推しCP成立に特大の悲劇がダースで必要とかどうなってるの? 作:夢泉
「馬鹿な!?お前には洗脳が…!」
肥え太ったブタが何かを喚いている。
コイツは教会の暗部に関わる司祭の1人。
何人もの孤児を「ゴミ溜め」から攫っては、暗部の構成員にして「出荷」していた。
同じようなことは他の司祭もしているし、コイツが死んだところで代わりはいくらでもいる。
要するに、これから始まる壮大な物語には一切関わらない
「洗脳ねぇ…」
確かに、「シューライ」には洗脳系の魔術が施されていた…設定になっている。
俺の顔に張り付いた仮面はそのための道具だ。
日本人そのままの顔を異世界で晒し続けると、出身地がどうのこうので面倒なことになりかねない。なので、仮面を着けていても不自然ではない、教会暗部の捨て駒に設定した。
「それってさ、必要最低限だったりしないか?「ゴミ溜め」生まれのラルヴ如きに大層な術をかけるなんて勿体ないよな?」
だが、同時に「観測」によって篇は知っていた。洗脳の術はそれなりに高度で、触媒やら何やらが必要となる。なので、ラルヴには最低限の術しか用いられないことを。
そして、それは強い自我と感情によって簡単に破ることが出来てしまうことも。
「た、確かにそうだ。だが、貴様ら蟲に人間のような強い感情など…!」
「あぁ、そうだな。確かに、「ゴミ溜め」の蟲は自我だって弱っちい。希望の一切ない本物の地獄では、ヒトの心は折れるだけだ」
劣悪な環境で強い自我が鍛えられることもあるが、それは希望があってこそ。
本当の意味で光の無い地獄では、抜け殻のような存在になるだけだ。何をしたって無駄なんだからな。
けれども。
「だがな、護りたい希望が出来たのなら、話は別だ」
「何を、言って…?」
推しへの愛があれば容易に消し飛ばせる程度のモノでしかない。
篇は俺の愛が洗脳を打ち破ると確信していたからこそ、そういう設定にしたのだ。
「詳しく知る必要はねぇよ。お前はここで死ぬんだからな」
「ひぃ…!な、何故だ…!か、金が欲しいならやるぞ…?」
何故、何故ねぇ…。
理由なんて1つだ。
「お前がいると俺が自由に動けない。だから死んでもらう。それだけだ」
「は…?」
俺は洗脳魔術を打ち破ったが、その術の回路は生きている。術をかける者とかけられる者を結ぶ魔術的な繋がりのことだ。改めて儀式場をセッティングされて強力な術を重ね掛けされたら操り人形に逆戻りになってしまう。
だから、消えてもらうのが手っ取り早い。
すると、だ。
俺の背後より衝撃が走った。
「馬鹿め!悠長に会話などしているからだ!蟲は蟲らしく何も成せずに死んでゆけ!」
どうやら、コイツに洗脳された手駒の1人が俺を背後から襲撃したらしい。
俺は一般ピーポーなので、背後の気配とか殺気とか感じることは出来ないのだ。
しかし。
「な、なんだ、ソレは…!魔術…いや、魔法なのか!?馬鹿な、ゴミ蟲ごときが…!さては呪いの類か…!」
俺の全身から黒い影が迸り、振り下ろされた剣を受け止めている。
この世界において「魔法」は特別な奇跡だ。ごく限られた存在が発言させる唯一無二の固有能力が「魔法」である。「魔術」はそんな「魔法」をグレードダウンさせ、かつ術式・呪文・触媒などを用いることで誰にでも行使できるようにしたものだ。
「魔法」や「魔術」の元になる「魔力」は誰でも持っているが、その大小は遺伝的要因が大きい。さらに、術式や呪文を覚えるのに高度で長期的な教育が必要だし、触媒を揃えるのにも金がかかる。
教会の教えでは神が誰にでも扱える「魔術」を授けたことになっているが、結局のところは選ばれし存在の力に過ぎない。
だから、術式も呪文も触媒もなく見たことも無い力を行使されれば「魔法」であると疑った。しかし、「ゴミ溜め」の蟲ケラが「魔法」や「魔術」を使えるはずがないと否定したい…と言った所か。
