『ここ最近の話で冒頭に"寒い"と言っていたように!!』
きゃっ!! ビックリした!
何、射干玉!? 急にどうしたの?
『現在、季節的には冬でござる!! 寒い中で、志波家の娘が産まれたり! 総隊長と飲んだりお茶会したりしてたでござるよ!!』
うん、それは私も当事者だから知ってるけれど、それがどうかしたの……?
『ということで今日は冬の行事の一大イベント!! 元日にござる!!』
そうね……気がついたら一月一日になったわ……
『盆と暮れの聖戦も終わり、おこたでまったり出来る時期でござるよ!!
はい、あけましておめでとう。
長い付き合いだけど、今年もよろしくね。
『当然でござるよ!! めがっさよろしくお願いするでござる!!』
「四番隊のみんな、あけましておめでとう」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
ということで、新年になったので。
四番隊の隊士たちに向けて、このように年始の挨拶を行います。
……え?
年始の挨拶はいいけど、隊士たちは正月休みもなく四番隊に来ているのか? それとも正月休みを返上させて集めたのか?
――ですか?
いえいえ。
各隊の隊舎は寮もあるので、
職場に来るのなんてすぐですから。
『職場と寮がくっついているとかww やったでござる!! これでいつでも働けるでござるよ!!』
そう言われると、途端にブラックよね……
まあ、油断すると
「新体制の四番隊にもすっかり慣れたかと思うけれど、慣れてくると不注意を起こしやすくなるから、気を引き締めてね」
「「「「はい!!」」」」
みんなの返事の声が頼もしいわね。
新体制――初年は前半が人事やら調整やらでてんてこまい。二年目は手探り状態ということもあって慎重になってくれていたけれど。
そろそろ緩んでくる頃だからね。注意だけは促しておきましょう。
「……と、堅苦しい話はこのくらいにして。みんなにお待ちかね、お年玉よ」
「やったー!!」
「今年もだ!!」
「ありがとうございます!! 隊長!!」
言った途端、隊士たちから歓声が湧き上がりました。
そうです。元日といえばお年玉です。
隊士たちが新年早々集まったのには、こういう理由もあったりするはずです。
そしてこのお年玉ですが、独断でやってます。
多分、他の隊はやってないんじゃないですかね? 今まで聞いたことありません。特定の隊士へ個人的に渡す、というのが関の山ですね。
私が隊長になった初年、隊士たちを激励する意味も込めて始めてみたんですけど。喜んでくれる顔を見るのが嬉しくてついついやっちゃってます。
「はい、それじゃあ順番に受け取りに来て。額は去年と一緒で申し訳ないんだけど」
「そんなことありませんよ! 隊長、ありがとうございます!!」
ちなみに。
このお年玉の予算ですが、私のポケットマネーから大半を――ちょっとだけ四番隊の予算の予備費からも捻出していますが――出しています。
自腹切ってるんですよ。
なので額はちょっと少なめですが……
まあ、仕方ないわよね。
今の私って、四番隊の隊長で一番年長者でもあるんだから。
……私より年上だった人もちょっと前にいましたけれど……貰ったっけ?
