恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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第八章:それぞれの恋物語
ましろ⑧:プレリュード


 倉田ましろは、兄ちゃんのことが好きだ。それは紛れもない事実であり、本人もことある度にお兄ちゃん、お兄ちゃんと昔の関係を利用して意識させようとしてきていた。

 そんなあざとくてかわいらしい彼女の努力は、だが虚しく実を結ぶことはなかった。バンド仲間であり厳しくも優しく接してくれる八潮瑠唯がましろの初恋を、彼女の十数年を横からかっさらい無駄にした。

 俺がもし、ましろの立場だったら許せることじゃない。先に好きだったのが誰かなんて関係ないとは言うけれど、それでも感情としては憎悪が一番大きくなるだろう。

 ──だが、ましろはどうやら違うらしい。

 

「ねぇねぇシュウさん、今のよかったよね!」

「文句なしって感じだな」

「やった、瑠唯さんもどうだった?」

「ええ……リズムも取れていたし、安定感も問題ないわ」

 

 ひまりの誕生日も過ぎて、八潮さんは兄ちゃんの誕生日会の準備をするためにやってきていた。ひまりはどうせついでにイチャイチャしに来てるに決まってるよねとからかい交じりに言っていたが、彼女の鉄面皮を剥がすには至っていなかった。それとなく兄ちゃんに訊ねるとすごい勢いで惚気けられたので、おそらく無表情の下があるはずなんだけどね。

 

「どうやら、少し吹っ切れたようですね」

「俺?」

「倉田さんに対して感じてた迷いの音が消えていたから」

「うん、最近シュウさんとよくおしゃべりするようにしてるんだ」

「そう、同じ音楽を作り出すためには、コミュニケーションは大事……私も今はそう思っているわ」

「瑠唯さん……!」

 

 ましろの言う通り、練習の合間合間に俺は彼女と他愛のない雑談を積極的に取ることにしていた。前は合間は編集に使って、ましろは部屋に戻っているとかザラだったけど。それをしゃべる時間に変換するようにして、ましろも前よりは昔のことや今感じてることをしゃべってくれるようになっていた。

 だからこそ、俺は今のましろが兄ちゃんと八潮さんの関係をどう思ってるか知っていた。それが嘘偽りないってこともきちんと感じ取っていた。

 

「なんだかね、羨ましいって思うことはあるんだけどね……お兄ちゃんの音と、瑠唯さんの音を聴いてると、こっちまで幸せになってくるから……嬉しくなっちゃう」

「ましろは……ましろはそれでいいのか?」

「変かなぁって私も思うよ、でも……悲しくもないし辛くもない。羨ましいだけ」

 

 その羨ましいって気持ちが嫉妬とかそういう類の、負の感情じゃないってことは表情を見れば一目瞭然だった。

 信じられないことに、あの内弁慶で、泣き虫で、けれど結構欲張りなましろが本気で、ああいう恋人関係に憧れる程度の気持ちで二人の後ろ姿を見ていた。

 

「だからシュウさんも、私に気を遣わなくて大丈夫」

「大丈夫?」

「ん、それにまだ甘やかしてくれるお兄ちゃんは一人いるし」

「俺が兄ちゃんの代わりかよ」

「お兄ちゃんより甘々だけどね、シュウさんは」

「それは言われた」

「えへへ、終わったらおやつ食べたいな」

「そう言うと思ってプリン買ってあるよ。ひまりが食べてなきゃ」

「残ってなかったら買ってきてね」

「やだよ」

 

 それが強がりでもなんでもなく、ましろは曇ることのない輝きを放ち続けている。

 彼女が求めていたのは、安心できる、わがままで子どもっぽくて、内弁慶な自分を曝け出してもいい場所を探していたのかも知れない。それが前は兄ちゃんで、だから兄ちゃんがいないと嫌だってわがままを言っていただけなのかもな。今は、少なくとも俺だけじゃなくてパレオがいて、時折つぐみやひまり、花音さんにもその顔を覗かせる。それが関係しているんだろう。

 

「シュウさん」

「なに?」

「あのね、次に練習の予定のところあるでしょ?」

「兄ちゃんの誕生日の後? どうしたの?」

「お休みにできないかな〜って」

「遊びに行くの?」

「うん、シュウさんと偶にはおでかけしてみたい」

「……相手は俺かよ」

 

 ダメ? と覗き込むように訊ねられて強くダメと言うことはない。ましろがメインで活動している『Morfonica』の人気は二学期が始まってからますます上昇していっている。同時に俺のチャンネルの再生数も順調に増えていっている。そんな二足の草鞋を履かせていても前はそこそこ余裕があったものだが、モニカの出演依頼なんかも増えてきてる以上、オフの日を捻出することが難しくなってきているのが現状だった。

 

「つくしちゃんはバイト、透子ちゃんも別の活動あるし、私ばっかり弱音は吐いてられないよ」

 

 とは言うものの、あんまり頑張らせすぎてもいい結果にはならない。ましろはリラックスした環境でプラスの感情の海の中を遊泳させてあげた方が、特に作詞活動は捗るからな。

 出掛けた時の気持ちがヒントになるかもという打算が主だった理由だが、俺はいいよと頷いた。

 

「やった」

「どこか行きたいところは?」

「遊園地がいいな」

「遊園地か」

「いやだった?」

「いいや、あんまり行ったことがないから」

「そ、そうなんだ」

 

 兄ちゃんは昔から水族館が好きだったから、何かあって出掛ける時は決まって水族館だった。それに現状遊園地に行きたがる知り合いもいないし。家族旅行も遊園地みたいなところには行かなかったな。

