恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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ましろ⑩:ララバイ

 ひまりに告白されて、まさかの攻勢へと発展して、羞恥心の限界がやってくるまでの数分間のハグをした数十分後に別の女の子とハグをするという現状のヤバさは、きっと第三者とか特に彼女たちの知り合いに知れたら火の雨が降るだろう。言葉にしてみるととんでもなくダメなことをしているし、下手をすると当事者であるひまりに知れたら何かを奢って許してもらえばまだマシなんじゃないだろうかという気がしてくる。

 だからといってやめられるわけでもない俺は彼女の、ましろの肩にギリギリつくかつかないかの髪をなでつけましろに声を掛ける。

 

「ましろ?」

「なに?」

「いつまでこうしてればいい?」

「ずっと」

「それは眠れないね」

「じゃあ私が寝るまで」

「……いつまでなんだそれは」

 

 ことの発端なんて単純意外の何者でもない。ましろは兄ちゃんに振られたばかりなのだし、その前から眠れなかったら俺の寝る部屋まで来ていいかと問われたんだから。

 ──告白を振られて平気なわけがない。わかってはいたけどでもましろは泣くわけでもなくいつも以上に俺に甘えたがりな仕草を見せてくるだけだ。

 

「このまま一緒に寝たい」

「それはよろしいことではないね」

「防音だもんね、叫んでも誰も助けてくれなさそう」

「そういうことだけどそうじゃなくない?」

「このままだと私、シュウさんにえっちなことされちゃうんだ」

「しない、しそうになったら追い出す」

「本当に?」

「というか平気なら離れてもらっていいか?」

「ダメ、まだダメ」

 

 もう既に傷心中とはとても言えない状態なんだけど、ましろ笑ってるし。とはいえ離れてくれそうにはないため、俺も諦めて甘やかしていく。こういう時にチョロいだのましろには甘いだの言われるんだと思う。今思えばそれを一番言っていたのはひまりだったから、あれは嫉妬の気持ちが多少なりとも込められていたんだろうか。そもそもましろの言葉で思ったのがひまりが素直に帰ってくれて助かったなんだよな。あのまま襲われててもバレないと思う。防音ってそういうのに使うんじゃないから。

 

「シュウさん」

「なに?」

「私、ちゃんと伝えられたよね」

「兄ちゃんに?」

「うん」

「そりゃもう、伝わったと思うよ」

 

 そっか、ましろはまだ兄ちゃんが知ってたってことを知らない可能性もあるのか。兄ちゃんは俺なんかよりずっと他人からの好意に敏感だし、どこか気付いてるみたいな態度を取るところあったと思う。だからってましろに向かってそれを伝えるとか野暮だと思うからしないけどさ。

 ただ甘えるましろを受け止めていると、ふと彼女は何かを思い出したかのようにしゃべり始めた。

 

「私、お兄ちゃんとどうなりたかったのかな?」

「どうって……最初ってこと?」

「うん」

「普通に、恋人じゃなくて?」

「そう思ってたけど、瑠唯さんとお兄ちゃんの姿を見てて違うんだなって思った」

「違うか」

 

 俺には違うの意味がよくわからないけど、要するに自分が兄ちゃんと成りたかった関係というのは兄ちゃんと八潮さんのような恋人関係じゃなかったのかって考えてるってことなんだろうな。

 そもそも恋人ってどういうものなのかってビジョンすらも見えない俺にはちょっと難しい話だけど。

 

「後ね、お兄ちゃんからここに来る前の話をしてもらったよ」

「ここに来る前……高校生の頃の話?」

「うん、お兄ちゃんの元カノさんの話と……シュウさんが好きだった人の話」

「それは……気にはなるけどね」

 

 その時のことは俺は兄ちゃんに詳しい話を訊くことができてなかった。なんせ人間関係が拗れてるわけであってしかも見方によっては兄ちゃんは恋敵──敵だったわけだから。幾ら俺が兄ちゃんのことを尊敬していて、ブラコンと言われるほど好きだったとしてもあの時のことを共通の話題にするのは嫌だった。

