修斗くんは、また少しだけ変わった。バイトとしてハロハピのお手伝いをするようになったことで音が変わった。前よりももっと、音楽を、バンドを楽しいと感じながら演奏をしてるみたい。そういう意味でもまた変わったかなって思う。
──でも、一番変わったのはそのすぐあとにあった浩介さんの誕生日パーティから。ひまりちゃんと二人でスタジオの方に入っていくのを見ちゃったせいなのかもしれないけど、その翌日の朝からわたしには違って見えた。
「おはよう……ってひまりとつぐみだけか」
「あ、おはよー」
「おはよう」
「まだ花音さんは寝てるけど」
「二人は先に、浩介さんが送っていったよ」
「そっか」
ひまりちゃんも少し修斗くんを見る目が変化しているような気がしたけど、それは確証が持てなくて、わたしは胸がザワついた。
──もしかして、二人はもう付き合っちゃったのかな。あの日、二人きりのスタジオで、何かをしていたんじゃないか。そんな変態のような妄想じみた考え。
修斗くんのことをみんなが想ってるんだなぁというのは、わかる。ひまりちゃんや花音さん、パレオちゃんに、きっとましろちゃんもお兄さんの浩介さんじゃなくて修斗くんに惹かれているんだと思う。
「なるほどな、それでモヤモヤしてるのか」
「はい……」
「羨ましいな、オレん時はそんな顔してくれなかっただろ」
「……そういうの、誤解されちゃうから言い方を変えてほしいです」
この胸のつかえを取る方法は誰かに話すこと。でも恋愛相談は乗ってはくれるけど気まずそうな顔をしちゃう巴ちゃんや他人の恋路に興味がなさそうなモカちゃんや蘭ちゃんには相談出来なくて、リサ先輩は実のところあんまり修斗くんの周りがどうなってるのか把握してない、となるとわたしにとって相談出来る人というのは浩介さんだけだった。
かつて憧れて、好きだと告白までした相手に、その人の弟のことを好きだと相談するのはすごく変な気分になったけれど。
「オレが言えるのはひまりちゃんとシュウは付き合ってないってこと。花音、ましろに告白されて保留してる……まぁ単純に困ってるってこと。あとはパレオの気持ちも遅かれ早かれ伝わるってことくらいだな」
「やっぱり……みんな修斗くんが好きなんですね」
「そうだな、贅沢な弟だよ」
「浩介さんが言いますか?」
「自分のことを想ってくれた子を悪くは言いたくないが、みんなとびきりいいやつだからな。きっと誰と結ばれようが、結ばれなかろうが、シュウのことを全力で支えて、引っ張って、振り回して、そうやって幸せにしてくれる」
続けてオレにとってその人を見つけるのが遅くて一人しかいなかっただけだ、と加えてきてさらりと惚気られたことに一瞬だけ眉が寄ってしまったけれど、浩介さんの言葉には納得出来た。ひまりちゃんも、花音さんも、ましろちゃんもパレオちゃんも、修斗くんのことを打算的に見てるわけじゃない。一緒の時間を過ごしてきて、ドキドキしたり、安心したり出来る存在であり傍にいてくれることがたまらなく幸せなんだから。
「勿論、つぐみもな」
「……わたしも?」
「中学の時に比べて、格段に成長したよつぐみは……音楽や珈琲店の手伝い、生徒会なんかですっかり大人になった」
「最初は、浩介さんにフラれて悔しかったから」
「でも頑張り屋なつぐみだ。その中で別の成長したい気持ちが芽生えたんだろ?」
「うん」
わたしは思えば、浩介さんのことを好きだと感じていた根拠に漠然とした「大人」への憧れがあった。だから浩介さんと一緒にいたらわたしは大人になった気持ちでいたし、背伸びすることで浩介さんに大人として認められたかった。
だから、浩介さんの言葉がくすぐったくて、嬉しくて、わたしは思わずニヤニヤとしてしまう。
「つぐみは頑張り屋なところが魅力だけど、シュウにとってつぐみはそれ以上に等身大なところに惹かれてると思うんだよな」
「等身大?」
「そ、背伸びしがちなところあるのは自覚してるよな?」
「……確かに」
「けどシュウってそんなつぐみよりも遥かに子どもっぽくて、意地っ張りで、一直線」
「ふふ……そうかも」
「後ろ二つは魅力になるけどな、でもそんなシュウはつぐみが背伸びしなくても傍にいられる相手なんだよ」
