お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第105話 モッフモフにしてやんよ

「もうやだぁ……おうちかえれないぃ……」

 

藍俚(あいり)殿! お気を、お気を確かにでござるよ!! ほ~ら、真っ黒ゴムボールでござるよ!』

 

 射干玉があやしてくれますが……私の心はそのくらいでは癒やされません。

 

 え? 何かあったのか? そうですね……あったんですよ、色々……

 何から話せばいいでしょうか……

 

 まず、朝一番に某お宅へ定期検診に向かいました。

 朝早くからっていうのもどうかと思ったんですけどね。でも、前後にいっぱい用事を入れちゃってて。

 ここしか予定が空いてなかったんです。

 時期をずらしても良かったんですが、可能な限り検診はしたかったんです。

 

 だって相手は妊婦ですから。

 

 そうなんです、再び産婆をやることになりました。

 朽木家の出産騒動からこっち、ずっと丁重にお断りを続けていたんですが……

 どうしても断り切れずに、一件だけ引き受けました。

 先方には、とある一件である程度は私も関係しているので、可能な限り気を遣ってあげたいという気持ちもありまして。

 

 先方にもちょっと無理を言って検診の時間を朝一番に回して貰いました。

 

 

 

 そして検診を終えたら……重い足取りで十一番隊に向かいました。

 今日は何日? 七月七日だよ♪

 

 そしてお忘れかもしれませんが、毎年七月七日は十一番隊の卯ノ花隊長(おりひめ)更木副隊長(ひこぼし)が全力で戦うと決めた日です。

 ……なのでお二人は、一年分の想いをこれでもかと言わんばかりにぶつけ合ってくれました。

 お二人が何度も何度も死にそうになっているのを必死で回復させて……

 さらには私も巻き込まれて……

 

 それ何ですか更木副隊長!! 野晒(のざらし)って何!? えっ!? 始解!?!? もう始解を覚えたの!?!? ちょ、ちょっと待って!! 何ですかその大きさは!! 何ですかその破壊力はっ!?!?

 射干玉! こっちも始解して摩擦を滑らせて防御を……ひいいいっっ!!! なんであなたも普通に突破してくるんですか!! 痛い痛い死ぬ死ぬ!!

 ちょちょちょちょっと! 卯ノ花隊長も参加するの!? 駄目ですって、ホントに死にますから!! ああもう、破道の九十一! 千手皎天汰炮(せんじゅこうてんたいほう)!! ……って、九十番台の破道なんですよ!! なのに普通に斬りかかってくるのやめてもらえませんか!?

 

 とまあ、こんな具合が一昼夜続いて……気がついたら七月八日になってました。

 

 こんなのに付き合わされたら、心も体もボロボロになるに決まってるじゃない!!

 

 

 

 なんとか解放されて、今はおうちに帰ろうと瀞霊廷をとぼとぼ歩いているのですが。

 完全に家に帰るまでの気力も体力も足りません。

 今の私はまるで酔っ払いみたいに、頼りない足取りで歩いてます……

 時間帯も丁度朝だし、酔って朝帰りしたみたいになってるわね……

 

 うう……副隊長時代に無茶振りされ続けてたり、隊長就任して最初の三ヶ月よりも疲れたわ……

 もうこのまま溶けてしまいたい……

 

 ――ヒャン!

 

 ……ん?

 

 ――ヒャンヒャン!!

 

「この声って……」

「ヒャン!!」

「わわわっ!?」

 

 突如聞こえた動物の鳴き声に思わず足を止めたところ、正面から見知らぬ犬が飛びかかってきました。

 飼い主が丁寧にブラッシングをしているのでしょうね、白い毛並みがとても艶やかで、それだけでもこの子が大事に扱われているのがわかります。

 大きさは普通の犬――よりちょっと大きいくらいですかね? このくらいなら十分可愛いサイズです。

 ですが何より――

 

「ヒャンヒャン!!」

「あはははは!! く、くすぐったいってば……!!」

 

 ――なんだかやたらと人なつっこいですね。

 勢いよく飛びかかってきたかと思えば、そのまま顔をペロペロと舐められています。

 すごくくすぐったくって……あはははは!!

 尻尾をぶんぶん振ってますし、気に入られているんでしょうか?

