夢路紀行抄   作:穢銀杏

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令和元年・中

 

七月九日

『焼け跡』

 

 よほど現状に不満があるのか、夢の私は学生時代に戻っている率が非常に高い。

 今日の夢もそうだった。といっても、正確には半々だが。

 

 修学旅行生として荷造りをし、バスに乗り込んだところまではよかったのだが、座った席はどういうわけだか運転席。子供のままの同級生の群れの中から私一人だけが現在の姿となって脱け出して、慣れた手つきでバスを転がし始めたのである。

 

 高速を抜け、次第に車通りのほとんどない裏道に入り、最終的には粗大ゴミの散乱する到底道路と呼べない場所を、しかしながら自慢のハンドルさばきで造作もなく潜り抜け――現実の私は、S字クランクで絶望していた教習所の当時から大して進歩していないのだが――、目的地に辿り着く。

 

 ところが歴史博物館であったはずのその場所は、窓や玄関から外に向かって影の如く煤が延び、天井が落ちてしっちゃかめっちゃかになっている、有り体に言って焼け跡の廃墟以外のなにものでもなくなっていた。

 なおも内部に向って盛んに放水が行われていることから、つい今がした、おそらくはバスが高速を走っていた間ごろに出火したものと思われる。

 

 どうすんだこれ、と途方に暮れたところで目が覚めた。

 

 私一人だけが現実の年齢に引き戻された事といい、苦労して辿り着いた目的地が台無しになっていた事といい、この夢、何らかの寓意を含んでいるとしか思えない。

 さっぱり見当がつかないが、いつか頓悟する日が来るのだろうか。

 

 

 

七月十三日

『八面玲瓏』

 

 夢を見た。

 富士を仰ぐ夢である。

 確か、借りていたDVDの返却期限を勘違いしていたのが事のはじまりだったと思う。てっきり明日だと思い込んでいたのが、今日だったのだ。

 あと六時間もすれば、延滞料として余計に金をとられてしまう。

 

(これはいかぬ)

 

 と思ったが、外は土砂降りの大雨だ。

 地を抉る勢いで叩きつけるこの水壁をついて外出するのは、いかにも物憂い。

 

 が、金の前には多少の肉体的疲労がなんであろう。

 

 結局、強行軍に踏み切った。

 ところがその半ばから、歩いている道がどうにもおかしい。

 視界の悪さが災いしたか、ふと気が付けば私は本来の目的地から遠く離れた、銭湯の前に立っていた。

 

 その看板を目にした瞬間、私の心理に一種奇妙な変化が起きた。延滞料も何もかも綺麗さっぱり忘れ去り、ただ熱い湯に浸かりたいとしか考えられず、あれよあれよという間に支払いを済ませ、露天風呂に体を沈めて関節の凝りを揉みほぐしていたのである。

 

 雨は既に止んでいた。

 そんなものがいつあったか、といわんばかりに透き通った夜空である。

 降りしきる月光の中、白妙に雪化粧した富士の高嶺が、八面玲瓏と讃えられたそのままに、凝然と聳え立っていた。

 七月であるにも拘らず、あの雪のみごとさはどうであろう。

 

(なにぶん、ここ最近の肌寒さだ)

 

 先刻の大雨も、あれほど標高の高い場所ではみな雪になったに違いない、と無造作に自分を納得させた。

 

 ――と、場面が一瞬で切り替わったのはその時である。

 

 私は自室に戻っていて、冷蔵庫の扉を開けていた。

 

 紙パックの牛乳を取り出してみると、なんと賞味期限が一ヶ月も前に切れている。

 未開封だが、流石にこんなものを飲むわけにはいかない。腹を下すのは必定だろう。廃棄するに如くはない。

 ところがいざ排水口に流してみると、別段変色もしていなければ異臭もしない。ちょっと勿体なかったかな、と惜しんでいると目が覚めた。

 

 山梨出身でありながら、富士の姿を夢に見たのはこれが初めてのことである。

 

 縁起よし。

 運が開ける兆候か。

 そう思い込んでいた方が、人生は華やかになるだろう。

 

 

 

七月二十一日

『夢中夢』

 

 なかなか珍しい体験をした。

 二重に夢を見たのである。

 