「それと、どう使おうとも自由だけど。時間のある子は今日出勤の子とちょっとで良いから代わってあげてね」
死神には正月休みがありますが、
なので、何かあったときに備えて人を残しておく必要があるんです。
少数なので確率は低いはずなんですが……それに当たった子はご愁傷様。
そして私の話を聞いているのやらいないのやら、お年玉を受け取った子たちは嬉しそうに「何に使おうか?」なんて話を同僚たちとしています。
完全に気もそぞろですね。
あ、これから仕事の子が恨めしそうな目で見てる。
交代……してあげてね……小一時間でいいから……
「やれやれ、ようやく終わったわね」
「お疲れ様です隊長」
「はい、じゃあ最後は勇音の分ね。あけましておめでとう」
「えへ……ありがとうございます!!」
全員に配り終えると、最後は勇音の分です。
去年もそうなのですけど、この子が一番喜んでくれるような気がします。
だから嬉しくなっちゃうんですよね。
これで正真正銘、全員に配り終わりました。
「んんーっ……さて、それじゃあ次は……年始の挨拶に行ってくるわね」
まだまだ新米隊長なので、一応こういったお付き合いもしておきます。
初年は就任したばかりということもあって皆さんが祝いに来てくれましたましたが、二年目からはそういうわけにもいかず。
「お供します、隊長!!」
「……え?」
出発の準備を整えようとすると、勇音が意気揚々としていました。
「大丈夫よ? 無理しなくても……」
「大丈夫です! それに去年はお供できませんでしたから、今年こそは!!」
「そ、そうなの……? じゃあ、お願いね……」
「はい!」
ということで今年は勇音を伴ってのご挨拶です。
ですが特別、何か変わったことをするわけでもありませんよ。
各隊に挨拶に行ったり――ちょっと十一番隊は引き留められそうになりましたが――瀞霊廷でお世話になった人に挨拶をしただけです。
なので、とりたてて特筆すべき部分なんかもありません。
そして――
「さて、次はここよ」
「ここって……」
勇音の顔がちょっとだけ険しくなりました。
不思議よね、彼女はいつも来ているはずなのに。
「朽木家よ、行ったことあるでしょう?」
「それはそうですけど……あ、あれは女性死神協会の集まりだったから……」
「むしろ女性死神協会の集まりとして行くのは平気で、正面から堂々と行くのに困るって心理の方がよく分からないんだけど……」
「だって! こんなに立派なお屋敷なんですよ!?」
もう見慣れましたけれど、朽木家は本当に立派よね。
まあ私も初めて見たときは目を疑ったけれど。
「大丈夫よ、呼ばれているから」
「よ、呼ばれているんですか……!?」
「そうよ。ついでに言うと、今日は長くなるわよ」
「え……な、何が起きるんですか!?」
ちょっと脅しを掛けてみれば、狙ったように怯えた表情を見せてくれます。
「それは行ってのおたのしみ」
ということで。
「こんにちは」
「これは湯川隊長殿、新年あけましておめでとうございます」
「清家さんも、おめでとうございます」
朽木家へ乗り込んだところ、まるで狙ったかのようなタイミングで清家さんが出てきました。白哉の付き人という職業に正月休みはないんですね。
「新年のご挨拶に伺いました。それと、今年は
「初めまして! こ、虎徹勇音です!」
「これはご丁寧に。白哉様にお仕えしております、
あら、この二人って初対面だっけ?
「ところで、朽木隊長はどちらに? ご挨拶をしておきたいので」
「大広間におられます。ただ、ご案内いたしたいのはやまやまですが今は――」
「ああ、そうでしたね。毎年のことですが」
「お姉ちゃん!? お姉ちゃんだ!!」
あら? この会話を遮って聞こえてきた幼い声は……
「
「おめでとうございますー!!」
やはり白哉と緋真さんのお子さんの
彼は私を見かけるなり、子供らしい全力疾走で駆け寄ってくるとそのまま抱きついてきます。
「わ、とと……」
この全力ダッシュダイブ、会う度にやられるんですが……じわじわ強くなってます。子供の成長速度って凄いわよねぇ……
受け止めたものの、ほんの少しだけよろめいてしまいました。
「
「ありがとう!!」
「ははは、相変わらず
清家さんはのんびり好々爺みたいな反応をしてますね。
「ねえねえ、
「仕方ないわね。また、小さい広間に集まってるの?」
「うん! そうだよ!! お母様も一緒なの!!」
子供ならではの強引さでグイグイ来るわよね。
「あの、隊長。小さい広間というのは? それに、朽木隊長にご挨拶は……?」
「……え? ああ、そうか。勇音は知らなくても仕方ないわよね。実はね――……」
話の流れに完全に置いてけぼりを喰らっていた勇音が不安そうです。
なので簡単に説明しますと。
白哉はあれで朽木家の当主ですから。
新年ということで分家や親戚筋の人たちが集まり、大広間でご挨拶の会合みたいなことをします。毎年恒例の儀式みたいな物ですね。
私は良く知りませんが、席の場所とか決められていて、厳粛で面倒な物みたいです。
そんな会合に、親戚でもない私がノコノコ顔を出すのはちょっと……
いくら隊長とはいえ「空気を読めよ」という雰囲気になります。
清家さんとの会話中に難色を示されたのも、これが原因ですね。
そしてもう一つ。
朽木家は大きくて広いので、大広間の他にも中広間や小広間とでも言うべき場所が幾つもあります。
その小広間の一つに、白哉の個人的な知り合いが集められます。
例を挙げれば、阿散井君とかの立場にいる子です。
さらに。
後は小広間で
なので
「――……というわけなの。朽木隊長の所へ顔を出すにしても、もう少し後になる。だから
「そうなんですか……大変、なんですね……」
そんな話をしていると、小広間が見えました。
中からは楽しそうに談笑する声が漏れ聞こえてきます。
「母様!