 ──そんなことを考えているとましろは再び俺の顔を覗き込んでくる。彼女の透き通った青緑色の瞳は、まるで宝石のようでありながら水面のように光を揺らしているように見えた。

 

「……どうした?」

「ちょっとだけ、ほんのちょっぴり、パレオさんの気持ちがわかったような気がして」

「パレオの?」

「シュウさんの優しい顔がすぐ近くにあると、すごく……安心する」

 

 ふふふ、と微笑まれて俺も釣られて口角が上がってしまう。でもましろの微笑みはいつもとは違うような気がする。なんというか、いつもの甘えん坊って感じじゃなくて、名前が上がったせいか、少しだけ二人で居る時のパレオに近いのかな。一通りパワフルに甘えた後のパレオが多分、俺の知ってる中で一番、ましろの表情に近いと思った。

 

「なんか……不思議だね」

「不思議?」

「私、最初はシュウさんのこと苦手だった」

「だろうな」

「お兄ちゃんの弟とか言って、急に……じゃないけど私の中では急に出てきて、邪魔者だって」

「大丈夫、その空気は感じてた」

「なのに今は……えへへ」

 

 俺の膝に頭を乗せて嬉しそうに笑うましろの頭を撫でる。苦手だったはずが今ではこうして二人で音楽活動をして、一緒にメシ食ってテレビ見て、雑談をして。年が近い方の兄のように安心して傍にいてくれる。たった半年くらいでここまでなんだから、よくよく考えると不思議だって思ってもしょうがない。

 

「なんだかずっと、お兄ちゃんとして傍にいてくれたみたい」

「実際、一度だけ会ったことあるけど」

「よく覚えてないよ」

「俺も」

「それにお兄ちゃんから聴いたんだけど、初対面で喧嘩してたって」

「……別に仲良しだったわけじゃないのか」

「ね、でも私がきっと、瑠唯さんとお兄ちゃんが付き合っても平気なのは、シュウさんがいるからだよ」

「平気、なのか?」

「うん、強がりとかじゃないよ」

 

 やっぱり、負の感情は一切感じない笑顔だった。俺しかいないのに強がったってしょうがないだろうから、俺はそれを真実として受け止めることにしている。本当は泣きたいくらい悲しくてもいいと、俺は思ってるからな。

 それに対して何かを言えることなく黙っているとましろは手を伸ばして指を絡めてくる。これもまたいつもとは違う感覚がして、もしかして兄ちゃんに甘えにくいから俺が代わりってことなんだろうか。

 

「お出かけ、楽しみだな」

「楽しみ?」

「うん、シュウさんにいっぱい色々買ってもらっちゃおうかな」

「俺はましろに激甘らしいから、御手柔らかに頼むよ」

「ん、知ってる」

 

 本当によく言われるからね。それからしばらく無言でましろを撫でているとパレオが帰ってきた。ひまりやつぐみ、花音さんがいても最近じゃ背筋が伸びることもなくなってきたけど、特にましろとパレオは時間が長いせいか言葉通り帰ってきたって感覚が強くなってるよ。ましろなんて別にここに住んでるわけでもないのに。

 

「おかえり、パレオさん」

「ただいまです〜」

「パレオ」

「修斗様……ただいま帰りました」

「うん、お疲れ様」

「ありがとうございます……ふふ」

 

 パレオの表情を見て、俺はましろの言っていたパレオの気持ちがわかったって言った時の顔にちょっとだけ似ていた気がした。流石にパレオみたく甘えてはこないけど、ましろのことを知ろうとして会話を続けているうちに、何かが変わったのかもしれないな。今までのましろが感じてこなかった俺への安心とか寄りかかって大丈夫な相手って感じるようになったんだろうか。

 

「もうすぐお兄ちゃんの誕生日だね」

「そうだな」

「準備は万端でございます」

「私も準備できてるよ」

「そうですか、ではあの話を実行されるのですか?」

「うん、せっかくだし」

「なんの話?」

「シュウさんには秘密」

「え、秘密なの?」

「これはつぐみさんとましろさんとパレオの女子会の際にしたお話ですから」

「シュウさんがひまりさんとデートしてる時にね」

 

 先週に、ましろは何か俺にも内緒のサプライズを計画しているらしい。それがなんなのかは教えてはくれなかった。まぁましろにとっては失恋したと言ってもずっと、それこそ子どもの頃から想ってきた兄ちゃんの誕生日会という大きな行事に関われているんだから、気合も入るよな。兄的な目線としては、誕生日前に失恋してしまったのはすごく寂しいだろうし、もし心が折れてしまいそうなら支えてやりたいなとは思うけどね。

 ──そんな考えを見透かしたのか、パレオがこっそりと囁いてきた。

 

「大丈夫ですよ、修斗様」

「……なにが?」

「ましろさんは、修斗様が思っている以上に、まっすぐ前を見ています。だからあまり心配されずに、けれど修斗様が思ったようにましろさんを受け止めてあげてください」

「本当に……どっちが年上なんだか」

「ふふ、彼女の方ですよ。私はそれを強く感じております」

 

 意外な言葉と微笑みを見送る。普段の様子を見ていると身長差とか物腰の柔らかさも相まってパレオの方が落ち着いたお姉さんに見えてしまうけどなぁ。

 後でましろにも二人ってなんだか段々と姉妹みたいだよなと言葉を向けてみると、お姉さんできてるかな嬉しそうな顔をしていた。まぁ、二人の意見が一致してるなら俺は何も言わないけどさ。

 

 

 

 

 

 

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