 

「五郎! 急にどうしたと……むっ! そなたは……!?」

「……あ! 狛村隊長……あははははっっ! こ、こらっ! だ、駄目だってばぁ……!!」

 

 ワンちゃんの後を追うように現れたのは、七番隊の狛村(こまむら) 左陣(さじん)隊長でした。

 九尺五寸(288センチメートル)という死神でもトップクラスの巨躯でありながら、虚無僧のような鉄笠を被り手甲を装着するなど、徹底して肌の露出を隠す格好をしていること。

 極めつけに渋い声も相まって、新人隊士などには彼を怖がっている人もいます。

 

 まあ、実際は全然怖い人じゃないんですけどね。

 

「こら五郎、やめぬか! 湯川隊長も困っているであろう! ……どうした? 話してみよ」

 

 この犬、五郎って名前なのね。

 五郎が何やら一鳴きしたかと思えば、狛村隊長が神妙な反応を見せました。

 

「ふむ、そうなのか? そういうことならば……だが、せめて儂に言ってくれれば……」

「あの狛村隊長……? この、五郎ちゃんの言っていることがわかるんですか?」

「まあ、そうだ」

 

 うーん、さすがですね。

 私にはキャンキャン言ってるようにしか聞こえません。

 

「ちなみになんと?」

「お主が見ていられないほど憔悴しており、心配になったそうだ。そのため、散歩の途中であったが思わず駆け寄り、元気を出せと言っておる」

 

 ああ、だから狛村隊長は片手を所在なさげにわきわきさせていたんですね。

 さっきまではその手にはリードを握っていたのに、気がついたらスルッと抜けてたら、なんとなく手が寂しいですものね。

 

「なるほど……ありがとうね、五郎ちゃん。おかげで癒やされたわ」

「ヒャン!!」

「でも、もうちょっと撫でていい……?」

「ヒャンヒャン!!」

「……構わない、だそうだ」

「わーい!」

 

 お許しが出たので、五郎ちゃんに思いっきり抱きつきます。

 

 ああ、もふもふ……毛並みがもふもふだわ……

 ささくれ立っていた心が癒やされていく……これがアニマルセラピー……

 回復するのに四番隊なんていらなかったのね……

 犬が一匹いればいい……

 

 五郎ちゃんのふかふか毛皮……

 しかも狛村隊長ってば、この子をちゃんと洗ってあげてるのね。

 変な匂いとか全くしないわ……

 私が抱きついても嫌な反応一つしないで、それどころかこっちに身体をこすりつけてくるし……すっごく良い子よこの子……

 あ、駄目……これは墜ちる……もふもふに、もふもふに墜ちる……

 

藍俚(あいり)殿ぉぉぉっ!! そんなもふもふよりも拙者の!! 拙者のヌルヌルボディもご賞味くだされ!! 真っ黒でござるぞ!! テカテカでござるぞ!? ぬちょぬちょでござるよ!!』

 

 ああ、もふもふ……

 

『聞いてくれねぇでござる……つーん! でござる……』

 

 ……はっ! いけないいけない。

 ごめんね射干玉。

 だいじょうぶよ…… わたしは しょうきに もどった!

 

『それは"行けたら行く"よりも信用ならねぇ言葉でござる……』

 

「あの、ところで狛村隊長はどうしてここに?」

「どうして、と聞かれてもな……五郎の散歩の最中に偶然出会った、としか言えぬ。そもそもここは七地区――七番隊の管轄だぞ? 儂がいるのは当然であろう」

「七地区!?」

 

 まさかの答えが返ってきました。

 

「え……? あの……ここ、四地区では……?」

「七地区だ」

 

 五郎ちゃんを撫でながらもう一回聞きましたが、同じ答えが返ってきました。

 あっれぇ……? 普通に四地区に戻ろうとしていたはずなのに……?

 道がわからなくなるとか、どれだけ消耗していたのよ私……

 

「むしろお主がどうして七地区におるのだ? 何か用事もでもあったのか?」

「それは……話せば短くなりますが……」

「ヒャン!」

「む? ……まあ、そうだな」

 

 五郎ちゃん、なんて言ったの?

 

「五郎が散歩の続きをしたいそうだ。何か用事がなければ儂は戻るが、良いか?」

「……じゃあ、私も一緒に行って良いですか?」

「それは構わぬが……何か用事があったのではないのか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 用事は昨日で終わってますから。

 あと、どうせ今日は使い物にならないだろうから、既に非番に調整済みです。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「ねー、五郎ちゃん。かわいいでちゅねー」

「ヒャン!!」

「……まさか七番隊の隊舎まで着いてくるとは思わなかったぞ」

 

 あの後お散歩を一緒にして、そのまま隊舎までご厄介になりました。

 五郎ちゃんのリードも握らせて貰いました!

 かわいかったです。お散歩、超楽しいです。

 

 七番隊に行ったら、皆さんから奇異の目で見られました。

 自分の隊の隊長と四番隊の隊長が揃って戻ってきたら、そりゃ驚かれますよね。

 

「すみません、可愛くって可愛くって……」

「まあ、五郎も嫌がってはおらぬ。しばらくは遊び相手でもしてやってくれ」

「ヒャン!!」

 

 五郎ちゃんも嬉しそうに鳴きました。

 そういえば……

 

「狛村隊長は五郎ちゃんと話が出来るんですよね?」

「ああ、そうだが?」

「それってやっぱり、その笠の下の……」

 

 既に隊首執務室に入っているというのに、笠を一向に取ろうとはしません。

 早い話が室内でも日傘を差しているようなモノですから、違和感しかないですね。

 

「ああ、そうだ。お主も儂の正体は知っておろう? 儂の姿を白日の下に晒すのは無用な混乱を招くことにしかならぬからな」

 