 最初はパソコンがウィルスにやられてクラッシュする夢だった。ディスプレイを占拠するのは懐かしのブルースクリーン。

 対処法を探るべく傍らのスマホを手に取るも、異常はこちらにまで及んでいた。

 手の平を串刺しにしているナイフだとか、瓶詰めにされた眼球だとか、とにかくその種の悪趣味且つグロテスクな画像が次から次へとひっきりなしに表示される状態に陥っており、強制終了させようとしても効がない。

 

 打つ手のなさに半ば放心していると、いきなり目が覚め、布団に仰臥し天井を見ている己の姿に気が付いた。

 

 ああよかった、夢だったのか――と安堵したのも束の間のこと。視界に何か、妙なものが映り込んでいる。

 

 染みだ。

 

 天井の一部が濡れて染みになっており、そこからぽたぽたと一定のリズムで水滴が落ち続けている。

 

 ――なんたることか、雨漏りとは。直すのにいったい幾らかかる?

 

 頭を抱えて、ふと視線を横にやると、柱にセミがとまっていた。

 かなり大きい。

 しかしながら羽も触覚も微動だにせず、したがって例の鳴き声も発しておらず、まるで柱にしがみついたまま死んでいるかのようだった。

 

 そこで二度目の目覚めを迎えた。

 しばらくしてから、そういえば今年はまだセミの鳴き声を聞いていないことに気が付いた。

 

 

 

八月二十日

『キングギドラと赤備え』

 

 夢を見た。

 死の宣告の夢である。

 

 月報、広告、押し花、新聞紙の切り抜き等々、購入した古書の中に「何か」が挟まっていることは、私自身多く経験したことである。

 しかしながら硬貨が滑り出て来たことは、今朝の夢以外では未だない。それは床に落下して、硬質な音を響かせた。

 拾い上げて調べてみると、どこの国で流通していたものであろう、くすんだ琥珀色をした正方形の金属片で、一見すると焼き過ぎたクラッカーのようにも見える。

 

 一方の面にのみ肖像画が刻まれていて、おそらくこちらが「表」だろうとあたりをつけた。ただ、それが何者であるかについては、顔の部分だけ魚眼レンズを通して見たように奇妙にねじれて歪んでいたので到底判別はつけられなかったが。首から下は折り目正しいスーツ姿なだけ、なにやら気味が悪かった。

 

 とまれ、貴重な古銭である。

 

 千円で買った古書の中にこんなものが入っているとは、思わぬ儲けをしたやもしれぬ。日頃の善行の積み重ねか、とほくほく顔で街の通りを歩いていると、

 

「このままでは、あなたは必ず死ぬ運命にある」

 

 横合いから出し抜けに、そんな言葉をかけられた。

 しわがれてはいるものの、確かに女の声である。

 驚いてそちらを振り向くと、時代錯誤なローブ姿の老婆がひとり。老婆は自分を「霊媒師」と名乗り、私が強力な死の呪いに囚われていることを告げて来た。

 

(そうやって金をせしめる魂胆だろう)

 

 その手に乗るか、いんちき山師め。

 そうやってせせら笑えていたのも最初だけ。懐に隠している例の硬貨の特徴を老婆がズバズバ言い当てて、「それが呪いの根源だ」と告げられるに至っては、

 

(おいおい、こいつは本物だ)

 

 と、すっかり帽子を脱ぐ気になっていた。

 どうすれば救かる、方法はあるのかと私が訊くと、老婆は重々しく頷いた。特定の場所に、特定の時刻、特定の深さの穴を掘って問題の硬貨を埋めればよい。

 

「ただしその様子を、一切他人(ひと)に見られてはなりませぬ」

 

 見られればどうなるかは、敢えて言うも愚かだろう。

 まったく、趣味がとんだ災難を呼び寄せてしまった。忸怩たる思いに苛まれつつ、夏の蒸れた闇を掻き分け、私は指定された場所――故郷の山の奥深く――へと赴いた。

 

 で、用意してきたスコップをふるい、地面を掘り進んで行ったわけだが、私が筋肉労働に勤しんでいるすぐそばで、何故か巨大なモニターが点灯しており、赤備えの甲冑武者とキングギドラが取っ組み合う映像がひっきりなしに流れているのは、全く以って閉口した。

 

(このあたりは、不法投棄のメッカなのか?)

