『気の病』
夢を見た。
現在腰を据えている、このアパートのトイレの電球がさかんに明滅を繰り返し、最終的にはブレーカーを落としてもそれが治まらなくなる夢である。
緑色に輝いている瞬間もあったように思う。
私には軽度の強迫性障害のケがあって、たとえば夜布団に入っても、トイレの明かりを消したかどうか気になって気になって眠れない。ついには布団から這い出して確認に行く。この行程を経て、漸く夢の世界に墜ちられる、といったことが頻繁にある。
だからこんな夢を見たのであろう。
現に消し忘れがあったことなど、少なくともここ何年かでは皆無であり、無意味な悪癖だとは重々承知しているのだがやめられない。
例外は、酒でも呑んで酔っ払い、精神のその部分を麻痺させた時ぐらいのものであろうか。
ところが最近、飲酒は花粉症を悪化させるとあって泣く泣くこれを遠ざけている。
憂いを払う玉帚を奪い去り、夢見にまで災いする。花粉を憎む理由がまた増えた。
そろそろ親の仇もかくやとばかりの領域にまで突入しそうだ。どうせなら、チェーンソーで杉林を伐採し、灯油をぶっかけ灰にする夢でも見てみたい。
『バイオハザード』
夢を見た。
死人が動いて死人を増やす、所謂バイオハザードの夢である。
グロテスクだが、しかしそれ以上の問題は、私がその病原菌を売り捌いて金を得る、所謂元凶的立ち位置に居たことだろう。
さりとて断言しておきたいのは、あの日、あの街で発生したバイオハザードに、私は一切関与していなかったということだ。
自分が何を扱っているかの自覚はあった。
だからこそ「品質」には徹底的に拘り抜き、管理にも万全の注意を払っていたのだ。それが思わぬ功を奏して、業界での私の人気は高かった。嫌な人気ではあるけれど。
ゆえに地獄と急速に融合しつつある街の姿を見下ろしたとき、心に浮かんだ感情は憤りに他ならなかった。いったい何処の間抜け野郎がこんなヘマをやらかしたんだ、と。
とまれ業界人であるだけに、この先の展開は分かりきっている。政府は躊躇いなく「最終的解決案」を実行するに違いない。とっとと逃げなければ我が身も危険と判断し、取り引き前の「商品」が入ったアタッシュケースを引っ掴み、ホテルの部屋から出たところで目が覚めた。
何と表現すべきか、そう、映画の冒頭30分だけを見せられて、突然劇場から叩き出された気分である。
あそこからが面白くなってくるところだろうに。不完全燃焼もいいところだ。
『理解を絶す』
夢を見た。
わけのわからぬ夢である。
まず、私は湿地帯を彷徨っていた。曲がりくねった木が生い茂り、日中でも薄暗く、足元の泥濘はいちいち膝下までずっぽり埋まる、これ以上の難路にはちょっとお目にかかれないであろう場所である。
出没する生物も酷い。
獲物の首を正確に絞めて窒息死させる蛇だとか、泥の中から砲弾の如く飛び出してきて、こっちの肉を噛み千切らんとがちがち牙を打ち鳴らしやがる鰐だとか、そんな悪意の塊めいた爬虫類どもに襲われて、必死の思いで私は逃げた。
脇目もふらぬ遁走である。それが災いしたのだろうか、突如として横合いから現れたモーターボートに跳ね飛ばされて、私はしたたかに宙を舞った。
で、落下した先に置かれてあった空き缶に小銭を入れると――何故そうしたかは分からない。ただ、そうしなければならないという、強迫観念にも似た盲目的な衝動に背中を押されただけである――、見計らったように首筋に冷たい感触が。
雨である。
予兆はすぐに、風呂桶の底を抜いたような猛烈な勢いの本降りへと移行した。
――これが赤道付近のスコールか。噂には聞いていたが、凄いものだな。
と、ビルの高層階から外を眺めて感慨に耽ったものである。どうやってこのビルに入ったのかは憶えていない。気付いたら既にそこに居て、しかも何の違和感も抱かなかった。
あんな土壌の上にどうやってこんな高層建築を建てたのか、という当然の疑問もむろん一切浮かんで来ない。夢とはどうも、そういう性質のものらしい。疑いを起こす人間自然の能力を、根こそぎ抜き取ってしまうのだ。
やがて雨が小降りになると、妙なものが視界の果てから近付いてきた。
ふわふわと宙に漂っている。
一瞬、タンポポの綿毛を連想したが、すぐにそうではないと気付かされた。
子供である。
黄色い帽子を被った小学生の集団が、透明なビニール傘をさしてそれで浮力を得ているらしく、如何にも楽しそうな顔つきで、私のいるビルの前を横切ってゆくのだ。
「修学旅行だそうですよ」
いつの間に背後に立たれたのか、燕尾服の老人が、私の耳元に口を寄せ、囁くように教えてくれた。
雨が上がった。
大気は拭われたが如く澄み、遥か先まで見通せる。豪壮な滝のてっぺんに素っ裸の巨人が寝そべっていて、その周囲に虹が出ていた。
例えようもなく美しい、その光景に見惚れていると目が覚めた。
覚めるや否や、何が美しかったのか全く理解できなくなった。今、こうして振り返っても支離滅裂な夢である。
寝る前に楽しんだ虎斑霧島の量が、いささか多過ぎたのであろうか?
