恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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⑦:新しい恋バナ

 一年以上に及ぶひまりとの関係の中で彼女と初めて二人だけで出掛けたのは、いつだったか。思い返せば夏休みだった。高校一年生の夏、その前くらいにちょうど、花音さんと俺がバンドの話をしている時の会話がすべてのきっかけだったんだろうと今ならそう断言できる。その時のひまりのリアクションが面白かったからよく覚えてる。

 

「へぇ、磯村くんもバンド詳しいんだ?」

「詳しい……って言うのは変だけど」

「シュウくんはね、そもそも音楽活動するためにコッチに来たんだもんね」

「そうですね」

「じゃあライブとかも?」

「まぁ、あんまり頻度は高くないけど」

「なるほどね〜、ふんふん」

 

 彼女はそれからすぐに俺にチケットを手渡してきた。最初は本当に驚いたけど、俺としても活動できてない期間も音楽を肌で感じることができる機会というのに飢えていたから当初はそこまで深く意味を考えずに頷いた。暇だったのもあるけど、この頃からもうそこそこしゃべってて嫌いじゃないというか、そこまで話題提供が上手じゃない俺にとってひまりの会話に相槌やツッコミを入れるってテンポがすごく心地よかったからってのも理由にはあるんだろう。

 

「地方から来たばっかりじゃ知ってるのはメジャーどころでしょ? 私が、マイナーでディープなバンドを教えてあげるよ!」

「確かに、アマチュアは詳しくないし、なんならガールズバンドもそこまで」

「でしょでしょ? その点私はそこそこ知り合いもいるし、顔は広い方だよ!」

「なんだっけ、Afterglowだっけ」

「そう、私はそこのリーダーですから!」

 

 腕を組んで鼻高々にドヤ顔をするひまりのバカみたいに盛られた自己申告だったけど、当時はそもそもバンド組んでてリーダーで頼れる子だよとつぐみから教えてもらってたこともあって割と信じてた気がする。なんてピュアだったんだ去年の俺は。確かこの時、花音さんが苦笑い気味だったような覚えがあるけど、今同じこと言われたら俺も花音さんも苦笑いするに決まってるから気のせいではないだろう。

 

「ふふ、ひまりちゃんってかわいいでしょ?」

「かわいい、まぁ……それは確かにそうですね」

「そうそう実はね、修斗くんのこと結構訊かれたんだよ」

「俺の……上原が?」

「って言っても、わたしもここでの印象くらいしかしゃべれなかったけどね」

「そう、そっか」

「……つぐみちゃんも、シュウくんのこと知りたいんだって」

「か、花音さん!」

「俺のことか……あ、それこそ兄ちゃんに訊いてみたらいいんじゃないかな。何しゃべっていいかわかんないし」

 

 ──思い出に浸ってる中で少し、そういえばってふと記憶の引き出しから思わぬものが出てきた。夏休み入ったばっかりの頃はつぐみはつぐみ、だったけどひまりは上原って呼んでたし、花音さんも松原さんってちょっと距離を取ってた。花音さんは兄ちゃんの知り合いだからって近づきたくなかったってのも理由だったけど、逆に自分だけの関係で知り合った女性っていうひまりと、どうやって接していけばいいのか迷っていたからこその呼び方だった気がする。ひまりも、当時は磯村くんって言ってた。

 

「磯村くん……んーもうシュウでいっか、呼びにくいし」

「きゅ、急にフレンドリーになるね」

「デートしといて磯村くんも変だし! だから私のことも好きに呼んでいいよ、変なあだ名じゃなきゃそれでもいいよ!」

「……じゃあ、まぁ無難に呼び捨てで」

「でね、本題はそこじゃなくて──シュウはもうちょっとフレンドリーでもいいと思うな、特に花音さん」

「そうかな……」

「今日私に付き合ってくれたお礼に騙されたと思って、お姉ちゃんくらいの気持ちで接してみたら? 喜んでくれると思うよ!」

 

 そんな今じゃまず疑うであろうひまりのアドバイスをバカ正直に実践した結果、今の花音さんとの関係がある。いや、思い出すと去年の俺は素直過ぎたな。ひまりが割と自分の言うことに責任持たないタイプのやつだって気づくのはもう少し後のことだからな。

 でも、きっかけがきっかけだっただけにひまりは今の俺が孤独になることを許してくれなかったっていう恩人でもあるんだよな。

 

「それで、上原」

「なに?」

「ライブってどこで?」

「この近くにね、CiRCLEってちょっとボロいライブハウスがあるんだけど」

「……ちょっとボロい」

「その代わりつい最近なくなっちゃったSPACEと違って結構自由に演奏させてくれちゃうんだけど、そこ」

「それ大丈夫?」

「大丈夫、Roseliaだから」

「……Roseliaって、アマチュアのガールズバンド最強って噂の?」

「合ってると思うよ」

 

