お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第116話 負けイベントは派手にいきましょう

 ふむふむ……ようやく出会えた、とでも言えば良いのかしら?

 

 黒崎(くろさき)一護(いちご)

 頭髪がオレンジ色をしていることと、子供の頃から霊が見えて、現在は死神代行をやってることを除けば、ごく普通の男子高校生。

 「なん……だと……」や「チャドの霊圧が消えた」のような名言を生み出す、ツッコミ体質の我らが主人公――ってところかしら。

 

 戦場に飛び込んできた彼は、その勢いのまま斬魄刀を叩き付けるようにして、阿散井君に襲いかかりました。

 ですが、不意打ち気味の攻撃であってもその程度の技量では通用しません。

 

「死覇装……!? テメェ、何番隊の(もん)だ!? いや、何番隊だろうと関係ねぇ……失せろ! この件は俺たちが任されてんだ!!」

 

 攻撃こそ余裕で避けたものの、けれど突然の乱入者に阿散井君は少しだけ驚いているようです。

 死覇装を纏っている――つまり相手は死神。

 となれば、ルキアさんの代わりにこの地区に派遣された者が襲いかかってきたか、それとも私たちとは別枠で動いている死神がルキアさんを処刑しに来たとでも思ったでしょう。

 仮に後者だったら、相手を力尽くでも止めてやる。

 そんな風に思っているんでしょうね。

 

「てかオメー、なんだそのバカでけぇ斬魄刀は……!?」

「なんだ、やっぱりデカいのかコレ。ルキアのと比べて随分デケーとは思ってたんだけどな……何しろ今まで、比べる相手がいなかったからよ!」

 

 ふと気づいたように漏らせば、一護も意外そうに。そして少しだけ自慢するように呟きました。

 そして――

 

「……っ……く……っ……!」

「ん?」

「……ぷっ! だっはっはっはっ!! だ、駄目だ!! 我慢出来ねぇ!!」

 

 ――流れかけたシリアスな空気は、阿散井君の大笑いで瞬時に霧消しました。

 

「オ、オメー本当に死神か!? そんな、そんなバカでけぇ斬魄刀なんざ担ぎやがって!! ハッタリかますにしても、もっと他にやり方があるだろ!! は、腹痛ぇ!! ひーひー!!」

「な、なんだよ……何がおかしいってんだ!?」

「何が? 何が、と来たか! オメーそれ本気で言ってんのか!?」

 

 ゲラゲラと笑い転げる阿散井君の様子に、一護は怪訝な声を上げます。

 そんな様子を見ながら、私は少しだけ安堵していました。

 

「よかったわ、阿散井君」

「はい?」

「もしも彼の持ってる斬魄刀を見て焦りでもしたら、もう一度霊術院からやり直させなきゃって思ってたから」

「ちょ! 先生、勘弁してくださいよ!! ちゃんと気づきましたから!! てか、先生に叩き込まれましたからね!」

 

 さっきまでの笑いもどこへやら。

 慌てて取り繕ってきます。

 いやいや、ちゃんと気づいたんだから、そんなことはしないってば。

 

「あん? なんだオメェ先生って!? 教師同伴で来てんのか!? 今日は社会見学か何かかコラァ!!」

「何が社会見学だ!! てかテメー、先生のこと知らねぇのか!? よっぽどの新入りかコラァ!!」

 

 と思ったら一護がツッコミを入れてきました。

 ホント、この子は切れ味が良いツッコミ入れるわね。

 それはそれとして。

 

「それとルキアさん?」

「は、はいっ!」

「あの斬魄刀……彼に教えてあげなかったの?」

「そ、それはですね先生!! 一護は私が力を回復させるまでの一時的な協力者だと思っていたので、そこまで言う必要はなかったと言いますか! 協力者とはいえそこまで話すのも内規に反するかと思っていたためにですね……! その……なんと言いますか……」

 

 理由を並べていきますが、どんどん尻すぼみになってますね。

 

 さてさて、ここでおさらい。

 斬魄刀というのは、持ち主の霊圧でサイズが変わります。

 なので強力な霊圧を持つ者が斬魄刀を手にすれば、今の一護みたいに身の丈サイズの巨大な物にもなります。

 ええ、なります。

 なりますけども、それを突き詰めていくと一軒家やビル程にも巨大な刀になってしまい、取り回しが悪くなります。

 なので基本的に死神は、霊圧をコントロールして扱いやすいサイズになるよう調整しています。その際、密度も調整しています。

 見た目は通常の刀サイズであっても、硬くて切れ味抜群! 取り回しも楽々! というのが斬魄刀の理想です。

 

 以上を踏まえて、一護の斬魄刀をもう一度見てみましょう。

 確かに大きいです。すごく……大きいです……

 

『やらないか?』

 

