夢路紀行抄   作:穢銀杏

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令和三年・上

 

二月八日

『そうは問屋が卸さない』

 

 夢を見た。

 とち狂った夢である。

 紅魔館の庭先で、十六夜咲夜と紅美鈴が相撲をしていた。

 むろん、まわし一丁の姿で、だ。

 神聖な土俵にあがる以上、当然の仕儀といっていい。

 ただ、どういうわけかカチューシャと人民帽だけは、それぞれ被ったままだった。

 

 私は行司役として、その取り組みをいちばん近くで見届ける栄誉に与っていた。

 恐悦至極、望外の歓喜としか言い様がない。

 飛び散る汗、紅潮する肌。裂ける天に震える地。

 実力は割と伯仲していた。

 人と(あやかし)の間には相当以上の身体的能力差が存在していて然るべきだが、そのあたりの懸隔をどう埋めたのか。弾幕ごっこやルール無用の殺し合いならともかくとして、相撲のルールに則る以上、メイド長の不利は本来覆うべくもない筈なのだが。

 まあ、夢の話だ。整合性を求めるだけ野暮だろう。

 

 決着の前に目を覚ましてしまったゆえに、どちらが勝ったかは分からない。

 

 とうとう頭がイカレたかと自分自身に辟易しつつ、目覚まし時計を引き寄せる。

 

 設定した時刻まで、まだ三時間以上の猶予があった。

 

 起床するには早すぎたのだ。目を閉じ、意識を手放して――私は再び、夢を見た。

 

 今度のは、砂の国の夢である。

 

 ピラミッドが建っていた。

 

 現実のそれとは大きく異なり、全面化粧石に覆われて、白堊にまばゆく輝いていたのは『アサシンクリード オリジン』による影響だろう。

 

 その足元では、異変が進行中だった。

 

 とんでもない数のようがんまじん――左様、『ドラクエ』シリーズお馴染みの、手と顔だけを地面から露出させたあのモンスター――が寄り集まって、基底部を融かさんとしているのである。

 

 その情景を認めた瞬間、私は恐怖にすくみ上った。

 

 自分でも、何があんなに恐ろしかったかわからない。意味不明の衝動だった。脊髄をゴボウさながらに引っこ抜かれて、氷水に浸け込まれでもしたかの如き戦慄だけが確かであった。

 

 その印象があまりに強烈すぎたゆえ、あとの記憶はバラバラである。ピラミッドの中に入って、土産物屋で財布を開けたら三千円しか入っていなくて気まずい思いを味わったとか、病院を思わせる通路の先で誰かと会った気もするが、いずれも千切れ千切れの断片に過ぎず、どういう順序だったかも今となっては曖昧だ。

 

 目覚めてから暫くは、脳がスポンジにでも()ったかのように思考能力が鈍かった。

 

 ――いっそのこと、二度寝などせず。

 

 一度目(・・・)で起きていた方がマシだったかと、胡乱なあたまで考えた。

 

 

 

二月二十八日

『原始的な精密機械』

 

 夢を見た。

 電子回路の夢である。

 遮光カーテンを閉め切った部屋、薄ぼんやりとした光源。洞窟を思わせる湿った空気を吸いながら、私はただもうひたすらに、めちゃくちゃな桁数の四則演算に取り組んでいた。

 

 道具は鉛筆と藁半紙、それと自分の頭のみ。原理はまったく不明だが、スーパーコンピューターの能力を高めるためには絶対不可欠の作業らしい。

 

 部屋には私以外にも、同様の作業に従事する者が何人もいた。どれもこれも、まるで見覚えのない顔である。みなこぞって表情を消し、無駄口どころか咳払い一つこぼすことなく、せっせと鉛筆を動かし続ける。その有り様は、部屋の雰囲気とも相俟って、どこか魚の群れに似ていた。

 

 斯く言う私自身とて、端から見れば立派な「魚」であったろう。ノルマをこなし、仕上がった答案を問題のスパコンに読み込ませにゆく。部屋の片隅に置かれたソレは、どう見てもウォーターサーバー以外のなにものでも有り得なかった。

 

 が、いつぞやにIBMが発表した量子コンピューター「IBM Q」のモデルも、遠目からは一風変わったシャンデリアに見えなくもない、変わった形状をしていただろう。シャンデリアとウォーターサーバー、この二つにどれほどの違いがあるというのか? 

