第114話 原作が始まりました
「東京には空が無い……本当の空が見たい……だっけ?」
「あの、なんですかそれ?」
「ん? ああ、ちょっと……現世の文学の一節よ。それをなんとなく思い出しただけ」
思わず口に出た言葉を阿散井君が聞いていたようで。彼は不思議そうな表情で私を見てきました。
「へぇ……やっぱり先生って先生なんですね。現世学の講師とかやってただけありますよ」
「ふふ、なにそれ? 褒めてくれてるの?」
「えっ!? ええ、勿論スよ!! 現世の文学とか、俺にはよく分かりませんし……てか空なんて、そんなに違いがあるんですかねぇ?」
慌てて取り繕ったようなその言葉は、なんとも阿散井君らしいものでした。
「勿論、空に違いなんて無いわよ。これは、空という言葉で別のことを象徴しているの」
「へ……? 空が、象徴……? えーっと……つまり……?」
「空という言葉を"郷愁"とか"寂しさ"や"心細さ"みたいな意味として使ってるってこと。慣れ親しんだ地を離れて、見知らぬ場所に移り住んだ。そこには顔見知りもいないし、新参者だからかどうにも疎外感を感じてしまう。この言葉は、そういう心の機微を表現してるの」
「何ですかそれ!? なんでそんな面倒なこと。なら"寂しい!"ってはっきり言えや済む話じゃないですか」
文学や風情を理解出来ない粗雑な性格というべきか、それともわかりやすくてこの上ない素直な性格と評するべきかしら? 判断に迷うところね。
「まあ、そうなんだけど。そういう小難しい言い回しが持て囃されたりする場面もあるってこと。それに……」
「それに?」
「寂しさとか心細さって、今のルキアさんも少なからず感じてると思わない? 今まで全然連絡が取れなかったんだし」
「……ッ!?」
そう告げた途端、阿散井君の表情が引き締まりました。
「……そうスね」
「さてそれじゃあ、探すとしましょうか。霊圧もまるで感じられなくなってるから、大急ぎでね」
「え、まるで……ってことは、分かるんですか! ルキアの霊圧が!?」
「まあ、なんとか感じ取れるってところだけどね」
「マジっスか……? 俺なんて全然わかんねぇのに……」
「それじゃ、行くわよ。着いて来てね」
「ウッス!! お願いします!!」
私と阿散井君は、東京――空座町にて活動を始めました。
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遡ること一日前。
「四番隊湯川隊長!
四番隊でお仕事をしていたところ、隠密機動の人が急に現れました。
そして"
ですが……伝令神機が開発された影響で今では割と人員数は多少なりとも削減されています。携帯電話やスマートフォンなどの発達で、手紙の数が減ったのと同じ現象ですね。
それでも、伝令神機を介さない――通信記録を残さないような連絡などのために、一定数は残っていますけど。
そして伝令神機ではなく
嫌な予感しかしませんね。
「言伝ですか、ありがとうございます。それで、内容は?」
「はっ! 総隊長 山本元柳斎重国様からです。今すぐに、一番隊の隊舎まで来て欲しいとのこと! 以上です!」
……え?
「い、一番隊の隊舎へ行け、ですか……? 総隊長から? 他に細かな内容はありませんか?」
「いえ、自分はそれ以外のことは何も聞いておりません」
そうですよね。
必要なこと以外は教えてもらえないんですよ、彼らって。
「……わかりました。言伝、確かに受け取りました」
「では、自分はこれで失礼します」
"一番隊へ行け"という言伝のためだけに依頼されて走らされる彼らも大変よねぇ……というか、この内容なら伝令神機でも問題ないでしょうに……
去って行く隠密機動の人の背中を見ながら、そんなことを思ってしまいます。
「そういうわけだから、今から行ってくるわね」
「あ、はい」
近くにいた勇音に一声掛けてから、私は一番隊の隊舎へと向かいました。
「失礼します。四番隊、湯川
「おお、来たか湯川――」
「湯川殿!! どうか、どうかルキアを助けてください!!」
ということで一番隊隊舎へ向かい、総隊長のお部屋に伺ったところ。
先客がいました。それは――
『厄介ごとはいつだってこの男から!! みんな大好き、僕たち私たちの朽木白哉の登場でござるよおおおおぉぉっっ!!』
……うん、ありがとうね。
「く、朽木隊長……落ち着いて。総隊長、何があったのでしょうか?」
「うむ。話せば――」
「ルキアは、妹はそんなことはしていません!! 私自ら、中央四十六室に!!」
「ええい! 落ち着かんか朽木! そなたはしばらく黙っておれ!! ……こほん、話せば長くなるのだが……――」
一瞬、嵐のような賑やかさになりましたが……まあ、それはそれとして。
気を取り直した総隊長から語られたのは、ルキアさんについてでした。
――曰く。
今年の春、駐在任務で現世に行ってから行方が分からなくなった。
けれど先日、東京の空座町に
同時にルキアさんを発見した。
この時点で彼女は"滞外超過"――いわゆるずっと無断欠勤をしていた罪になります。
それに加えて"人間への死神能力の譲渡"という重禍違反を犯していることが判明。
という、いわゆる"原作の最初の方"の死神側の事情を教えて貰いました。
「――というわけじゃ」
「そんな……ルキアさんがそんなことに! 信じられませんよ!!」
「そうは言うがな。これは既に四十六室が決定したことじゃ。覆ることは無かろう」
四十六室が決定したことは、決して覆らな――
それを知っているが故か、総隊長もどこか残念そうに語ります。
しかしこの決定って、藍染の策略でしたっけ?
