のんびりとした出掛けの帰りから一転、
「……女子高生、だったよね」
「うん、間違いなく」
「月ノ森ってそんなに有名なんですか?」
「有名っていうか、幼稚舎からほぼ大学まで一貫の超お嬢様学校なんだよ」
「ああ、そう言われると聞いたことがあります〜」
「しかも、ただ家がお金持ちってだけじゃなくて、それ相応の才能とか努力とかで実績をあげてる子ばっかりなんだって!」
「く、詳しいね……ひまりちゃん」
兄ちゃんの元にそんな超お嬢様の月ノ森の子が訪れて、兄ちゃんも気さくに部屋に入れた。とんでもない急展開に俺もつぐみもひまりもどういうコメントをしたらいいのか迷っているような感じがした。
壁はここの入居者が基本的にバンドやる系列のため防音はめちゃくちゃしっかりしている。なにせ兄ちゃんがスピーカーで音楽聴いてても俺の部屋に聞こえないレベルだし。
「そもそも喘ぎ声とか聞こえたら気まずいのでは?」
「……確かに」
「納得しないでひまり」
それ考えたくもないから。いやね、俺は兄ちゃんが恋愛に前向きになって、つぐみだろうと花音さんだろうと誰でもいいけどまた誰かと一緒にいることが幸せって思えるようになってほしいとか思ってるけどさ、けどだよ? いざ制服女子を俺に内緒で部屋に招いている兄ちゃんに抵抗があるのも事実なんだよ。
「ん〜解釈違い、みたいな?」
「つぐ的にも?」
「うーん、まぁ……なんか違うなぁってなるね」
「浩介さんって女性に困るような容姿はしていませんが……朴念仁なのですか?」
「まぁうん」
「そうだよ」
「二人とも即答だ!?」
兄ちゃんは性格的には他人の好意に対して鈍いわけじゃないけど、いざ友達と恋愛の区別がつかないし、一度相手を恋愛の対象じゃない関わり方しちゃうとあんまりそれ以上の踏み込み方がわかんなくなるタイプだ。高校時代の兄ちゃんは結構そうやって女の子を泣かせてきてるし、傷つけたなぁって落ち込んで帰ってくることも多かった。
「特に音楽に集中してる時の兄ちゃんはヤバい」
「うん」
つぐみはどちらかというとその集中したい時に恋をしたのが一番悪かったんだと思う。高校の時に東京のスタジオまでライブに行って、そこでスカウトを掛けられた。だからその時からずっと、今みたいな自分の姿を目指して頑張ってきたんだと思う。特に五月の
「Roseliaも目標にしてるやつだ」
「そうなんだ」
「うん、紗夜さんが」
「あと、あこが良く言ってるよね」
「そうだね」
そういえば巴の妹の宇田川あこちゃんはRoseliaのドラマーなんだっけ。そうしたらあの人たちも思ったより近くにいるのかもしれない。それで、兄ちゃんの憧れのギタリストが目指した、バンドの祭典に挑戦してみてほしいと事務所から打診された時には本当に子どものように顔をキラキラさせて帰ってきたんだ。
「そんなお兄さんが女子高生連れ込んでるのか〜、たしかに解釈違うねこれ」
「パレオとしては、バンドマンはファンの女性を侍らすものと認知していますので、なんとも」
「それ認知歪んでるよ多分」
「修斗さんも現に両手に花でお出かけをしていらしたようですし」
「そういうつもりじゃなかったんだけど」
こうやって会話をしてちょっと落ち着いたところで、兄ちゃんからLINEが来る。内容は「いつ帰ってくるんだ? 迎えに行こうか?」というものだった。それを三人に見せて再び作戦会議が開始される。今度はパニックは減って、冷静にどうするかの話し合いだ。
「迎えに行けるってことは、そういう関係じゃないのかな?」
「いやでも、この時間を目安にってこともあるかもよ?」
「まるで浮気をバレないようにするカレシの手法でございますね」
「俺にアリバイ工作してどうすんのさ」
「実はここに来た時からああやってファンの子と……」
「変な妄想しないでよひまりちゃんっ!」
そうだそうだ。俺が邪魔者になってるみたいですごくいたたまれない気持ちになるし、兄ちゃんがそんなやつだなんて思いたくもない。唯一の家族とすら思ってる兄ちゃんに裏とか、あるとか思いたくない。
「電話してみよう!」
「つぐみ?」
「急に行くのはダメだから電話して、状況を判断しようよ」
「それで行くか」
素早く電話に切り替えて、通話をスピーカーにする。呼び出し音声がしばらくしていたけれどやがてスマホのスピーカーから「もしもし」という兄ちゃんの声が聴こえた。無視される可能性もあったからとりあえず取り込み中じゃないことが確定しただけほっとしてる自分がいた。
「もしもし」
「どうした?」
「いや、あのさ──」
「浩介さん、今日ひまりちゃんとパレオちゃんも連れてそっち行ってもいいですか?」
「おうつぐみか、今から?」
「も、もうすぐ着きます、十分くらいで」
ナイスな判断だ、これで向こうが慌ただしくなったのがわかるだろうし、その後でゆっくり隣に行けばいいからな。真実は知りたいけど、今はこの気まずい状況をなんとかするのが先決だろう。
「……おっけ、わかった、ってかパレオもいるのか」
「誕生日祝ってもらう予定です♪」
「なるほどな、んじゃちょっと──」
「──ちゃん、誰と電話してるの〜?」
「うわ、急に話し掛けてくんな──」
「……き、切れたね」