 続けてまぁ最強は私たちの『Afterglow』なんだけどっ、と付け加えたのはスルーして、顔が広いというこれだけは決してデマと言い切れないだろう文言が完全に俺の中で真実になった。今井さん頼りなんだけど、ドラムの宇田川あこは巴の妹だし、事実として知り合いだからな。

 

「今年できたばっかりのバンドなのに、磯村くんも知ってたんだ」

「一応、噂くらいはね」

「あれでしょ、クラスメイトの雑談が耳に入ったとかその辺りでしょ」

「……悪いか」

「本当だったんだ」

「当てずっぽうで言ったのか」

「さーて、今日はパフェにしよっかなぁ〜」

「おい……おい上原?」

 

 時間が来るまでは昼ご飯がてら羽沢珈琲店でパスタを注文していた。注文していたばかりなのにパフェの話は誤魔化し方が下手すぎるだろと内心ではツッコミを入れたい気持ちでいっぱいだったが。

 不満げに彼女を見つめると今度はまぁまぁと宥めるような声を出して両肘を机につけてガールズバンドの話をしてくれる。

 

「それで、この辺りのハコで演奏しててアマチュアで有名なのはRoselia、グリグリ……かな? ハロハピは、なんていうか特殊だから」

「ハロハピ……って、松原さんが言ってた」

「そう、花音さんがドラマーやってるバンドで、後は薫先輩もいるんだよね〜」

「前に言ってた王子様?」

「そう! ちょーイケメンなんだよね、女子なんだけどほんとに下手な男の人よりフツーにイケメンだし!」

「そういう人もいるんだな」

「でももっぱら路上か保育園とか病院とか、そういうボランティア的な側面あるからね」

「ライブハウスじゃあんまりしてないのか」

「私が知る限り、何回かあったかなぁくらい」

 

 ただし「世界を笑顔に」というスローガンのもとに活動してるハロハピはオファーを基本的に断らないという特徴があるため、そっちを優先していることがほとんどだ。

 だから当時は花音さんがどんなバンドにいるのかなんてのもふわっとした印象でしか知らなかった。そう考えると俺からしたら夏休み後にポピパが「CiRCLE」に集めた四つのバンドの中にハロハピがいたのは幸運だったと思う。

 

「でね、その時の薫先輩と千聖さんのやり取りがすっごくよくて〜!」

「文化祭に女優呼べるのって凄いよな」

「ほんとそれ! しかも薫先輩とロミジュリだったんだもん、もう最高って感じ!」

「それにしても……そっか、あの人ってやっぱり凄い人なんだ」

「最近あんまり話題にならない……って言ったら絶対怒られるけど」

「絶対にっこにこで手招きしてくれるよ」

「……だよね」

 

 白鷺さんが笑顔が絶えない小柄なのに美人で大人な雰囲気を持ってる優しい人っぽいのに実は怖い、という共通認識をひまりも持っていてくれたことに安堵しつつ会話を続けているとおまたせしました、とつぐみよりも身長の高い、鼻目立ちがちょっとだけ日本人と違うことがわかる北欧系美人がパスタを机に置いてくれる。

 

「ヒマリさんとシュートさんは仲良しなんですね!」

「仲良し……でいいのかな」

「いいんじゃない? 仲良くなかったら一緒にご飯食べてないでしょ」

「まぁそうか、そうだね」

「はいっ、オシドリのようです!」

「……それは、ちょっと違う気がする」

 

 オシドリは仲の良い夫婦を指して「おしどり夫婦」という語源になっているが、二つの意味で俺は若宮さんに否定を入れた。まず最初に夫婦じゃないからっていうのと、これは最近有名になってきているような気もするがそもそも別にオシドリの夫婦は仲がいいわけじゃない。巣を作って卵を生んでしまえばそこまで。翌年の繁殖期にはお互い別々のパートナーを持っているという非常にドライな関係だから。流石にそんなにドライな関係でもないって意味でもあった。

 

「詳しいね」

「そう? そういう番組をよく見るってだけだよ」

「つまりは興味あるってことじゃないの?」

「別にそういうわけじゃないけどね」

 

 去年の夏、特に休日なんてなんとなーくテレビを観るくらいの過ごし方だった。とはいえ今でもその番組を習慣で視聴してるってことはちょっとは興味あるのかもしれない。最近じゃ日曜の夜でも誰かしらいるし、ましろと並んでテレビ見てるところに帰ってきた兄ちゃんに苦笑いされたこともあるんだよね。

 

