夢路紀行抄   作:穢銀杏

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令和二年・下

 

六月十九日

『鏡に映るは』

 

 夢の中で鏡を覗くということは、考えようによってはひどく不気味な行為でないか。

 

 丁度そんな体験をした。

 

 つい今朝方のことである。

 

 手洗いを終え、水滴を拭っている最中、何の気なしにふと顔を上げ、目の前の鏡に視線を投げる。

 どこの家の洗面所にもありそうな、飾り気を排した縦長の鏡だ。

 その中に、毛むくじゃらの肥満した、熊のような大男が立っていた。

 

(えっ)

 

 回路がまとめて焼き切れでもしたかのように、頭がカーッと熱くなり、しばしのあいだ思考が止まる。

 腫れぼったい目蓋の下でどろりと白く濁った瞳が、私の視線を真正面から受けとめる。そのことで、これが紛れもなく自分の姿なんであると認めぬわけにはいかなくなった。

 

(なんということだ)

 

 そりゃあ確かに年が明けてからこっちというもの、コロナだの自粛だのなんだので外出する機会が減って、ちょっと運動不足かなという懸念はあった。

 心なしか、ズボンがきつくなったような感触もある。

 しかしよもや、これほど如実にその弊害があらわれるとは――私は眩暈を抑えかね、ふらふらと二三歩後ろに退がった。魂が脱け出るときの気分とは、きっとあんなものだろう。

 

 目が覚めてのち、私はすぐに鏡の前に馳せ参じ、大きく口を開いたり、満面の笑みを作るなどしてほっと安堵の溜息をついた。

 このあたりの心理は、自分自身よくわからない。表情筋を思い切り動かすことにより、何がしかの実感を得た気になったのだろうか?

 

 昨晩の夢で、また私はポケモンセンターの職員であり、客の一人から「マスターボールの入荷予定はあるか」と訊ねられる場面もあった。

 

 ポケモンなど、最後にプレイしたのはGBAの「ルビー」であって、以来十数年触れてさえもいないというのに。つくづく不思議な夢見であった。

 

 

 

七月十四日

『験を担いで』

 

 夢を見た。

 麻雀を打つ夢である。

 

 いつからか、私はバスに乗っていた。ガタゴトと揺れるそのバスは、どうやら山形県の海岸沿いを走行中であるらしい。窓外を、いちめん蔦に覆われた、今にも崩れ落ちんばかりの喫茶店が横切った。

 

 ――目的地までは、だいぶ間がある。

 

 なにか暇つぶしの好材料はないものか。車内をぐるりと見まわして、端の方の一角に、麻雀卓が据え付けられているのに気づいた。

 

 ――これはよい。

 

 昔の地方鉄道には、将棋盤や碁盤が常備されていた車輛があったと物の話に聞き覚えがある。震動する列車内でも対局に不自由を来さないよう、スイッチ式の電磁石が仕込まれていたとも。

 だからだろうか、さしたる疑念も抱かなかった。相手を募ると、たちまち応ずる者が出た。そのうちの一人、私の対面に着いた男の顔だけは、目覚めた今でもはっきり記憶に残されている。

 

 野比のび太だった。

 

 それも少年時代ではない、源静香と結婚後の、大人になった彼だった。

 

 社会に出て、それなりの苦労を積んだのだろう。彼の打ち筋はなかなか堂に入っていた。

 

 起床後、これは何かの瑞兆か、ひょっとして今麻雀を打ったなら、役満手を持って来れたりするのでないかと妄想し、憑かれたように「雀魂」を起動。昔はよくゲームセンターで「麻雀格闘倶楽部」の筐体に100円玉を突っ込んだものだが、今日ではこのように、無料で打てる場がいくらでも巷に氾濫している。いい世の中になったものだ。

 

 で、いざ卓を囲んでみると、期待したような好配牌は一向に来ない。

 

 むしろ他家の手ばかりいたずらに早く、二鳴きした状態から三家リーチがかかったり、満貫ツモの親っかぶりを喰らったりと、惨憺たる状況ばかりが続く。

 

 ――所詮、夢が現実に影響するなどおとぎ話か。

 

 諦観が満ちる思いであった。

 ところが東三局。河底でトップ目から跳満を直取りするという、嘘のような幸運が。

 続くオーラスでもツモに恵まれ、タンヤオドラ2をサラッと和了る。

 僅差ながら、トップでその東風戦を終了できた。

 

 ――ありがたや、これぞ夢の不思議であろう。

 

 もう憧憬と敬意とが復活している。我ながら現金な性格だ。

 

 

 

七月三十日

『期限の束縛』

 

 夢を見た。

 迂闊千万な夢である。

 駅へと向かう道すがら、私のアタマに唐突に、ずっと昔に借りたまま部屋の隅っこに転がしっぱなしのDVDが浮かんだのである。

 

