兄ちゃんは昼まで仕事で昼からは八潮さんとデートの予定のため、準備は俺とパレオとましろ、そして来たメンバーでやっていくことになった。最初は俺とましろだけかと思っていたけど、パレオも練習はないと言っていた。チュチュさんがなんもないのに休みっていうのは考えにくいけど。
「チュチュ様に許可をいただいてお休みさせていただきました」
「……それ、よかったの?」
「チュチュ様は最後まで渋っていましたが、他のみなさんが最後まで一緒に説得してくれたので」
「みんなが? そうなんだ」
「はいっ」
嬉しそうな声に、きっとその時に色々とあったのだろう。彼女がなんだかんだでRASの中で末っ子のようにかわいがられて、特にマスキングとレイヤにとってはかわいい妹のように扱われているパレオだ。厳しいことを言ったチュチュさんに対して三人が抗議の声を挙げてくれたんだろう。俺はその顛末をよかったなと彼女の頭に触れることくらいしかできないけど。
「それよりましろは?」
「まだ眠っておられます。昨日は少し夜更しいたしましたので」
「あの後?」
「はい、深夜の女子トークでございますね♪」
「なるほどな、じゃあもう少し寝かしておくか」
「そうしましょう」
そんなましろがまだすやすや眠る夜更しとやらをして俺より早起きのパレオはすごいなと思うけど、パレオは若さと生活習慣ですからと自慢げに言った。若さって俺やましろとそんなに変わらないでしょうに。
──今日準備に来てくれる人はいつものメンバーだ。お昼まで白鷺さんと予定のある花音さんと夕方で練習の終わるつぐみとひまりはそれぞれの予定が終わればこっちに来る。そうなるまではまだ賑やかさとは程遠いね。
「パレオは、こういう朝も好きです」
「そうなの?」
「最近ちょっと賑やかすぎるなぁと思うことも多かったので」
「確かにね、夏辺りから土日は朝からいつも賑やかだったよ」
「以前は朝といえば朝起きていつものルーティンを終えて、シャワーを浴びれば、しばらく修斗様を独り占めできていたので久しぶりの二人もいいものです」
「言い方がなんかちょっと違うね」
苦笑いをしつつも、確かに前は朝からパレオが甘えてくることもあったような気がする。賑やかになってからは人の部屋に侵入しようとすること以外は特に朝の挨拶以上に何かがあるわけじゃなかったな。
そう考えると逆にちょっとは寂しいって思われていたのかな、申し訳ないことしてたのか。
「いえ、パレオが望むのは常に修斗様が幸せになれる環境ですから、お気になさらなくても大丈夫ですよ!」
「でもパレオが幸せを感じるのは、それだけじゃないでしょ?」
「そんなこと言われると、パレオは悪い子になってしまいます」
「……今日はいいんじゃない?」
昨日で気付いたのはいつの間にかパレオには随分我慢をさせていたんじゃないかってことだ。いつも笑顔で、率先して色んなことをしてくれる出来たメイドさんで、そんな部分に甘えてパレオを疎かにしていたんじゃないかって。それはかつてチュチュさんがパレオのことをどう想ってるのかってことでRASが分裂しかけてた事件にも繋がる、彼女の芯にあるわがままな部分でもある。
本当のパレオは結構脆くて、自信がなくて、そのせいでちょっと甘えたがりの中学生なんだってことをついつい忘れがちになってしまうよね。
「では……その」
「うん」
「ぱ、パレオに……修斗様の時間をくださいますか?」
「時間って具体的には?」
「いえただ、いつものように傍にいてくだされば」
「それだけでいいの?」
「……う、でも、それくらいしか私には思いつかないので」
パッとわがままでいいよと言われるとちょっと一歩後退ってしまうところもまた、パレオらしいといえばそうなのかもしれない。正直、パレオなら添い寝とか
彼女の異世界転生して、拾われた先でメイド兼側室でうんちゃらみたいな話を考えてるみたいなことをひまりと花音さんから耳にして戦慄してるんだから。濡れ場もあったねとはひまりのあっさりとした言葉だったか。
「パレオ」
「はい」
「いつもありがとうね」
「その言葉と、修斗様からのハグがあれば……パレオはいつだって、最高のメイドであり続けます」
「メイドは後にも先にもパレオ以外いないだろうけど」
「そうしてくださると嬉しいです」
「後はせめて人をモチーフに小説書かなきゃ言うことない」
「チュチュ様に作詞は表現力ですので、小説から入る人もいると伺いまして!」
「作詞? そういえばチュチュさんに作ってあげるって言ってたっけ」
「はい、チュチュ様に最高の歌詞とパレオの愛を届けるのが今のパレオの目標です!」
それはいいんだよ。そのために努力してるんだなって思うと応援したくなるんだけど、そうなんだけどなんで「アレ」なんだ。もうちょっとなんとかならなかったのかな。
パレオはその指摘に対してきょとんとした顔をしてきた。
「愛を表現したので」
「……今度から中身検閲してもいい?」
「はい、もちろん。読んでいただけるなら!」
「羞恥心ないの」
「ありませんね、歌詞も小説も、他者に見られて初めてその意味を持つというものです!」
「そう思えるのはきっといいことだろうね!」
壁打ちでは意味がないってことね、まぁその言いたいことはわかるんだけど俺にも見せられるのはちょっとおかしくない? あれ、もしかして花音さんやひまりの言うほどアレな表現はないのか?