 嫌だったけど、気にならないかと言ったらそれは嘘になる。

 

「お兄ちゃん、シュウさんがそのえっと先輩? のことが好きだってこと知ってたんだって」

「うん、だろうね。特別隠してるわけじゃなくて、単に恥ずかしくて言ってなかっただけだし」

「しかも仲良くしてたって聞いたよ。だから告白された時はびっくりしたって」

「そうだったんだ」

 

 卒業の前の告白、それは兄ちゃんの当時のカノジョにとっては怒りを抱くには十分すぎる条件が詰まっていた。先輩は兄ちゃんと元カノさんが遠距離になるのを知ってて──いやもうそれ以前から付き合ってるのを知った上でその隙を突くように告白したみたいだ。

 そこで話が拗れて、兄ちゃんが抜けた穴を探すことなくバンドは解散しちゃうんだけど。

 

「元カノさんはいい人……って言うとどうなんだろうかって思うけど、少なくとも兄ちゃんと付き合ってる間は普通に接してくれるお姉さんだったよ」

「元カノさんはね、告白のことを問い詰めて本性を知ったんだって」

「ああ……そっか」

「すごく怒ってたってシュウさんは感じてると思うけど、それはシュウさんを想ってたからだろうって」

 

 兄ちゃんもその本性を知ったけど、引っ越し終わってもうどうしようもないまま、ただ告白されたことだけを教えてくれたんだな。

 最初はどうしてそんなことわざわざ言うんだってムカっとしたけど、思えば俺が訊ねなきゃ先輩は豹変しなかったのかもしれない。穏やかなまま、兄ちゃんのことを狙って俺を利用し続けようと考えたのかもしれない。

 

「優しい人だったんだね、お兄ちゃんの元カノさんは」

「まぁでも大学で別のカレシと付き合って別れたんだけどね」

「……結構ショックだったんだね」

「だと思うよ。兄ちゃん、最初は一緒に行かないかって言ってたくらいなんだから」

 

 でもそんな未来は来なかった。遠距離の難しさというか情熱の保ち方が難しいという理由がわかるね。あんなに仲良いなと思ったカップルも、すぐに冷めちゃうくらいなんだから。

 ──と、話が逸れそうになったけど、ましろが言いたいことは兄ちゃんはいつだって俺を想ってくれてたってことだよな。

 

「お兄ちゃんのこと、許してあげてほしい」

「もう怒ってないよ」

「……本当?」

「それこそ昔は兄ちゃんの友達とか、後輩とかそんなのばっかりが友達だったけどさ……今は違うから」

「でも、私は」

「ましろが兄ちゃんの妹でも、俺はもう兄ちゃんを通してじゃないましろを知ってるから」

 

 俺の世界は兄ちゃんというフィルターを通してばっかりだったんだと思う。つぐみとの出逢いも、花音さんとの出逢いも、パレオもましろも、なんならひまりだって、きっかけ自体は兄ちゃんだったって俺はそこで自分はそのフィルターの向こうには踏み込めないって勝手に諦めてたのかも。

 でも最初からそんな壁なんてなくて、きっかけはどうあれ今は兄ちゃんがいるいないとか関係なく俺は独りじゃなくなった。

 

「あのね」

「ん?」

「私、多分これからも、たくさんシュウさんに甘えちゃうと思う」

「現状甘えてるからね」

「うん、でも……絶対にお兄ちゃんの代わりとかじゃないから、私はシュウさんの傍にいるのがいいなって思ってるから」

「わかった」

「シュウさんがチョロいから元々ガードが硬い上にカノジョさんまでいるお兄ちゃんの代わりになってるとかじゃないからね」

「うん具体的に言うとなんだか嘘っぽく聴こえてくるから離れてもらっていい?」

「え……やだ」

「満面の笑みで言うことじゃないんだよ」

 

 兄ちゃんの知り合いの女の子と知り合うことへの拒絶感、ましろはそういう意味では俺が一番避けたかった人物だったような気がする。なにせ妹系だからね、俺の関係がついでになることがわかりきっているって当時は思ってたから。

