恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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パレオ⑧:HAPPY

 ましろはどうやら泣きつかれて眠ってしまったらしいことをわざわざパレオは報告に来てくれた。そして少しのお説教も。本来ならメイドがご主人様にこういったことを言うのは不適切かもしれませんが、と前置きをした上でましろの友人として、仲良くこの家で過ごしてきた擬似的ではあるものの家族として、俺を叱咤してくれる。

 

「ましろさんにとって安心できる人が、浩介さんではなくなっていることくらいは、修斗()()も肌で感じていたことと思われますが」

「……そうか、そうなんだろうな」

「確信に至れていない時点でとんでもなく鈍いってことを自覚してください」

「ごめん」

「謝るのは私じゃなくて、ましろさんですよ」

 

 確かにそうだなと頷いた。パレオの怒りというか俺がましろを泣かせたという事実に対してのお説教が一段落したところで詳しくどんな話をしたのかを深堀された。その過程で結局パレオにまで俺の過去の話をせざるを得なくなったのは非常に納得したくないところもあるけれど。

 ──まぁそもそも花音さんにしか語っていなかったはずの真相をつぐみとひまりにまで話すことになったから、今更だなって気持ちもあるにはある。

 

「それで、ましろさんを傷つけてしまったんですね」

「うん」

「お兄さんであり想い人である浩介さんに相手をされないから、その寂しさを仕方なく修斗さんで埋めようとしている最低な人だと」

「そこまで言ったつもりはないけど」

「言ってなくても、ましろさんにとってはそう言われたのも同じです」

 

 もしそれを俺が誰かに投げられたら、好きな人とうまくいかないからその好きな人に近い人で寂しさを埋めてるだなんて仲のいい、例えばひまりに言われたら──そんな想像をして胸が痛む感覚がした。ゆっくりと自分に当てはめて考えなくちゃいけないことの鈍さに自戒しているとパレオは悲しそうな顔で俺の隣に座りハグを求めてくる。

 

「あなたは、私にどうせちゆの代わりに甘えてるんだ……なんて言ってしまうほど心無い言葉を掛ける人ではないと信じています、だから……だからきちんと、ましろさんにそれを伝えてあげてください」

「……ごめん、そうだよね」

「私は確かに、チュチュ様がいながら修斗様のメイドを名乗る浮気者です。ですが……それでもどちらが欠けるのも、耐え難いんです」

 

 その言葉に、俺は不用意な発言でパレオまで傷つけてしまったんだと遅まきながら認識の甘さと鈍さを後悔した。肩に顔を埋めている彼女の長い黒髪を撫でると少しだけ肩の力が抜けて、俺も肩から力が抜けていく。俺はパレオにそんな痛い言葉を突きつけるつもりなんてどこにもない。今までどれだけ彼女の存在に助けられたんだってくらいなのに、わざわざ遠ざける意味も必要も感じない。

 

「大丈夫だよ。パレオは、俺の大切なメイドさんだ」

「はい……はっ! ついに認めてくださいましたか!」

「いや急にうるさいしテンションの上下がすごいね」

「遂にご主人様公認の、メイドに!」

「ごめん、うるさいからやっぱなしで」

「取り消しは通用しません!」

「クーリングオフ制度はどうなってるんだ」

「とっくに期間は過ぎております! もう半年以上お仕えしていますからね!」

「メイド名乗り始めたのもっと後でしょ……」

 

 まぁこういうところはパレオだなって感じだ。けどましろはパレオとは違う。

 状況的にも直接俺に傷つけられたましろじゃパレオと立ち直りが遅いのは当たり前のことだし、パレオと違って落ち込むとしばらく引きずるタイプだ。いやこれはパレオも実はあんまり変わらないんじゃないかって事例が一度だけあるけど。

 

「パレオにとってメイドってなんなの」

「ご主人様の夢を全力で一緒に追いかけつつ、その夢のことだけを考えていただけるようにパレオができることを全てすることが、ご奉仕だと思っています」

「……俺もってこと」

「はい、修斗様の夢もパレオが全力でサポートいたします」

 

 パレオの弾けるような笑顔が、彼女の本心であることの証明であるような気がした。

 でも、俺はそれだけが──メイドであることだけがパレオじゃないってことも強く思うようになっている。パレオが甘えてくる時は決まってることが幾つか存在した。一番違うのはいつも彼女が一番に「かわいい」を表現するためのウィッグだろう。

 

「どうかされましたか?」

「いや、パレオにとって今はどういう扱いなのかなって」

「ん、今は……」

「少なくともメイドってつもりじゃないんだよね」

「それはもう、ご主人様に抱きついて癒やされるメイドなんて……あれです、ペットです」

「それはそれでどうなんだ」

 

 ペットって、人語通じる女の子をペット扱いはちょっと引いてしまうんだけど。パレオの意識的にはそれに近いのかな。

 でもまぁ確かに無言で人の肩に顔を埋めて、撫でると嬉しそうに微笑むところは犬を連想させるものではある。というか普段からパレオって動物に例えると犬って感じはずっとしていたし。

 

「犬……いいですね」

「なにが?」

「飼い主に忠義を尽くす、愛嬌がある、そんな存在はパレオにとっても理想的かもしれません」

「そういうこと」

「後はリード付きの首輪とか付けられるプレイとか、とても捗りそうです」

「やめて」

 

 性癖、それは理想じゃなくて性癖なんだよ。中学生が口にしていいものじゃないです。そもそもその妄想の犠牲になりかけてることについては未だに許可してないからね。当の本人は修斗様をイメージしていますが修斗様じゃなくてあくまで「ご主人様」ですので! と元気いっぱいに否定された。イメージしてたら一緒だよ。

