兄ちゃんの誕生日から、そしてひまりの告白から一夜が明けた。
告白、と言ってもそれでひまりの態度に大きな変化があるわけじゃない。なにせ前々からひまりはアクセル全開で、俺への気持ちを全面に押し出していたんだから。
──じゃなくて、今日はひまりのことばっかり考えてたらきっと彼女に怒られるだろう。
「シュウさん、お待たせ……ちょっと二度寝しちゃって」
「あのタイミングで二度寝出来るのすごいね」
「えへへ」
「褒めてないからね」
その動きと服装で一旦家に帰った理由、直前に二葉と桐ヶ谷さんに呼び出されていた理由、そのどちらにも納得させられた。
ファッションデザイナーもしている桐ヶ谷さんの呼び出しだ、可能性がなかったわけではない。でもそうだと思わされたのは普段のましろの服装とは系統が違うと感じたことだった。
「服、新しいやつ?」
「え……うん、透子ちゃんが選んでくれたんだ」
「やっぱり」
「ど、どうかな……シュウさん的には」
流石に自己肯定の鬼であろう桐ヶ谷さんに褒められたんだろうか、自分的には似合うと思って着ているらしい。普段はほとんどワンピースだから、雰囲気を変えろとでも言われたんだろうか。なんとなく桐ヶ谷さんのドヤ顔が思い浮かんだけど。
乳白色のロングカーディガンに白の、シャツはシャツなんだけどなんというかちょっとチャイナ風? ネック周りがちょっと高くてボタンがやや左に寄ってる白いシャツに秋らしいカーキの膝上のボトムス。黒のローファーはヒールがいつもより高いのかましろの位置もわずかに高い。
「似合ってる……かわいいって俺は思った」
「……よかった、透子ちゃんがね、ワンピースよりもこっちって」
「動くからね」
「ん、下着晒すことになって恥かくぞって言われた」
「ちょっと風強いし、桐ヶ谷さん的には絶叫乗るかもって思われたんじゃない?」
そう言うとましろは首を勢いよく横に振って否定した。そうだよね、ましろがジェットコースター乗るとは到底考えられないんだよな。けど遊園地という雰囲気は好きなようで、どこに何があるかという話を電車の中で早速前のめりに教えてくれる。こういう時のましろはまさしく妹って感じだ。
「観覧車とか、メリーゴーランドなら乗りたいな」
「ショーもあるみたいだよ」
「いいな、それも見たい」
妹、そう妹と表現するが実際は一つしか年の離れていない異性であって、しかも本人が割りと無自覚なのか自信がないのかわかんないけど実はスタイルも悪くない、どころかいい方だし童顔っぽいけど美少女なんだ。だからくっつかれると当然ドキドキしてしまう。
しかもタイミングもね、ひまりからのあれこれがあった後だと余計に意識してしまう。そんなことを考えていると、俺の思考が筒抜けになったのかピタっと動きが止まってちょっと離れてから話題が変わった。
「でね、ちょっと髪伸びてたから髪型変えたらって言われてたんだけどさ」
「結局いつも通りというかむしろ切ったよね」
「誕生日会の前にね」
「どうして?」
訊ねると広町さんがリモート参加していたらしく髪型の案をいくつか出していたのだとその絵を見せてもらった。ささっと書いただけと本人は言うがそれでもとんでもない完成度なのはツッコんではいけないらしい。
その中で桐ヶ谷さんがおすすめした髪型が──おさげだったとか。
「だったら、切っていつものにするって」
「……だったら」
「うん」
おさげを選ぶくらいなら、というニュアンスに感じるし多分、実際にそうなんだろう。
それがましろにとってどれほど意図していたかは解らないが俺は
以前、というか少し前の俺だったら実はましろってひまりが苦手だったのかなとか、嫌ってるのかとか心配しただろう。いや実際にましろはひまりがちょっと苦手なところはある気がする。流石に結構な間顔を合わせるから慣れてるってだけで。
「ましろ」
「なに?」
「今日はいつも以上に、なんでも言ってくれていいよ」
「──うん」
だから俺は、少しだけ気づいたことがある。あれだけまっすぐに好意を、好きって気持ちを気づけなかった俺だから今更だって言われるだろうけど、ひまりが最初に好きと言ってくれて俺は気づいてしまった。
そんなひまりを意識している人が俺の周囲にはいるってこと。ひまりが夏休みの後半をほぼ埋めたことで、振り返れば露骨だった人。バイトの件で相談した時に少しだけ零してくれたあの一言も、夜空を見上げてぽつりと零した一言も、全部がそう。