 狛村隊長の正体は人狼です。

 この笠の下には狼の顔があります。

 というよりも顔も身体も被毛に覆われています。

 当然、マズルも完備です。

 適当に獣耳と獣尻尾さえ生やしときゃそれでOKだろ? みたいなケモノとはひと味違う正統派タイプのケモノですよ。

 

 ですが彼は「自分の姿は人間と異なってて怖がられるだろうから隠しておこう」と、自ら率先して気を遣ってこっちの都合に合わせてくれたとっても良い人です。

 なので笠やら手甲やらで隠して外部からケモノ属性が見えないようにしてるわけです。

 あと、人狼という種族なので人の言葉も犬の言葉もわかるってことです。

 

 これが、バイリンガル……私なんて日本語と落語しかわからないのに……

 

「顔を見せても、そこまで大事(おおごと)にはならないとならないと思いますけど」

「それはお主が既に儂の正体を知っているからであろう?」

 

 死神という危険な仕事をしていて、ずっーっと正体を隠し続けるとか不可能です。

 (ホロウ)に襲われて覆面が破れて正体が露わに!

 なんてある意味当たり前ですよ。

 ましてや四番隊は、各部隊の隊士が怪我したら治療しますからね。

 死覇装をまとっていると「治療の邪魔だから!」って具合で脱がすので、知る機会はあります。

 

 幸か不幸か、私もその機会に恵まれたんですけどね。

 

「吹聴せずにいてくれるのは助かっておるが……それを差し引いたとしても、儂の姿がそう容易に受け入れられるとは思っておらん」

「そんなことはないと思いますよ」

 

 それまで五郎ちゃんを撫でていた手を止めて――

 

「えいっ!」

「ぬっ!? 何をする!!」

 

 ――狛村隊長が被っていた鉄笠を奪い取りました。

 

「ほら、やっぱり怖くなんてありませんよ。ねえ、五郎ちゃん?」

「ヒャン!」

 

 笠の下では、狼の顔で困惑の表情を浮かべていました。

 

「毛並みも立派ですし」

「や、止めぬか!」

 

 そっと頭の周りを撫でると、五郎ちゃんにも劣らないふさふさでもふもふの感触が。

 あ、これは良いわぁ……五郎ちゃんよりもたっくさんのもふもふが……

 

「この先、狛村隊長と同じように人狼族の子が死神になるかもしれませんよ? そんな場合に備えるためにも自ら率先してアピールしておく、なんて手段もあるんじゃないですかね?」

「それは……確かに、一族にそういう者もおるやもしれぬが……」

「ほらほら、このもふもふした毛並みは立派なチャームポイントですって! ああ、肌触りが抜群……五郎ちゃんも甘えたら? ご主人様の毛並みよ?」

「ヒャン!」

 

 私が促すと、五郎ちゃんも待ってましたと飛びかかりました。

 

「こら五郎! 止めぬか!!」

 

 そのまま狛村隊長をペロペロと……これが、グルーミングってやつね!!

 なにこれすっごく尊い(てぇてぇ)光景……

 他の死神たちだって、この姿を見たら全員が一瞬で受け入れるわよ! 絶対に! 間違いなく!! 超癒やし系じゃないの!!

 

「ああ……右手に五郎ちゃんのもふもふ、左手が狛村隊長のもふもふ……これが究極の癒やし……」

「湯川隊長! お主、わかっておるのか!? 儂は男だぞ!! 女の身であるそなたが、こういう誤解を招くような行動をだな――!!」

「うわぁ……ダブルもふもふ……超幸せ……」

「み、耳を撫でるな!! そこに指を入れるでない!!」

 

 気が済むまで、もふってやりました。

 

 

 

 騒ぎを聞きつけた七番隊の隊士がやってきて、この痴態を見られて、軽い騒動になりました。

 ですがそれはまた別のお話。

 




感想返信で安易に「何でもしますから」と言った結果、生まれた話。
まあ、狛村隊長と親交を深められたので結果OK。
(5徹ルートは私の未熟さ故に話が広げられなかった)

●五郎
七番隊(の裏)で狛村が飼っている犬。
毛並みは白。
大きさは普通くらい?
性格は優しくて気遣いの出来る子。
(狛村が)朝に散歩させている。
おうち(犬小屋)は射場さんのDIY。

五郎と話せる狛村隊長かわいい。

●顔を隠していた頃の狛村
どう考えても、延々と隠しきれるものじゃない。
(荒事をメインとする仕事だし、怪我とかするだろうし)
だから一部の隊士は正体をがっつり知っていたと思う。
四番隊に現地で「治しますよ。あ、笠邪魔だから外しますね」みたいな感じか、往診制度みたいな感じで事情を知ってる人が専属で担当するとか。


狛村とは「十一番隊に振り回されて大変だな」とか「更木は御せそうか?」とか。
そういう話もさせる予定だったんですが……もふもふに負けました。
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