山内くんに転生したのでBADEND回避を目指します! 作:あまざらし
三学期の始業式が始まる数日前。
特別試験の開始前ではあるが、オレたちの作戦は既に最終局面を迎えていた。
10分後には橘書記たち3年生の会合が始まる。そしてオレと松下、それに博士は同じ店の別室で待機していた。
今回の会合をするにあたり、メンバー構成案は3つあった。
1つ目は松下と橘書記、そして交渉する2人を含めて計4人での会合。
2つ目は情報提供者としてオレを入れての会合。
そして3つ目は今回選ばれた、橘書記だけが交渉に臨む会合。
部外者が交じるよりもできるだけ親しい人のみで構成した方が会話もスムーズだろうという意見により決定した。
しかし、橘書記だけだと少し不安ではある。
『橘先輩、こちらの声が聞こえていたら、コーヒーを軽くかき混ぜてください』
博士がレンタルで調達した機材を利用し、オレたちは橘書記が待機している部屋の音声情報などをモニタリングしていた。
橘書記が今、耳に取り付けている小機には高性能な外部集音マイクが付属しており、イヤホンとしては優れものらしい。
説明を聞いても完全には理解できなかったが、オレたちは先輩の部屋の状況を適切に音声で拾え、橘書記はオレたちの指示をイヤホンから明瞭に聞き取ることができるらしい。
『このあたりは安物とは違うでござる』とオレが渡したポイントを使った博士は力説していた。
博士には善良なる道へ歩んで欲しいとオレは切に願っている。
オレの耳から微かにカチャンという金属音が聞こえる。
「
なぜか知らないがあの収録の後、オレのことを『主』と呼ぶ博士。
一体彼に何があったのだろうか。ここ最近で一番の謎である。
『OKです。2人が来たら雑談から開始しましょうか』
午後2時、約束の時間にCクラスの相田美穂とDクラスの竹田ひかりが橘書記の前に現れる。
「美穂ちゃん、ひかりちゃん。あけましておめでとう。こんな時期にごめんね」
「あけましておめでとう。ううん。でも久しぶりね」
今の発言はおそらく相田美穂だろう。脱いだコートを掛けるような動作音が聞こえる。
橘書記によれば、
相田美穂は昨年まで茶道部の部長で、普段は比較的物静かだが、いざという時は頼りになるCクラスのリーダーとのことだ。ひよりっぽいのかな。なんとなくそう思った。
「おめでとー。たしかにいつ以来だろ。もしかしてこの冬ついに茜の恋が実ったか!」
そういって明るい口調なのは竹田ひかり。
これまた橘書記によれば、昨年までは水泳部のエースで背泳ぎでの高校記録を持つ凄い人らしい。Dクラスの小野寺の先輩ってわけか。
そういえばオレたち今月からCクラスだったわ。忘れてた。
3年Dクラスは貧しいイメージだが竹田先輩は水泳での実績があるからか、Dクラスとはいえお金に困っているわけでもないそうだ。
「ま、まぁそのあたりは相変わらずなんだけど……。今日は私の奢りだから好きなもの頼んでください」
そう言って、お互いの近況を報告しつつ、本題が始まった。
『そろそろ』
オレが指示を開始した。
「美穂ちゃんとひかりちゃんに相談がありまして。内密でお願いしたいんです」
「へー、たまに堀北からくるお願いか?」「新年でも元生徒会長さんは忙しいのね」
そう2人は答える。これまでもそれなりに取引をしていたのだろう。
「はい。ただ今回のは少しやっかいでして。ひとまずこれを聞いてほしいの」
『ええ。小グループ結成時に橘先輩をBクラスが多数いるグループに入れさえすれば、橘先輩は連帯責任者となり退学となります。
堀北先輩が彼女を救っても救わなくてもAクラスにダメージが残るでしょう』
「これって……」相田先輩が言葉を失っている。
「南雲って現生徒会長か。アイツが裏で動いてるってことか」
「う、うん」竹田先輩の質問に対して、橘書記は頷く。
「それにしてもなんで茜ちゃんなのかしら」
「多分だけど私が堀北くんの近くにいるから。退学すればダメージになると考えたのかと」
「なんだそりゃ。南雲のやつ許せないな― 茜に手を出すなんて!」
プライベートポイントの交渉とか不要で連合組めそうだな。これ。
『先輩、想定より慕われてそうなので、そのまま依頼しましょう』
「その私ね、堀北くんに迷惑かけたくなくて。美穂ちゃんとひかりちゃんに協力して欲しいことがあるんです……」
「よし、わかった!」快諾するDクラスの竹田先輩に比べて、
「内容によりますけどね」とCクラスの相田先輩は慎重だ。
「はい、今度の特別試験で女子側はBクラスを除いて、私たちA、C、Dで連合チームを作りたいの!」
「なるほど、それなら問題ありませんね。いいでしょう。私としても『石倉くんの言葉』はちょっと聞き捨てならないので」
少し考えたものの相田先輩も快諾した様子だった。
『Bクラスとしても、”C、Dクラスは眼中にない”。Aクラスを落とせるなら……協力しよう』
相田先輩が気にしていたのは、多分このセリフかな。
これ聞いたらC、Dクラスが怒って協力してくれそうだったからアドリブで加えたんだ。
ごめんな石倉先輩!
