ラフコフ討伐戦から二ヶ月。俺はほぼ毎日、最前線の迷宮区で戦い続けている。
それは頭の中にずっと悲鳴と嗤い声が響いているからだ。
でも、剣を振るっている時だけはあの時の悲鳴と嗤い声が消えるから。
振るうのをやめれば、またそれらが俺を襲う。
それが怖くて、どれだけボロボロになっても振るうのをやめられない。
ーーー
もしかしたら、誰かを殺すことだってあるかもしれないとも思っていた。
でも、誰かを殺すということは想像以上の覚悟が必要で、想像以上の
人を殺して初めてそれがわかった。
あの戦場で、俺は十三人の命を奪った。
いや、それどころか俺は沢山の人を見殺しにしてきた。
一層では、名も知らぬ二人のプレイヤーを死なせ、キバオウの一件では解放隊を見殺しにし、騎士を倒せなかったばかりに黒猫団を救えず、ラフコフの時には、攻略組を死なせるどころか、自らの手で十三人の命を奪った。
PoHは感じ取っていたんだろう、俺がどういう人間なのかを。
それがわかって、死にたくなった。
剣を振っている間、何度も死のうとした。
だけど、手を抜けば、あの声が戻ってくる。
だから全力で剣を振って、そのまま死にたかった。
ーーーーーそんな毎日だったから、今日が
戦っていたモンスターが砕けるのを確認した俺は、次のモンスターを探そうとした。
だが、少し離れた所から誰かの喚き声が聞こえてくる。
「ーーーしろだと!?手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」
聞き覚えのあるその声に誘われるようにフラフラと歩いていく。
俺が着いた頃にはもう、口論の火種である人物はいなかった。
そこに居たのは、この二ヶ月、顔すら見なかった奴らだった。
「……大丈夫なのかよあの連中……どうした、キリト?」
キリトが俺を見て驚きの表情を見せ、その顔を見たクラインがキリトの視線の先を見る。
「……おめぇ、ハルじゃねぇか!」
クラインが嬉しそうな表情でこちらに来た。
「この二ヶ月間連絡もつかねぇし、何してたんだよ」
クラインが俺に疑問を投げかける。
「……この階層のモンスターを狩ってた」
「狩ってたって……あれからずっとか!?」
「ああ」
「なんで一人でそんな……」
「……………」
クラインの質問に答えず、何も言わない俺にキリトが近づいてくる。
「キリトくんいったい何……?」
アスナの言葉を遮るように、キリトは右手を振り上げ、俺の顔に綺麗なストレートを入れた。
「へぶっ」
自分でも分かるくらい情けない声と共に、俺は後ろに吹き飛んで、後頭部を強打した。
体力ゲージが減少し、俺は抗議の声を上げようとする。
「…なにすん…」
「今、なんて言った……」
明らかな怒気を帯びながらキリトが口を開いた。
「………」
驚いて固まる俺にキリトが再度問う
「なぁ、なんか言えよ……!」
倒れた俺の胸ぐらを掴み、持ち上げてがくがくと揺らしながら、キリトが叫ぶ。
「二ヶ月ここで戦ってた!?こんなボロボロになるまで!?」
「死のうとしてた?よりによって俺に生きろって言ったお前が!?」
視界が揺れ、何かを話そうとしても、揺らされた体ではまともな言葉が紡げない。
「ちょっ、まっ、て!」
俺がそう言うとキリトが手を放し、息を荒げながか悲痛そうな表情でこちらを見る。
それを見た俺に言わないと言う選択肢はなかった。
「…怖かったんだ。……PoHに言われたことが忘れられなくて」
「一体何を言われた?」
キリトがそう問う。
「お前は、俺たちに似ている。と、言われたんだ」
「そんなわけ……」
「そうなんだよ俺は、俺もアイツらと同じただの人殺しだ」
そうだ、俺も結局アイツらと変わらない。自分の都合で人を殺した。
「違う……ッ!」
「違うわけがない」
「違う!お前はあの時、いや、あの時以外にも誰かのために戦ってた!」
キリトがそう叫んだ。でもーーー
「誰かの為になんか戦ってない。俺はいつも自分の為に戦ってた」
それを聞いたキリトが何かを確信した表情を見せ、俺に問い質した。
「嘘だろ?」
「は?」
何を言ってるんだ?ーーーそう思う俺をよそにキリトは話を続ける。
「だってお前はあの時、俺を呼べ。と、いったハズだ」
驚愕に目を見開く。
(そうだ、俺はあの時、キリトにそう言った)
あの時の俺は犠牲者を出したくなかった。攻略組もラフコフも。
結果はあの通りだったが。
「少なくともあの時は誰かを助けようと考えていたんじゃないのか?」
キリトの言葉にいつの間にか変わっていた自分に気づいた。
ーーーー最初は、関われれば十分だった。
ただキリトの横で一緒に、この
でも攻略を進めていく度に、死んでいくプレイヤーを見て、俺は、いつしか死を忌避していたんだ。
自分も、他人も、関係なく。
それはきっと、キリトが、いや、皆がいたからだ。
皆と関わるうちに、段々、この世界が物語から現実に変わっていった。
だからもう、誰も死んで欲しくなかったんだ。
それに気づいた時には、もう、声は消えていた。
「………なぁ、俺はまだ、お前たちの"友達"か?」
「当たり前だ、バカ」
嬉しそうな表情でいつもの軽口が飛んでくる。
「バカ言うなよ」
「一人で抱え込むようなやつはバカだ」
いつもの軽口を叩き合い、無意識に口角が上がる。
それを見た周りの連中の顔がなんだか、変な顔になる。
「………なんだよ」
「「べつにぃーー」」
アスナとクラインが微笑みながらそう言った。
周りの空気が和やかになり、俺もそれにつられかけた時、
(解放軍!)
