「はぁーっ……まだまだ寒いわねぇ……」
思わず手に"はぁっ"と息を吹きかけて、暖を取ろうとしてしまいます。
海燕さんの家へ遅い出産祝いを届けてからこっち、どんどん寒くなっていきますね。
年の瀬もじりじりと近づいており、日々の業務も忙しくなっています。
今日もようやく仕事が終わりましたが、気づけばもうこんなに遅い時間です。
まっすぐ帰っても良いんですが、こんな寒い日はお蕎麦でも食べて帰りましょう。
ということで、探蜂さんの屋台へ。
「探蜂さん、こんばんわ。一杯お願いします……って、あら?」
「よお」
「……一角?」
何の気なしに席に座ったところ、隣に一角がいました。
どうやら私よりも結構先に来ていたらしく、すでに丼の中のお蕎麦が半分以下になっています。
「いらっしゃいませ湯川殿、何になさいますか?」
「あ、はい。しっぽくで」
とりあえず注文はしておいて。
「珍しいわね、こんなところで会うなんて」
「そりゃこっちのセリフだ。四番隊の隊長サマがなんだってこんなところにいるんだよ?」
「そっちだって、十一番隊の三席でしょう? ま、私がいる理由は、ここは私が出資したお店だからかしらね」
そう言った途端、一角がゴホゴホと咳き込み始めました。
「しゅ、出資だぁ!? おい、オヤジ! 本当かよ!?」
「ええ、そうですよ。この店を始めるのに、湯川殿には大変お世話になりまして……」
開店資金とか全部出してあげました。
『その辺の詳しい流れは69話参照でござる!! あと最近、拙者の出番が少ないでござるよ!!』
そこは本当にごめんね。
「で、その縁もあって来てるってわけ」
「毎回
「こんなに美味しいお蕎麦なんだもの、お金を払わないなんて冒涜よ。だから、遠慮しないで受け取ってね」
「はは……ありがとうございます……」
探蜂さんに出資したという形にこそなっていますが。
私からすれば、あれらのお金は全部"あげたもの"だと思っています。
あのくらいのお金で砕蜂たちが幸せになるなら安い物ですよ。
「はぁ……しかし、出資ねぇ……俺はてっきり、料理が下手だからここで済ませているとばっかり……」
「むっ! 失礼ね!! 四番隊の病院食とか、誰が指導してると思ってるのよ!? それにあんたと稽古をするときだって、よくお弁当を作ってたでしょうが!!」
「あぁー……そういや、そうだったかな……」
一角が薄ら笑いを浮かべています。
これはどうやら、分かっててわざとからかってますね。
「お客さん、あんまり湯川殿をいじめないであげてくださいよ。私がこうしていられるのは、全部この方のおかげなんですから……あ、できましたよ。お待ちどうさまです」
「わぁっ、来た来た!」
うーん……湯気が立ってて、これだけでも暖まりそう。
湯葉に竹輪、お麩や卵焼きに椎茸も乗ってて……寒いから七味をタップリ入れて……
「んんーっ♪ 美味しい、しあわせ……あ、ゆずも入ってたのね♪」
「おーおー、幸せそうに食いやがって」
「美味しいんだから仕方ないでしょ! それとも、こんな美味しいお蕎麦を食べている時に辛気くさい話をしたいの?」
「いや、別に……」
「十一番隊はどうなってるか聞いた方が良い?」
「止めろ!」
ちょっと本気のトーンで一角が怒りました。
そんなお馬鹿なやりとりをしていたときでした。
「おお、今日はこんなところでやっておったのか」
「ん?」
「あら?」
外の方から聞こえてきたのは、しわがれた声。
思わず私も一角も反応して声のした方を向けば――
「おお、なんじゃお主たちか」
「「総隊長!?」」
一番隊隊長にして、護廷十三隊総隊長でもある
予期せぬまさかのビッグネームの登場に、私も一角も思わず立ち上がってしまいました。
「ああ、よいよい。座っておれ。公の場でもなければ、儂もお忍びで来ておる。野暮な礼儀は不要じゃよ」
「「は、い……」」
そうは言われましてもねぇ……
「なあ、大将……もしかして、総隊長もこの店の常連なのか?」
「ええそうですよ。いやぁ、最初にご来店いただいたときには、たいそう驚きましたよ。ああ、山本殿はいつもので構いませんか?」
「ああ。お願いするぞ」
探蜂さんが山本殿って呼んでるわ……
しかも"いつもの"で通じてる辺り、ものすっごい常連よね。
私も知らないくらい……というか下手したら、私よりも通ってるんじゃ……?
