恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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⑤:メイドさんが来る?

 つぐみは既に兄ちゃんとの恋を昔のものとして割り切っている。それは紛れもなく、衝撃的な事実だった。少なくとも俺にとっては、もうそれは意味がわからないと呆然としてしまうほどには、衝撃的な内容だった。

 ──でも確かにつぐみが兄ちゃんのことを好きだと知ったのはひまりから言われたからだった。ひまりはそれについて、中学の時に告白までしたんだからと言っていた。

 

「でも、なんだか憧れっていうか……中二の時に相談に乗ってもらって」

「そうだったんだ」

「うん、好きっていうよりはわたしのことを意識してほしいとか、そういう子どもっぽい気持ちだった」

 

 その当時の兄ちゃんとつぐみの間にどういうやり取りと、どういう失恋があったのかなんて全部はわかりっこないけど、二人の間では既に終わっている話だというのはよくわかった。いやでも、本当にそうなのかな? 中学できっぱり整理がついたって言ってたけど、それはそう思いたいからなのかも知れない。

 

「そっか、つぐみがそんなことを」

「うん……だから、兄ちゃん一人で羽沢珈琲店、あんまり行かなかったんだね」

「ああ、だけど最近のつぐみは、言う通り前向いてる感じがしてるからな」

 

 帰って話を訊くと、兄ちゃんは少しだけ羨ましそうにそう呟いた。つぐみは前を向いてる。振られて、きっと悲しくて、泣いちゃったこともあるんだろう。顔も見れなくて気まずい日々を過ごしたんだろう。

 でも今のつぐみは、明るくて、無理してるようには見えない。自然体の羽沢つぐみだと感じる。それに対して兄ちゃんは、恋愛に関しては前を向けてなんかいないから。いやそれは俺も一緒か。

 

「兄ちゃんは、いい人見つかった?」

「お前はどうなんだよシュウ──いや、お前の周囲はいい人だらけなのは保証するけどな」

「つぐみたちのこと?」

「おう」

「そういう意味じゃないんだけど」

「いやいや、どう転ぶかなんてわかりゃしねぇからな」

 

 なんか、はぐらかされた気がした。その不満が兄ちゃんにも伝わったんだろう、苦笑い気味に心配すんなよと言ってきた。いい人はいるってことなんだろうか、わからないけどやっぱり兄ちゃんは後は恋愛に対して前を向けるかどうかって感じはしていた。

 

「それより、ちょっと面倒なことに巻き込まれてさ、そっちの相談しようと思ってたんだよ」

「面倒なこと?」

「ああ、隣空き部屋だろ?」

「そうだったね」

 

 このマンションは兄ちゃんの音楽事務所の人に斡旋してもらったもののようで、そういうコネを持った人たちが居住するためのスペースなのか中々広くてアクセスもいいながら空き部屋もチラホラある。話の流れとしてはそこに新しい住居者が来るということらしい。その人物は、多分兄ちゃんの知り合いなのかな。

 

「いや、正確に言うと知り合いの……メイド?」

「メイドさん? えっとごめん話についていけない」

「千葉の方に住んでる女子中学生がいてな、その子が今度新しいバンドを組むんだが、如何せん遠方だからな、その子のご主人さまに面倒見ろって頼まれてな」

「……ごめん、犯罪の片棒活がされるの俺?」

「いやいや違う違う」

 

 女子中学生のメイドを抱えるご主人さまが依頼主って犯罪の匂いがぷんぷんするんだけどどういうこと? 違う違うって否定されると余計に怪しく感じるんだけど。とにかく隣に、常時じゃないんだけど休日なんかは女子中学生が隣に泊まってバンド練習とかの時間を確保するってことらしい。

 

「後、もう一つ隣をスタジオにする算段立ったから、待たせて悪いな」

「ホントに!?」

 

 その報告に、俺は飛び上がりたいくらいの喜びに身体を衝き動かされた。

 俺が兄ちゃんのいるこの東京に来た大きな理由は、音楽活動をするためだった。といっても、兄ちゃんのようにプロとして食っていくとかじゃなくて、ちょっと配信してみたりみたいな趣味としての活動をしたかったからだった。前の家じゃそれはうまくできなかったからなぁ。

 

「というか、よく借りられたね」

「そこは今年度の稼ぎと実績と、後は前からの契約だったからな」

「……そうだったんだ」

「ちなみにお前が犯罪者呼ばわりした凄腕プロデューサーの口添えもあったからな」

「そ、そうなんだ……でも女子中学生侍らせてるんだよね」

「くく、そういう言い方すると確かに犯罪者っぽいわな」

 