なんともはや、妙な気分だ。
かつてない一日の始まりであることだけは間違いない。
『水餃子と強い酒』
夢を見た。
『カイジ』シリーズの登場人物、黒崎義裕――帝愛グループ№2のあの男と餃子を喰う夢である。
種類は典型的な水餃子で、皮越しにうっすら透けて見えるニラの青さがあざやかだった。
そしてその、餃子を口に運ぶ合間合間に黒崎義裕が語るのである。
内容は、ギャンブルが如何に愚かなものか。
なんでも人生を丸ごと
カイジ君は相変わらず危ない橋を渡り続けているようだが、君、あれは感心せんよ――と、例の如く堀内賢雄のあの厚みのあるいい声で説いていた。
かと思いきや次の瞬間、急に場面が切り替わり、私は学生時代の友人二人と肩を並べてソファーに腰掛け、熊みたく大柄なロシア人を向こうに回して必死の交渉を行っていた。
彼の持つ「何か」をどうしても手に入れなければならなかった筈であるが、それが具体的に何なのかはもはや朧だ。
大汗をかき熱弁する我々に、巨漢は黙ってアルミのコップを差し出した。その簡素なデザインは、キャンプにでも持って行けば如何にも映えそうなものであり、しかし持ち主のサイズに合わせたらしく極めて大きい。
中には暗褐色の液体が、これまたなみなみと注がれている。鼻をさす強烈な刺激臭がその正体を告げていた。
酒である。
それも馬鹿みたく度の強い。
まずはこれを呑み干してからでなければ、どんな交渉も受け付けない。それが礼儀と、ロシア人の深い瞳が言っていた。
私の右隣に座っていた男が最初に呑んだ。が、少ない。総量の五分の一も減っていない。
――頼りにならない奴め。
心中密かに毒づきながら、渡されたコップをええいままよと思い切って傾けた。
液体は妙に生温かく、澄んだ見かけからは想像もつかない、異様な粘性を持っていた。それが私の口の中に充満する、あの不快感ときたらない。
粘膜を蹂躙された、という表現がいちばんしっくりくるだろう。
コップを取り落としそうになるのを辛うじて堪え、最後の一人、私から見て左隣の奴に回したところで目が覚めた。
アラームのセットしてある時刻までまだだいぶ余裕があったが、再び夢に戻る気にはなれなかった。
『ドレミー・スイートへの陳情』
夢を見た。
『東方Project』の登場人物――十六夜咲夜と氷精チルノが鬼の洗濯板みたく粗くて急な山肌を、自転車に乗ってどちらが先に麓まで駈け下りられるか競争している夢である。
むろん、勝負は咲夜のぶっちぎり。大人気ないくらい全力を出してペダルを漕いで、チルノを遥か後方に置き捨てていた。頭文字D風に言うならば、「バックミラーから消された」チルノがゴール地点で地団太を踏んだのもむべなるかな。その激情に、咲夜は勝者の余裕たっぷりなすまし顔で報いていた。
秀麗な横顔には、汗の一滴も浮かんでいない。
にしても、何故あの二人だったのだろう?
幻想郷の住人が夢に出て来るのはこれが初めての経験ではない。両手の指では数えきれないほどにある。なにしろ中学生の時分からの付き合いだ。最初に手にしたシリーズは『永夜抄』で、縦シューティングはゲームボーイの『ソーラーストライカー』以来だったものだから、ひどくまごついた覚えがある。
高校生の頃は専ら東方の原曲をBGMに勉強したし、現在に至るもそのあたりの事情は大して変化していない。このブログを書くのに使っているBGMも、やはり上海アリス幻樂団の楽曲なのだ。
そうした関係の深さから、彼女達が私の夢に登場するのはさして不思議な話ではない。
問題は、何故に十六夜咲夜とチルノだったかということだ。
特にチルノ。殊更気に入っているわけでもないのに、この氷精が私の夢に登場する頻度の高さはどうにもこうにも解し難い。何年か前、軽トラで母校の体育館に突っ込む夢を見た時にも、逃げ惑う子供たちの中に何故か彼女と彼女の友人たる大妖精が混じっていた。
私が真に心を寄せる豊聡耳神子様は、何故か我が夢に一度もおいでになられたことがないというのに、この偏りはどうしたわけか。
このあたり、ドレミー・スイートに問えるものなら問うてみたい。夢を喰い、夢を創る程度の能力を有するあの獏に。ああ、夢の支配者よ、なろうことならもうちょっと、融通を効かせてはくれまいか。