まさかの短い期間に二人の告白を受けた俺は何も言えないから待たせるという最悪の結果になったものの結局のところ、ましろとしてもすぐに返事が欲しかったわけではなかったことが幸いし、甘えさせてもらうことにした。
ただし、隠していたことを暴露してもう隠さなくていいと解ったせいかましろは帰り道も終始でろでろに甘えてくる状態だった。
「それでオレに来たってわけか」
「まぁここで相談出来る人他にいないし……」
「確かにな……けど、やっぱお前はオレのこと悪く言えねぇよ、シュウ」
「……それはそう」
高校時代モテモテだった兄ちゃんのことをやっかんでた時期もあったけど、いざこうなると俺も同じということで、このモテ期に困ってしまうところも含めてどこまでも似たもの義兄弟なのかもしれない。
──俺の悩みは、すごく嫌な言い方になっちゃうんだけどひまりは最悪の場合泣かせて絶交になってもプライベートだけの関係で、悲しいし寂しいし、きっと困ることがたくさんあるんだけど立ち直ろうと思えば大丈夫だと思う。
でも、問題はましろが絶交を宣言した場合だ。ましろと俺はプライベートだけじゃなくて動画配信というビジネスの繋がりを持ってる。そこが断たれるというのは文字通りの死活問題となる。
「職場恋愛が非推奨な理由がちょっとだけわかったよ」
「ちょっと特殊だけどな」
「……でもこんなのまだ序の口で、もしかしたらましろとひまりだけじゃないんじゃないかって言うのが最大の問題」
「オレからは敢えて何も言わねぇけど、覚悟はした方がいい」
兄ちゃんの反応からしてもこれで終わることはないんだろうと感じてうなずく。
パレオと花音さん、この二人もまたプライベートだけじゃない関わりができてしまった二人だ。パレオは動画配信のアシスタントとして、花音さんは短期という予定ではあるもののバイト先のドラマーなわけだし。
「そういう仕事の優先度でフる相手は選ぶなよ……余計なお世話だろうがな」
「解ってるよ、そんなの」
「ならいいんだよ」
頭を撫でられ、肩を叩かれ俺は力なく笑うことしか出来なかった。
兄ちゃんは敢えて何も言わない。まぁ言い方は非常に悪いけど兄ちゃんはそういう恋愛ごとで失敗してきたクチだから何も言えないのかもしれない。
結局何も、するわけない解決を期待していたわけでもないけど。そのままバイトへと向かっていく。当然、様子が違うことを隠しきれるわけもなく、花音さんに相談するという悪手を打ってしまうんだけど。
「──そう、そっか。ひまりちゃんだけじゃなくて、ましろちゃんまで」
「はい」
「そっかぁ……」
相談未満の、報告めいたものを聞かされた花音さんは下を向くようにして俺かから目をそらした。その雰囲気に俺もまた気まずくなってしまう。
花音さんにとってこの事実、報告はどういう影響を与えるんだろうか。
「ひまりちゃんはね、浩介さんの誕生日会の後に本人から聞いてたんだけど」
「そうだったんですか……というか共有してたんですね、そういうの」
「抜け駆けとか、そういう嫌な方の駆け引きはしたくなかったから……だと思う。ひまりちゃんも、私も」
「あれだけ一緒にいましたからね」
「うん」
同じバイト先ということもあってか知り合う前からそこそこ仲のよかったひまりと花音さん、そして二人ともいろんな意味で素直でまっすぐな人だからいざ恋のライバル、恋敵になったとしてもお互いを嫌い合うことなんてできなかった──って、あれ?
花音さん、ひょっとして今爆弾発言してるの気づいてないのでは?