 

 少なくとも夢の世界に於いて、それは些細な問題だった。

 

 適当な隙間に折り畳んだ藁半紙を突っ込んで、私は部屋を後にする。

 

 休憩時間の開始であった。

 

 ロビーのソファーに腰を下ろして、懐からスマホを取り出す。

 

 そこまではいい。ところがいざ起動してみるやどうであろう、ウイルスに感染しているではないか。

 梅干しみたく瓶詰めにされた目玉の画像が壁紙として固定され、通常の反応を返さない。

 

 ――帰り際に修理に出そう。

 

 そう思って電源ボタンを一押ししたが、こはいかに、画面は相も変わらず点いたまま、消灯の気配が微塵も見えぬ。

 

 焦慮する間に、事態は更なる悪化を開始。スピーカーから中国語めいた発音で、「緊急メンテナンスが必要です」だのなんだのと、癇に障る警告が次から次へと掻き鳴らされる。音量は最大に固定され、一切の操作を受け付けないこと勿論である。

 

 忌々しいと、臍を噛まずにはいられなかった。こういう場合、すぐさま電池をひっこ抜けない仕様であるのは如何にも不便と、テクノロジーの発達を呪いたくなる気にさえなった。

 

 私は窮した。窮するあまり、突飛な手段に打って出た。

 

 トイレに走り、タンクを開けて、その中にスマホを沈めたのである。

 

 音が止むことはなかったが、なに、再び蓋を閉めてしまえば、そうそう漏れ聞こえたりするものか。そのうち電池も尽きるであろう。よかった、これで当座は凌げた。……

 

 そんなことを考えていたように思われる。

 

 危地に於いてこそ人の真価が試されるというのなら、昨夜の私はどうしようもなく落第だろう。

 

 目覚めを迎えてさっそく粘膜に殺到してきた疼痛感にくしゃみを連発させながら、二重の意味でうんざりせざるを得なかった。

 

 

 

四月九日

『覗きの報い』

 

 夢を見た。

 機械と猫の夢である。

 時刻は夜。私はどこか、海に近いホテルの一室に投宿していた。

 

 部屋立ては、なんてことない。

 

 テレビにベッド、こじんまりした丸テーブルと、簡素ながらも必要十分な道具は揃ったありきたりのビジネスホテル風である。

 

 が、ただ一点。まるでスチームサウナの如く、ひっきりなしに噴射され続ける蒸気こそがこの部屋を、「ありきたり」からどうしようもなく遠ざけていた。

 

 よしんば加湿器のつもりにしても、過剰としかいいようがない。

 

 たちまちシャツがびしょ濡れになった。たまりかねて窓を開ければ破れた網戸とご対面、その向こうにぽっかり広がる闇の中、レンズをもぎ取られた監視カメラがどこからともなくぶら下がって浮いており、欠損箇所から色とりどりのケーブルが、力なくだらりと垂れていた。

 

 なんとなく淫靡なその有り様に、

 

 ――腸のようだ。

 

 との感慨が湧く。

 時折蒼白くスパークするのがまた開腹された蛙の痙攣のようでもあって、生々しさの演出に一役買っていただろう。

 

 つい、誘われるように剥き身の導線に触れてみる。

 

 すると、はてさて、こはいかに。別の部屋の光景がありありと見えるではないか。

 

 見えるというより、脳内に直接、映像を流し込まれている感覚だ。どうやらこのホテルときたら、不届きにも個室という個室すべてにカメラを設置しているらしい。むろん、客に断りもなく、見つからぬよう隠して、だ。その信号を、たまたま傍受してしまったようである。

 

 ――はて、義体化手術を受けた覚えはないのだが。

 

 不審に思わないでもなかったが、それより出歯亀根性が優先された。

 

