檜佐木君に瀞霊廷通信の取材の依頼を受けた、次の日。
隊首室にて、日常業務を片付けようとした時のことでした。
「あの、隊長……今、よろしいですか?」
「ん、どうしたの? 何かあった?」
やけに思い詰めたような顔をする勇音にすこしだけ面を食らいます。
「き、昨日のことです!」
「昨日……? ああ、お願い事があれば何でも聞くってあれ?」
「はいっ! そ、その実は前々からずっとお願いしたいことがあって……わ、私にも稽古をつけてください!!」
一体どんな無理難題が飛び出すのかと思えば、彼女の口からは極めて普通の言葉が出てきました。
「そのくらいならお安いご用よ。そうね……昼からでも訓練場で……」
「あの、そうじゃなくて! その、隊長が時々他の人にやってみるみたいに、一日中ずっと! つきっきりで! ああいうのをお願いします!!」
「……うん。勿論いいわよ」
「や、やったぁ……! えへへ……」
くっ! 必死に頼み込んで来たから何かと思えば、さらっと可愛いおねだりと可愛い反応を……!!
「じゃあ、次の非番の日にでも――」
「大丈夫です! もうこの日に休暇申請をしておきましたから!」
そう言って見せてきたのは、予定表でした。
そこには私の非番に併せるようにして、勇音が休暇申請をしています。
「よ、用意がいいのね……」
「はいっ! だって私、副隊長ですから!!」
すっごい、わんこが尻尾をぶんぶん振って「褒めて褒めて」って言ってる姿が幻視できるわぁ……
「じゃ、じゃあその日にね」
……てことはその日は、三席の
だって隊長も副隊長もいなくなるんだもの。最高責任者が三席になっちゃうんだもの。
ごめんね。
『卯ノ花殿はこういった部分も上手に回していたでござるよ』
まだまだ前隊長には及ばないわねぇ……
「そういえば、さ」
「はい?」
日は流れて、勇音に稽古をつける日がやってきました。
修行場所はいつも通り、流魂街の外れ。人のいないちょうどいい平原です。
「勇音は、卯ノ花前隊長に稽古をつけてもらってるって聞いていたんだけど……」
「はい、そうですよ?」
稽古を始める前に、いい機会なのでずっと気になっていたことを尋ねます。
「単刀直入に聞くけれど、大変じゃなかった?」
「え……? いえ、そこまで大変では……」
「嘘ッ!! そうなの!?」
あの"卯ノ花隊長との稽古"を"そこまで大変じゃない"と言い切れるなんて……
この子、とんでもないわね……更木副隊長くらいの才能を持ってるってこと!?
「延々と殺されかけたり、斬られた傷を自分で治して回道の特訓とかって、普通のことだったのね……」
「ええっ!! そ、そんな怖いことしてませんよぉ!!」
遠い日の記憶を思い出して思わず遠くを見ていたところ、勇音は心外だと言わんばかりに慌てて叫びました。
「……ん? どういうことなの?」
「卯ノ花前隊長との稽古で、回道の練習とか鬼道の練習とか、剣術の指導とかしてくれましたけれど、普通のことでしたよ?」
「前隊長に延々と斬られ続けて、自分の傷を延々と治し続ける練習ってしなかったの?」
「してませんよ!? 霊圧の扱いとかを教えてもらっただけです!!」
あら……? なんだか雲行きが怪しいんだけど……??
「け、剣の稽古は!? 隊長と戦って実戦で覚えろって言われなかったの?」
「隣に並んで"こんな風に剣を振れ"って見本を指導してもらったりとか……あ! 時々"姿勢が乱れてる"って軽く叩かれることはありましたけれど……」
「血とかは……流れないの……?」
「はい……そうでした……」
うわぁ……なにそれ、すっごい優しい。
その後も話を聞いたところ、明かされたのは"卯ノ花隊長が勇音に与えたのは、私との時とは比べものにならないくらい優しかった"ということでした。
戦いの中で、血で血を洗いながら覚えなさい。
というようなことはせず、普通に口頭やお手本を見せて反復練習をさせるといった至極まっとうなやり方でした。
「なるほどねぇ……」
卯ノ花隊長……私もそのやり方がよかったです……
『ですがそのやり方では強くならないと思われたからこそ、乱暴な手段になったのではござりませぬか?』
うっ! そう言われると……返す言葉もないわね。
「でも、その……実は理由があって……」
「理由?」
「はい! 卯ノ花隊長が仰ってたんです。いつか、湯川隊長が隊長になるから。そのときになったら、隊長にみっちりと教えてもらいなさい――って!」
へぇ……そんなことを言っていたのね。
「私、四番隊に配属された最初の年に見た隊長の姿に感動して、隊長みたいになりたいってずっと思ってて!! それで、だったらって卯ノ花隊長が! 湯川隊長に教えてもらった方がいいでしょうって! でもそのときに隊長の隣に並べないと困るから、最低限は成長しておきなさいって!! それで……」
なるほど。
つまり、勇音は私の色に染めていいという、卯ノ花隊長からのお墨付きなのね。
だからあえて、ゆっくりと育てていったわけだ。
『私の色に染める……なんとも心が躍る言葉でございますなぁ!!』
でも百年くらい待たせちゃったわね……ごめんね勇音。
そこは本当にごめんね……
『そのゆっくりした育て方でも、副隊長まで上り詰められたわけでござるが? もしも仮に勇音殿も
あーあー、聞こえない聞こえない。
「いい、勇音……良く聞いて」
「は……はいっ!!」
「あなたの気持ちはよくわかったわ。それじゃあ、私なりのやり方であなたを鍛えるけれど、いいわね? ついて来られる?」
「頑張ります!」
いい返事だわ!