「あの、花音さん?」
「ん?」
「えっと、その」
「私は相談に乗ってあげられないよ、そういうのはシュウくんが決めることだから」
「ええ、はい……ひょっとして兄ちゃんにも色々と相談してました?」
「うん、そこで私はひまりちゃんの気持ちも知ってね、私から話しかけたのが始まりなんだ」
あ、この人絶対口が滑ったんだなと思わせるには十分すぎるほどにあっさりと情報が流れてくる。
どうしたもんか、俺がぶり返してしまっていいんだろうかと悩んでいると、花音さんは寂しそうな笑顔を浮かべて俺の腕にしがみつくような形で彼女なりの覚悟を伝えてくれる。
「──どっちにするにしても、シュウくんが今はどっちも応えられないって言っても、私は……シュウくんの味方だからね」
「花音さん」
「なぁに?」
「そうじゃなくて……ひまりと共有してたんですね、お互いに俺のことが好きってこと」
「うん、ひまりちゃんも私も、シュウくんが好き──あ」
「気づきました? 」
「ふ、ふぇえ……あ、あ、あの……今のは、違っ……違うわけじゃ、ないけど……違って……!」
わたわたと右往左往、涙目で顔を真っ赤にして慌てている。これは迷子で二進も三進もいかなくなった時よりも慌ててる気がするね。俺が落ち着かせようとして肩を掴むと余計に耳まで真っ赤になられてしまって俺も慌てて手を離してしまう。
花音さんが再起動したのはそれから数分経過し、俺の肩辺りに顔を埋めながらだった。
「……シュウくんが、好きです」
「はい、受け止めました」
「こんな風に、言うつもりなかったのに……ちゃんと、デートして、そこでちゃんと言葉にしようと思ったのに……」
「まぁ伝わったので、花音さんの気持ちが……すごく大きくて、俺のことを考えてくれてたんだなぁって」
「ふえぇ……急に、そういうのは……ダメ」
更に抱きつかれてしまって俺の精神衛生もよろしくないことには気づいてもらえないんだろうか。花音さんからしたらパレオとかましろとかとのハグと変わらないと思うでしょうが、実は相手が自称ペット兼メイドと妹だと思っていた相手とお姉さんとしての意識が強くて割に一挙一投足にドギマギしていた相手ではレベルが違うんだよ。
「ドキドキ、させないで……」
「すいません……謝るので離れてもらえますでしょうか」
「……それは」
そうだった。このお姉さん、ましろに負けず劣らず案外強かなところあって腕組む時も絶対俺が何言っても離してくれなかったんだよな。今思えば俺をドキドキさせるとかいうより自分が恋人気分を味わいたいとかそういう狙いだったんだと思う。あざといしかわいいんだよな、こういう時の花音さんは本当に。
「しばらく……このままでいさせて」
「……はい」
「ふふ、ダメだよ? そうやっていい顔しちゃうから、困っちゃうんだよ?」
「困ったとしても、俺にとっては花音さんも大切な人です」
「女誑しだね」
「すいません」
「ダメ、許してあげない……♪」
その言葉通り、花音さんはきっと俺を許してはくれないだろう。こうやって抱きしめてしまえるのに、お互いの体温や鼓動すらも感じることが出来る距離にいるのに、その距離に許しているのに、俺は花音さんの告白に付き合いましょうともごめんなさいとも言えずにいるんだから。
なにより、花音さんのぬくもりを幸せと思う自分がいるんだから、花音さんは俺を許してなんてくれない。少なくとも、花音さんが俺に顔を埋めて、幸せだと感じている間は絶対に。
「悩んでもいいと思うよ」
「……悩んでも、ですか?」
「シュウくんは、ましろちゃんもひまりちゃんも、恋人にしたくないわけじゃないんでしょ?」
「それは……不誠実な話ですけど、花音さんも」
「うん、ちょっとくらいは考えてくれてるんだろうなぁ……っていうのは、感じてたんだ」
「考えてないですよ、なんにも……こんなことになるなんて」
「ううん、そうじゃなくて──恋人だったら、どうなるんだろうって」
「……それは、まぁ、そうですね」
完全に再起動した花音さんも俺もその後は問題なく関わることが出来て、いつもの帰り道で花音さんはいつもよりも密着して腕を組みながら俺の相談の続きを話してくれる。