 テレビをザッピングするように、映像を次々切り替える。微笑ましい家族連れがいたかと思えば、ベッドに日本刀を投げ出してネクタイを緩める初老男性の姿もあって、このホテルの客層というのがどうもいまいち掴み難い。

 

(いろんな奴が居るもんだ)

 

 覗きを満喫していた刹那――一切の前触れなく視界が砕けた。

 

 まるで薄氷さながらに。それまでの眺めは破片となって乱舞して、露わになった虚空から、正体不明の何者かが一歩一歩接近(ちか)づいてくる。

 ちょうど『デスノート』に於ける、初登場時のワタリのような。男か女か、老いか若きか一向にして読み取れぬ、厚着の装束に身を包んだ「誰か」であった。

 

(まずい)

 

 さてこそ傍受がバレたかと、こいつは俺の脳を焼き切りに来たハッカーかと恐怖して、急いで身を翻す。

 

 と、次の瞬間。気付けば私は車のハンドルを握り締め、アクセルベタ踏みで黄色い外車を追いかけている最中であった。

 

 動機は明瞭、あの車のボンネットの内側に、飼い猫が侵入はいり込んでしまっているのだ。我が家の大事な愛猫が。一秒でも早く救出してやらねばならない。どうやってそれを知ったのか、答える術はないのだが、とにかくそうに違いないのだ。

 

 焦慮に臓腑が灼けつくようで――そのあたりで目が覚めた。

 

 洗脳され、偽の記憶を植え付けられて、誰かの操り人形になる――『攻殻機動隊』を筆頭に、近未来sf作品で多用される手法だが、実際に喰らうとあんな味わいなのであろうか。

 

 それにしてもああまで無抵抗に敵の術中に堕ちるとは、我ながらどうしたことだろう。

 個人的には、もうちょっと堅固な精神性と信じ込んでいたのだが。

 

 悪酒をしこたま呑まされでもしたかのように、黒々としたわだかまりが胸の底にへばりつき、暫くの間離れなかった。

 

 

 

四月三十日

『寝相、うつ伏せ、ショットガン』

 

 どうも近頃、寝相が悪くて難儀する。

 

 意識が眠りに落ちる前、確かに姿勢は仰向けだった。にも拘らず朝目覚めると一八〇度反転し、うつ伏せ状態になっている。そのくせ布団にさしたる乱れもないのだから不思議としかいいようがない。いっそカメラでも設置して、運動経過を観察したくなるほどだ。

 

 と、あまり悠長に構えてばかりもいられない。

 

 長時間うつ伏せを続けた場合、怖いのは内臓の圧迫だ。血流だって滞るし、首の負担も馬鹿にならない。矯正したいのは山々であるが、事は無意識に属するだけに、どこから手をつければよいのやら、途方に暮れる感がする。

 

 せいぜい夜食を厳禁し、睡眠時には胃の腑を空にしておくように心掛けるぐらいだろうか。逆流性食道炎など、万が一にも患いたくない。胸焼けの苦しみは胃潰瘍でとうに飽き飽きしてるのだ。

 

 ――昨夜の夢はそんな不安の多いうつ伏せのもと、展開されたものだった。

 

 旧友たちと集まって、同窓会の準備に勤しんでいたのも束の間のこと。気付けば荒廃したハイウェイの上、古タイヤや有刺鉄線を利用して構築された陣地に籠り、ゾンビの波状攻撃を撃退する自分があった。

 

 武装はナイフと火炎瓶(モロトフ・カクテル)、それからショットガンが一挺ばかり。フランキスパスを思わせるポンプアクション式の得物で、リロードの手応え抜群であり、この感触を味わえるなら何度だって最前線に身を投じてくれようずと、陶然として思いさえしたものである。

 

 ゾンビの頭を次から次へと柘榴みたいに吹っ飛ばしつつ。それでも気分は天界の狭霧を呼吸してでもいるかのように、一貫して爽やかだった。

 

 ――俺のリロードはレボリューションだ!

 

 某山猫の()台詞を、つい叫びたくなる夢だった。

 

 

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