「あの……総隊長はこのお店に良く来るんですか?」
「まあ、そうじゃのぉ……ちょくちょく顔を出しておるかの」
真っ白な髭を一撫でしてから、総隊長は何かを懐かしむように言いました。
「なにせこの屋台の蕎麦は美味いからの。以前たまたま見つけてからは、贔屓にしておる」
「……
うん、それは私もそう思う。
「そういえば湯川、ここはお主が金を出した屋台と聞いておるが……?」
「はい、そうです」
「良い店を出してくれたの。儂からも一つ、礼を言わせてくれ」
「それは……ありがとうございます……?」
お礼を言われた!? 何これ、どう反応すればいいの!?
「何しろこの店は蕎麦も
長次郎って、一番隊副隊長の
私が死神になった頃から既に一番隊で副隊長やってる凄い人のことですよね。
確か二千年くらい死神やってるって聞きましたけど……
「まあまあ、山本殿。愚痴はそのくらいで……はい。お待たせしました。天ぷらと玉子落としです」
「おお! これこれ、コレがまた美味いんじゃよ! 天ぷらそのものの味も良いが、
すっごい嬉しそうに食べ始めました。
私も一角も、思わず手を止めて眺めてしまうくらいの食べっぷりです。
あ、玉子を潰してかき混ぜ始めた。
総隊長は後半になってから潰して食べる派なのね。
「そういえばお主は、確か十一番隊の三席の……」
「お、押忍! 斑目一角です!」
しばらくして、総隊長が思い出したように一角に矛先を向けてきました。
「十一番隊はどのような案配かな? 新隊長になって体制も色々と変わったじゃろう」
「ああー……そうっスねぇ……まあ、今のところは無事にやってますよ……」
そりゃあまあ、気になるわよね。
だってあんな無茶苦茶なことして、新隊長になったんだもの。
「それについては、
「よいよい、お主に非はない……というよりも、お主も被害者みたいなものじゃろう?」
「あはは……そうですね……」
「儂もさんざんと手を焼かされたわ! まったく、卯ノ花のやつめ! あやつは昔からそうじゃ! 四番隊となって少しは大人しくなったかと思えば、何かと理由をつけては最前線へと出たがる!! あの悪癖だけは何千年経っても治らぬ!!」
おっと! なんだか総隊長がヒートアップしてきましたよ。
「この前の湯川の隊長就任にしてもそうじゃ! あやつが更木剣八を下にして剣術の稽古をつけさせるのを四十六室へ認めさせるまでに、儂がどれだけ無用な被害を受けたことか!!」
「やっぱり、そういうことがあったんですか……?」
「なんじゃお主、聞いとらんのか!? あれは今から百年ほど前からのことじゃ……四十六室へ行っては、直談判で許可を求めおって! そのたびに儂もついて行かされたんじゃぞ!!」
「そ、それは申し訳ございません……」
百年前から!? 何やってるんですか卯ノ花隊長!?