「Dクラスの女子たちは”香織”の同意が得られたら大丈夫だと思う!」
「それには私たち3人で説得にあたりましょう」
協力的になった相田先輩が場を仕切る。橘書記よりよっぽどしっかり者の印象だ。
「2人ともありがとね」
そういってぐすんと涙ぐむ橘書記ちゃん。
この先輩本当にすぐ泣くな……。
「ところで茜ちゃん、この音源どこで手に入れたの?」
「えっと……」
『堀北先輩が匿名で1年生男子生徒から受け取ったと。つまりオレってことにしてください。提供したのは尊敬する堀北先輩の役に立ちたかったからだと』
「名前は言えませんが……。1年生の男の子がね。年末に堀北くんに教えたみたいでして。彼、堀北くんのファンらしくてどうしても役立ちたかったって」
「1年生かー。今年の1年は優秀らしいからな」
「1年男子と言えば堀北くんの妹さんと噂の子いたわよね。あの時は堀北くんも珍しく焦ってたじゃない。茜ちゃんが妹さんの部屋に連れ込んだとか、監禁とか言うから」
「ははは……あれはどうやら私の間違いだったらしくて。試験勉強だったらしいです」
(それもオレのことですね。でもオレと言わなくて橘書記偉いぞ!)
「堀北くんの妹さんだしね。そんなことだろうとは思っていましたけど」
「そっかそっか。それに堀北のやつもクラス別で争うことはあったけど、義理堅くもあったからな。今回のように3年生が南雲にいいようにされるのは心情的になんか許せないし。協力は惜しまないよ」
そうして思いの外あっさりクラス連合が結成された。
どんなにへっぽこな橘書記にも、3年間という長い時の中で確かな絆が結ばれているのかもしれない。
「
(!?)
南雲パイセン、位置情報から探りを入れたか?
松下を見る。『南雲が移動を止めた20分後に解散』
オレも松下の判断が正しいと思い、橘書記に指示する。
『先輩。南雲先輩が入店する可能性があります。そのまますぐ会計するのも怪しいので20分程度、談笑することにしましょう』
その後、南雲の話題を避けクラスメイトの恋バナや進路について会話する先輩たち。
「どうやらこの店ではなくだいぶ先、600m先の大型施設に入ったようでこざる。こちらの様子は遮蔽物もあるし目視できないはずでござる」
「オレたちの声、聞こえると思うか?」
「あの距離からの傍受は拙者でも無理でござる。念のため悪の位置情報を監視するために盗んでおいて正解だったでござる」
何者だよ博士──大丈夫か? 本当に。
「それに茜先輩を怪しんでの行動にしては変な動きよね。おそらくだけど今回は偶然だと思うわ」
そうして先輩たちは南雲と遭遇することなく無事寮に帰宅した。
◇ ◇ ◇
先輩たちは今回の密約は限られた信頼の出来る人に留めようと誓いを立てて別れた後、
「橘先輩! お疲れ様です!!」
「茜先輩! おめでとうございます!」
「悪は敗れたりでござるな」
オレの部屋で橘先輩を迎え入れた。
本人の退学がかかった大一番。ずっと緊張していたのだろう。
はぁーと軟体動物のようにぐにゃぐにゃになり床に座りこんだ。
「疲れました―。でも私、頑張りましたよね!」
「ええ先輩は頑張りましたとも。試験が終わったら食堂で好きな料理食べていいですよ。奢ります」
直後、目を輝かせた橘先輩はすぐに思い直し、
「でも私『お姉さん』なんですから、山内くんが奢られなさい!」
そう言ってありったけの先輩としての威厳を示していた。
そういうところも可愛らしいので、今回は素直に奢られようかと思った。
「じゃあ一番高いやつにしようかな」
「拙者も」
「私もそうしようかな」
「ええーちょっと! ちょっとは加減してくださいよ!」
そして運命の特別試験を迎える。
なぜか博士はどんどん有能キャラになり、流行りのアニメに合わせてスパイっぽいことを始めていた。