恋するバンドガールと見守るバンドマン   作:黒マメファナ

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②:1%の福音

 兄ちゃんに自分のスタジオみたいなのをもらった俺は一つの悩みを抱えていた。ここは自由に使っていい代わりに兄ちゃんも使うし、パレオも使うことがあるという約束はいいんだけど、そうじゃなくて、動画投稿についての悩みだった。ギターもベースもキーボードもドラムもそこそこできる。できるけど、やっぱりどうしても一つを極める人には勝てない、そんな中途半端な器用貧乏が一つの楽器で動画投稿しても、インパクトはないのだ。

 

「──例えばギターで弾いてみたってしても、これじゃあ伸びないでしょ?」

「明け透けに答えてよろしいですか?」

「もうそれ答えみたいなもんだけど、いいよ」

「無理ですね」

 

 思ったよりも心にのしかかったけど、まぁつまりはそういうことだ。パレオほどの腕があって始めて、見てくれる人がいるというレベルだ。参考にパレオが以前に自宅で撮影投稿したパスパレのアレンジは本当にすごかった。ソロなら超絶技巧とか、楽器に疎い人にもすごさがわかるものが必要だって俺も思う。

 

「ですね、ドラムは技巧が試される楽器ではありますが、本当に卓越した技巧がなければ初心者の目にも経験者の目にも止まりませんからね」

「……うーん、難しいな」

「修斗さん、思ったより伸びたい意欲が強いんですね」

「え?」

「なんだか、イメージとしては趣味だからと逃げる性格に思えたので」

「明け透けすぎない?」

「いいよと仰ったのは修斗さんですので♪」

 

 この中学生怖い。まぁ確かに趣味だから、別にプロを目指してるわけじゃない。でも誰かに見てもらうのにその言い訳は最低じゃない? なにかにしても、見られている以上、現状で満足なんてしていいはずがなくて、というかむしろそんな自分の向上心を保つためにあえて誰かに見てもらおうとしてる部分もあるよ。

 

「なるほど〜、それでしたらピッタリのアドバイザーをパレオは知っておりますよ!」

「本当? 是非紹介してください!」

「お忙しい可能性があるので、アポイントメントを取ってみますね」

 

 思いもしなかったところに助け舟を出されて俺は喜んだ。パレオにそんな伝手がいたなんて、相談してみるもんだなぁと自分の考えが間違いじゃなかったことを思い返していると、パレオが電話から戻ってきた。

 

「今からでも大丈夫だそうです」

「今から? 遠く?」

「いえ、電車で少し行ったら着く場所にありますから」

「うん、わかった」

 

 俺は早速といった感じでパレオに付いていく。いつものピンクと水色のツートンカラーはやっぱり道中でも目立つようだ。ちょっと視線を感じるが、当のパレオは全く気にしていないみたいだった。

 楽しげに、なんでもないように世間話をして、そして何やら大きなビルのようなところにやってきた。

 

「……なにかの事務所?」

「そうですね〜、自宅兼事務所兼、スタジオでしょうか?」

「すごいな、ここ一つで完結してるんだ」

「はい、ではコチラへどうぞ」

 

 この時点で少し予想はできていた。受付でパレオです〜と気さくな感じで通してもらっていることや、妙にこの場所に通い慣れてる感じなこと、そして彼女が即座に紹介できて、動画の映えなどをアドバイスできそうな、マネジメントやプロデュースがちゃんとできる存在、俺はその人に会ったことがあるんだから。

 

「チュチュ様、お連れ致しましたよ〜」

「ようこそ、シュート」

「チュチュさん」

「お悩みがあるそうね、パレオから話は聞いているわ!」

「相談、乗ってくれるんですか?」

「あなたにはパレオが世話になっているから──But(けれど)! 少しだけよ? プロデュースは現在、ワタシのバンドで手一杯だから!」

 

 いや、そこまでお世話になるつもりは最初からなかった。俺も欲しいのはきっかけだ。そもそも誰かに頼り切ろうと言うんだったら誰よりもまず兄ちゃんに相談してる。でも、それじゃあダメなんだよ。俺が欲しいものは短絡的な成功じゃなくて、自分が成功するための一歩目を踏む場所なんだ。

 

「OK! じゃああなたがまず、何が出来るのかを教えてちょうだい」

「なにが……とりあえず、基本的なバンドに用いられる楽器?」

「……例えば?」

「ギターと、ベースと、ドラムと、キーボード」

「ふむふむ、器用にこなせるけど、一つ一つの力はそうでもないと」

「まぁ、ぶっちゃけ」

 

 だからソロの演奏してみたを投稿しても大したものはできない。アレンジも多少はできるけど、それも技巧的なもの入れたら俺の指が追いつかなくなっちゃうし。せいぜい聴いた楽曲を譜面に起こしてバンドスコアにできるのが自慢だけど、それは今回の動画投稿じゃ宝の持ち腐れ状態だしね。

 

「……いいえ」

「へ?」

「あなたのそのスタジオ、全部の楽器があるのよね?」

「うん、俺が元々持ってたのと、兄ちゃんに買ってもらったのと」

「それなら、バンドをすればいいのよ!」

「──えと、今から四人集めるってこと?」

「NO! あなたが()()()()()()()()()()()()()()!」

「へ、えぇ!?」

 

 なんかとんでもないこと言い出した!? そりゃ確かに全部そこそこできるけど、そんなことできるわけなくないですか? 俺の身体は一つしかないんですけど!