 何が面白いのだろうか、中学生だから同意の上でもアウトなんだよな。そんなことを考えていた数日後、入居というか挨拶に女子中学生とそのご主人さまとやらがやってきた。

 部屋に招かれ自己紹介をする彼女たちに俺は口が大きく開いてしまっていた。

 

「お初にお目にかかるわ、シュート・イソムラ。ワタシはチュチュ」

「私はチュチュ様の忠実なるキーボードメイド、パレオと申します。始めまして♪」

「女の子……だったの!? てっきり犯罪的な関係かと……!」

「ヘイ、コースケ」

「リアクションが面白かったから黙ってたんだ、済まないな」

「チュチュ様はパレオと同性かつ同じ年でございますので、犯罪ではないですね!」

 

 どうやらパレオちゃんもチュチュさん? ちゃん? も年齢としては13歳、来年度中学二年生らしい。しかしチュチュは飛び級をしていて来年度は高校二年生なんだとか。飛び級ってことはやっぱり頭いいんだろうな、ネコミミヘッドホンで女子としてもそこそこ身長があるパレオちゃんに比べると余計に小さく見える。小学生かと思った。

 

「金曜と土曜は基本的にコチラで生活しまして、また長期休みの時もお世話になると思います」

「そうか、ならオレよかシュウに頼んだ方がよさそうだな」

「それでは、修斗さん、不束者ですが……よろしくお願い致しますね!」

 

 それは挨拶の仕方が違うんじゃ、そう思ったもののメイドというかご主人さまに懐きっぱなしの大型犬が隣にやってきた感覚だ。女子中学生と知り合いって時点で実は俺がロリコン犯罪者になってしまうんじゃなかろうかなんて心配になってしまうが、そんなに大々的に会ったりそれこそ、自分が飼い主になるわけじゃないから大丈夫だろう、と兄ちゃんはあっけらかんと笑っていた。

 

「というわけで、改めてよろしくね」

「はい! 」

 

 とはいえ、家でふたりきりになったがあまり緊張はしなかった。まぁそれは去年の成果ということもある。ありがとうつぐみとひまり。キミたちのおかげで初対面のめちゃくちゃかわいい中学生にも緊張度は50%くらいで済んでるよ。昔だったら絶対にどもってたし目も合わせられなかった。それが現状問題なく会話できてるんだからとんでもない進歩だ。

 

「ところで修斗さんはどの楽器が得意ですか?」

「どの……バンドに使うものならどれもそこそこできるよ。ドラムもキーボードも、ギターもベースも」

「おお! なんでもできる、天才肌ですね〜」

「いや、ただの器用貧乏だよ」

「器用なのは才能ですよ」

 

 微笑むその立ち振る舞いに思わずかわいいなぁと見惚れてしまう。というかまじまじ見るとすごく顔がいいなこの子。ツインテで色も派手、服装としてもかわいい系だけど、実はクール系にもなれそうな目鼻立ちをしている。うわこれが中学生なのヤバいな。将来どころか現状もモテモテだろうな。

 

「実家は千葉なんだっけ?」

「はい、鴨川──海辺育ちです」

「遠くね?」

「房総半島の外側、チーバくんで言うとおしり辺りですね」

「いやその例えはわからないけど」

 

 でも東京寄りじゃなさそうな気配は感じた。いや遠くね? そこから東京への往復はたしかにめちゃくちゃ難しいだろう。後で何気なく検索したらほぼ先端部分の外側だった。あと、チーバくんとやらのことも少し知った。確かにチーバくんを知ってたらわかりやすい例えかもしれないと思ってしまった。

 

「ところで、チュチュさん? と兄ちゃんってどういう繋がりなの?」

「そうですね、パレオの知るところではチュチュ様が浩介さんの音楽事務所に伝手を持っていた、ということでしょうか」

「伝手か」

「はい、重役の方とお知り合いだそうです」

 

 あの子は俺より年下なのに、どうやらプロデューサーとしての能力は一級品というレベルを越えているらしい。色々と気になることがありすぎて、質問攻めにしてしまいたくなるが、それは彼女としても望ましくはないだろう。そう思っていると、まるでこっちの頭の中を覗いたかのように天使のようなスマイルを浮かべた。

 

「他になんでも質問してください、チュチュ様はもしかしたら長い付き合いになるかもしれないからと仰っておりましたので、パレオに答えられることならなんでも♡」

「そうなんだ、じゃあその髪って染めてるの?」

「こちらはウィッグです、染めるといちいち戻すのが面倒なので」

「それもそっか」

 

 ピンクと水色のツートンカラーのツインテールというすごい目立ちそうな髪色をしているから染めてるのかと思いきやウィッグらしい。いやまぁそっか、流石にツートンで学校は難しいよな。それに彼女曰く、色んな時や場合に応じて色の組み合わせを変えるんだとか。デフォルトは今と同じ、またバンド活動を本格始動したら、その間はまた色を考えると言っていた。