浩介さんの言葉にわたしは頷いた。子どもっぽくて意地っ張り、好きなものや決めたものに一直線だけど、一人だと不安そうに左右を見渡して立ち止まっちゃう。それが磯村修斗くんという人物で、そんな修斗くんをわたし達、わたしやひまりちゃんは一緒に歩いて飾らない素直な距離感で接していた。浩介さんに見合う人になろうと背伸びして何度も躓き、転んでしまった頃とは正反対だ。
「だから自信持っていいし、シュウも薄々気づいてるんじゃないか? きっとつぐみの言葉を待ってる」
「そうなのかな」
「シュウは無意識的に気づかないふりしてるだけ」
「悪い人だね」
「悪い男だよ、オレよりはるかにな。きっとパレオやつぐみが気持ちを押し殺そうとしたら、強引にでも聞き出してくるぜ」
「強引な修斗くん、ちょっと見てみたいかも」
「ならなおさら、シュウと話をしなくちゃな」
この気持ちは伝えないといけない。修斗くんはわたしの言葉を待ってる。やっぱり浩介さんに相談してよかったなとわたしは逸る気持ちを抑えきれずにお店が終わってすぐにスマホで連絡を取る。
会いたい、本当は今すぐにでも家におじゃましたいくらいだけれど、それは我慢する。
「も、もしもし!」
『もしもし、どうしたの?』
「あのさ、お店の手伝い終わったんだけど、今からそっち行ってもいいかな?」
『いいよ、というか迎えに行くよ』
「あ、ありがとうっ」
スマホ越しの声だけでも、わたしの心臓はうるさくなってしまう。
──浩介さんの時とはまるで違う。修斗くんを想う気持ちは逆に放っておいたら泣き出しちゃいそうで。
電話を切って待つことほんの数分で、ラフな格好の修斗くんがお店の前にやってくる。
「お待たせ」
「うん……今日は一人?」
「さっきまで兄ちゃんがいたんだけど、八潮さんに呼ばれたとか行ってどっか行っちゃってさ」
「そっか」
どうやら浩介さんにも気を遣われてしまったらしい。心の中でありがとうございますと感謝を伝えて、彼の隣を歩いていく。
決めたものの、いざ修斗くんを前にすると、顔を見るとすごく緊張してしまう。
鼓動を手で止められないかな、でも修斗くんには伝わっていてほしいな。そんなことを考えながら通い慣れた部屋の玄関をくぐった。
つぐみが家にやってきて、クリームパスタを作ってくれる。食器やタバスコを用意しながら、家の手伝いが終わってから一人でこっちに来るということがあまりなかったため何かあったんだろうかと首を傾げた。
兄ちゃんが珈琲店で少し話した、みたいなことを聞いていたし思い上がりかもしれないけど四人も前例があるため、同じような頻度で家に来て、時には二人で出かけることもあるからかもしかするとつぐみからも、と身構えてしまう。
「でさ、ましろを白鷺さんが誘ってくれたみたいで」
「そうなんだ、すごいねましろちゃん」
「本当に、ただまぁ本人は落ち込んでたけどね、全然ちゃんとおしゃべり出来なかったって」
「SNS見る感じは失敗ってわけじゃなさそうだけど」
だが食事中は他愛のない雑談がメインになってしまうのはしょうがない。俺の最近の話題はましろがパスパレのラジオのゲストに呼ばれたということだった。
モニカは客層が広がってきたところであって、こう言うとましろが曇った顔をするがビジュアル的にも他のアマチュアにはない雰囲気があって演奏技術だけでなくビジュアルとパフォーマンスも必要なアイドルという業界でバンドをしているパスパレがゲストとしてラジオに呼んでくれたのは非常に効果があると思う。
「ましろちゃんかわいいもんね」
「そうそう、気にしてるけど男からしたらプラスポイントだよ、ましろの属性って」
「男性目線かぁ……パスパレはアイドルだもんね」
その点つぐみのいるアフグロは客層が十代〜二十代の女子だもんな。友人と呼ぶべき男にひまりガチ恋勢がいるためあくまでメインってだけで勿論男性ファンもいるんだろうけど、ライブとか行っても基本女の子ばっかりだ。それに比べてモニカは女性のほうが多くありつつも男性も結構いるからね。そこの新規を呼ぶというねらいは間違ってはいないだろう。
「……男の子から見て、ましろちゃんみたいな子がいい?」
「守ってあげたい感じといじめたい感じ、両方あるからね」
