恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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ましろ⑨:ラプソディー

 兄ちゃんの誕生会は週末の夜に行われることになった。それは同時に俺と兄ちゃん、そしてパレオに加えて花音さん、つぐみ、ひまり、ましろそして八潮さんがこの家で寝泊まりをしなければならないということでもある。流石に全員分の布団なんてものはないわけで、春とか一ヶ月前ならまだ平気かもしれないが11月がもう目前に迫っている現状では、ソファで何もなしに寝るのは流石に寒い、というのを俺は身を持って体感している。もちろん暖房をつければその限りではないが、睡眠環境が劣悪なことに変わりがないのがネックだ。

 

「せめてタオルケットか毛布くらいはほしいね」

「確かに、シュウの言う通りだな」

「浩介のベッドで二人はギリギリ眠れるから、後は四人分集めればいいのでは?」

「……ごめんね八潮さん、流石にスルーさせてもらうね」

 

 ごく自然に同じベッドで寝ようとしないでほしい。ふたりきりならまだしも、今回は他に五人いるってことを考えてほしいところだ。

 とはいえその理屈で言えばつぐみとひまりが俺のベッド、パレオとましろでパレオのベッドに寝れれば後は花音さんと俺だなと言ったところで会議に参加していた花音さんが首を傾げた。

 

「つまり私とシュウくんが一緒に寝るの?」

「そうじゃないですね」

「花音さん……それはまずいと思うよ」

「ふえぇ……だめかなぁ?」

 

 ふえぇされても倫理的にまずいと思う。この場合はましろが正しいよ花音さん。

 花音さんは別に気にしないよとか言っても俺が気にします。男はそういう悲しい生き物なので。そのハードルが一番低いであろうましろでもアウトなんだよそこはね。

 

「そもそもパレオはなんとなく貞操の危機を感じるので嫌ですね」

「シュウ、パレオが知ったらしょぼくれるぞ」

「いいんだよ、事実俺の部屋に入ってきて起こすついでに妄想の足しにしてきたんだから」

「……パレオちゃんって結構危ないことしてるんだね」

「パレオさん、よくご主人様とメイドの〜みたいな恋愛もの読んでる。ちょっと際どいやつ」

「知りたくない情報だよそれ」

「恋人同士でもないのなら、そういう迂闊なことは避けるべきだわ」

「ん、まぁ瑠唯の言うことは正論なんだが、この場合お前が言うなってところもあるからな」

「……間違ったことは言っていないけれど」

「瑠唯さん……恋人同士だからいいわけでもないんだよ?」

 

 ましろにまでツッコミを入れられたら終わりだよこのひと。八潮さんは八潮さんで兄ちゃんと一緒に居る状態でしゃべると意外な一面がボロボロとこぼれてくる。鉄面皮の奥もなんやかんや無表情ではあるっぽいけどものの見事に普段のイメージからかけ離れた天然っぷりだった。

 

「客用の布団なら一つだけあるな」

「それならパレオの部屋か俺の部屋で花音さんがそれでもいい?」

「うん、ベッドじゃなきゃダメってことはないよ」

「それじゃあ後は俺だね」

「夜は少し冷えるからな、暖かくできるようにしといた方がいいだろ」

「風邪引いたら困っちゃうもんね……!」

「そうだけど、なんかあるのかましろ?」

「お出かけするから、シュウさんと」

「……なるほどな」

 

 幸い、スタジオのソファは仮眠できるようにソファベッドにしてあるため、睡眠時に身体がバキバキになるとかそういう問題はないことはわかってる。なので寒い時の対策として暖かくできる毛布を購入することになった。

 ──色々と決まったことを花音さんとましろとで話し合い、花音さんを二人で送った帰り道、ふとましろが訊ねてくる。

 

「シュウさんだけ一人で寂しくない?」

「俺だけ……って確かにそうだね」

「私はパレオさんいるし、お兄ちゃんは瑠唯さんとイチャイチャするだろうし」

「俺の部屋にはひまりたちがいるんだから過度なものは控えてほしいけどね」

「でも、シュウさんだけスタジオだよね」

 

 どうやらこの妹は他がお泊り会の様相を呈しているであろう場所に一人だけという状況を心配してくれているようだった。袖をちょっと引っ張って本人的には真剣な顔で見つめてくるため、吹き出してしまう。どうしてこう、ましろはちょっとズレているんだろうか。同時にそんな他人のことを考えられるましろに感謝の気持ちが言葉となって溢れ出す。

 