「……あの、ルキアさんのことは分かりましたけれど。それでどうして私が呼ばれたんでしょうか?」
「それは――」
「それは私から説明します!!」
あ、総隊長の言葉を遮って白哉が出てきたわ。
「湯川殿もご存じでしょうが、本来であればルキアの件は刑軍の管轄です。ですがルキアが朽木家の縁者であることを考慮したのか、護廷十三隊に話が回ってきました」
この"こっちに話が回ってきた"というのも藍染の策略なのかしらね? 本物の死神と戦わせる、みたいな狙いがあったとか?
「命令はルキアの捕縛……その役目を、どうか湯川殿にお願いしたいのです!!」
「え……えっ!? なんで私に……?」
「本来であれば、家族である私が行くのが筋なのでしょう……ですが、私はこれから四十六室に裁定の再考を訴えかけようと思います。ルキアがそんなことをするはずがないと、せめて刑罰を軽くするだけでも出来ないものかと!!」
あぁ……自分で捕まえに動くんじゃなくて、お上に訴え続けるわけね。とりあえずは正攻法で攻略しようってわけか。
「でも、それならルキアさんの捕縛に私を呼ばなくても……」
「そんなことは出来ません!! 妹を捕縛するという大役だからこそ、自分が最も信頼する湯川殿に託したいのです!! 大事な妹をどこの馬の骨とも知れぬ輩に託すなど、出来るはずがありません!!」
ちょっと反論したら、予想の十倍くらいの勢いで訴えかけられたわ。
「……こういうわけじゃ。何を言おうとも朽木は頑として首を縦に振らぬ。下手なことを口にすれば刃傷沙汰を引き起こしそうでな。ほとほと困り果て、お主を呼んだ次第じゃよ」
ため息を吐きながら、もの凄く疲れた様子で総隊長が補足してくれました。
ルキアさんのことを聞いたときも、白哉がもの凄く暴れたんでしょうねきっと。
「すまぬが、引き受けては貰えぬか?」
「ご無理を言ってしまい、申し訳ありません」
「気にしないで下さい。その気持ちは私にもわかりますから」
「ですが、引き受けていただき誠にありがとうございます」
結論から言えば、依頼は受けました。
というか、総隊長のあんな疲れた顔を見たら、もう「はい」と言う以外に選択肢なんてありませんよ。
ということで一番隊での話し合いも終わり、今は朽木家のとある一室へと場所を移して二人っきりで話し合いをしています。
しかも会場となったこのお部屋、中で何をやっているのかは滅多なことがない限り外部から知ることが出来ないと、貴族御用達のお部屋です。
ましてや朽木家ですから、滅多なことが十回くらい連続して起こらない限りは分からないという凄すぎるお部屋だったりします。
「湯川殿には重ね重ねご迷惑を……もはや一生を費やしても返しきれぬほどの恩が……」
「その話は後日、ゆっくりとお聞きします。それよりも今は――」
「そうでしたね。ルキアのことが何よりも先決です」
とりあえず、白哉と行動の方針を決めておきましょう。
「それで朽木隊長。まず四十六室に訴えかけるというのは……本気ですか?」
「本気です」
「ですが、今まで彼らが下した決定が覆ったことは……」
「分かっています!!」
悲痛な叫び声が聞こえてきました。
なまじ四大貴族として上からの決定についてを肌で知っているだけに、自分の選択がどれだけ困難なことかをご存じのようです。
「ひょっとしたら無意味に終わるかもしれません。ですが自分はもう……もう家族を失って後悔するような真似は二度としたくありません! たとえ、この手を汚そうとも……!!」
おっと。
もの凄く剣呑な雰囲気が漂ってきました。
最悪の場合は四十六室全員を斬り捨てることも厭わない、という恐ろしいまでの覚悟が伝わってきます。
「……それは最後の手段にしましょう」
「はっ! し、失礼しました……自分としたことが……」
覚悟キメキメなのはある意味でもの凄く頼もしいですけどね。
「次に、基本方針を決めましょう」
「基本方針……ですか?」
「ええ。私はルキアさんを捕まえて
白哉が首肯したのを確認してから、続きを口にします。
「問題は判決が覆らず、処刑が決まってしまった場合です。慣例から逆算すれば、およそ三十日は間を置くはずですから。その間の動きを決めましょう」
「やはり、直接乗り込んででも力尽くで……」
「それは最後の手段にしましょうって言いましたよね? 処刑の当日か、前夜くらいまでは粘ってみましょう」
