恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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ひまり⑩:嫉妬

 兄ちゃんの誕生日から始まった関係の変化、ひまりの気持ちに気づいてから始まった急速な変化の中にあっても俺の日常は続いていく。ひまりは元々変わらないこともあり、俺が意識してしまうところ以外はなんにも変化がない。

 ましろも言ったことですっきりした部分があったのか前にも増して甘えてくることが増えた。

 そんな中で花音さんだけは、唯一遠慮なく本気を出してきたという印象が強かった。

 

「なるほど……花音さんが」

「ひまりは知ってたんだよね、花音さんが俺のこと」

 

 花音さんに告白されてから数日、俺は学校が終わってからひまりとスタジオにいた。告白されてから始めての二人きりに意識したのはほんの一瞬のことで用意していたジュースとお菓子を食べつつのいつもの態度になんだか力が抜けた。

 本当にひまりは変わらないんだなと安心したくらいだ。

 

「うん、察してたよ」

「……察してた?」

「うん」

 

 あれぇ、花音さんの言ってることと違うなぁということはあったけどひまりは花音さんに直接好きってことを言っていて、ひまりは直接は知らなかったということらしい。それだけひた隠しにしてきたってことか。ひまりも察してたから隠せてはないんだろうけど。

 考えてみれば思い当たるフシはある。ひまりと夏休みを過ごしていたすぐ後に動き出したこととかその時に、私が最初に趣味の話をしてたのに、みたいなこと言ってたこととか。

 

「花音さん的にはさ、バランスを保ってたんだろうね」

「それは俺も思った」

「なんだかその気になればシュウの気持ちを奪えますよ〜みたいでムカつくけどっ!」

「でも逆を返せば取り繕うことも出来なくなってきてるんじゃない?」

「……他人事っぽく言ってるけど、シュウの取り合いだからねこれ」

 

 それはそうなんだけど、妙に現実感がないんだよね。原因の一端がひまりとこうして駄弁ってることなんだけど。

 ひまりはましろの告白にもやっぱりかぁというようなニュアンスのことを言っていたし、おそらくだけど全部を察していた感じはする。それを言わないところはひまりも十分余裕があったということでは。

 

「ま、夏休みくらいまではね」

「そうだったんだ」

「だって、それまでデートしてたの私とでしょ」

「……ああ、確かにね」

 

 ひまりはそう言うとやっぱり水着とか浴衣でデートとかしとくべきだったかぁと後悔を口にしつつポテチをつまんでいく。後悔と一緒に口に運んでくれ。

 後、ひまりとプールデートなんて当時でも色々と大変そうだからなくてほっとしてるよ俺は。

 

「大変そうって、理性が?」

「絶対くっついてくるくせに」

「じゃないと意識してくれないじゃん、むっつり」

「むっつりって何?」

 

 後はナンパとかされてそうだなみたいな、小さなところなら大丈夫だけどひまりの口からナイトプールがとか出始めたからやっぱりそんなデートしなくてよかったと心の底から安堵した。ところでむっつりは言い過ぎだと思うし、意識してほしいからって胸とか押し付けてくるのよくないと思う、ひまりも花音さんも。

 

「ほら、えっちな雰囲気になったら……気づいてくれるかなとか」

「近道しようとして結果的に遠回りになってるね」

「後は、あれ! 私ばっかりシュウにドキドキするのはずるいから仕返しだもん!」

 

 いつもの如くひまりが頬を膨らませたため宥める時間がありつつ、結局は気持ちを知る前と変わらない時間が流れていく。多分、ひまりはひまりが考える恋人っぽい時間を少しでも俺と過ごそうとしていたんだろう。ソファで肩に頭を乗せてきて時折スマホを見せてきて、腕を抱き込んでみたり太ももに寝転がってみたりとやりたい放題だ。

 

「……あんまり、待たせないでね」

「ひまり?」

「こんな風に受け入れられちゃうとさ……期待しちゃうんだから」

「解ってる……ごめん」

「解ってるならいいけど、シュウは嫌じゃない? 付き合ってもない女の子にこんなにベタベタされて」

「……ひまりだからなぁ」

 

 そりゃあ、俺だって人を選んではいるつもりだ。例えば、だけどはぐみちゃんにこんなことされたらちょっとは警戒する。相手があのはぐみちゃんでも、流石に。

 でも逆に言うとましろやパレオにこうされても俺は受け入れると思う。それは、きっとひまりにとって気分のいい話じゃないだろうけど。

 

「そりゃあね、嫉妬くらいするよ」

「思えばひまりは結構ヤキモチ妬いてくれてたよね」

「……今更気づかなくてもよくない?」

「そう言われてもなぁ」

 

 ましろやパレオの登場の時から少し妬いてたような感じはする。いやその前に花音さんからの嫉妬もよく感じてたなそういえば、本当に花音さんはいつから好きでいてくれたのか全然わからない。

 ひまりはほら、多分最初のデートの時だなぁってのはなんとなく気づいてる。

 

「急に距離詰めてるからね」

「自分で言うんだ」

「しょうがない、でもちょっと前から気になってはいたんだよね」

「趣味仲間として?」

「それだけで無遠慮に男子誘わないよ、私だって」

 

 その前に散々、つぐみと兄ちゃんをくっつける作戦会議をしてたから俺としては誘われるか、くらいのテンションだったけどね。

 ──そしてどうしようもなく、俺とひまりの話は尽きなかった。過去のことを語り合って、ふと人気店のスイーツの投稿をSNSで見かけて俺に見せてきて、近くだからと一緒に行くことになる。ついでにその日にバンドのライブやってるかを調べるのもいつもの動きだ。