「ありがとう、大丈夫だよ」

「でも、でも夜はいっぱいおしゃべりしようね」

「わかった」

「ん……えへへ、約束ね!」

 

 まぁきっとパレオも眠くなるまでスタジオにいたがるだろうしというのは言わずにおいて。小指を絡めて嬉しそうな顔をするましろの明確な変化を俺は感じ取りつつ、何故か見ない振りをしてしまった。きっとましろが、失恋したはずの彼女があんまりにも、キラキラしていたからだろう。

 ──小さい頃から好きだった人の恋人が、同じ学校にいて、同じ学年で、それどころかバンドメンバーであるという状況、そしてなにより今日もごく自然に傍にいて、そっと肩がくっついていた。そんなさり気なくも「恋人」としての距離を保っている二人を目の前にしてもましろの輝きが曇ることがない。それが、どんな理由なのかなんて考えることもできないほど俺にはまぶしすぎるんだ。

 

「ましろってさ、俺の中学の時の話、知ってるっけ?」

「え、きゅ、急にどうしたの?」

「いや、ちょっとね」

「シュウさんの中学……えっと音楽始めたきっかけとか、くらいなら」

「なら多分してないな」

 

 まぁそんなに俺が自分からペラペラとしゃべるようなことじゃないからな、あの過去の話は。ひまりや花音さん、つぐみには色々あって話しちゃったけど、それも俺が積極的にしゃべったわけじゃないからな。訊くだけ意味のない質問だったな。

 ましろに謝罪をしておいて、適当な言い訳をしておいて、兄ちゃんのいないスタジオにましろとふたりきりになる。どうやら八潮さんもあまり帰りたがってないと兄ちゃんが言っていたから、最悪泊まっていったらと言っておいた。

 

「──ってことがあってさ」

「そ、そんな……ことが。だからシュウさんは、お兄ちゃんがあんまり好きじゃない時があるんだね」

「まぁね」

 

 スタジオで昔、兄ちゃんのことを好きな人を好きになってしまって、そのすれ違いが生んだ俺のトラウマを全部打ち明けていく。未だにしゃべるだけで口の中がカラカラに乾くような感覚があるけど、なんとか伝えきることができた。

 俺の言葉を適度に相槌を打ちながら聴いてくれたましろは、話が終わったタイミングで俺の手を握ってくれる。

 

「お兄ちゃんと瑠唯さんが付き合った時、私をすっごく気にしてくれたのは……」

「うん……ちょっと違うけど、もしかしたら似たようなトラウマになってないかなって」

「そっか、シュウさんは失恋に敏感だったんだ」

「子どもの恋をまだ拗らせてるだけとも言うけど」

「一緒だよ、そこも」

 

 子どもの恋を拗らせてるのはってことなんだろうな。確かに小さな頃の初恋を今にまで持ち込んでたんだから。近所の優しいお兄ちゃんということで、後ろをついて回って、ってすごく想像ができる。きっかけもそんな仲のいい兄ちゃんと結婚するとか、そういう感じの気持ちが奇跡的にずっと残ったってところなんだろうか。

 

「きっかけね、すごく曖昧だけど覚えてるよ」

「そうなんだ」

「男の子にからかわれたのを守ってくれた、って記憶がぼんやりあるんだ」

「からかわれた、か」

「うん」

 

 小さな頃のことだ。兄ちゃんも言ってたけどましろは引っ込み思案なのも、透き通るような白い髪と宝石みたいな目が大きくて愛らしい子どもだったって。

 だから男の子はちょっかいをかけたくなってしまうんだろうな。かわいいから、好きになっちゃうんだろう。

 

「つまりましろは兄ちゃんに初恋して回りは見えてなかったけど、初恋キラーでもあったのか」

「……そう、なのかな」

「昔からかわいいって兄ちゃんも言ってたし」

「え、えへへ……かわいい、か」

「照れるなそこで」

 

 結局、兄ちゃんに褒められると喜ぶんだから。

 話は逸れたけど、そんな記憶があやふやな頃から恋をしているましろとは違うけれど、俺も長くて叶わない恋をした。小学生の頃から知り合いだった兄ちゃんの後輩に、俺にとっては先輩でもある彼女に。

 

「そっちこそ、きっかけは?」

「いや、特にない。よく遊ぶ女子が先輩だったから意識してただけだな」

「ふーん」

「で、先輩もよく兄ちゃんじゃなくて俺と二人で遊ぶこともあってさ……あ」

「なに?」

「それが強く意識したきっかけかも」

 

