夢路紀行抄   作:穢銀杏

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令和元年・下

 

十月三十一日

『嗚呼懐かしのセンター試験』

 

 夢を見た。

 鉛筆を削る夢である。

 

 夢の中、気付いてみれば私は懐かしのセンター試験会場に立ち返っていた。

 人生を決める大一番――。

 ところが斯くも重要な試験に、これはなんたる不注意か、ペンケースの中には万年筆しか入っておらず、シャーペンも鉛筆も消しゴムも、影も形もないのである。

 

 センター試験はマークシート式。その採点は機械によって、目を見張る速さで遂行される。機械のセンサーは原則遠赤外線を照射しており、これが鉛筆に含まれる炭素に反応して読み取りが行われるシステムだ。ボールペンや万年筆のインクでは、この反応が基準値に遠く及ばない。

 つまりいくら正答を塗りつぶしたところでまったくの無為、「無回答」とカウントされるのみである。これは弱った。早急に鉛筆を調達しなければならない。

 

 幸い、試験開始までにはまだ幾分か猶予がある。会場を抜け出した私は、首尾よくほど近い場所に売店を発見。鉛筆を束で買い込むと、早速それをナイフで以って削り始めた。

 

 そう、ナイフで。あたかも前時代の学生のように。鉛筆削りを使おうという発想は、何故か露ほども浮かばなかった。

 

 しかし、まったく何たることか、ここで再び問題発生。細心の注意を払ってナイフを動かしているにも拘らず、鉛筆が次々折れるのである。

 芯のみではない、芯を包んでいる木材ごと逝く。それはもう、ポッキーみたくポキポキと。

 

 ついには購入した悉くが使い物にならなくなった。

 

 そこで私の脳裏に去来したのは、「缶詰」と呼ばれる鉛筆の存在。

 戦前猖獗をきわめた詐欺商品の一種で、両端の僅かばかりの範囲にしか芯が詰まっていないのである。中身は空洞、それが丁度蓋をした缶詰のように見えたので、こんな名前が付いたとか。

 

 こうまで脆く出来ているのは、この鉛筆が「缶詰」だからではないか? おのれ悪徳商人め、未だ絶滅していなかったのか――と怒りに駆られたあたりで目が覚めた。

 

 聞くところによると、大学入試センター試験は今年度の実施を最後に廃止され、来年からは新たな制度に移行するそうな。

 この改革で受験戦争の様相は、或いは一変するだろう。我々センター受験世代が「時代遅れの老兵」扱いされる日とて、まんざら来ないとは限らない。時代の移り変わりを明示するニュースに、私の深層心理が反応した結果、あのような夢を見たのだろうか。

 

 いずれにせよ、懐かしいやら忌々しいやら、なんとも複雑な目覚めであった。

 

 

 

十一月十二日

『葦名流 対 二天一流』

 

 夢を見た。

『隻狼』の葦名一心と、『刃牙道』の宮本武蔵が立ち合う夢だ。

 どうしてそうなったか、経緯についてはよく憶えていない。

 

 確か私の夢世界では武蔵は一心の食客で、彼の屋敷で起居する身分であったのだ。

 その武蔵がふとしたことから同じ食客の一人を殺し、その流血が火種となって誘爆が連鎖、最終的に一心がケジメやら何やらのために武蔵を斬りに出動する――そんな流れだったように思われる。

 

 武蔵の刀を、同じく刀で以って撃ち払える人間。

 

 そんなものは三千世界を隈なく探せど、せいぜい片手で数えきれるほどしか存在すまい。

 そして葦名一心は、世にも稀なるその指の中の一本だった。

 向かい合うは互いに剣鬼。瞳の奥に、斬ることが好きでたまらぬ修羅を宿してただひたすらに斬り続けた二人の男。

 

 屍山血河の頂に立つ怪物同士、その闘いが人智を超えたモノになるのは、至極当然のことだった。

 

 風切りの音すら遅れて聴こえる。

 斬撃の軌道は、もはや光としてしか認識できない。

 刀身が目に映るのは、「弾き」のほんの刹那だけ。

 舞い散る火花が宙に溶けるよりなお早く、次々「弾き」が行われるため空間を占める白熱光は常軌を逸して増加して行き、ついには輝きの滝とも呼ぶべき幻想的な光景を生む。

 

 ただ剣のみをよすがにこの異界を現出せしめた両雄は、一貫して笑顔であった。

 

 私がこよなく愛読する柴田ヨクサルの傑作漫画、『ハチワンダイバー』に次のような一幕がある。

 

 

「『善は急げ』 よね」

「善?」

「そういうことだ これが“善”だ」

「何が“善”だ?」

「おまえは何のために強くなった?」

「暗殺のため」

「強い者同士が戦うのが“善”だ」

「“善”よ」

(さ… サルかよ)

 