 

 そういえばあちらに横たわっている影は、業務用冷蔵庫のようにも見える。

 そんなことを考えている間にモニターの中の戦局はギドラの側に大きく傾き、もはや甲冑武者のなぶり殺しといった具合になってきた。

 

 そのあたりで目が覚めた。

 

『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』のレンタル開始はいつであろう。今から楽しみで仕方ない。

 

 

 

九月九日

『嵐の夜に』

 

 風の音に聾され続けた夜だった。

 

 台風15号が関東平野を舐め上げるように通過していった昨晩の話だ。吹き付ける風雨の凄まじさに家の骨組が悲鳴を上げて、その不吉な音色とひっきりなしな震動に、ともすれば防空壕でB-29の爆撃に耐え忍ぶ戦時中の方々の心に僅かなりとも共感できた気さえした。

 おまけに雨戸という雨戸をみんな閉め切ってしまったものだから、ひどく蒸して不快指数がみるみるうちに上昇した。かといってあの暴風の中、無思慮にクーラーなんぞをつけようものなら、室外機に自殺を強いるようなものである。

 

 結局、扇風機を抱くようにして寝るしかなかった。

 

 台風が襲来した夜というのは、いつも決まってこのこれだ。寝苦しいったらありゃしない。

 

 その所為か、二十年来の友人から連帯保証人になってくれと頼まれるという、とんでもない夢まで見てしまった。

 急な申し出に私は驚き、かつ(おそ)れ、

 

 ――いくらお前の頼みでも、こればっかりは。

 

 そう峻拒すると友人は、途端にはじかれたように顔を上げ、

 

 ――そうか、まあそりゃ、そうだよな。

 

 頷いて、殊更に明るい声で笑ってのけた。

 声量は大きい。大きいが、その大きさは謂わば風船の大きさで、中身がちっとも詰まっていない。

 虚勢であると一目で知れた。

 

 今すぐにでも膝から地面に崩れ落ちるか、さもなくば私の胸倉をつかまえて、この人非人の冷血漢と罵りたいのが正直なところであったろう。

 

 が、そうした本音の噴出を一手に抑え、あくまでいやなものを残さず立ち去ろうとする後姿に、

 

 ――この男のためならば、判子の十や二十、ついてやっても惜しくないのではあるまいか。

 

 との想いが、沛然として私の胸奥から湧いた。

 

 が、それが言葉となって舌の先から滑り出ることはついぞなかった。夢の中であるにも拘らず、理性が、経験が、本来麻痺しているはずの諸々の機能が、私の行動を抑止したのだ。

 そして今なお、あの判断が間違っていたとは思わない。「感動」は危険だ。「快楽」と同じく迂闊に身を委ねると、ついに人生を誤りかねない。

 

 夢はこの一幕だけでなく、他にもクローゼットにぎっしり詰まった竹槍とか、何がしか見たものがあったはずだが、そうしたものはちぎれちぎれの綿雲のように断片的な映像が記憶野にこびりついているだけで、はっきり筋道立てては到底語れそうにない。

 

 異様な夜には異様な夢を見るものだ。そう結論して終りにしよう。

 

 

 

九月十九日

『絡みつく水』

 

 夢を見た。

 プールで泳ぐ夢である。

 屋内型のプールであった。

 幅は、広い。縦横ともに、明らかに五十メートルを超えている。

 ところがその広いプールの総てのレーンに先客がいて、私の泳ぐ余地がない。

 

 誰かが上がり、レーンが空くのを待つべきか?