「ええい、ご主人! 酒じゃ、酒をくれ!!」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「
「あ、総隊長。でしたら私がお注ぎしますから」
「おお、美人の酌なら酒も進むわい!」
なんだか総隊長がかわいそうに思えてきたので、せめてもの罪滅ぼしです。
お酌くらいじゃ大した贖罪にもならないでしょうけれど。
「……ふーっ、美味い。染み入るわ。さて、どこまで話をしたかの? そうそう、四十六室じゃったな? あやつと来たら、何度断られても同じことを言い続けおってな。そのたびに儂にやれ"監督不行き届き"だなんだと文句を言われるのじゃ!」
「それは、大変でしたね……」
「大変でしたで済むような話であれば、これほどにはならんわ! よいか!? お主も知っておるじゃろうが、かつての剣八である刳屋敷や痣城も色々と言われておったが、更木のやつはそれ以上じゃったわ! なにしろ四十六室が直々に"これ以上力をつけるのを止めろ"と言ってきたのじゃぞ!!」
「ええっ!!」
「そ、それって本当ですか!?」
私も一角も、これにはビックリです。
「嘘ではないわ。更木の霊圧は底知れぬほどじゃからな。万が一にも反旗を翻せば、自分たちの身に危険が及ぶと言われてのぉ!」
「へ、へへ……そうでしたか……おい
「はいはい。で、なんでそんなに嬉しそうなのよ?」
「嬉しいに決まってんだろうが!! 俺はあの人に憧れて死神になったんだぜ! そんな相手がこんなに評価されてるとなりゃあ、嬉しいに決まってんだろうが!!」
そう言うと一角は一気にお酒を呑み干しました。
あーあー、そんなに一気に呑んで大丈夫なの?
「おお! やるではないか斑目!! 良い飲みっぷりじゃな!! よし湯川、儂にももう一杯じゃ!!」
「こんな感じでよろしいですか?」
「うむ、良いぞ!! ご主人、ついでに何か摘まめるような物もくれぬか!?」
「総隊長! 俺も蕎麦食って良いですかね!?」
「構わんぞ!! 今日は儂のおごりじゃ!! 派手にやらんか!!」
酔ってる……すっごい酔ってるわ……
「あの、摘まめる物って、こんな物で良いですかね?」
そう言いながら恐る恐る探蜂さんが差し出したのは、いなり寿司やらお蕎麦の具に使っていた物やらでした。
「おお! よいではないか!!」
いいんだ……
「すみません、これ……何の騒ぎですか……?」
さらに騒ぎを聞きつけてきたんですかね?
ひょっこりと顔を現したのは――
「むっ! 藍染ではないか! 良く来たのぉ! まあ、ここに座れ!」
「あれ!? 吉良君も!? なんで……?」
「あ、僕は藍染隊長と偶然出会って……」
「え、あの、ちょっと!?」
うわぁ……有無を言わさずに総隊長が藍染を引っ張り込みましたよ。
「湯川! 何をしておるか! 酒じゃ!!」
「はーい! はいどうぞ、藍染隊長。吉良君もね」
「あの、何がどうなって……」
「なんじゃこやつは!?」
「四番隊の期待の隊員、吉良イヅル君です。まだ若いですけれどもう四席という優秀な隊士なんですよ」
「おお! そうかそうか!! お主のような者がおれば、護廷十三隊の未来も明るいというものじゃのぉ!!」
「あ、ありがとうございます……」
バンバン肩を叩いていますけれど、吉良君は完全に萎縮してる。
「それと湯川! お主にも期待しておるぞ!!」
「え……ええっ!?」
「何しろ更木たちが何かしたらば、よく知るお主が止めるという約束まで取り付けたからこそ、四十六室は最終的に許可を出したのじゃ!!」
「何ですかそれ!? 私聞いてませんよ!?」
「ええい藍染! 何をそんなに景気の悪い呑み方をしておるか!!」
「ちょ、ちょっと待って下さい……!!」
「天ぷら蕎麦もう一杯!!」
「まいど!」
そんな感じで、無茶苦茶な夜は更けていきました。
日常回(酔っ払い)
●しっぽく
しっぽく蕎麦のこと(うどんもある)
お蕎麦の上に、湯葉や三つ葉、お麩や竹輪や蒲鉾、椎茸などを乗せたもの。
落語・時そばで「花巻にしっぽく」とか言われているアレ。
長崎の卓袱料理(しっぽくりょうり)を真似て、蕎麦の上に乗せて出したものが発祥。
(乗せる具に明確な決まりはない。雑に言えば具だくさんのお蕎麦)