なんだかんだで、周囲が色んな思惑で騒がしくなる前は案外多かったパレオと二人という時間も、今では久しぶりと思えるものだった。特にパレオのいる週末はましろが高確率で来ていたから、基本的には三人というシチュエーションがデフォルトだった。ひまりも基本的にはつぐみと二人とかだったし、花音さんはその生態とお姉さん然とした姿のせいで俺から避けてるところはあった。
「どうかされたのですか?」
「あー、いや、うん……」
「月並みかもしれませんが、吐き出してしまったほうが案外、悩みというものは好転するかと」
「いやいや……これは吐き出せない系のやつだから」
幾ら今のパレオが自称従順なメイドと名乗っていても年下女子に恋愛相談をする気にはならない。俺の知り合いでかつ俺から連絡が取れる相手でそういうことを気軽に話せる異性は残念ながら上原ひまりに限定される。
しかし今回はそのひまりが当事者の一人だから余計にね。
「──先日の浩介さんのお誕生日会で、ひまりさんと何か話していらっしゃったようですけど」
「う、鋭い……まぁ、うん……その悩みを継続中なんだよ」
「でしたら確かに、修斗様がパレオに打ち明けられない理由は納得致しました」
「納得できちゃうことなんだ?」
俺がパレオに相談出来ない理由が年齢以上に、こう言ってしまっては自惚れなんだろうけど、彼女が明らかに俺への好感度が高いというのも起因している。幾らそれまで女性の心の機微に触れることのない生活を送っていたと言っても、ひまりや花音さん、ましろからの告白に、思えばちょこちょこ好意を向けられてたんだなぁと言われて気づくレベルの俺でも、そこは勘違いしていないと断言出来る。パレオは好感を持っていない相手に向けてこの屈託のない笑みは見せないし、自分から地毛を晒してまで甘えようとはしてこないはずだ。
「修斗様、パレオにお任せください」
「おまかせって……何を?」
「パレオは出来るメイドですから」
「いや、そう言われても」
だが、パレオは俺の制止なんて聞きもしないで俺をお風呂へと押し込んでいく。いささか強引な入浴を勧め、本人はお風呂はまだということもあり、まさか突入とかしてこないよね、と問いかけるとパレオは満面の笑みで否定してくれた。
「どちらかといえば、修斗様にはパレオのお風呂に侵入してあれやこれやしていただけないかと妄想する限りですね」
「ごめん、期待されると困るから先にお風呂入るね」
「そうしていただけるとパレオもオ──」
「──パレオ?」
「失言でした」
わざと失言したんだろうが、とツッコミを入れてから結局パレオの思惑通りだということにため息を吐いた。
入っている最中にお背中流そうとするメイドがいるわけもなく、ほっとしつつパレオを見送ってしまえばあとの流れはあまり変わらない毎日だ。
「んん……今日は声を出してもバレませんね」
「どこに向けて誤解を招こうとしてるんだろう」
「邪推に向けてです、
「ごめん、メイドになんか妙な意味乗せなかった?」
「いいえ、気の所為かと」
「俺に嘘なんて吐くの?」
「──っ、申し訳ございません……」
ごまかそうと抱きついてくるパレオの耳許で、イメージ的には花音さんが出す優しいけど圧を強めの口調で訊ねる。本人はメイドを自称しているためこれを言えば素直におしゃべりしてくれるかなぁくらいの軽い気持ちだったのに、パレオは肩を跳ねさせてか細い声で謝罪してくる。怒ってるわけじゃないのにちょっと悪いことしたかなと肩に埋もれていた顔を見た。
「パレオはご主人様に嘘を吐いた悪い子です……ですから、浅ましいメイドにお仕置きしてください……♡」
「なんで?」
パレオの顔は怖がっているわけではなく、むしろなんだか恍惚としていた。本気で意味がわからなくて困惑していると、やがてパレオは正気を取り戻したのか、けどまだ何かしらの余韻が残っているかのように先程より上がったような気がする体温を押し付けてくる。
「小説のシチュエーションに似ていて、思わず虚構と現実が曖昧になってしまいました」
「……リアクションしにくいこと言わないで」
「きゅんとしました」
「そのセリフ、普通は胸を押さえると思うんだけど」