だが余計に気まずい状態で電話が切れてしまった。ひまりは苦笑い、パレオは思案顔、つぐみははぁぁと大きなため息をついた。電話口の声、ちょっとロリっぽいけど透き通っててスゲーかわいい感じだったな。横顔もちょっと童顔っぽかったけどかわいかったし、まさか兄ちゃんにそっちの趣味があったなんて。
「属性盛ってますね〜」
「パレオに言われたらおしまいだよ」
「確かに」
「パレオは盛っていません、フェアリーボディです! 機能美です!」
「そっちの話じゃなくてね?」
ちょっと引っかかってることがある。あの子の声、じゃない喋り方、最後の方だけだったけど兄ちゃんを呼ぶ時の感じ、どこかで聞いたことあるような。どうやらひまりとパレオもそっちに引っかかったようでその話をしていた。つぐみは玄関の方で移動したかどうかを確認してくれている。
「ちゃんで終わるあだ名だと、こーちゃんとか?」
「ありえますね、ですがファンではなく相当親密ということにもなりますね?」
「他にちゃん付け……兄ちゃんを?」
「今ここにいるけどね」
「あ、兄ちゃんか」
でも兄ちゃんのことを兄ちゃんって呼ぶヤツなんてそれこそ俺だけ、そう思った時、記憶の端っこに幼い少女の声がした気がした。
──お兄ちゃん。そう、お兄ちゃん。なんか、そんなヤツいたような気がする。いや気の所為かも知れないけど、記憶の底にヒントがある気がして探っているとつぐみが戻ってきた。
「出てきたよ」
「なんか面白くなってきた」
「パレオもです♪」
玄関をちょっとだけ開けて会話に聞き耳を立てる。隣ではちょうど兄ちゃんがその制服少女と玄関を出たところのようだった。なんか怒りというか不満気味の声で兄ちゃんのことをお兄ちゃん呼ぶ女の子は、えらく兄ちゃんに甘えるような口調をしていた。
「せっかくお兄ちゃんに制服見せにきたのに」
「悪いな、弟がもうすぐ帰ってくるから」
「弟って……おばさんが再婚した時の?」
「おう、お前も会ったことあるだろ?」
「……覚えてないよ、そんなの。私のお兄ちゃんは
やっぱり会ったことあるんだな。俺も覚えてないけど、制服を見せにきたってことは年下か。姿は見えないけど、相当兄ちゃんに思い入れのある子みたいだ。
そして、母さんが前の旦那さん、つまり兄ちゃんの本当のお父さんと暮らしていたのはこの辺だった。その後も兄ちゃんのばあちゃんが生きてた間はちょくちょく東京に来てた。その時の知り合いってことだ。
「そういえば、聞いてよくないことかもだけど、再婚って幾つの時だったの?」
「俺が五歳になる年かな、まぁ今になって思えばすぐ再婚したから離婚前から交流があったんだろうね」
「……それって」
父さんと母さんは系列が同じ会社の人だし、離れて暮らしてた時期があった。単身赴任だと思う。前の母さんと一緒に新幹線に乗った記憶もちょっと残ってる。知り合ったのはその時なんじゃないだろうか。そして、今の家族になるきっかけも。
「ごめん」
「いいよ、兄ちゃんと兄弟になれたことは感謝してるから」
「似てないと思ったら義兄弟だったのですね」
「言ってなかったね、ごめん」
兄ちゃんが兄ちゃんになってくれてもう十七年、兄ちゃんがいない記憶なんてほぼほぼなくて、俺にとっては兄ちゃんが兄ちゃんでいてくれていることの方が当たり前だから。でも兄ちゃんも俺も元々は一人っ子だったはずだから、やっぱり親戚か、知り合いの子だと思う。あの母さんがやらかしてなければ、だけど。
「お兄ちゃん、学校この近くだから……その」
「そっか月ノ森だもんな、頑張れよ」
「……うんっ、お兄ちゃん大好き!」
「うわ、もう高校生だろ? 甘えんぼうがすぎるだろ」
「えへへ、いーの、もっとぎゅーってして」
うわっ、あざといが天元突破してる。つぐみの純真も、ひまりの小悪魔も、花音さんの色香も、パレオの特性もあざとかわいいと思ったけど、これはあざとい。近所のお兄ちゃんに甘えてきたクセで抱きつくってもうやばいでしょ。妹属性で殴りにきてる。しかもかわいいんだから余計に強い。
「私、おっぱいおっきくなったでしょ? ほらほら♪」
「やめろってましろ」
──前言撤回、これ兄妹愛とかじゃねぇわ。女だ、俺でもわかる。お兄ちゃんとか口で言いつつバリバリ兄ちゃんのことを男として見てる。あわよくばカノジョポジに収まろうとするムーブしてる。それが間違いじゃないことをひまりやパレオの反応でも察した。ああこういうパターンねと。
「ふ、ふ──ふしだらすぎるよ浩介さんっ!」
「わ、つぐ!」
「つぐみ!?」
「あーあ」
「あーあ、でございますね」
それに対して我慢できなくなったのは、やはりというべきかつぐみだった。言っていいよつぐみ、俺も流石にどうやって問い詰めようか考えてたレベルだけど。それにしても、兄ちゃんがこんなに女の子に対してルーズだなんて思わなかった、なんだろう割とショック受けてる。
「お前ら……いつから」
「そちらの子を家に招き入れた時、だそうですよ?」
「お兄ちゃん、なにこの人たち……」
急に肉食獣から小動物に戻りやがった。中々どうして強かな女の子だってことはよくわかった。
怒りのつぐみと俺、そして興味のひまりとパレオによる尋問が始まろうとしていた。これは嫉妬だ。兄ちゃんは俺の兄ちゃんであってお前のお兄ちゃんではない!