(しまった)

 

 あわてて引っ返すことにした。

 

 が、先刻通過した際には影も形もなかった筈の抗議デモ隊が道を塞いで、容易に通行を許さない。

 何に対して抗議していたかは不明だが、やたらと平均年齢が高かったことと、

 

「あなたも実は老人なのかもしれませんよ」

 

 と声をかけられ、人体解剖図がデカデカと載ったビラを渡されたことだけは憶えている。

 

 やがて、自宅に着いた。

 

 さして手間をかけることなく、ちょっと家探しするだけで、目的の物は発見できた。積み上げられた本の合間に、埃を被って挟まっている。『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が混ざっていたのは憶えているが、他の作品は曖昧だ。レシートを検めると、返却期限、「六月六日」――。

 

(なんということだ)

 

 我ながらあさましいまでの動揺だった。

 

 夢の中では、ときに判断基準が滅茶苦茶に狂う。ひどく大袈裟な例えになるが、現実世界で親友を見殺しにしたとしても、あれほどの罪悪感を抱くかどうか。心臓が冷え、呼吸は浅く、力が抜けて腰に胴がめり込みかけた。

 

 とまれ、どの程度の延滞料を店に支払う破目になるのか確かめねばならないだろう。スマホを取り出し、検索しようと試みるも、何故か上手く文字を打てない。

 苛立ちを募らせている間に目が覚めた。「期限」というものに自分が如何に神経質か、思い知らせてくれる夢だった。

 

 

 

九月二十四日

『シタタカ毒虫』

 

 夢を見た。

 有名人の夢である。

 

 始まりは、確かショッピングモールの通路であった。

 

 全体的に黄色みがかった配色で、ただもうそこに居るだけで、細胞が踊り出すような、陽気な気分になってくる。

 建築の妙と言うべきだろう。

 幅も広い。重戦車でも悠々走行できそうな、贅沢な空間の使い方だ。

 

 そこをずっと歩いていると、やがて日本庭園にぶち当たった。

 

 山水を引き、敷石は濡れ、風が吹けば潮騒の如く梢が揺れて快い。客の心を和ます努力が憎いばかりに費やされたその場所は、しかし私が訪れたとき、蕭殺たる気に隙間もなく満たされて、とても「癒し」どころの騒ぎでなかった。

 

 さもありなん。奥のこぢんまりした庵の近く、石燈籠の足下で男が死体になっている。

 

 毛利小五郎であった。

 

 江戸川コナンの隠れ蓑としてしょっちゅう麻酔針を撃ち込まれ、「眠り」の渾名まで頂戴したその彼が、顔面を朱に染め永久(とわ)の眠りに就いている。

 死体のわきにかがみ込み、瞳孔の開ききった表情で致命傷を検分するのは、目暮警部に他ならない。

 やがて大儀そうに腰を上げると、帽子のつばに指を添え、

 

「シタタカ毒虫の仕業に間違いないな」

 

 かつての部下の命を奪った下手人の名を、無感情な声音で告げた。

 

 最近巷を騒がせる、連続殺人鬼であるらしい。

 

 私の脳のどのあたりの襞の影からこんな語彙が漏れ出るのやら、我ながら不思議で不思議で仕方ない。自分のネーミングセンスというものを、ちょっと疑ってみたくなる。

 

 ほどなくして、私はその場から離脱した。

 

 ショッピングモールの通路に戻り、ボタンを押してエレベーターの到来を待つ。

 気抜けするような音を響かせ扉が開いた。

 いざ乗り込んで驚いた。先客の顔に見覚えがありすぎた所為である。憮然とした顔付きでパネルの側に佇んでいる禿頭(とくとう)は、間違いない、「世界一運の悪い男」ジョン・マクレーンその人だ。

 

(おれは死ぬのか)

 

 ごく自然に予感した。

 例えばそう、今この瞬間、ショッピングモールが爆破され、エレベーターが落下するか何かして――。

 

 私にとってそれはほとんど既定事項に思われた。この場に於ける自分の役は、さしずめ画面に彩りを与えるための生贄である。せいぜい派手に、滑稽に死んで、観客の目を愉しませよと――。

 

 そのあたりで目が覚めた。

 

 江戸川コナンとジョン・マクレーン。

 

 死神に愛されきった男たちが偶然にも一堂に会す。

 

 地獄が生まれぬわけがない。仄かに影が見え隠れする異常殺人鬼がどんな具合に話に絡むか、暫くの間妄想して楽しんだ。

 

 

 

十一月一日

『間違い電話』

 

 夢を見た。

 埒のあかない夢である。

 