ともあれ、別に怒られて落ち込んでるとかではなさそうなのは安心した。いや、この状況では別のことを心配したほうがいいかもしれないけど。
──けど、俺は知ってる。あれほどぶっ飛んだ言動が多いパレオだけれどまさか本気で俺を押し倒したり、強烈なスキンシップを取ろうとしないということも。おそらく俺が命令口調で言えば全てが瓦解しそうなことは置いておく。
「ご主人様につまみ食いをされるのは、メイド的にありです」
「もうちょっと自分を大事にしない?」
「大事に、ですか」
「うん、メイドとかペットとか名乗るけどさ、本当のパレオは普通の女の子なわけで……俺としてはもうちょっと対等な立場になってほしい時もあるんだよ」
「……パレオは、修斗様にとって普通の女の子ですか?」
いや普通かと問われると色々な状況を加味して普通じゃないと断言出来る。
けど、その普通じゃないっていうのは悪い意味じゃない。何かと俺をお世話しようと動き回るパレオも、RASのキーボードメイドとしてまばゆいばかりの笑顔で指を滑らせて腕を、足を、時には頭を振ってパフォーマンスをするパレオも、パスパレの話になるとひたすらに止まらなくなるパレオも、夜になると静かに甘えてくるパレオも、全部がかわいくて一緒にいて楽しいパレオの一部分だから。
「そんな……そんなこと、言ってはいけません」
「どうして」
「そんなことを言われてしまったら、わがままで浅ましい、ご主人様には到底見せてはいけない顔をしてしまいます。懐いてはいけない望みを抱いてしまいます」
「……いいんじゃないかな」
「え……?」
「そもそも俺、なぁなぁでなしくずし的に否定はしてないけど、パレオのことメイドだと思ってないし、ご主人様として主従を結んだ気はないんだよね」
「……そう、でしたね」
本人がすごく嬉しそうに、そして何度もアピールするせいでまぁわざわざ否定しなくてもいいか、って思ったくらい。あとは時々無意識に認めてる部分もあるけど、根本的には俺はパレオのことを従者だなんて思ってない。
ひまりや花音さん、ましろやつぐみと同じで、一緒に過ごす時間がとてつもなく充実していたから、友達ともまた違う、ましろともまたちょっと違った「家族」のようなつながりを俺はパレオに感じていた。
「なるほど、
「確かに飼い犬を家族って言うよね──ってそうじゃない。パレオは人間です」
「はい」
「人間飼ってるつもりもないからね」
「はい」
「解ってる?」
「……パレオは、私は……あなたにとって妹のような存在、ということですか?」
「妹、まぁそうなんだろうね」
ましろと同様のパーソナルスペースの侵入を許していたこともそう判断する材料になると思う。それになんと言ってもこうして家で一緒に過ごす時間が兄ちゃん以外で一番多いのはやっぱり休日ずっと一緒にいるパレオの方なんだよね。ましろがいない時、RASの練習が終わってすぐに動画編集を手伝ってくれて、アドバイスをくれて、家事なんかをバッチリしちゃう。そういう日常を過ごすと家族のような暖かさを感じるよね。
「妹……」
「それで、出来るメイドのパレオは俺の悩みをどうやって聞き出すつもりだったの?」
「それは……もうずっと伝えようとしているのですが……口が重たくなってしまったようで」
「その割にはよくしゃべってた気がするけど」
「照れ隠し、その言葉を回避しようと勝手に動いてしまうのです……意気地なしで、また何も言えずに、本当の私など出せずに俯いてしまうのかと、自嘲しているところです」
「なら、口を軽くするのは俺の方ってことなんだろうね」
彼女は十分に俺の気持ちを軽くしてくれている。その軽さは一時しのぎで、自分で結論をちゃんと出さないといけないことなんだけど、でも今はパレオの存在に救われてる。
──そして、そんなパレオにしてあげられることは重くなってしまう口を開いてあげることなんだと思う。
「兄ちゃんの誕生日会のあとにひまり、その後のデートでましろ、この間は花音さんにそれぞれ好きだって言われた」
「……三人も」
「うん、ひまりのことは察してたみたいだけど」
「はい……他のお二人まで、ということは悩みというのは自動販売機の前でジュースを選んでいる、どれにしようか、ということですか」