「…魔法か魔術かそれ以外か。そんなことは俺も詳しくは知らねぇよ。けどな、呪いってのは聞き捨てならねぇ。俺を守ってくれてる。誰かを守ろうとしてる。それは美しいことだろうが」
「は?何を言って…」
影が後ろから襲ってきた男を飲み込む。
これは俺の力じゃない。篇の力だ。
篇が「改編」で自分1人を異世界に召喚しようとした時、黒い影しか送り込めなかった。
それを、「終頼と共にいる篇」を妄想することで、より自在に送り込んでいる…らしい。
詳しいことは分からないが、影を束ねることで振り下ろされた剣の一撃くらいは容易に防ぐし、敵に纏わりついて足止めもできる。俺自身を包み込めば、身を隠すことも可能だ。
これは彼女が異世界の誰かを救いたいと足掻いた結果生まれた力。そして、今は俺を守ってくれている力でもある。それを「呪い」呼ばわりするのだけは認められない。
「なぁ、1つ聞いてみたいんだが、いいか?」
「な、なんだ…?」
「教会の教えだと、総てのヒトは神に祝福された魔導の申し子、なんだよな」
「そ、その通りだ」
「それで、魔法はヒトの強い想いに神が祝福を与えた結果。故に、魔の申し子たるヒトの想いを踏みにじることは神に仇為すことである、だったか?」
「よ、よく覚えているではないか。素晴らしい信仰心だ、神もきっとお前を…」
そう、「魔法」は意思の力と関係している…と考えられている。
例えば、二百年前に存在した、「遥か遠くへ瞬時に移動する魔法」…要するに「瞬間移動魔法」を用いた少女は、生まれつき身動きの出来ない身体で、どこか遠くへと旅立つことを願い続けていた。
例えば、百年前に現れた「アンデッドを生成・使役する魔法」の使い手は、死別した死者との再会を願い続けていた。
と、このように。魔法はごく限られた存在に発現し、発現した際はその者の願いと関係した形となっている。
その因果関係は未だ明らかとなっていない。篇の「観測」でも不明な領域だ。
「ならさ、なんで「洗脳魔術」が教会では使われているんだ?アンタは何人の人間の意思を踏みにじってきたんだ?」
「…何を言っている?ラルヴはヒトではないだろうに…?」
キョトンとした顔で本当に何を言っているのか分からない様子の男。
あぁ、胸糞が悪い。吐き気がする。
「ゴミ溜め」のラルヴは人間じゃない。現代日本に生きていた俺には受け入れられない価値観だが、8億歩譲ってこれは目を瞑ろう。時代や国、文化が違えば、「当たり前」もまた異なる。俺たちの世界だって、そういう時代があって、今がある。それを否定するほど偉くなったつもりはない。
だがな。
ならば何故、お前は年端も行かぬ「蟲」に欲情した?
篇の「観測」でコイツの所業は知っている。篇は俺を殺しても心が微塵も痛まない程のクズの元に俺を転移させたのだ。
コイツの悪行は数えるのも馬鹿らしくなるくらい多い。そして、そのどれもが言葉にするのも憚られるモノばかりだ。
「アンタみたいな下衆だと助かるわ。俺が苦しまなくて済む」
「ま、待て…!待ってくれ…!うわああああああああああ!!」
影で男を飲み込んだ。それで終了。
これで第一段階、自由の確保は達成したことになる。
さて、と。
あとは…まぁ、捕らえられてるラルヴを解放してやるかね。
既に洗脳されちゃった奴はもう無理だけど、それ以外の数名は救える余地がある。…もっとも、それが彼女たちにとって救いとなるかは分からないが。「ゴミ溜め」に戻ったところで地獄なのは変わらねぇしな。
とはいえ、だ。
あくまでも、「シナリオ」に影響が出ない範囲…即ち、「月繭」カップリング成立を阻害しない範囲に限るけれども。
それでも、救える者は救うさ。
推しカプのためなら、どんな悲劇でも見過ごす覚悟はある。邪悪に染まる決意だって固い。
でも、救っても救わなくても関係ない存在を救わないという選択肢は取れないんだよな。
これは、篇の「才能」が誰かを救えるという証明をする行為でもあるのだから。
観てろよ、篇。お前の「才能」の持つ可能性を、さ。