「い、いじめたい……」
「好きな子をいじめたくなっちゃう理論だよ、たぶん」
「修斗くんも?」
「……違う、と言いたい」
だが残念ながら花音さんには修斗くんは好きな子を前にするといじめたくなるタイプだよねと言われているため言葉を濁す。パレオを例に出されたがあの子はいじめられるのが好きなだけ、俺がいじめてるわけじゃなくて勝手に自虐してるだけ。或いは妄想の中の俺がパレオを歪めてるだけなので。
「やっぱり男の子から見るとましろちゃんや花音さん、ひまりちゃんみたいな人がいいのかな」
「男から見て、という意味だとアフグロはつぐみだと思うよ」
「えっ、ど、どうして?」
「ひまりは良くも悪くも雰囲気がチャラい」
「チャラ……な、なるほど……?」
そりゃああざとかわいいプライベートのひまりを見たら変わるかもしれないけど、少なくともパッと見た印象だと巴はカッコいい系で男からは近づきにくいし、青葉さんは不思議ちゃんすぎる。美竹さんはキレイな人なんだけど怖いし。
ひまりとつぐみはどちらも異性人気が出るだろうけど、その中でつぐみはひまりと違う点は非常に素朴なところだ。清楚系とでも言うんだろうか、花音さんなんかにも共通するけど。
「ぶっちゃけひまりとつぐみってどっちがカレシいるでしょうって問われるとひまりだと思う。中学高校とカレシ複数いそう」
「へ、偏見だね」
「偏見だよ、人の印象なんて」
人の外見の好みなんて偏見で出来てるでしょう。兄ちゃんだってその雰囲気と演奏でカッコいい系かつ強引なタイプだと勘違いされてるからね。兄ちゃんは残念イケメンだしあのトラウマさえなければ女の子からぐいぐい来られる方が安心出来るタイプなんだし。八潮さんがいい例だ。
「じゃあ、さ……修斗くんは?」
「俺?」
「修斗くんは、その……恋人にするなら、ひまりちゃん? 花音さん? それともパレオちゃん、ましろちゃん? それとも……」
「つぐみ、落ち着いて」
「──あ、え、っと……ごめん」
つぐみがやや暴走し始めたため声を掛けると顔を真赤にして俯いてしまった。この反応から察するにつぐみは四人に告白されてたことを知っているみたいだ。そしてそれをリークしたのは八潮さんに呼ばれたと恋人のせいにして逃げ出した兄ちゃんだろうということも容易に想像出来た。
「……前に何回も言ってるからすごく今更なことだけどさ」
「うん」
「俺にとってつぐみは、本当はちょっと苦手だった」
「苦手……」
最初の印象は、兄ちゃんのことを好きな人だ。それが俺に話しかけてくるもんだから花音さんくらい苦手な人だった。
でも勘違いだと知ってからつぐみの印象は変わり続けてきた。その中でひまりや花音さん、パレオやましろという色々と濃いメンバーの中でつぐみはすごく癒やしといっていい存在だった。つぐみと一緒に過ごす時間はゆったりとしていて、ずっと続いてほしいとすら思えたんだ。
「恋人にするなら……って質問に俺は答えられない、選べないからね」
「……修斗くん」
「でも恋人になってほしいのは、楽しい時間を一緒に過ごしてくれた
「……あ」
「だから、遠慮なんてすることないよ……つぐみ」
「それは……ずるいよ修斗くん、そんなこと言われたら告白出来なかった、なんて絶対に言えないよ」
「そんなこと言わせない、だってつぐみだってこうして一緒に過ごしてくれるんだから」
すごく、思い返したら恥ずかしくて転がりまわるだろうって言葉を真面目な顔で言い放ってしまった。
まだ確定してなかったのに、こんなこと言うのは気が引けたけど、あのままじゃつぐみは俺に対して好きと言ってくれないと感じて、下手をすればそのまま俺の前から去ってしまいそうだったから。
「修斗くん……ありがとう、わたしも……やっと言えそうだよ」
「つぐみの素直な言葉、俺も知りたいから」
「──好きです、わたしは修斗くんの恋人になりたい」
まっすぐな好意と告白に、やっぱり思わず赤面してしまう。ひまりの告白も、ましろも、花音さんもパレオもつぐみも、ちゃんと気持ちを伝えてくれて、赤面してしまうほどに強い想いを打ち明けてくれた。
なら、今度は俺の番なんだろう。俺に恋をしてくれた五人のバンドガールに誠意を伝える時なんだ。