「やれやれ、昨日は大変な目にあったわ」
結局あの日、白哉の「妻の料理は美味いから食え!」攻撃は身内とごく近しい者たちだけに留まりました。
そもそも全員に振る舞うほど大量に作ってなかったですからね。
ですがその後も朽木家に――というよりは
まあ、こうなることを見越して朽木家は最後にしたんですけどね。
「今日は早く帰れると良いんだけど……」
ですが、挨拶回りそのものはもうちょっとだけ続きます。
昨日は瀞霊廷を中心に行脚していたので、今日は外――流魂街を中心に向かうことにします。
なのでそちらに向かって歩いているところなのですが――
「……あら?」
――ふと、すれ違った相手が気になって足を止めてしまいました。
「今のって……」
足を止めて振り返り、すれ違った相手の背中を見つめます。
とはいえ相手は、何の変哲もない家族でした。
こちらも年始の挨拶回りでもしているのでしょうか? 父母を筆頭として子供に祖父祖母もいるという、ごくごく普通の家族に見えます。
少しだけ違う点があるとすれば、やたらと年老いた女性――曾祖母あたりでしょうかね? ――がいることくらいですが。
その相手に見覚えがありました。
「小鈴、よね……」
私の霊術院時代の同級生でもあった、蓮常寺小鈴さん。
最後に見たときからもさらに年老いており、顔には幾つもの皺が刻まれているものの、それでも持って生まれた雰囲気とでも言いますか、彼女が身に纏う空気の感覚でなんとなくですが分かりました。
家族に囲まれて、良いおばあちゃんをやっているんでしょうね。
背中からでも幸せそうな気配が漂います。
「…………」
「……ぁ……っ」
じっと背中を見つめる視線に気づいたんでしょうか。
彼女はハッとしたように後ろ――つまりこちらを振り返ると、にっこりとした笑顔を浮かべながら軽く会釈をしてきました。
それを見て、私も反射的に頭を下げます。
たったそれだけのやりとり。
その後すぐに彼女は子供の相手に戻ってしまいました。
遠くから風や街の喧騒に紛れて"あれは隊長"や"昔の知り合い"と言った言葉だけが耳に届いて来ます。
『青春の一コマみたいでござるなぁ……!』
良いじゃない! 彼女はああやって幸せに暮らすの!
『
うっ……! それはちょっと魅力的かもしれない……
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「こんにちは、あけましておめでとうございます」
「おう、
「その反応は酷くない?」
本日お伺いしたのは、みんな大好き志波家です。
珍しく
ですがせっかく顔を出したというのに、反応はいつも通りです。
新年なんだしもうちょっとこう……あるでしょ何かが!
「で、何の用だ?」
「年が明けたからご挨拶に来たのよ。それと、都さんと
「お前もそれかよ……ったく、面倒だな……」
がしがしと軽く頭を掻きながら、彼女は吐き捨てるように呟きます。
「何かあったの?」
「そう言うわけじゃねえけどよ。ただ、朝から流魂街の連中がウチに集まってんだよ。都の姉貴と
「まあまあ、コレをあげるから機嫌を直して」
懐からポチ袋を差し出します。
「なんだこりゃ?」
「お年玉よ、空鶴の分」
「はぁっ!? なんだってこんな……」
「いらないなら返して」
「いらねぇとは言ってねぇよ!!」
サッと私の手から袋を奪うとそのまま胸元へしまいました。
うん、こういう所は素直で可愛いですね。
「おれが聞きてぇのは、なんで急にこんな……大体、今までそんなことしなかったじゃねぇか!!」
「おーい。玄関で騒ぐなよ空鶴……っ!?」
この口論を聞きつけたようで、奥の方から海燕さんが顔を出してきて、私の顔を見て固まりました。
「湯川、隊長……!? なんでウチに……!!」
「海燕さんも、あけましておめでとうございます。はい、お年玉」
「ああ、どうも。おめでとうございます。ご丁寧にどうも……って、違うだろ!! なんかこう、違うだろ!!」
『おお、ノリツッコミでござるよ!!』
「嫌なら返して」
「そうは言ってませんけどね……」
海燕さんもしっかり懐にしまってます。
こういう所、血が繋がってるわね……
「強いて言うなら、隊長になったからかな? それは
「奥にいますよ、案内します」
やれやれ、やっと話が進むわね。
……ああ、そうそう。忘れるところでした。
ここに来る前に一度北流魂街に行って、大将と女将さんの居酒屋に顔を出して来ましたよ。軽くご挨拶と差し入れだけして帰りましたけど。
新年だからって朝から呑んでる人たちで大変でした。酔っ払いに絡まれました。
その後に志波家まで来ました。
北流魂街から西流魂街なので、移動がちょっと面倒でしたけどね。
『門から門まで歩くと十日は掛かる!? 細けぇことはいいんでござるよ!!』
「こんにちは。皆さん、あけましておめでとうございます」
「まあ、湯川隊長」
「わっ!