 だが、チュチュさんは俺の戸惑いにニヤリと、それは獰猛な笑みを浮かべてジャーキーを噛みちぎった。

 

「生演奏なら、無理でしょうね」

「だよね」

「だけれど、あなたの戦場は動画の投稿! 録画したものを()()()()()()()()()()()()わよね?」

「え、あ……そうだね」

「シュート? 映画の撮影ってどうやってやるのか知ってる?」

「どうやってって?」

「時系列通りにシーンワンからラストまで生真面目に撮ってると思う?」

 

 そう言われて俺はそういえばそういうのって後から繋ぎ合わせてるから、シーンはバラバラに撮るって聞いたことがある。

 ──後から、繋ぎ合わせる。あ、ああなるほど! 後から繋げれば俺一人でバンドとして成り立つのか! 

 

「そうしたらあなたの器用貧乏も、自慢にもならなかった譜面起こしも、結果につながるわよ!」

「あ、ありがとう!」

「それに、そのスタイルならどのスキルを磨いてもあなたの力になるわ!」

「すごい……」

「さすがはチュチュ様です!」

 

 こうしてチュチュさんはあっという間に解決策を見つけてくれた。後は個々のスキルアップのために技術を盗める人をそれぞれ見つけておくのがいいと教えてもらった。幸いなことにスキルアップのために参考になる人は周囲にいて、ギターはもちろん兄ちゃん、ベースはひまり、ドラムは花音さん、キーボードはパレオとつぐみの二人がいる。人よりざっと四倍は大変であるし、投稿期間を空けないで動画を続けることはかなり難しいと問題点は指摘されたが、とりあえず俺としてはやってみる価値のある提案だってのは確実だった。

 

「パレオもありがとう」

「いいえ、パレオは何もしておりませんよ」

「いやいや、ちゃんとチュチュさんを紹介してくれただけで、すごくありがたいよ」

 

 全てを自分で、そんな明らかに大変なことをやろうって思えるモチベーションの原点は、誰にでもできることではないであろう俺だけの持ち味だって感じたからだ。最初は有名なポップスやアニメとかのバンドアレンジから始めた方が良さそうだと感じ、パレオにヒアリングをする。

 

「そうですね、作曲のコストがかからないのはこの辺りでしょうか」

「ごめんね、バンドはそこそこ追っかけてる自信はあるんだけど」

「こちらの魔法少女ものとか、結構オススメですよ」

「内容の話か……」

「特にタイアップ曲やアニソンは作品あっての楽曲であることが多いので、内容を知っておくに越したことはありませんよ」

「そんなもんなのか」

「そんなもんなのです」

 

 自分の動画もパスパレへの愛があったからこそだと言っていた。好きだからそれを表現したい、みんなにも良さを知ってほしい。そんな気持ちがあったとパレオは語ってくれる。後は編曲のコストを省くなら流行しているガールズバンドのコピーだろうか。特に最近は色んなバンドがあるからね。

 

「それこそパスパレとか!」

「パスパレは結構簡単にCD音源手に入るし」

「難易度を求めるなら、Roseliaやポピパでしょうか?」

「う……勘弁して」

 

 特に去年『CiRCLE』で行われた五つのバンドが集まったイベントは、どうやらパレオも知るところらしく、そこから名前が出てくる。俺も観に行ったよ、ひまりとつぐみに誘われて兄ちゃんと。すごかったけど、個々の難易度で言うならRoseliaは他とは違う。

 そして地味に難易度が高いのがポピパだ。アイドルとしてボーカルが中心のパスパレ、メロディラインが結構わかりやすいAfterglowに比べると、そこ二つはそもそも譜面がな。

 言っておくとDJがあるハロハピは最早論外だ。どうやらパレオたちが新しく始動させたバンドもチュチュさんがDJとして参加するらしい。

 

「チュチュ様は昨年から準備されておりました。実は初挑戦だったようです」

「DJが?」

「はい、ですがお披露目の時には驚かないでくださいね!」

 

 それは是非楽しみにさせてもらうとする。兄ちゃんもおそらくそのバンドは全く新しくて、今の流行が煮詰まり始めてきたガールズバンドの台風の目になると評価していた。まだできてもないのに、と訊ねると残りのドラムとベースボーカルがそれだけの実力がありながら燻ってた人材なんだよと教えてくれた。さすが兄ちゃん、情報通だ。

 