 でもましろはそんな俺の予想も価値観も全部壊してくれた人物でもある。一緒に音楽をするようになってからは特に兄ちゃんという中間地点を俺たちは必要としなくなっていた。それに当てはめれば、みんなそうなんだけど。

 

「つまり私が最初ってことだね」

「まぁそうだね」

「ふふ……えへへ」

「話をたくさんしてくれるのはいいけど、そろそろ戻らないとパレオが寂しがるよ」

「ん……シュウさんは、私といるの嫌?」

「そうは言ってないでしょ」

 

 なんだか今日はいつもよりもわがままだなぁと思うけど、告白という一大イベントをこなして眠れなかったんだからな。

 けどパレオも本当に寂しがるというか心配しているというか、多分起きて待ってるんだと思うんだよ。先に寝てるってことはまずないと信頼できるようなやつだし。

 

「ならパレオさんも呼んだらいいのかな?」

「それはそれで寝れなくないか?」

「でも、パレオさんは喜ぶと思うよ」

 

 どうやらパレオは気になるけど離れる気はないらしい。そもそもこんなに離れたくないってわがままを言うことも以前はなかったんだよな。なんだかんだでましろは結構満足したらもうそれで終わりみたいなテンションのことが多かったのに。

 結局パレオを呼ぶかどうか、俺も本気で迷っているとましろは俺の手を抱き寄せて笑みを浮かべる。

 

「デート、楽しみだなぁ」

「ましろ的には傷心旅行って感じになるね」

「そんなことないよ。お兄ちゃんに振られたのと、シュウさんとデートするのは別だもん」

「そう? 俺はてっきり振られる覚悟を持ってるからその後のことを話してるんだって思ってたよ」

 

 眠れなかったら部屋に来るって話もそうだし、その前のやたらと甘えてくるようになったのも兄ちゃんに勝ち目のない告白をするという覚悟を決めるための時間なんだって解釈してたよ。

 ましろは俺の言葉に一度は否定してから少し考えて半分くらいの肯定をした。

 

「うーん、気持ちの整理……って意味だとそうかも」

「整理か」

「もちろん、デートの時はそういうのなしでね」

「わかってるよ」

 

 ましろはふふふと笑ってまた俺の肩の下辺りに頭を置く。もういっそそのまま寝てくれたらいいんだけどなという気持ちを込めつつその頭を撫でていると、表情が見えてないのに嬉しそうにしてると何故か感じてしまう。

 ──それにしてもデートか。予定としてはましろだけじゃなくて花音さんのデートがあって、ひまりともデートの予定がある。パレオも一緒に羽沢珈琲店へ行くだけですごく嬉しそうにしているので労いを込めてどこかへ遊びに行くのもありだな。

 

「みんな、シュウさんのことが好きなんだね」

「……まぁ好かれることに対して悪い気はしないけど」

「ん、どうかした?」

「いや、なんでもない」

 

 ひまりの告白もあって思わずドキっとしてしまった。ましろの好きは少なくとも恋愛的なものというより友愛に近い「好き」って認識でいいだろう、多分。今日兄ちゃんに告白したばっかりのましろがここで俺に対して恋愛的な好きを向けてくることはないだろうし、ひまりのことはまだ知らないのは確実だし。

 

「ましろ?」

「……ん」

「やっと眠くなったのか」

「うん……」

「眠くなったなら部屋に戻らないと」

「運んで」

「あのねぇ」

 

 甘えて、安らいでくれるのはいいけどこういうところで許されてるんだって思わせすぎるのはましろのためにならないのかも知れないな、なんてことを思いながら結局押し問答も無駄になり、最後は俺がパレオの部屋の扉を叩くことになった。

 ──当然、その後すやすや眠るましろを前にしてパレオのハグを受け入れなくてはいけなくなったのは言うまでもないかもしれない。翌朝、事情を知ったひまりには一晩に三人抱いたとかとんでもない誤解を招きそうな言い方をされてしまい、苦い顔をすることになってしまった。その冗談で笑えっていうのは当事者である俺としては難しいよ、ひまり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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