上原ひまりという人物の行動に触発されて動きがある。浮き彫りになっていっていたんだ。
「シュウさん?」
「いや……そろそろ降りる準備をしようか」
「うん!」
そこまで考えて、俺って結構やばいことをしているんじゃないだろうかと改めて思わされる。
いや俺の勘違いで、ましろは元々甘えたがりな性格だから甘えようとしたらひまりに邪魔されてたとか言うかもしれない。それにひまりへの対抗意識も何もなくもっとも甘えたがりなやつを俺は知ってるから、あの存在とひまりが俺の頭と鈍さを加速させているんではないだろうか、もしそうなら恨むぞパレオ。
「わぁ……!」
パレオへの恨み言を心の中で呟いていたところでましろの感嘆に同じ方を見上げる。
ここは寂れていたところをハロハピが立て直したという伝説の……伝説の? 遊園地らしい。パレードや塗装の塗り替えなどを手伝い、そして今じゃファンの中でも半ば聖地のような扱いになっており、コラボグッズも発売されている。
「初めて来た……!」
「俺も、花音さんに紹介されて来たんだけど」
「すごいよね、まるでテーマパークみたい」
「本当にね」
ましろの興奮も解る気がする。というかましろはミッシェルが好きらしくて、至るところにマスコットとして起用されてるミッシェルのグッズなんかに目を輝かせていた。
俺としてはちょっと前にそのミッシェルの正体と知り合ってしまってるからここではしゃぐとなんか嫌な顔をされそうだなぁと苦笑いしてしまった。
「美咲さんのこと?」
「ああ、ましろも知ってたんだ」
「うん、カッコいいよね」
「……まぁ、カッコいい人ではある」
イケメンムーブはたしかにしてる。俺がなんかミスしそうになるとさり気なくフォローしてくれるし、しかもあの格好で演奏はハチャメチャに上手いと来たもんだから今では新しい師匠って感じだ。
というかハロハピはみんな個々人の能力に拠るパフォーマンスが多い。意外なことなんだけど、ましろのいるモニカとは違ってどちらかというとRASやRoseliaに近いんだよね。
「なんだろう……個性の差?」
「いや、モニカも十分個性的じゃない?」
「そうじゃなくて……五人がじゃれあうっていうか……足並みを揃えてるってよりは思いのままにはしゃいでるみたいな」
「それを花音さんとミッシェルがバンドって形にしてるのかな」
「……うん」
確かに前にいるのは通称三バカのみなさんだからね。特に瀬田薫さんとこころさん、弦巻こころの天性のカリスマのような人を惹きつける才能とはぐみの嗅覚が織りなすのはハーモニーというよりはサーカスやお祭りのような、計画性のない遊びのような感じなんだろうね。実際に楽譜見せてもらったけどびっくりするくらい難しいんだよねハロハピって。
「あのバンドが崩壊してないのは……三人がミッシェルを中心に自然と集まるから、なんだよね」
「うん……いや流石だねましろの感性は」
「え……あ、そ、そう?」
「そうだよ、ましろは耳がいいって常々思う」
「耳がいい……?」
「的確に、音楽を変換出来る力があるから、すごく助かってるよ」
「ん……見つけてくれたのは、シュウさんだよ?」
ましろは音楽を聴覚だけで感じ取ってはいないとは常々感じていたけど、八潮さんや兄ちゃんのアドバイスで色々と深掘りしていった結果、彼女は視覚というか景色で音楽を感じ取っていることが解った。これは間違いなく天性の才能であって、表現力という分野においては兄ちゃんすらも越えている逸材だと思う。
「モニカのみんなもね、私の景色なら確実に届けられるって信じてくれてるんだ……だから」
「ん?」
「シュウさんが、ボーカルに勧誘してくれて、すっごく感謝してる」
「どういたしまして」
「えへへ、あっ……メリーゴーランド」
「乗る?」
「うんっ」
きっと、いや間違いなくましろは俺がなにか手を差し伸べなくても、いつかは自分の手で「特別」っていう光を見つけるためにその才能を使っただろう──なんて野暮なことは言わない。そんなことを考えるよりも、素直に受け取った方が感謝してくれる彼女も喜んでくれるだろうから。
白馬に乗ったとしても、馬車に乗り込んだとしても、俺は王子様にも魔法使いにも成れはしないけど、一緒に悩んで一緒に笑って、一緒に音楽を、バンドをする。そうやって俺とましろは今の関係を作り上げてきたんだから。
「あー、楽しかった」
「何回も乗っても飽きないんだもん、びっくりだよ」
「観覧車も乗ろうよ」
「聞けよ……まぁいいけどさ」