 皆口由紀。

 尾形小路明太。

 ジョンス・リー。

 

「武」の方面で最高レベルに突出した三名が、一堂に会した際のやりとりである。

 初めてこれを読んだとき、「あっ」と息を呑まされたものだ。

 

 完璧だった。

 

 これほど爽快で得心のいく「善」の定義は、未だに聞いたことがない。

 そしてこの筆法を以ってするなら、昨夜の私の夢の中は、間違いなく最高純度の「善」によって満たされていた。

「善」は即ち「美」にも通じる。誤解を恐れず言わせてもらえば、絶対者による一方的な虐殺には華がない。

 実力伯仲した強敵同士、勝敗の帰趨常に揺蕩う、対等の殺し合いであってこそ、血腥いこの行為にも漸く美しさが宿るのだ。

 そのあたりの事情をよく呑み込んで、私の無意識は実にいいものを見せてくれた。

 

 きっちり決着をつけたことも評価したい。

 夾雑物の一切ない、純粋で濃密な時間が過ぎ去った後、残りし影はただ一つ。

 葦名一心が、宮本武蔵を斬り伏せていた。

 

 

 

十二月三日

『荒野を走るセルロイド』

 

 夢を見た。

 息せききって、疾走(はし)り続ける夢である。

 

 昨夜の私の夢の舞台は、さながら『フォールアウト』シリーズにでも登場しそうな寂莫たる一面の荒野。道路らしい道路もなく、烈日に照らされ、ひび割ればかりが目に付く大地。そんな場所で、私は何故かセルロイド製のマネキン集団に追いかけられて、必死の思いで逃げていた。

 

 どういう意図で設計されたか知らないが、このマネキンども、胴が普通人の倍は長い。

 むろん、横にではなく縦に、である。

 それと引き換えにしたとでも言うかのように、手足の方は異様に短く、名状し難いアンバランスさに生理的嫌悪感がこみ上げるのをどうしようもない。

 おまけにそんな脚部であるにも拘らず、連中の移動速度ときたらどうであろう。ほとんど手足を動かしているように見えないくせに、野犬もかくやとばかりに早いのである。

 控え目に言っても怪物であろう。一匹だけでも耐え難い、そんなモノが、こともあろうに群れを成してこちらに迫り来ているのである。

 

 捕まれば、いったい何をされるやら――考えるだにおぞましい。

 

 振り向きざまにコンバット・ショットガンをぶっ放してみもしたが――何故そんな物騒な銃器を持っていたかと訊かれても困る。強いて言えば、『フォールアウト3』で散々愛用したからだろう。スーパーミュータントの頭部をスイカみたいに吹っ飛ばすのが快感だった――、大してこたえた気配もない。めり込んだ散弾がぱらぱらと足下にこぼれる光景を目の当たりにした瞬間、私の恐怖は絶頂に達した。

 

 風邪の際にはこのような、奇天烈な悪夢を見ることが多い。

 ここのところ、どうにも喉の奥に違和感がある。

 あるいはそれが元凶だろうか。せいぜい自愛することにしよう。

 

 

 

十二月十五日

『お墨付き』

 

 夢を見た。

 二度寝の合間の夢である。

 

 一度は目を覚ましたにも拘らず、寒さと惰性に押し切られ、再び布団にもぐり込んだ私の意識はあっという間に夢の中へと旅立った。

 その世界の情景は、現実世界の私の部屋とほとんど何も変わらない。机には炬燵布団が被せられ、窓からは燦々と陽ざしが差し込んでいる。

 主だった差異はただ一つ。ぜんぜん見覚えのない白髪あたまの老人が本棚の前に陣取って、詰め込まれた古書の背表紙をじろじろ眺めていたことだ。

 

 夢の中特有の茫洋とした気分も相俟って、私はこの事態にどう処せばいいのかさっぱりわからず、声をかけることも出来ぬまま、阿呆の如く呆然と老爺の背中を見詰めるばかり。この寒いにも拘らず、彼は着流しの甚平一丁という、ひどく季節外れな格好をしていた。

 やがてこちらに向き直った老人は、どっかりと床に腰を下ろして胡坐をかいて、私の眼窩に棒の如く一直線な視線を注ぎ、

 

「よくぞこれだけ集めたもんだ」

 

 そう言って、鷹のように鋭い笑みを浮かべたのである。

 

 私が蒐集した古書の中には書き込みや、朱線・青線が引かれているのも珍しくなく、著者直々に贈呈されたと思しき書籍さえも存在している。

 特別な想いが籠められていたとしてもなんら不思議ではないだろう。そうした前所有者たちの念が凝って、あのような形を成したのだろうか。

 

 だとすれば、私はたぶん、お墨付き(・・・・)を与えられたということになる。悪い気はしない。我が懐古趣味も、いい具合に高まってきた。

 

 

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