今日から私が鍛えてあげるからね。
待たせた分も含めて、たっぷりみっちりねっとりと……ね。
「ちなみに私は、卯ノ花隊長よりも……甘いわよ」
「覚悟の上で……ええっ!?」
返事を仕掛けて、肩すかしを食らったように声を上げました。
「あの、こういうのって普通は"もっと厳しい"って言うんじゃ……?」
「……アレよりも厳しくしたら、誰もついて来られなくなると思うから……」
私は思わず目を逸らします。
こればっかりは、体験しないとわからないですから。
「そんなことよりも、早速始めましょう! まずは勇音の今の実力を知りたいから、私と手合わせしてみて」
「わかりました!」
そう言うと勇音は斬魄刀を取り出して、構えます。
「鬼道も白打も、始解も使っていいわ。とにかくどれだけできるかを正確に把握したいから。だから全力でお願いね」
「はい!!」
そして彼女は私に挑んできました。
さて、突然だけどここで問題よ?
みんなは勇音の斬魄刀って、どういうものかご存じかしら?
解号は「
名前は「
始解すると鍔が六角形になって、刀身が三枚に増えるという形状変化をするの。
そして肝心の能力なんだけれど――
その名の通り、刀身から雲が発生して、その雲に触れた人や物を凍り付かせるという。
つまり氷雪系に分類される斬魄刀。
そう思っていた子、怒らないから手を上げて。
うん、うん……あんたら全員、危機管理が甘いわ!
罰として全員ベアハッグの刑よ!!
そんな分かり易くて単純な能力のわけないじゃない!!
いい!? ヒントは山ほど出ていたの!!
まず斬魄刀の名前だけど、凍雲――これは"いてぐも"とも"とううん"とも読むけど。
意味は「寒々と凍り付いたような雲。寒々として曇っている冬空」など。
そして解号は"奔れ"――これには「素早く移動する」みたいな意味がある。
大きくまとめると、刀の名前は「ゆっくりと遅いイメージの言葉」なのに、解号は「速い・勢いが良いなどのイメージの言葉」になっている。
つまり、名前と解号でイメージの持つ意味が逆なのよ。
そしてもう一つは、始解した時の斬魄刀の形状ね。
これはもう、変化した部分をよーっく見れば、気づけるわよ。
だって、答えそのものなんだから。
特に刀身が三つになった意味を考えてみて。
ここまで言えば、なんとなく分かったかしら?
え? わからない? 降参? 答えを教えてくれ?
……仕方ないわね、正解は――
凍雲は"斬りつけたものの時間の流れを操る"能力の斬魄刀なのよ!!
始解したときに三つに増えた刀身は、それぞれ長針・短針・秒針を意味する!
鍔が六角形になるのは、本来なら十二進数にちなんで十二角形の予定だった!
ただ、始解だから半分の六角形にしかならなかった! けど六角形もオシャレだから何の問題もない!! あと氷雪系というミスリードにもなる!!
形状変化はどちらも時計に関係しているのよ!
そして極めつけは勇音の「これ以上、背が高くなりたくない」という想い!
この気持ちが斬魄刀に作用して"成長を遅くする → 時間を遅くする"という能力になったの!
解号が「加速」で、斬魄刀の名前が「遅く」のイメージを持っているのは、勇音本人の"もう背が伸びて欲しくない"という気持ちから!
つまり、遅くする方が強力な想いを込められていたから斬魄刀もそういう名前に!