「そうでございますね、お二人もすごい熱意と意欲があって、素敵な方です」

「パレオもいるしね」

「あ……私は、別に」

「実力がありながら燻ってて、熱意と意欲がある。パレオもでしょ?」

「……修斗さんは、私のことを、パレオのことを買い被ってます」

 

 そんなことない。俺はパレオのキーボードを間近で見てるんだから。それにパレオのキーボードに込められた熱があったからこそ、チュチュさんの目に止まったわけだし。というか俺はパレオのキーボードは絶対に真似できないよ。

 兄ちゃんもパレオの最大の魅力はブレない体幹と底なしの体力だって言ってたしね。

 

「体幹ならチアダンスのレッスンすればいいんですよ〜」

「体力もそっちか」

「そうですね、習慣として身体づくりはしておりますので」

 

 小学生の時から変わらない習慣が今の、誰にも負けないパレオだけのキーボードを支えている。そういうアイデンティティみたいなのがある人は、すごく憧れるし羨ましいって思う。

 兄ちゃんもそうだ。昔から音楽に触れてきたからこその感性、そしてそれこそ幼い時から鍛えた力強くも繊細な歌声が今の兄ちゃんを支えている。

 

「それならば、修斗さんにもありますよ」

「……俺?」

「すぐ近くにいたお兄さんの背中、それが、今の修斗さんの音楽を支えておりますから」

「支えて、くれてるのかな」

「それはもう、バッチリでございますよ」

 

 パレオの笑顔に、ちょっとだけ暗くなってた気分が明るくなった気がした。そうだよな才能がないなんて、下地がないなんて嘆いてる暇はない。それこそ幼い頃の下地なんてなくたって今活躍してる人はいくらでもいる。

 下地じゃない、努力じゃない。天才発明家のトーマス・エジソンは99%の努力を成功に導くのは1%のひらめきだって言っていた。要するに少しのきっかけがあってこそ、努力は報われるって。下地がなくたって、後から努力を成功に導く方法は見いだせるんだ。

 

「それは、きっと今なんだ」

「はい、修斗さんの99%が報われる時が来たのだと、パレオも信じております」

 

 チュチュさんの言葉が、それの道を指し示してくれた。

 結局は、俺は色んな人の手を借りることになった。楽譜なんてプロとして作曲もしてる兄ちゃんに添削してもらって、それを更にひまりやつぐみ、花音さんに演奏してもらって雰囲気をつかんだり、コツを訊いたりもした。

 

「動画編集ならパレオにお任せくださいね」

「ありがとう……って早、スゲー」

「後でチュチュ様にもお見せしてブラッシュアップを図りましょう、ふふ……なんだか楽しくなってきました♪」

 

 そうして、でも俺は一つだけ足らないものを感じていた。

 確かに、メロディラインを別撮りのキーボードやギターにするのはいいんだけど、それだけじゃあなんだか物足りないと。やっぱり生声かCD音源でボーカルだけ切り取るのがいいんだろうと兄ちゃんは言っていた。ただ俺、女性アーティストの曲にしちゃったんだよね。これなら合成音声の曲にすればよかった。

 

「はぁ……」

「またため息ついてる」

「ああ、ごめんましろちゃん」

「よくわかんないんだけど、四人分演奏してるんでしょ? 頭パンクしてないだけ、私から見たらすごいことだよ」

「ありがとう」

「……そうだ、お兄ちゃんね、シュウさんの言った通りお菓子じゃなくてスパイスあげた方が喜んでた」

 

 そりゃ、兄ちゃんはクッキーみたいなバターのやつはそれなりに行けるんだけど生クリーム系の甘いやつ嫌いって言っていいレベルで苦手だし。クッキーも紅茶クッキーみたいな砂糖あんまり使わないやつがいいよと教えるとましろちゃんは真剣な顔でスマホにメモしていた。ふと、そこでましろちゃんに訊ねた。

 

「ましろちゃんって、カラオケ得意って言ってたよね」

「え、うん。待ってて……えっと、ほら!」

「おお、すご98点?」

「これね、低い音と高い音があって難しいって言われてたんだけど、頑張って練習して──」

 

 確かに、この曲は男性でも女性でも高得点取るどころかまず音域を合わせる時点で困難だ。それを、高得点? 俺はそこに自分の99%が無駄じゃないと思える1%のひらめきは、こんなところにあったのかと感動すら覚えていた。

 

「ましろちゃん」

「なに?」

「……俺の相棒になってくれない?」

「え……えぇっ!?」

 

 かわいらしい、透き通ったような驚きの声が響く。

 それすらも俺は、福音のように聴こえていた。今、俺の、俺だけの音楽に対する挑戦の歯車が動き出したような気がした。

 

 




トーマス・エジソン「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」(日本語訳)

発明の天才であり失敗ということをしたことがないと断言した彼は努力をどんなにしても、ひらめきがなければ成功しないという意味で用いたそうです。

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