「いやそんな軽く三人の中から、なんて考えてないよ」
俺の中で三人への気持ちは同等、少なくとも今の俺はそう思ってる。でもまだ俺も三人のことが好きだなんて浮ついた気持ちを持ってない。むしろ三人とも大切な存在ではあるけど、付き合うだなんて考えてこなかった。最近は流石に恋人になったらどうなんだろうみたいなことを考えることは増えたけど、恋愛感情だって断言は出来ない。
「だから、三人には待ってほしいって言ってる。嫌いじゃないし、告白されて嫌じゃなかった、けど恋人として好きだって気持ちをまっすぐ伝えることは出来ないし、それは嘘になっちゃうから」
「それを……私に言って、私はどうしたらいいんでしょうか」
「それは、俺にも解らないけど……俺がパレオに言えなかったことはそういうことなんだ」
そういうとパレオはまた俯いた。
リアクションから察することが出来るのはパレオが言いたいこと、きっとそれは本意ではなかったんじゃないだろうか。ひまりのことだけを察していて、俺が相談しそうなことはさておきまず一人の女性に告白されて、それがひまりだとするならパレオが訊こうとした質問はきっと「ひまりさんとお付き合いすることにしたんですか?」だろう。それがパレオは言えなかった。どうしても、ごまかしたいくらいほどに口が重たくなっていた。
「き、きっと……誰とお付き合いしても、修斗様は幸せに過ごせると思います。過去に浩介さんを想ってあなたを蔑ろにした方たちとは違う、と私は断言できます、それは確実です」
「うん」
「でしたら、私もこんな風に気軽に抱きついたりするのはよくないですね、未来の恋人が出来るかもしれないのに……こんな」
「それが、パレオの本心?」
「……そうです」
「さっき言ったと思うけどさ……曲りなりにもメイドを自称しておいて、従順だと言っておいて、パレオは俺に嘘を吐くの?」
「あ……ど、どうして」
ちょっと恥ずかしい行動だけど、俺は思い切ってパレオの本音を引き出すために敢えてその細い腰に腕を回して逃れられなくする。
間近の顔を直視するのは俺も緊張してしまうけど、ここは強気の姿勢で行くべきだと判断した。
それだけ、パレオが嘘を吐いたり本音を隠したりすることに対して俺は悲しみを感じている。その本音が更に俺を困らせるものだとしても、パレオが自分を押し殺すのを見たくはない。あの時のように悲しむ彼女を見たくなかった。
「しゅ、修斗さん……」
「いいから、パレオの本音を聞かせて」
「……い、いいんですか?」
「勿論、俺がいいって言ってるんだよ?」
「は……はい、やはり、修斗さんは私の思った通りのご主人様です……」
「そう?」
「いざとなると強引で、私の我慢なんて見透かして……許してくれる、それでこそパレオのご主人様です」
「それで?」
「──主従なんて関係なく、私は、パレオは修斗さんを想っています……好きです」
やっと漏れ出た本音は、俺が予想したものと同じもので、だけれどそんな予想だなんて言葉では追いつかないほど艶やかな花が咲き誇るように……泣きそうだっていうのに俺が見てきた中で最も素敵で、かわいらしいと感じてしまうような笑顔で想いを打ち明けてくれた。それが、俺にとっては嬉しいことだった。
「変だよな、付き合うわけじゃなくて……フるかもしれないのに」
「いいえ……それだけ、修斗さんは私が我慢していることを憂いていたんですよ」
「そうかも」
「ですが……もう言ってしまった以上、我慢なんてできませんから」
「それでこそパレオだ」
「はい……それで、えっと……もしかしてこのまま、妄想の通りになったりするでしょうか?」
「何を考えてるか解らないけどそれはないかな?」
「そんな! 既に準備万端ですよ?」
「リリース」
「絶対に返品されてあげません、せめて修斗様と寝ます!」
それでもやっぱりパレオはパレオだと改めて考えさせられる。
我慢を忘れた彼女に狙われる日々はちょっとどうしようかと思ったけどまぁ、我慢されて泣かれるよりはいいんだろうか。
──夜這いしてくる前まではそんな充実感すらあったのだった。その後にやっぱり言わせるんじゃなかったと思ったけどね。