解号からわかるように加速能力もあるけれど、そっちはオマケ。
スロー化こそが本命の能力な斬魄刀!!
一分の隙もない、完璧な理論よね。
さて、それじゃあ説明も済んだところで……
自分で自分をベアハッグします。
そうよ! 私も氷雪系だと思ってたわよ!! 危機管理が甘かったのよ!!
甘かったから……――
「ハァ……ハァ……ッ……!!」
「だ、大丈夫ですか湯川隊長……?」
勇音の攻撃は、なんとかいなしました。
ですが意表を突かれたことに動揺して呼吸が乱れ、額にはうっすらと汗をかいています。
決して油断していたわけじゃないんだけれど、どこかに慢心があったみたいね。
「大丈夫! 平気だからどんどん来なさい!」
「はいっ! 行きます!!」
素直な返事で勇音は攻めを再開しました。
彼女の剣術は、卯ノ花隊長の影響を受けているだけあってか、私にしてみれば捌きやすい攻撃です。
剣の動きもほぼ読めますし、単純な霊圧も私の方が高いので身体能力だけでも余裕で対処できます。
ですがそこに、凍雲の能力が関わってくるんです。
普通の斬魄刀――それこそ、吉良君の
ですが凍雲は、時間の流れを操る能力。
空振りしてもその刀身は空間に触れており、その空間の時間の流れを遅くします。
つまり、空中に目視不可能な減速させられる空間が生まれるわけです。
うっかり動きの遅い空間に入ってしまうと、反応が遅れてしまいおもわぬピンチに陥ったりします。
さっき驚いていたのも、これが原因なんです。
突然反応が鈍くなってすごく驚かされました。これはかなりの初見殺しです。
まだ使いこなせていないようですが、それでもとんでもない斬魄刀です。
氷雪系(笑)みたいに思い込んでいて、本当にごめんなさい。
『氷雪系最強(笑)の悪影響でございますな!』
ほら、他の子も謝って!
この斬魄刀の能力をうまく使えば、たとえば重傷患者が複数人いて手が足りないときに、遅くしておけば一人一人をじっくり治療とかもできるのよ!
かなりとんでもないわよコレ!
なにより時間を操るとか、普通ならボス級の敵が持ってる能力よ!?
「やあああぁぁっ!」
勇音本人もこの能力を理解しているから、こっちの自由を奪おうとする戦法をとってきますね。
じわじわと切り裂いてこっちが自由に動ける範囲を少なくしてくる。
狙いはいいのよ、狙いは。でもね――
「悪くはないわね。でも狙いすぎてて相手にバレやすいから。斬魄刀の能力だけに頼りすぎないようにしてもう一回やってみましょう?」
「うう……すみません」
罠に嵌めようとする意識が強すぎてて、肝心の剣術がおろそかになってるの。
だから、指で掴んで動きを止めることも簡単にできちゃう。
基礎的な部分は優秀だけど、駆け引きはまだまだね。
「えいっ! えいっ!!」
「そうそう……慣れてきたかしら? こっちを殺すつもりでやりなさい。訓練でそのくらいできないと、いざ実戦で気後れするからね?」
「はいぃっ!!」
少しずつだけど、刀に殺気が籠もってきています。
動きも少しずつ堅さがとれて、柔軟になってきています。
とりあえず、腕が動かなくなるまで続けさせてみましょう。
「ありがとうね。参考になったわ」
「は、はいぃ……ありがとうございましたぁ……」
とまあ、そんなこんなで。
勇音の動きを見続けて、今さきほどようやく終了したのですが……
うん。剣を落とすまで続けさせたのは、私のミスだったわ。
完全にグロッキー状態だもんね。
でもね、勇音も悪いのよ。
この子ってば、私が声を掛けるとちゃんと反応して応えてくれるんだもん。
だからついつい、その気になっちゃって。
動いている途中でも、どんどん口を出しちゃって。
霊術院で生徒たちを指導している時を思い出すわぁ……
あの子たちはまだまだ未熟だったけど、この子は既にある程度磨かれている宝石だもの。こっちの期待にしっかりと高いレベルで応えてくれるから、楽しくて。
卯ノ花隊長も、こんな気持ちだったのかしらね?