 

「……パレオ」

「はい」

「いや、パレオがいてくれて本当に助かってるよ」

「えっちな意味ですか?」

「なんでそうなるんだよ、追い出していいのか?」

「ふふ、私も修斗様がこうして受け止めていただけているので、幸せです」

「これがパレオの幸せ、か」

「はい」

 

 顔が見えないくらいしっかりと抱きつかれるのは、流石に恥ずかしいというか照れてしまうところもある。そりゃパレオは中学生で、俺本人としても決してロリコンなんかではないと自信満々に言えるけど。けど、パレオは中学生にしては身長も高いしすらっとしているせいか、元々の顔立ちもあってすごく大人びているんだよな。多分こんな黒髪のかわいい子が立っていたら中学生だなんて思わないだろうって確信を持てる。

 

「それに」

「それに?」

「とても打算的ですが、修斗様は私のことを、まっすぐかわいいって言ってくださるので」

「なるほど? いつもはカッコいいとか美人って言われるんだもんな」

「……わざわざ言わなくてもいいじゃないですか」

「ごめんごめん」

 

 唇を尖らせるパレオの頭を撫でると今度は俺の顎の下に頭頂部がくるように抱きつかれた。続けて撫でていると幾つか息を吸って吐いた後にまた顔の位置が俺の目の前に戻ってくる。ちょっと頬が赤くて拗ねたような顔をしていて、そいういう仕草もいちいちかわいいなぁと思ってしまうのは、パレオと関わっていく中で彼女が喜ぶのは「かわいい」だと覚えてしまっているからなんだろうか。

 

「やっぱり修斗様はちょっとエスっ気があるような気がします」

「エスって?」

「サディストです」

「ないでしょ」

「あります、いえ……別に悪いわけじゃないんですよ? むしろあってくださるとこっちとしても都合が良いといいますか……使()()()ので」

「……あのさ」

「ああ、申し訳ございません、もっとパレオを叱ってくださいませ」

「ごめん、今すごく怒る気失せた」

 

 ちょっと期待したような顔しないでほしい。パレオの妄想の中の「ご主人様」ならそこで叱ってあげられるんだろうけど、そういうアダルトな世界に中学生のパレオを、現実のパレオを巻き込むのは絶対にアウトなので。

 だがちょっと雰囲気がおかしくなり始めたそのタイミングでましろから連絡が来て、俺は立ち上がってパレオから離れる。これ以上二人きりは俺の精神衛生上とパレオの理性の問題でなんとなくヤバい感じがしたので助かった。

 

「ましろ、ごめん、うん……そっかわかった。ならこっちおいで」

「ましろさん、どうかしたんですか?」

「起きたら自分しかいなくてちょっと寂しかったんだとさ」

「それは……パレオが迎えに行って参ります!」

「そうしてくれ」

「はい……!」

 

 助かった、と思ったのはどうやらパレオも同じだったようだ。髪を結ぶこともなく、メガネだけ掛けて急いで部屋から出ていき、数秒でましろと一緒に戻ってきた。ナイスだましろと褒めちぎりたいくらいにはタイミングがよかったよ。ついでに自室から優しい香りのするジャスミンティーを淹れてくれて、空気は健全なものへと戻っていた。

 

「ん……シュウさん」

「いいよ、膝貸してあげるから」

「えへへ……やった」

「毛布お持ち致しますね」

「お願い」

 

 ソファで俺の膝を枕にしてそんなに時間も経たないうちにましろの寝息が聴こえて、それをBGMにしてパレオと穏やかな雑談を繰り返していく。ましろは俺の謝罪に、特に何も言い訳を訊くことなくいいよと笑ってくれた。こんな風に安心してくれる彼女を傷つけるのはもうこれっきりにしたいね。

 

「ましろさんにとって、だけではありませんからね」

「うん、パレオも」

「はい……ですが、それでもまだ不十分です」

「不十分、って?」

「ひまりさん、花音さん、つぐみさん……修斗様が友人とする彼女たちにとっても、ですよ」

「安心できる……ってことか」

「そうでなければ、気軽に男性の家に来るような人たちではないと思います」

「……だよな」

 

 花音さんやつぐみ、そして俺にとって今、最大のどうしたらいいのか迷っている人物がひまりでもあった。

 いや俺の思い過ごし、自惚れであるならそれでいいんだよ。勘違いでしたって言うんだったらよかったと胸を撫で下ろすまである。でも確定していない以上、俺から確認も取れないんだよな。

 ──キミは俺のことどう思ってるの? なんて自意識過剰って感想以上のものが出てくるわけがない。

 

「ひまりさんと、何かあったんですか?」

「えっ、え?」

「名前を挙げた時、少し反応が違ったので」

「……違ったか? 無自覚なんだけど」

「パレオ、これでも修斗様のメイドであり従順なペットなのですよ♡」

「怖いから、その特技は」

「ですが、何かあったとしても……避けたら後が大変ですからね、ひまりさんの場合は特に」

「それは……そうだろうね」

 

 パレオの苦笑いに、俺は苦笑いで返すことしかできなかった。ひまりが過去に放った言葉をひまり自身が覚えていて、それが俺であっても適応されるのかどうか、そんな蓋を開けたら別になんともない、くだらない勘違いでしたという可能性まであるその一点を抱えたまま、そしてパレオと会話をしている最中に気付いたもう一つの事実についても胸にしまい込み、俺たちは兄ちゃんの誕生日パーティの日を迎えることになった。

 

 

 

 

 

 

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