あらら、さすがは子供よね。
外から声を掛けたりすることもなく、ガラッと一気に障子戸を開けて入っていきました。まあ、話が早くて助かるんですけど。
「まあ、湯川先生」
「あ、先生。おめでとうございます」
「どうも」
「緋真さん、ルキアさんに阿散井君も。あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
「おわっ! 今年は虎徹副隊長も一緒っスか!?」
「本当だ! そういえばちゃんと挨拶をしたこともなかったような……朽木ルキアです!」
「阿散井恋次っス!」
「ご丁寧にどうも」
という感じで、中に入ればあっという間に騒がしさが増しました。
同じ死神同士なので、勇音もさっそく打ち解けてますね。
「わぁ……なんですかこれ!? お、おせち料理……?」
「おっ、気がつきました? これ、見た目の期待を裏切らない味っスよ」
「ええ。私も初めて食べた時は、こんな食べ物があるのかと思ったほどです」
初めて来た勇音が、さっそくおせち料理に目を奪われています。
四大貴族の家だけあって、お料理も豪勢なんですよ。私も初めて見たときは度肝を抜かれました。
「俺なんか、一年分の栄養を毎年のこれで補ってますから」
「まったく恋次は、何を情けないことを言っておるのやら……」
「ルキア! オメェだって最初の頃は怖がって箸もつけられなかったじゃねぇか!!」
「そ……それを言うな!」
ましてや流魂街で極限生活から抜け出したばっかりの頃のルキアさんたちがこんな物を見た日には……もう推して知るべしって状態でしたよ。
「ふふふ、そうなんですね。お二人は本当に仲が良いみたいで」
じゃれ合っている二人を、勇音が微笑ましい感じの目で見ています。
本当にこの二人、早くくっつけば良いのに……
「そ、そういえば先生!
勇音の生暖かい目から逃れたかったのか、ルキアさんが唐突にそんなことを言ってきました。
いや、話題の転換が下手な子か!
「鎌鼬? あら、随分懐かしい称号ね」
「知ってんですか!?」
おや、阿散井君も食いついてきました。
「鎌鼬っていうのは、最強の飛び道具使いに対して呼ばれる名前よ。最初にそう呼ばれたのは、八代目の剣八――痣城 剣八だったわ」
「八代目の……?」
「剣八が……?」
「飛び道具使い……?」
ルキアさんと阿散井君だけじゃなくて、隣で話を聞いていた勇音まで一緒にぽかーんとした顔を浮かべました。
「こう言ってはなんですが、その……剣八が飛び道具を……?」
「そうよ。でも多分、みんなが想像しているのとはちょっと違うわね」
「というと?」
「最強の飛び道具使いの剣八じゃなくて、飛び道具も使える剣八だったってこと。彼に付けられた渾名の一つが鎌鼬だったってこと」
あの人、剣八として隊長をやっていたのって一年くらいでしたからね。
でもそんな短い間に色々と伝説を作ってたわ。
「最終的に痣城 剣八は罪人として無間に収監されちゃったの。だから表の記録からはかなり情報を制限されたり抹消されているけれど、それでも彼の渾名がこうして称号になって伝わっている。それだけでも凄いこと――凄い剣八だったわ」
刳屋敷隊長をどうやって倒したのかすらよく分からないのよね。
「ところで、どうして鎌鼬なんて聞いてきたの?」
「ああ、それは。
「そうなの
ルキアさんの返事を受けて視線を動かせば、彼は何やら納得のいかない表情を浮かべていました。
「
「え……?」
「カマイタチだって、お父様が名乗った方がもっとずっと良いはずだよね?」
……ああ、そういうこと。
私が痣城 剣八を持ち上げてるのが子供心に面白くなかったわけか。この子の中では、朽木白哉は誰にも負けない最強でカッコいい死神になってるわけね。
「そうよ。お父さんは凄く強くて誇り高いから、鎌鼬の称号を断ったの。当時の剣八よりももっと凄い死神になるために、鎌鼬よりももっと強くて凄い名前で呼ばれるためにね。分かる?」
「はい! お父様は凄いです!!」
勝手に白哉の心を代弁しちゃったけど、大丈夫かしら?