きっと、心の奥底では私を選んでほしい、私に好きと言ってほしいという気持ちが渦巻いているのだろう。だから気まずくて返事が曖昧になっていても、花音さんは逃してはくれない。
「どうだった、シュウくん的に、告白してくれた子と恋人になったらどうなるって考えてた?」
「それ、新手の拷問ですよ」
「いいから」
「……ひまりは、変わんないんだろうなって。友達から恋人になるだけで普段の態度は絶対にあのままだろうって」
「そうだろうね、でもきっともっと近づいてくれると思うな」
「ましろは、どうなんだろう……あいつ、甘えん坊で子どもみたいだから、恋人になったらいちいち色々恥ずかしがりそうだし、ちょっとしたことで落ち込みそうだなって」
何をしゃべらされているんだろうか。今すぐ走って逃げたいけど腕はガッチリホールドされてるし、このまま花音さんを置いていって迷子になられて、万が一事件に巻き込まれようものなら俺は一生後悔することになりそうなので逃げられない。
ひまりとましろの話をしたら、最後は本人の前で本人との恋人妄想を暴露しなきゃいけないのが一番の拷問だよ。
「花音さんは……正直、わからなかったです」
「わからなかった?」
「デートの時と変わんないのか、それとも恋人相手だと態度が違うのかな、とか……色々考えてはいたんですけど」
「答えは出なかった?」
「はい」
「恋人相手だと違う、としたら?」
「──それは」
モヤモヤする。それが、最初に頭の中に浮かんで自分でもびっくりした。こんなのもう既にカレシ面みたいなもので、花音さんが本命の相手とのデートだともっとかわいくなったり、もしくは大人な雰囲気を出したりすることに俺は関係ないはずなのに、胸がチクリと小さな針で刺されたような痛みがした。
「そんな悪い女の子じゃないよ」
「……ですよね」
「腕を組んじゃうのも、デートに行くのも、シュウくんと恋人みたいになれてはしゃいでるだけなんだよ」
「花音さん」
脳裏に、これまでの花音さんが浮かんでくる。迷子になって俺が見つけた時に嬉しそうな顔をしていた、優しい顔で俺を見ていた、デートの時はすごくはしゃいでいて、そのくせ手は離さなかった、いつの間にか二人の帰り道の時は必ず腕を組んでいた。
その全部が、俺と恋人になりたいという気持ちで、好きって気持ちで構成されていたのだと知って、安心した。
「でもね、時々思うんだ」
「何がですか?」
「私って、悪い女の子じゃないけど……ずるいのかなって」
「──え」
意外な言葉に驚き花音さんの方を向いた時にはもう、花音さんの潤んだ瞳が閉じられて、顔の距離は避けることの出来ないほどに近づいていた。
つま先立ちの前のめりというバランスの悪くなってしまった花音さんを思わず腰を抱き受け止めて、一秒、二秒、そのくらいの僅かな時間が永遠に感じるような感覚がした。
「な……なにして」
「ほら……意識してくれた」
「花音さん……?」
「ひまりちゃんよりも、ましろちゃんよりも、今シュウくんの心にいるのは……私でしょ?」
唇が離れて、微笑む花音さんにまるで毒を注ぎ込まれたように、身体が熱くなる感覚がした。
恥じらいなのか、頬が少し朱色に染まっていて、紫の瞳がやや潤んでいるのが扇状的でキレイだと思うと目が離せなくなってしまった。花音さんの言う通り今の俺の心の中にいるのは目の前で微笑む彼女だけだった。
「……ふえぇ、見つめすぎだよ……」
「あ、す、すみません……!」
「……もう一回、キスしたくなっちゃう」
先程の花音さんの質問に対して答えられなくなったまま家の前で別れたけれど、俺は胸中にその答えを持っていた。
きっと花音さんはいつものデートの最中と恋人とするデートでは決定的に違うことがあると思う。彼女はずっと、我慢していた気がしてならない。
ひまりの気持ちを知っているから、ここでずるい自分が行動を起こせば、あの雰囲気を最初から出していれば俺とひまりの関係を壊すって気づいていたんじゃないか──俺にはそう感じられた。
Q.なんで花音さんは結局こうなるの?
A.クラゲが肉食だから