 

「──チュチュ様が目指す究極のガールズバンド、その究極を目指すひたむきさが、パレオの心を動かしたのです」

「あ、あはは……なるほど、よーく理解したよ」

 

 それから調子に乗って、チュチュさんのことを訊ねたのが間違いだった。パレオちゃんは捲し立てるように、延々と「チュチュ様」にまつわるエピソードを連ね始めた。そして理解した。この子は危ない子だと。彼女がチュチュさんに抱く感情は尊敬でもなく、友情でもなく、信奉というべきものだった。周囲に入信を勧めてこないだけまだマシみたいな。

 ──だが、これもまた間違いだったということに気付いた。

 

「そこでも、彩ちゃんは諦めないんです、アテフリ事件の後も必死にビラを配り続けて、雨の中でも必死に必死に叫び続けたおかげで、今のパスパレがあると言っても過言ではないんですっ」

「そ、そんなことが……」

「はい! なので修斗さんもこれを機にパスパレの沼に浸かりましょう! パスパレを浴びましょう! 大丈夫です、まだまだこの沼は新規にも優しいですから! なにせ去年の春結成なのでっ!」

「……か、考えておきます」

 

 新しい隣人に対する気づき、パスパレとチュチュさんの話を無闇に振ってはいけない。特にパスパレは沼の底から声を出して呼び、近づこうものなら足首つかんで引きずり込もうとしてくる。ドルオタ怖い。でもそれに気をつけさえすればかわいくて明るい子だ。変な子、ではあるけど隣人として困るようなことはなさそうだ。

 

「後は男二人暮しだと何かと大変ではないですか? こちらに居る時は家事も遠慮なく仰ってください♪」

「いや、家事は俺が一通りできるから大丈夫だよ」

「そうなのですか?」

 

 バイトをしなくていいからと兄ちゃんは言ってたし、実際バイト一年してこなかったけど。タダメシ食らいだなんてちょっとでも思われたくなかったし、思いたくもなかったから、家事は習得したからね。女子中学生に心配されるような一年は過ごしてないんだよ、うん。

 

「そうですか……」

「あ、でもさ」

「はい?」

「一人は寂しいだろうから、遠慮なくこっちに来ていいからね」

「……はいっ」

 

 ──少ししょんぼりしていたけど、これで正解だったようだ。そういえばチュチュちゃんの家というのはダメだったんだろうかと思ったが、それについては兄ちゃんがこっそり真実を教えてくれた。

 

「まぁあいつんち、あの子一人置いとくなんて楽勝なくらい広いっつーかでかいんだけどさ」

「それなのに、わざわざ?」

「構われすぎるからダメなんだとよ」

「あー、納得」

 

 そりゃチュチュ様語りのテンションで常に居たら俺でも発狂しそうだ。重すぎる愛は時として誰かにとって負担になるんだな、なんてことを女性経験ないながら思ってしまった。というか、ぶっちゃけるとマシンガントークを受けた身としてはチュチュさんに同情の念を抱いてしまった。

 

「流石に中学生に手は出すなよ。劣情なら他の三人にな」

「兄ちゃんは俺をなんだと思ってるのさ」

「冗談だよ──仲良くしてやれよ」

「わかってるよ、そのくらい」

 

 そしてそんなパレオもいる生活から二ヶ月くらいが経った三月末のとある日のこと、つぐみとひまりにも手伝ってもらいパレオの誕生日プレゼントを買いに行った帰り、家の入り口の前に制服を着た女の子が立っているのが見えた。その制服にぎょっとしたのはひまりだった。

 

「あ、あれ……月ノ森じゃない?」

「月ノ森……?」

「近くにあるお嬢様学校! お金持ちばっかりって噂の」

「で、でもそんな子がどうして……?」

 

 後ろ姿は確かにお嬢様のような清楚さを感じるものだった。ボブに切りそろえられた白い髪に僅かに見えた横顔も整っていた。そんな彼女はややそわそわとうちの部屋の前で前髪をいじっていたけど、やがて扉が開けられ、中から兄ちゃんが出てきた。そして、その子を部屋に連れ込んだ。

 

「……え」

「つ、つぐみ」

「今帰るの無理っぽいね」

「だ、だね……どうする修斗くん?」

 

 いやどうするもこうするも。話してても何も決まりそうにないため、ひとまず俺たち三人はパレオが練習から帰ってくるのをつぐみの家で待ってからパレオの部屋に通してもらうことになった。

 ──まさかのカノジョか、という疑念はきっと俺たち三人みんなが持っていたものだと思う。

 

 

 

 

 

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