 兄ちゃんじゃなくて俺と遊んでくれたから──それが俺の出発点だったような気がする。今から考えればなんて、劣等感と自己顕示欲に溢れた理由なんだろうか。

 だってそれって、前から俺よりも要領がよくて優しくて、そして自信満々の兄ちゃんに少なからず嫉妬してたってことだもんな。

 

「お兄ちゃんに勝ちたくて……ってこと?」

「そうそう、立ち位置的にはやっぱ今で表すと花音さんくらい……ちょっと前の花音さんくらいかな」

「ちょっと前」

「そう、去年の冬から今年の夏前辺りの距離感」

 

 その頃の花音さんは、兄ちゃんがきっかけで知り合って、兄ちゃんとの共通の知り合いでありつつも俺の方がよく二人で顔を合わせるってそんな感じ。夏以降だとむしろ兄ちゃんとあんまり絡んでる姿を見かけない。単純に兄ちゃんが忙しくなったってのも理由なんだろうな。まぁ当の花音さんは俺がそれを思っていたことも知ってたから私はシュウくんに会いに来てるんだよって笑ってたけど。

 

「私も」

「も?」

「今更かも知れないけど……スタジオで練習したり、シュウさんとおしゃべりするのはお兄ちゃんに会うついでとかじゃ、ないからね」

「どうした? いや、ましろの場合はそっちでも全然問題ないんだけど」

「……どうして?」

「いや、先輩は兄ちゃんのことが好きってのを隠して、俺を利用してきたから苦手だけど……ましろは隠す気全くなかったし」

 

 後は単純に、俺がそういう扱いをされてるって身構えられてなかったのがダメだったんだと思う。その点ましろは最初から兄ちゃんのことが好きで、兄ちゃんの恋を突き進むために仕方なく俺をもうひとりの兄的な存在として認めることになったわけだし。

 ──だけど、ましろはその俺の言葉に傷ついたような顔をした。ショックを受けたような、痛いのをぎゅっと堪えるみたいな。本当は兄ちゃんが八潮さんと付き合ってるって知った時にするような顔を。

 

「ましろ?」

「……そ、そうだよね……シュウさんにとっては、そうなっちゃうよね」

「え、なにが?」

「お兄ちゃんが、好きだからしょうがなく、シュウさんと一緒にいるって、思われちゃうよね」

「ま……ましろ」

 

 これは、まずい。俺は経験則としてそう感じた。春に月ノ森に中々馴染めなくて、どうにかすることすらも諦め始めていた時のましろと、同じような感情が彼女の中で渦巻いているのがわかった。

 最近ではすっかり、兄妹のようだって言われることも増えた俺とましろだけど、その間にずっと俺は兄ちゃんって楔があるような気がしていた。もちろんそれがなくなってもこうして一緒にいることがあって、音楽という繋がりを通して関わってきた独自の縁があることも理解していた。理解していつつも、じゃあ兄ちゃんと八潮さんが付き合ったことを知って俺がそれでもましろはここに来てくれると信じてたかって言うと──それについては黙って下を向くことになってしまう。

 

「修斗様〜、遅くなりまし……って、ましろさん?」

「あ……ぱれお、さん」

「何があったんですか?」

「それが……」

「修斗様には聴いておりません」

 

 最悪のタイミングか、それとも最良のタイミングか。事前に連絡していたため遅くまで練習をしていたパレオがスタジオに顔を出してくれた。律儀なパレオだからこそ、この事態に遭遇してしまっていた。

 彼女の目線の先には涙を大きな目いっぱいに溜めて立ち上がるましろと、どうしていいかわからずそれを見上げるだけの俺。パレオはすぐに何かあったのだと判断して俺をシャットアウトしてきた。

 

「パレオさん、私ね……私、気付いちゃった」

「ましろさん……?」

「ましろ……俺は」

「ごめんねシュウさん……ごめんね」

 

 何がなんだかわからずに俺はパレオの部屋へと泣きながら移動するましろを見送ることしかできなかった。

 ──どうやら俺は、兄ちゃんすら踏まなかったましろの特大の地雷を踏み抜き、吹き飛ばされてしまったらしい。あるいはギリギリで足を上げずになんとななっているという状態だろうか。爆弾解除をパレオがしてくれるかしてくれないかは、俺にはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のその2シリーズは同時並行で話を進める都合上話数の表記を変えてそれぞれの話を混ぜようと思います。わかりにくいかもしれませんがどうかご容赦ください。
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