 

「ワンドルはね、最近いいコネをゲットしたからさ」

「コネ、知り合いでも出来た?」

「リサ先輩」

「……へぇ、あの人ってワンドルと知り合いなんだ」

「カンベさんと幼馴染なんだって、後カレシがトーマさん」

「カレシかぁ」

 

 というか今井リサさんは知り合いを作る天才なんだろうか、ガールズバンドだけじゃなくてまさかワンドルまで守備範囲とは恐れ入った。そんな話題に流されて結局、またデートの予定が立ってしまうのはもう、俺にはどうしようもないみたいだ。

 けど、日常の中にも確かに変化はあって。

 

「……今日は、誰か来る予定ある?」

「今のところはないよ」

「そっか……じゃあ、お兄さん帰ってくるまで」

「はいはい」

 

 ひまりは二人きり、本当に雑多な他人の目すらない完全な二人きりの時は甘ったるい雰囲気を出してくるようになった。

 何も飾らないラフなひまりによる飾らないままの好きを前面に出したその破壊力はおそらくだが誰にも耐えられるものじゃないだろう。されるがままひまりのふわっとした髪を撫でることも、その柔らかさに耐えることも、これから何度もある日常になりそうだという予感がしていた。

 

「……ひまり」

「悪いやつだよ、シュウは」

「そうかな」

「だって、こういうこと、他の女の子にされても許しちゃうもん」

「そうだね」

 

 さっきはひまりだから、とは言ったけど、ましろやパレオはもはや日常の一部として甘えられることが組み込まれているし花音さんからのアプローチもなんだかんだと押し切られるという嫌な自信ならある。そんな彼女達と同等くらいに関わってきたつぐみがしてきたと想像すると──それはいけないことだと思う。うん、つぐみはまた別の意味でダメだと思うなこれ。

 

「もっとドキドキしろ……バカ」

「してるって」

「ちょ、ちょっとくらいなら……えっちなことしても」

「発想がましろレベル」

「んなっ、シュウ!」

 

 俺の言葉に思い当たるところがあったようでひまりもあんまり言い返すことが出来ず、その正論への怒りからか頬を膨らませてかわいらしく肩を叩いてくる。痛くないように叩いてくるところがあざとかわいいところだと思う。

 ところでそういう誘惑はせめて俺が優柔不断でなくなってからしてほしい。俺は兄ちゃんのように意思を固くは出来ないからね。

 

「……なんで」

「兄ちゃんがましろを躱せたのは意識してなかったからだよ」

「──あ、う……そ、そういうの、素直に言うのは、ずる……バカ、えっち」

「最初に色仕掛けしてきたひまりが言うの?」

「う、る、さい!」

 

 本人としても捨て身、というかそこまで覚悟がある言葉じゃなくて俺をドキドキさせたい一心なんだろう。できっこないけど万が一ここで俺が押し倒しでもしたら頬を張り飛ばされる予感がする。ひまりはそういうやつだって安心感がある。

 だからこそ、俺もひまりをこの距離まで近づけさせられるんだろうな。

 

「じゃあね、シュウ! 来週末は予定を空けておくこと!」

「解ってるよ、またいつでも来てね」

「……ばかっ!」

「なんで?」

「実はシュウ、わざと私で遊んでるでしょ!」

「そんなことないよ」

 

 なんのことだろうか、と本気で首をひねると暗闇の中であっても解る程度にひまりは照れと怒りをあわせたような口調と顔でもう一度だけ「ばかっ!」とだけ言って家に入っていった。

 解らないけど、ひまりらしくて、そんなひまりと同じ関係でいられる日の終わりを少しさみしく感じていた。

 

「どっち道……だよな、きっと」

 

 ひまりから告白されている以上、彼女から見れば俺との関係は俺の返事によって変わってしまう。

 応えれば、俺はひまりの恋人として今までとは違った態度を求められる。今の俺はお世辞にも恋人としてひまりを大事に出来るかと言われたら自信のなさにため息を吐きたくなる。

 でも応えなければ、ひまりの恋はそこで終わる。それでも惰性のように関係を続けることは出来るけど、それは彼女に負担を強いるものにもなるだろう。ましてや俺が別の誰か、花音さんやましろを選べばその惰性の関係は恋人に対する酷い裏切り以外のなにものでもない。

 

「本当に、モテることがいいこととか限らないんだね」

 

 高校生の時の兄ちゃんの気持ちが今なら少しだけ解る。兄ちゃんに至ってはちゃんと付き合ってる人がいたのにも関わらずああしてたくさんの女の子からアプローチされる。それって、彼女さんの精神的にもよくないけど、それが解ってる兄ちゃんの精神にもよくなかったんだなぁと。俺には恋人はいないんだけど。

 そんな感傷と同情、でいいんだろうか、後悔に似た過去の気持ちを反省しつつ家に戻るとそこにはいるはずのないツインテールが待ちわびていたかのようにくるりと揺れた。

 

「修斗様!」

「……パレオ?」

「はい、本日はお一人だということで、我慢できずに来ちゃいました!」

「来ちゃいました……って、今日は」

「野暮なことは言わないでください」

 

 いや言うでしょ、あなたはここから離れたところで暮らしていて、そしてその時はただの中学生でしょうが。

 呆れつつも何言っても動くつもりはなさそうな彼女、パレオに対して俺は少しだけ息を吐いた。

 ひまりに応えるということは、他の誰かに応えるというのは、彼女を遠ざけることにもなる。それを嫌だなと思ってしまった自分の我儘さに、素直に嬉しいともありがとうとも言うことは出来ずにいた。

 

 

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