途中でパレードショーやご飯の時間も挟んだけど、ましろはずっとメリーゴーランドをヘビロテしていた。
そして日が傾き始めたところでようやく別の、観覧車に乗ろうと言ってくれたためちょっとだけほっとしつつ観覧車に乗り込んでいく。週末ということやハロハピがメインということもあり子ども連れの親子が多いみたいだけど、夕方が近くなってくると何故かカップルが目につくようになる。
「ライトアップが綺麗だから……じゃないかな、よくわかんないけど……」
「なるほど、それで夜はデートスポットになると」
ハロハピのことだから意図してるのかしてないのかわかんないけど素晴らしい発想だと思う。いや意図してないな、キラキラしたらキレイだからとか言ってそうまである。間違いなくロマンチックな人はあの中にいない。花音さんも含めて全員がそうなんだからもうしょうがない。
「その時間よりは前に……なっちゃいそうだね」
「そうだね……流石に帰らないと」
「だよね」
ちょっと落ち込み気味にましろは窓の外を見つつ息を吐いた。向かい合わせではなく隣に来て、ソファのように甘えて来てるのはもはやツッコむ気力もない。人目がつかなくなったことで甘えたくなったんだろうと判断し俺もなすがままという状態だった。
しばらく無言で甘えていたましろだったが、頂上が近づいたところで、少し距離を取ってじっと目を合わせてくる。吸い込まれそうな大きな瞳が、いつもは揺れる大きな瞳にじっと見つめられ俺は首をかしげてしまう。
「やっぱり、シュウさんだった」
「何が?」
「こういうシチュエーション、デートに行く相手が」
「……兄ちゃんじゃなくて」
「お兄ちゃんは、行こうって言っても一緒には行ってくれない」
「まぁそりゃそうだけど」
「だから自然と、デートするって考えると隣にいるのはお兄ちゃんじゃなくて、シュウさんだった」
そこにはあざとさとか、妹っぽい甘えとかの一切籠もっていない──けど、確実に俺の知ってるましろの言葉だった。
同時に俺は理解してしまった。八潮さんと兄ちゃんが付き合ってると知った時、その姿になんだか別の落胆をしていたましろの本当の言葉が、あの夜に甘えてきた本当の理由を。
「瑠唯さんとお兄ちゃんの二人を見た時に、私が思い描いてたその姿は──お兄ちゃんじゃなかった」
「……ましろ」
「正直ね、軽蔑されてもおかしくないと思う……怒っていいし、酷いこと言っても、泣いちゃうけど、しょうがないって思う」
そう言いつつも、迷いか羞恥か、それとも感極まってしまっているのか、ましろの瞳がうるんでいく。淡い色の宝石のような瞳から透明な水晶が今にも零れそうになりながら、それでも、目尻が濡れるよりも先にましろはその言葉をはっきりと俺に伝えてくれた。
「──でも、もう我慢できない。できなかった……私は、シュウさんのこと、いつの間にか好きに、なっちゃってた」
「好き……ましろが、俺を」
「うん……好き」
ましろの限界はそこで訪れたようで、涙を浮かべながら俺に抱きついてくる。
内弁慶で、妹のようだと言い聞かせてきた彼女はいつからか兄ちゃんへの想いではなくて、俺への想いを募らせていた。そこに俺はなんの答えも出せないまま、ゆっくりと観覧車が降りていくまでましろの嗚咽を受け止めて撫でることしかできなかった。
「ごめん……」
「いいよ、ましろの本気というか……冗談でもなんでもなく俺だったんだなってのは伝わったから」
「ううん、シュウさんの服べちょべちょにしちゃった」
「……それは謝ってくれ」
「鼻水もちょっと出た」
「言わんでいいし、別に怒ったりしない」
「えへへ……好き」
語彙力がイカれたのか、溜まっていたものを吐き出したせいで決壊しちゃったのかしきりに「好き」と笑顔で言われて俺もいつも以上にましろを意識してしまう。
けど、それに対して俺は何も答えてあげられない。そんな優柔不断というか、最悪のムーブをかましているというのにましろはいつものあどけない笑顔で首を横に振った。
「いいよ、シュウさんモテモテだもん」
「……周知の事実だったのか」
「私が思ってるのはパレオさんとひまりさんだけど、花音さんとつぐみさんもグイグイ来てるよね」
「共通認識なんだな……本当に」
どうやらましろの爆弾発言によるとひまりは前から俺以外にはちょくちょく好意を打ち明けていたらしい。
後はましろもパレオにはそのことを伝えていたらしく、段々と自分がどういう状況なのかを把握し始めていた。