 直前まで何をしていたかは憶えていない。鮮明なのは、携帯がけたたましく鳴り響いてからである。

 

 着信を知らせる音色であった。

 

 私は特に発信元の番号を確かめもせず、半ば反射でそれに出る。後から思えば迂闊としか言いようがない。悪徳業者のトラップだったら何とするのか。

 果たしてスピーカーから聴こえて来たのは、

 

「――さん?」

 

 しわがれて、変に間延びのした、知らぬ老婆の声だった。

 むろん、私の苗字ではない。

 

(間違い電話か)

 

 今の時代珍しいなと思いつつ、差し当たり穏当な対応を心がけることにする。

 

 が、よほどお年を召されているのか。違います、どちら様ですか、と繰り返し答えてやっても一向に頓着する様子がない。通話の相手はただひたすらに、自分の用件のみを述べ立ててくる。

 どこだかの予約が取れたから、十時半ごろに車廻して迎えに来てくれ――要約すればこんなところだ。

 

(俺にそんなこと言われても)

 

 ほとんど途方に暮れる感がした。

 

 いっそ、ここまで話が通じないのであるならば、問答無用で通話を切ってしまえばいい。

 後は発信元の番号を着信拒否にでも処してしまえば、遠からず相手も己の過ちに気付くであろう。

 しかしそこが夢中の沙汰で、当時の私はなんとかして相手の誤解を正さなければとそのことばかりに気を取られ、大汗をかき、他の発想など塵ほどにも浮上せず、豆腐を石畳に叩きつけるような愚挙ばかりを敢えて続けた。

 

 そうして得られた成果というのが、

 

「――さん、風邪でもひいたか」

 

 の一言だというのだから馬鹿げている。

 なんだって夢の中でまで、徒労に苦しまなければならないのだろう。

 

 それ以外にも純狐――『東方紺珠伝』の登場人物――が足利義輝を篭絡しようとしたり、社運を賭けてお化け屋敷に挑んだりと、奇天烈な展開があった筈だが、既に朧になってしまった。

 

 ただ、あの不吉な声だけが、どういうわけか今も鼓膜にひっついている。

 

 

 

十二月二十二日

『脱衣ロッカー大迷路』

 

 夢を見た。

 転換激しい夢である。

 

 最初は確か、工場だった。

 

 私は灰色がかった作業服を着てベルトコンベアの前に立ち、延々と運ばれてくるプラ容器にハンバーグを詰める作業に没頭していた。

 このあたり、背景を探るに難はない。

 間違いなく夕飯の献立の影響だろう。セブンイレブンのレンチン惣菜。ハンバーグの品目内でも、鉄板焼より和風の方が私の好みだ。昨日もそれを、米に乗せてかっ込んだ。

 

 作業の合間、ふと隣に視線を移すと、テレビが点いて、天気予報をやっていた。

 

 それがなんと、二十四日のクリスマス・イヴは過去例のない高温で、28℃になるという。

 

 耳を疑い、目を疑い、画面に穴が開くほど見詰めてみたが、結果は変わらず。異常気象もここまで来たかと空恐ろしい気分になった。

 

 と、次の瞬間。

 

 一切の前触れなく、私の視界は熱気濛々たる銭湯のそれに塗り替えられた。

 あんまりにもなその唐突さは、さしずめ転移とでも表現するより外にない。

 

 四辺(あたり)を見回す。

 

 全体的に群青を基調とした色彩だった。

 ゆらめく反射光とも相俟って、海の底から水面を仰ぎ見ているような感を覚えた。

 

 洗い場の附近、浴槽との間を仕切るかのような位置取りで、脱衣ロッカーが鎮座していた。

 

 何かの間違いでこの空間に紛れ込んでしまった同士、私はこのロッカーに、奇妙な連帯感を抱かずにはいられなかった。

 ところがいざ安心して服を預けて身体を洗ってみたところ、これはしたり、振り返るとロッカーは影も形もなくなっている。

 

 あの野郎裏切りやがったと、腹がたつやら心細いやら錯綜する感情のままに後を追って飛び出すと、豈図らんや、ロッカーはちゃんと本来在るべき空間――脱衣所に整然とたたずんでいた。

 しかし、奇妙なのはその配置である。

 

 数字通りに並んでいない。

 

 7の次が938だったりと、てんでばらばらになっている。

 自分のロッカーを探し求めて歩いていると、いつしか私は途轍もないことに気がついた。

 

 これは迷路だ。

 

 何百、何千、いやいっそ何万という数の脱衣ロッカーで構成された巨大な迷路に、知らず私は足を踏み入れてしまっている。……

 

 そのあたりで目が覚めた。

 クリスマスにはまた、例のハンバーグでも喰おうかと、目を擦りながら考えた。

 

 

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