それはまぁさておくとして、朝から読む気力はないため後回しにして良い時間になってきたことも相まって自然とパレオの甘える時間も終わりという雰囲気になった。
「……修斗様」
「いいよ、なんなら朝ごはんも俺が作るよ」
「あ、でも……い、一緒なら」
「わかった」
一緒にキッチンに立つのはもしかしたら初めてじゃないかって思うくらい、なんだか新鮮だった。パンと目玉焼き、ベーコン、ポタージュスープ、そんなテンプレートな朝食もパレオと作るのは楽しいというか、俺にとって思わず笑顔になってしまうほどに幸せな朝だと言える。パレオの手際は本当によくて、ついていくのに精一杯になってしまいそうだけど。
「隣に立つとパレオの凄さがよりわかるよ」
「そんな……修斗様のためにパレオも日々、家事力を磨いていますので!」
「チュチュさんのためにもね」
「それは言わずとも、ですよ!」
そして食器などの準備を終えたら、俺がましろを起こしに行く。パレオのベッドで眠っているかと思いきやましろはたった今起きたところだったようで、整っていない寝癖を付けて眠そうに目をこすっていた。夜更しをしていたって聴いたから少し起こすのに苦労するかなと思ってたのに意外だ。
「んん……シュウさん」
「おはよ、朝ごはんできたところだよ」
「うん……」
「おっと、まだ眠い?」
「眠い……けど」
「けど?」
「食べる……」
本当に結構な夜更しをしていたらしい。まだまだましろは半分くらい夢の世界にいて、俺が抱きかかえるかたちで身体を起こしていくも、顔を埋めたまま離れてはくれない。
妹のような存在として置いているましろだが、それは兄ちゃんにとって妹だからというのが大きい理由だ。小さな頃のことも覚えていないし、兄妹として何年も一緒に連れ添ったわけじゃない。だからというわけではないが、ましろに抱きつかれるのは少し男としての本能を抑え込むという作業が実は必要だったりもする。ましろはましろで俺のことを兄として信頼してくれるからこその無防備さだからここで信頼を崩すわけにはいかないと奮起するんだけど。
「──じゃあましろも一旦帰るってことか」
「うん……ごめん、でも夕方には絶対戻ってくるから」
「いいよ、大丈夫」
「それではご飯食べたら支度して、お送りしなければなりませんね」
「だね」
「……ありがとう」
それから数分後、ましろをほぼ抱きかかえて運んでご飯を用意しているうちに目を覚ましたようで、そんな彼女から桐ヶ谷さんと二葉さんからのどうしてもという呼び出しを受けたらしくテンション低めに一旦帰らなければならないことを伝えてくれた。二人は一体どうしたんだろうと首を傾げつつも俺とパレオは買い出しついでにましろを送っていくことにした。
まぁそもそも昨日泊まって今日泊まって、また明日も帰りが遅くなるって不良娘みたいなスケジュールだしな。ちゃんと一回家に帰るのは大事だと思う。そう言うとパレオもうんうんと力強く頷いてくれた。
「シュウさん」
「どうした?」
「今日もね……もし、眠れなかったらおはなししたいんだけど」
「そりゃあもちろん」
「ん、ありがとう」
駅の前でそんなことを言ってパレオと俺で見送ってから、同時にお互いを見つめた。
パレオもましろの言葉に引っかかりを感じたようだ。俺も最初はスルーしたけど、今日も眠れなかったらっていうのはどういうことなんだろう。ましろは、何か不安なことでもあるんだろうか。
「パレオは昨日の夜更しで何か聞いてないの?」
「不安、というのは心当たりがないですね……普通に考えればやはり気にしないようにしつつも浩介さんの失恋ということになりますが」
「違うって確証は?」
「言語化は難しいですが──あります」
「なら、きっと違うんだろうね」
パレオがそう断言するってことは間違いないはずだ。そもそも眠れないくらい不安ならパレオのことを信頼しているましろなら教えていそうなものなんだろうけど。それに対してパレオはちょっとだけ寂しそうに首を横に振るうだけだった。
「……何考えてるんだろうな」
「わかりませんが……あまりよくないことというか、マイナスの感情というよりは、なんて言うんでしょうね」
「諦め?」
「──そうですね、諦観って言葉が近いような気がします」
つい最近のましろが諦めたことと言えばやはり今日の主役になるであろう人物、兄ちゃんの顔が思い浮かぶ。
ましろが何をしようとしてるのか、結局二人で話しても答えができることはなく、そのまま家に着いてしまったのだった。その後すぐに花音さんが来て、夕方になってひまりとつぐみ、そしてましろがもう一度やってきて準備は順調に終わっていった。