「はぁ……ってもうこんな時間か、そろそろ行こっか」

「上原、本当にパフェまで食べるとは思わなかった」

「別腹だよ、別腹! 磯村くんにはまだこの女子のお腹の秘密がわかんないかな〜」

「なにそれ、こんなんだったら気軽に奢る、なんて言わなきゃよかった」

「ふふ、ごちそうさま!」

 

 それからライブへ言って、ライブから帰る時、ほんの僅かに俺はひまりとの距離を気にしていた。向かい合って話すことは何度もあった、つぐみと兄ちゃんをくっつけるための作戦会議と称して無駄な雑談を死ぬほどしてきたひまり相手だったけど、並んで隣を歩くことは初めて、しかもこれから一緒にライブを観た帰りだから。遅まきながらこれが一般的にはデートと言うんじゃないかってことに俺は間抜けにも気付いてしまった。

 

「磯村くん、どうしたの?」

「いや……なんでもない」

 

 ──それからひまりは俺を急にシュウって呼び始める。そんな昔のことでもない以前のことを思い出してしまったのは、なんでだろうな。こうして今も隣にいる彼女との関係が変わってるからなのか、それともなんにも変わってないからなのか。並んで歩くのは当たり前になって家にも結構な頻度でやってくるところは変わったって言えるだろう。

 

「でね、その時の薫先輩がもうホント、すごいカッコよくて! もうりみと抱き合っちゃうくらいだったよ!」

「楽しめたんだね……ってひまりはその日出番あったんじゃなかったっけ?」

「あったけど、あったけどこれは外せないでしょ!」

「そ、そっか……」

「シュウにもわかってほしいな、薫先輩のカッコよさとファンサもらえる感動!」

「ちょっと無理かも」

 

 だが会話としてはなんにも変わってないとも言える。相変わらずひまりがマシンガンのようにしゃべって、俺が相槌を打って、ひまりが質問して俺が答えて、時折ひまりの話題に俺が疑問を投げてひまりが倍以上の会話で成り立っている雑談だ。これは俺がひまりとの会話に慣れる慣れない以前の問題だったことには、今ではとっくに気付いている。

 

「そうなるとガールズバンドパーティで知り合えてよかったな」

「ほんとそれ! 知り合いとして接してくれる薫先輩もやっぱり王子様みたいで」

「ひまりはやっぱり……って言ったら怒られそうだけどやっぱり白馬に乗った王子様みたいなのがタイプなの?」

「恋愛でってこと?」

「あ……ん〜? 恋愛ってつもりはあんまりなかったけど」

 

 好みのタイプっていうもっと緩くてふわっとした質問のつもりだった。そもそも俺がひまりに恋バナを振るわけがない。ひまりもそれを知っているからそうだねと相槌を打ってからちょっと間を開けて首をゆっくりと横に振った。

 

「子どもの頃は、王子様が来てくれたらなぁって思ってたよ」

「あるあるだね」

「うん、中学くらいまでは好みのタイプは薫先輩って感じだったかなぁ……そうするとつぐとおんなじかも」

「つぐみにとっての、兄ちゃん?」

「そっ、憧れ的なね。今はどうだろうね……でも今も王子様かも」

「まだ子どもってことか」

「む、恋愛が中学生で止まってるシュウに言われたくないからねっ」

 

 確かに、それはそう。俺とひまりはそうやって笑いつついつものように並んで歩いていく。割と満員で人混みのライブハウスを出ようとするときに、ちょっと迷ったけどひまりの手を引いて前を歩いていくことにして、ひまりはそれを察してくれたのか、はぐれないようにと腕を自分の身体に抱き寄せていった。

 ──本当になんで、去年のことを思い出したんだろう。俺はその瞬間に恋バナを振るわけがないとか言いつつ、なんでか興味本位で一度だけした質問と回答をここで思い出してしまった。初めてライブに行ってすぐ後のことだったと記憶している。

 

「ひまりって、恋バナしたがるくせに自分の恋愛は話さないよね、つぐみのことばっかりで」

「そうだね、まぁ私はシュウに話せるような恋愛してなから」

「え、どういうこと?」

「さぁ?」

「男友達に言えない恋愛って……怖いけど」

「男友達じゃないよ、シュウは」

「はい? え、もしかして友達だと思ってたの俺だけ?」

「ふふ、ふふふ……焦りすぎだよ」

「なんだよ」

「でも私は、男友達に抱きつくほど軽い女じゃないからね」

「それは俺が困るからやめてね」

「はいはい」

 

 今となってはその言葉が真実かどうかなんて、俺にはわからないけど。少なくともひまりは確かに前にそう言ってた。

 やっぱりひまりに恋バナなんて振るもんじゃなかったな、と口の中が苦くなるような感覚を味わいながら、俺はひまりの誕生日を祝おうとする彼女たちの待つ家に少しだけ早足で歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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