「じゃあ、疲れているところ悪いんだけど。次は鬼道を見せて?」
「ええっ!!」
「疲れているからって相手は待ってくれないわよ? ほらほら! 破道の一、衝!」
「ひうぅっ!?」
鬼道で弱い衝撃を飛ばします。
勿論、当てません。軽く攻撃することで相手を煽るのが目的です。
「わ、わかりました!! 破道の七十三! 双蓮蒼火墜!」
七十番台を詠唱破棄、それでもこの威力なら大したものだわ。
炎の勢いもかなり強くて、制御もしっかりしている。狙いも申し分ないわね。
「縛道の八十一・断空」
とはいえ受け止めるわけにもいかないので、防壁を張って消し去ります。
続けて――
「縛道の四・
「きゃあっ!?」
――鬼道で縄を生み出して、勇音を縛り上げます。
突然縛り上げられ身動きがとれなくなり、彼女はほとんど受け身も取れないままに倒れ込みました。
「な、なんでですか隊長……?」
「相手の鬼道への対応するのも、訓練のうちよ。ほら、這縄くらいなら解けるでしょう?」
「そんなぁ~……無理ですよぉ~……」
「ほらほら、頑張って。抜け出せたら、お昼ご飯にしましょうね」
鬼道の縄で縛り上げられ、地面の上でモジモジとしながら恨みがましい視線を向けてくる勇音を尻目に、私はお昼ご飯の用意を始めました。
今日もお弁当を作ってきていますよ。
『おおっ!! 長身巨乳美女の緊縛拘束プレイでござるな!! これはまた、縄が食い込んで……たわわな形がなんともくっきり浮かび上がり……!! ふ、服が皺になっちゃうでござる!! 縄の痕がついてお風呂に入るときに恥ずかしいでござる!! 見ちゃいやーんでござる!!』
あんたはいつでも元気いっぱいね。
『でも目はもっと離せないでござるよぉぉっ!!』
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「わ、私……もうダメです……」
「――っと、危ない危ない。大丈夫?」
ふらつきが限界を超え、倒れそうになった勇音を慌てて抱き留めます。
あの後、お昼ご飯と食休みを挟んでから、残りの白打と歩法を見ました。
白打の方は、四番隊ということもあってそこまで重視しなくても問題ありません。
ですが歩法は重要です。
そのため、こちらも剣術と同じくらい熱心に指導をしてしまいました。
その結果が、今の状況です。
私の胸の中で、勇音は力なくだらんとしてます。
ですが、ぶっ倒れるくらいまで頑張ってくれた甲斐はありましたよ。
この子の今の実力ですが、かなり高いことがわかりました。
「あ……っ! すみません、隊長……」
「いいからいいから、無理に動かないで」
慌てて離れようとした彼女の動きを封じるように掴んで、そのままの姿勢でいるようにしてあげます。
ついでに回道で霊圧治療もちょっとだけしておきます。
今のままだと辛いでしょうからね。
『今の状況、なんとラッキースケベ状態でござるよ!!』
あら、そう言われればそうね。
勇音の頭を抱きしめているわけだし
……今度私も、勇音にやってもらおっと。
『拙者も!! 拙者も是非に!! 勇音殿にやってもらいたいでござる!!』
「だ、大丈夫です! もう大丈夫ですから!!」
「そう? 遠慮しなくていいのに……」
彼女もそれに気づいたのか、慌てて逃げるように私の手の中から離れました。
離れた後の顔が真っ赤だったので、多分気づいてると思います。
「そろそろ夕方だし、今日はもうこのくらいにしましょ。どこかで汗を流してから、夕飯でも一緒にどう?」
「あの、隊長! そのことで一つ、ご相談があって……」
沈みつつある太陽を目にしながら提案すると、勇音がおずおずと口を開きました。
「今日誘ったのは私ですし……その、もしよろしければ、お礼の意味も込めて、私の家でおもてなしさせてください……」
「あなたの家で?」
「はい! あの、い、嫌とか用事があったらいいんです! でも、その……」
恐る恐る聞いてくる勇音がすごく可愛いです。
何この可愛い生き物!!
「そうね。せっかくだし、ご厄介になろうかしら?」
「厄介だなんてとんでもないです!! どうぞ、こっちです!!」
そう言った途端、今までの疲れはどこへやら。
大ハリキリで先頭に立って案内してくれたんだけど……
気づいてる? 今はまだ流魂街よ?
オレンジ髪が一瞬も出てこないのに、気付けば3桁突入……
多分、あと10話くらいすれば出てくる……はず……
●勇音
お待たせ、このあとマッサージするから。
準備しておいて。
●凍雲(妄想能力)
この子は、こういう能力だとずっっっっっっっと信じてました。
(原作で結局明かされなかったので、嬉々としてこの能力にしました)
「雲を生み出して凍らせる」だけの能力とか……なにそれつまんない。
(氷雪系とかいう負けフラグ満載の塊は要らないです)
使いこなせると、野菜を保存したり、お酒を熟成させたり。
発酵とかも超簡単にできそう。
便利、超便利。