先程キリトからマップをかっさらったやつらを思い出す。
「解放軍がどうかしたのか?」
キリトが俺に問う。
(また口に出てた、じゃなくて!)
「解放軍が、危ない!」
「……どういうこと?」
アスナも疑問の表情を浮かべる、俺はそれに対して返答した。
「アイツら、あれだけの数でボス攻略をするつもりだ!」
「「「な!?」」」
ーーーーーーーーーーー
俺の提案により安全エリアを出てから二十分。軍の姿は影も形もなかった。
「いねぇな………ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」
「いや、確実にいる。絶対だ」
クラインがおどけたように言うが、俺は知っている。この先のボス部屋に彼らはいると。
「そういや、どこでそれを知……」
クラインが俺に喋りかけた時、それは聞こえてきた。
「あぁぁぁぁ………」
回廊内を反射しながら俺たちの耳に届いてきたその声をきいて、真っ先に俺が駆けだした。
「ハル!」
キリトが俺を静止するが、それを振り切って走る。
「悪い、先に行く!」
やがて、彼方に大扉が見えた。解放軍のいる
扉は既に開いており、内部に揺らめく青い炎が見える。
その中には蠢く巨大な影と、断続的に響く金属音。そして悲鳴。
その悲鳴がラフコフ戦の事を思い起こさせるが、それらを振り切り、中に飛び込んだ。
こちらに背を向けるボスに渾身のソードスキルを放つ。
攻撃を受けターゲットがこちらに向いたのを確認して、直剣を構えた。
《ザ・グリームアイズ》がこちらに向けて咆哮する。
空気がびりびりと揺れ、ボスが腕を振り上げた。
その予備動作を見た俺は、振り下ろされる剣をいなしながら、横にステップすることで回避した。
「俺が引き付けてるうちに逃げろ!」
俺がそう叫ぶと、解放軍の一人が叫ぶ。
「だめだ……!く……クリスタルが使えない!」
(そんなことは知ってるんだよ!)
心の中で解放軍に理不尽な悪態をつきながら叫ぶ。
「なら、ボスの横を通って逃げろ!そっちには行かせない!」
そうすると、司令官の男ーー確かコーバッツだったか。そいつが俺に叫ぶ。
「何を言うか……ッ!我々解放軍に撤退の二文字はありえない!戦え!戦うんだ!」
「なっ……!」
コーバッツは司令官として、いや、人として間違った指示を出した。
「馬鹿野郎……!」
俺は少し前までの自分を棚に上げ叫んでいた。
そのまま、ボスの攻撃を捌いていくがいつまで持つか分からない。
(どうする、どうしたら撤退させられる!?)
考えてもコーバッツを説得できそうな言葉すら思いつかない。
加えて、息付く暇もないほどの攻撃。
いつ戦線が崩壊してもおかしくないのが現状だった。
「ハル!」
「ハルくん!」
そう考えていると、後ろから二人の声がかかる。
(来たか!)
戦闘が始まって一分と少し、どうやら追いついたようだ。
「結晶無効化空間だ!そのせいで軍が撤退出来ない!」
俺が短的に現状を伝えると二人が絶句する
「な……」
「なんてこと……!」
「キリト、アスナ!俺がこいつを引きつける!二人は軍の連中を撤退させてくれ!」
「一人じゃ無茶だ!」
キリトがそう叫ぶと、タイミングを見計らったかのようにクライン達六人が追いついてきた。
キリトがクライン達に素早く現状を伝え、俺に指示を出す。
「ハル、俺とアスナが加勢する!クライン達が救助だ!」
簡潔に伝えられたそれに返答する。
「了解!」
七十四層ボス攻略戦の始まりだった。