「おーっ!! この間の死神の姉さんだ!!」
「どーぞどーぞ、こっちが空いてますよ!!」
奥へと行けば、そこは広間みたいなところでした。
さすがに朽木家と比べれば狭くて慎ましやかな部屋ですが、それは比較対象が間違ってます。一般の家として見れば十分に広い場所です。
中には海燕さんらの話通りに都さんと
岩鷲君は割烹着に三角巾を頭に付けてるから
多分、
つまり仕事を押しつける相手が手一杯だったから、空鶴が出てきたと。
「岩鷲君も都さんも、はいお年玉」
「え……!? あぁ、こりゃどうも……姉さん……」
「あの……よろしいんですか?」
岩鷲君は驚きつつも素直に受け取ってくれました。
そして都さんは、目をパチパチさせて驚いています。そんな妻に、旦那さんが小声で耳打ちを始めました。
「(都。忘れてるかも知れねえが、この人は浮竹隊長よりも長く死神やってんだぞ……)」
「まあ! そういえばそうでしたわ」
「そういうことです。あと隊長になりましたから、遠慮無くどうぞ」
都さん、案外素直に受け取ったわね。
「ええーっ! 俺たちには無いんですか!」
「死神の姉さんからお年玉貰いたいですよー!!」
「自分から催促するような図々しい子にはあげません」
「そりゃねぇっすよーっ!!」
流魂街の人たちの分までなんて用意してませんよ。
文句を言っても駄目です!
「残ってるのは
少し視線を落として、都さんの胸元に抱かれてすやすやと眠っている赤ん坊に目を向けましたが……
「……まだ早すぎるわよね」
この子は産まれたばかりですからね。
まだ自分の名前どころか言葉もちゃんと言えません。そこまで育ってません。
重ねて言いますが、産まれたばっかりです。
当然、お年玉なんて渡されてもそれがなんなのかすら分かりません。
「おっ、ならおれが預かっといてやる――」
「オメエには任せられねぇよ。俺が預かっとく」
「ってぇ!! 殴ること無いだろ兄貴!」
空鶴銀行に預ける案は、計画破綻が目に見えているということでパパの手によって却下されました。
「ふえぇ……おぎゃあ! おぎゃあ!」
あらら、そんな漫才を繰り広げていたからかしら?
寝ていたはずの
「あらあら、どうしたの? お腹がすいたのかしら?」
と思えばさすがはお母さん。
都さんが着物の襟元を開いて、赤ちゃんの口元にその大きめのおっぱいを――
「だああああぁっ!! テメエらは見るな!! 後ろを向いてろ!!」
海燕さんが大慌てで、力尽くで流魂街の人たちの視線を遮っていきます。
具体的にはこう、片っ端から男衆の首を掴んで後ろを向かせるという超荒業です。
「いや、むしろ目を潰す!! 隊長がいればそのくらいは治せるだろ!?」
「落ち着いて!」
いくら何でもそれは乱暴すぎる!!
とまあ、そんな海燕さんを尻目に都さんは
赤ちゃんが乳首に吸い付いて、そのまま顎を使って上手に母乳を飲んでいます。
すっごく尊い光景ですね……見てるこっちも姿勢を正したくなってくるような……
『ああぁぁ~……拙者の自慢の真っ黒ヌルテカぼでぃが、浄化されていく~……でござる……』
あら? ウチの真っ黒ゴムボールにも効果があったみたい。
凄いわね、都さんのお姉さん
……
…………
………………
……都さんのおっぱい揉みたい。あのおっぱいを揉んで、母乳をまき散らしたい。
『拙者も!!』
全然浄化されてないじゃない!!
●西門から近くの門まで歩いて10日はかかる
九巻にて夜一さんが言っていた内容。
徒歩を時速5キロ。
一日に12時間移動(夜は危険なので日の出から日の入りまで)
と仮定して……
10日で600キロ移動!?
……細けぇことはいいんですよ!!