「で、ですがそれではルキアが捕まってしまうことに! 妹をそんな目に遭わせるくらいならばいっそ……」
なんだか白哉が凄く物騒になってますね。
「ですからそれは最後の手段ということで。直前までは正攻法で行きましょう。私もなんとか、少しでも減刑されるように考えてみますし。あと、十三番隊も巻き込めるかと思います」
「なるほど! 浮竹隊長も加わってもらえれば……!! となれば他にも協力者は見込めるかもしれませんね!!」
確か原作だと、白哉は浮竹隊長に辛辣な言葉を浴びせていたような覚えがあるんですが……変わりましたねぇ……
「ですが、それでも駄目だった場合を考えないといけません……最後の手段を実施する以外に、もう手が無くなった場合を……」
「…………」
「……もう一度、確認しますよ? 四十六室の決定に逆らい、極囚を助けるのは大罪になります。それ以前に、こんなことを話し合っている時点で
私は一度、言葉を句切ります。
「……本当に……実行しますか?」
「当然です」
返事は即座にやってきました。
「確かに、死神の力の譲渡は重罪です! ですがそれだけで極刑になるというのはどう考えてもおかしい!! ならばこれは、四十六室が間違っていることになります!! 誤った判断に従い家族を失うくらいならば、私は朽木の名を捨てても惜しくありません!!」
はっきりと、そう宣言する白哉の姿からは怯えや後悔などは微塵も感じられません。
覚悟、ここに極まれり――って感じですね。
「……となると、ルキアさんは何が何でも助けないといけませんね」
「え? あの、それは一体どういう……?」
「流魂街にでも身を隠しますか? ああ、現世に逃げるのも良いかもしれません。どちらにせよ、詳しいルキアさんの助言は必須でしょう? 朽木隊長は、身を隠すような暮らしは不得手でしょうから」
「……湯川殿!! ありがとうございます!!」
何が言いたいのか、どうやら分かってもらえたようです。
私だって、協力は惜しみませんよ。
「なので私は、これから準備をして現世に向かいます。それと、六番隊の阿散井君を貸してもらえますか?」
「恋次を、ですか?」
「ルキアさんと一番付き合いが長いんですから、連れて行ってあげないとスネちゃいますよ」
「はは、なるほど。そういう理由であればどうぞ、存分にお使い下さい」
ということで、まずは六番隊へ。
阿散井君に簡単に事情を説明――総隊長に言われたように罪状と捕縛の任務についてだけを簡潔に伝えて、一緒に現世へ行く約束を取り付けました。
その後、四番隊へ行って隊士たちへ「現世に行ってくるのでしばらく留守にします」と説明をしておいて。
後は……てっきり白哉が行くと思ってただけに、これはちょっとチャンスよね。
考えつく限り、色々と準備をしておきましょう。
ルキアさんを捕縛する任務だけじゃなくて、後に繋がるようなネタを少しでも仕込んでおくべきよね……となると……
ああっ! 駄目!! 全然思いつかない!! 何かあったかしら……
そんな感じで冒頭へ――阿散井君と一緒に現世にやってきたわけです。
しかし……
これ、私が一護を刺さなきゃいけないのね。
だってそうしないと、多分だけどルキアさんの死神の力を取り返せないし……
ま、なんとかなるでしょ!!
『現世でござるよ
そうね。
『現世では今は、どんな性癖が流行っているのでござりましょうか!? 拙者は、神田とか! 秋葉原とか!! その辺りの書店を巡りたいでござるよ!!』
いやいや、そんな時間は無い……いや、あるかも。
上に不審に思われない程度に時間を潰して、刑の執行までの時間を遅らせるって方法もアリ、かな……?
『おおっ!! 言ってみるものでござるな!!』
でもここは西東京だから、東京駅近くまで行って戻ってくる程の時間は無いと思うわよ? あと地理とか覚えてないし。
『(´・ω・`) 』
そんな顔しても駄目なものは駄目!!
近所の古本屋とかで我慢しておきなさい!!
『で、ではせめてコインランドリーに行きたいでござる!!』
コインランドリー……? なんでまた、そんなところに……?
『なんと!! ご存じないでござるか!? コ
……うん、そうね。
夢を持つのは大切よね……
実際にコインランドリーへ行って絶望してました。
でもその後すぐに「下着の取り違えから始まる恋があるのでは!?」とか復活してました。