まあ、この子の機嫌が悪くなるよりはずっとマシよね。
「そうだわ。どうせなら、
「お父様を!? え、えっと……」
自分の方から話題を振っておいてなんですが。
なんだか、とんでもないセンスの呼び名が飛び出してきそうで怖いです。
ですが彼の口から言葉が出てくるよりも先に、緋真さんが割って入ってきました。
「まあまあ
「あら、お雑煮ですね」
おせちと並ぶお正月の定番、お雑煮が出てきました。
朽木家は白味噌を使った上品な一品に仕上げられていて……ん?
「これ、朽木家の物とは違いますよね?」
「はい。実は、恥ずかしながら記憶を頼りに自分の知る味を再現したもので……」
「え!! じゃあこれ、緋真さんの手作りですか!?」
「ええ……お口に合えば良いのですが……」
なるほど。だから見た目からして全然違ったわけですね。
おもむろに一口食べてみれば、これは海鮮系の味付けですね。朽木家の伝統の味とは違うのでしょうが、これはこれで風味があって深い味わいです。
というかお雑煮とかって極論、家庭の数だけ味があるものだから。美味しければなんでもいいんでしょうね。
「美味しく出来てますよ、大丈夫です」
「ボクも手伝ったんだよ!!」
「そっか、だからこんなに美味しいのね」
えっへんと胸を張っている姿が子供っぽくてなんとも可愛いです。
「湯川殿!」
と、ここで白哉の登場です。
「知らせを受け、お爺様に場を任せて急いでこちらへ来ました……来ているなら来ていると言っていただければ、即座に伺ったのですが……」
「いえいえ、お付き合いも必要でしょうから。それと、あけましておめでとうございます」
「兄様!」
「どうも、朽木隊長!」
「おお、ルキア。それに恋次も。すまんな、なかなかこちらに顔を出せずに」
清家さんが伝えたんでしょうかね?
押っ取り刀で駆けつけた感じが満載で、後から慌てて挨拶を付け足しています。
「あけましておめでとうございます、朽木隊長」
「む、こちらは確か……四番隊の」
「副隊長の虎徹勇音ですよ。お供したいというので、連れてきました」
「そうでしたか。ご挨拶が遅れてしまったようで」
「い、いえいえそんな!!」
やたらと腰の低い白哉の姿に、勇音の方が焦ってます。
そんなやりとりが終わったかと思えば、今度は緋真さんがおずおずと、白哉へお椀を差し出しました。
「あの、白哉様……これを……」
「おお! これが緋真の思い出の味か!?」
「はい。朽木家で出される物と比べれば、稚拙な物かと思いますが……」
見た途端に白哉が満面の笑みを浮かべました。
対照的に緋真さんは不安半分、恥ずかしさ半分という感じです。
「ですが先ほど、湯川先生からも問題ないとお墨付きを頂きましたので。味に問題は無いと思います」
「ははは、緋真は心配性だな。今までも納得できる味になるまで秘密だと言って、なかなか食べさせてもらえなかったが……どれ、いただこう」
ゆっくりと箸を入れ、口の中で何度も何度も味わうように咀嚼すると、ようやく飲み込みました。
夫のそんな様子を、妻は呼吸すら忘れたかのように見入っていました。
「うむ! 美味い!! これほど美味い雑煮を食ったのは初めてだ!!」
「よかった……」
緋真さんがホッと息を吐き出します。
「ルキア、恋次。お前たちも食べてみろ。美味いぞ」
「兄様!?」
「ちょっ、朽木隊長!?」
「ああ、そうだ。これだけの味ならば、お爺様や家中の者たちにも振る舞うべき……いや、家宝にすべきか……!?」
「白哉様!!」
うわぁ……思い立ったが一直線みたいに、白哉がガンガン行動してる。
そんな白哉に向けて、緋真さんは顔を真っ赤にしながらも止めようとしています。
そんな仲の良い夫婦の幸せな絡みを見せつけられながら、朽木家での正月は過ぎていきました。
(書いてる時期が秋なので)
「あけましておめでとう」とか違和感が凄い。