 

 いや、駄目だ。そんなまだるっこしいことはしていられない。何故かはまったくわからぬが、今すぐ泳がなくては、泳げることを証明せねばという切迫した気持ちが毒霧の如く私の中に充満していた。

 

 やむにやまれず、他人のレーンに飛び込んだ。

 

 バタフライをやってる奴のレーンであった。真っ直ぐだったそいつの軌道が、にわかに歪んで蛇行する気配が伝わってくる。

 だが、そんなことに気を遣ってなどいられない。

 身を投じてみて初めて分かった。

 

 深い――

 

 なんと深いのだ、このプールは。

 底の床面が見えない。濃密な群青の深淵が広がるばかりで、ともすれば地獄にまで続いているのではないかとさえ錯覚した。

 

 恐怖のあまり呼吸が乱れ、つい鼻から水を呑み込んでしまう。

 あわやパニックに陥りかける自分自身を必死に鎮め、平泳ぎで慎重に向こう岸まで泳ぎ渡った。プールサイドから私の背中に「このウスノロが、なにをチンタラしてやがる、さっさとあっちに行きやがれ」と言わんばかりの視線が突き刺さるのを感じたが、知ったことではないだろう。事ここに至っては、生き延びるのが第一だ。

 

 その後、ロッカールームでも最新のプラズマ式なんちゃらがどうこうとの騒動があった気がするが、正直よく思い出せない。

 

 目が覚めて、そういえば昔、小学生のころ、市民プールに備え付けられてある滑り台の骨組の部分を潜ろうとして腰がつっかえ、あわや溺死しかけたことを思い出した。

 

 あのときはめちゃくちゃに暴れる内にうまいこと身体が脱け出たのだが、もしあそこで私が死んでいたなら、また随分と遊具規制の声が高くなったに違いない。

 

 この出来事はべつだんトラウマにもならず、私はその後も同プールに通い続けた。子供の心は、存外たくましいものだ。

 

 

 

十月八日

『墓参り』

 

 夢を見た。

 死者と話す夢である。

 

 祖母の墓に詣でるために山奥の実家に向かったところ、なんと遺骨壺に納められたはずの祖母その人が、玄関口で

 

「てっ、よく来たじゃんけ」

 

 と大層賑々しく出迎えてくれたからたまらない。

 視界がくるめくような戸惑いに襲われはしたものの、それも一瞬で過ぎ去って、気付けば私は招かれるまま奥の部屋にて出された茶を飲んでいた。

 

 幼少の私を一言にて表すならば、「虚弱体質」これこの通りに尽きるだろう。事あるごとにすぐ熱を出し、医者の厄介になった回数は数えきれない。そんな時、共働きの両親は、私をよくこの祖母の下にあずけていった。

 

 何処に目を向けようと、一つとして古い記憶を刺激しないものはない。細かな調度品にさえ、なにかしらの思い出が滲みついている。ともすれば布団に包まる小さな私を幻視しかねないほどに、甘い感傷をそそられた。

 

 そんな空間の只中で、祖母と四方山の話をした。

 

 内容をハッキリと思い出すことはできないが、おおむね私が叱られているような調子だったように思う。

 

 二階に上がる階段の先から、大勢が言い騒ぐ声が聞こえる。

 どうやら私以外にも訪れた客がいるようだ。

 窓の外の風景も、にわかに暗くなってきた。

 そろそろ帰る頃合いかと腰を上げ、いつもの慣習に従って、また来るよと再訪を約し出て行こうとしたところ、

 

「いやあ、これが最後だよ」

 

 底抜けに朗らかな声でそう言われたものだから、伸ばしたばかりの私の膝が、危うくかくんと折れかけた。

 肺がぺしゃんこに折り畳まれて、中の空気が全部外に押し出される――そう錯覚するほどに、衝撃的な言葉であった。

 

(ああ、この人は知っている)

 

 何をか、などと敢えて論ずるまでもないだろう。

 

 祖母が既に地上に亡いこと。

 及び、その葬式の日の光景。

 そうした数多の情報が、まるで山津波の如く、ひとかたまりになって私の脳裏に押し寄せてきた。

 

 何かを言わなければならない。

 

 そんな心細いことを言わずに、とか、気をしっかり持って、とか、とにかくそういう何事かを。

 が、そうした理性の訴えとは裏腹に、私の口をついて出たのは、

 

 ――名残り惜しい。名残り惜しいよ、俺は。

 

 せきあげるように、そう繰り返すのみだった。

 

 べつに今日は祖母の命日でもなんでもない。

 にも拘らず、何故あのような夢を見たのだろうか。つくづく不思議の感に堪えぬ。

 

 

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