちょっとここにいるよ」

「そっか……じゃあまた明日」

「うん、またね〜」

 

 ひらひらと手を振って、つぐみが客間へと消えていく。そのタイミングで俺も寝ようかなと立ち上がろうとすると、ひまりに手を引かれてソファに逆戻り。

 ──え、なんですか、まだ何かあるんですか。

 

「……なにその不満げな顔、眠いの?」

「いや、そんなに眠くはないけど」

「じゃあいいじゃん」

「……どういうこと?」

「いいから、また夏以来あんまり遊べなかったし」

 

 それはひまりの都合もあったんじゃ、というツッコミはしないほうがよさそうだということに気づけたのはもしかしたら成長している証なのかもしれない。実際にひまりはバンドの練習とバイトが多くて予定が合わなかったのが主な原因だし。でもそうじゃないとしてもそれとこれに何の因果関係があるのかと疑問符を浮かべていると、再び、お風呂に入る前の状態に戻ってしまった。

 

「あの……ひまり?」

「ん〜?」

「これは一体」

「パレオちゃんと一緒かな」

「……パレオと?」

「恥ずかしいじゃん、つぐに見られるのは。それにましろちゃんとかパレオちゃんにはしてるんでしょ?」

 

 いやそうじゃなくてそもそもなんでひまりがっていう謎を俺は質問しているつもりだったんですが。

 ましろはなんだかんだでこの半年以上の間に俺との信頼関係というか、擬似的な兄妹関係を結べてるから、本来甘えん坊で内弁慶な彼女が二人きりの時は幼くなるのはわかる。

 パレオは何度言っても修斗様はもうひとりのご主人様ですからというスタンスを崩さずメイド兼ペットを自称するのを止められない以上、あの状態になるのはしょうがない部分がある。

 

「なるほどね、シュウは……そっか」

「一人で納得しないで」

「私だって、結構わがままで甘えん坊だって自覚くらいはあるけど」

「ま、まぁね……色々あったし」

 

 奢らされた回数なんて数える方が間違ってるし、いっつも強引であれがしたいこれがしたいって俺を物理的に振り回しかねない。そんなひまりだけど、いやそんなひまりだからこそ、わがままを言うわけでもなくただもたれかかってきてるっていうのに違和感がある。違和感というか、珍しいことされてるって感じか。

 

「そうだね、けど……うん、こういう気分」

「なんかあった?」

「あったと言えば、あったかなぁ」

「どんなことか訊いてもいいやつ?」

「だめ」

「そっか」

「まだ、だめ」

「わかった」

 

 どうしたらいいんだろうとか思いつつ、ひまりのちょっとトーンの落ちた声が、少し寂しそうというかいつもハツラツとしているひまりだからこそ心配になってしまうような落ち着いた声だった。少し迷って、引き出しの少ない俺はましろメソッドを用いて頭を軽く撫でることにした。ひまりの精神性は前からちょっとだけましろに近いと思っていたからこそのメソッドだ。ちなみにそれが通じないと後はパレオと花音さんなので恐らく俺は終わりである。

 

「なにこの手」

「……いや、あの、深い意味はなくて」

「もう、でも……シュウの手は、なんかお兄ちゃんの手だよね」

「そうかな、俺としてはずっと末っ子気分だけど」

「確かに、私もそんな感じかも、アフグロのリーダーとしてしっかりしなきゃって思っても、結局ね」

「ひまりは末っ子気質すごいよ」

「よく言われるけどシュウに言われるのは納得できない」

 

 どうやらアタリを引いたらしいことに内心ほっとしつつ、もしかしたらバンド系で何かあったのかなと予想を立てて、もしそうなら確かにつぐみには見せられないよなと納得もした。いつも名前の通り真夏に咲く花みたいな笑顔をするひまりで、その明るさと元気さで個性的なアフグロを纏めるリーダーであり、仕切り屋でもある。

 ──けど、リーダーはリーダーの苦労があるんだろうな。俺には、バンドを組んだこともない俺には、全くわからないけど。

 

「こうしてるとお泊りデートっぽいね」

「……そういうこと言うのやめない?」

「意識しちゃう?」

「するでしょ」

「ふぅん」

「からかう気?」

「バレた?」

 

 バレたじゃないよバレたじゃ。一応ふたりきりの静かな空間で、ソファで肩をくっつけてテレビを眺めるというのんびりさ加減はまさにひまりの言葉通りだなと思ってしまっただけに、俺としては避けたい名称だよ。

 というか少し前から薄々気付いてはいたけど、揃いも揃って俺を男性だと扱っていない気がする。ましろやつぐみはましな方で、花音さんとかひまりとかなんて明らかに男女の距離じゃないよ。特に今のこれね。

 

「……なるほど」

「なにがなるほどなんですかひまりさん」

「発見があったからだよ、シュートさん」

「ひまりにさん付されると変、しかも微妙に呼び方が球技っぽい」

「シュート」

「それ」

「シュウッ」

「それもよくない」

 

 シュウ、でも修斗でもどっちでもいいんだけど「ウ」をちゃんと発音してほしい。蔑ろにされるとサッカーとかバスケとかのシュートになってしまうので。最後のは特にそうだからね。けれどひまりはそれが面白かったようでニヤニヤしながら何度も名前を呼んでくる。なんかそれが、妙に甘えてくる子猫じみてておかしいんだけど。

 

「子猫なんて呼んでカッコいいのは薫先輩だけだからね」

「……そんなどテンプレなこと言うんだあの王子様」

「シュウには似合わないよ、王子様」

「でしょうね」

「さて、私はなんとなく満足したし、寝ようかな」

「やっとか、おやすみ」

「んっ、おやすみ」

 

 さっきまでの寂しそうというか沈んだ雰囲気なんてどこへ行ってしまったのやらと呆れたくなるほどにご機嫌そうに、ひまりは客間の方へと歩いていった。そんな後ろ姿にむかって俺は、どうせ王子様になんてなれないよ、なんて拗ねたような気持ちを持っていたことに対して少し恥ずかしさと困惑を胸に抱えながら自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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