 ……。

 ですが大きいだけで、密度がスカスカなんですよ。

 縁日とかでビニールで出来た大きな刀とかトンカチみたいなオモチャって見たことあるかしら? 印象としてはあれと同じなの。

 見た目は確かに巨大でインパクトはあるものの、内部はスカスカ。

 ちゃんと教育を受けた死神がちょいと霊圧を探れば、手にしているのが見かけ倒しのハリボテなのはすぐに分かります。

 

 それに気づいたからこそ、阿散井君は笑いを我慢出来なかったわけで。

 ルキアさんも理解していたみたいですが……一時的な協力者でしかないと思っていたのなら、鍛錬方法や霊圧の扱い方を教えなかったのも頷けますね。

 何よりペラペラ喋るのもどうかと思いますし、状況から考えても情状酌量の余地はアリです。補習は無しにしてあげましょう。

 

「なんだ、ルキアも先生呼びか? てかオメー、宿題忘れて言い訳してる生徒みたいだったぞ今の」

「うるさいぞ一護!! というかお前のことでもあるのだ!!」

「その死神と随分仲が良いのね、ルキアさん。ひょっとして彼が、能力を譲渡されたって人間かしら?」

「「ッ!?」」

 

 まあ、分かってることではあるのですが一応口に出せば、二人は息を呑みました。

 

「そ、そうです……」

「へぇ、コイツが……なるほど、ならその情けねぇ斬魄刀も納得だ」

「情けねぇ……だと……? そりゃどういうことだ!!」

「そんなこともわかんねぇから、情けねぇって言ってんだよ!!」

「はいはい、阿散井君。喧嘩しないの」

 

 ある意味で息ぴったりの舌戦を始めた二人をなだめながら、全員を牽制するように一歩前へと出ます。

 

「機会を思いっきり外しちゃったけれど、自己紹介させてもらうわ。私は護廷十三隊、四番隊隊長の湯川藍俚(あいり)。この子は、六番隊副隊長の阿散井恋次君。よろしくね、黒崎一護君。それと、そこに倒れてる滅却師(クインシー)の石田雨竜君も」

「お、おう……」

「ぐ……誰が、死神なんかと……」

 

 まだ起き上がれないのに、石田君は意地っ張りねぇ。

 

「私たちが来た理由は、ルキアさんの捕縛。それと黒崎君、(キミ)が持ってるルキアさんの力を返して貰うこと」

「捕縛……!? そりゃ、どういうことだよ!!」

「聞いての通りよ、彼女は大罪を犯したの。人間に死神の力を譲渡するというね……だから尸魂界(ソウルソサエティ)に連れ帰って極刑に処すことが決まったのよ」

「極刑……だと……」

 

 一護の顔が愕然としたものになります。

 

「ま、待ってくれ! ルキアが死神の力を失ったのは、俺にも責任があるんだ! 仕方がなかったんだ!! 必要なら証言? のために、尸魂界(ソウルソサエティ)まで行ったっていい!! 罰するなら俺が代わりになる!! だから、なんとかならねぇのか!?」

 

 おーおー、必死ねぇ。

 ルキアさんは無実だって、彼女がやったことは不可抗力だったって証言してくれるってわけね。

 

「その気持ちは尊重したいんだけど、もう決まってしまったことなの。それに、君が持っているルキアさんの死神の力を取り返すのも任務なの」

「じゃあ、じゃあ俺がルキアに死神の力を返せば、ルキアは無罪にならねぇか!?」

「ふむ……」

 

 死神の力を返す、ねぇ……

 

「それ、どうやってやるか分かる?」

「え!? そりゃ……えっと……どーすんだルキア?」

「私に聞くな! 貴様、全くの無計画(ノープラン)か!!」

 

 ……勢いだけで言ったのね。

 まあ、その威勢だけは買うけれど……

 

「ルキアさん。どうやって彼に力を譲渡したの?」

「それは、一護に斬魄刀を突き立てて死神の力を注ぎ込みました……」

「それだ!! なら俺も同じように死神の力を……どーやって注ぐんだ? やり方がさっぱりわかんねぇ……」

 

 答えを聞いて目を輝かせかけましたが、一瞬にして顔が曇りました。

 

「……鬼道って、分かる?」

「キドウ……? ……ああっ! たまにルキアが使う魔法みたいなやつだろ!?」

「その鬼道を、上位の鬼道を唱える時の要領っていうのが、一番近いやり方なんだけど……あなた、鬼道は使える? 霊圧を込められる?」

「鬼道……ってのは、どーすりゃ使えるんだ?」

 

 あらら、やっぱり。

 刀を使った肉弾戦には長けてても、それ以外はからっきしか。

 イレギュラーに死神になったし、この頃はこんなものよね。

 

「……残念だけど、こっちも暇じゃないの。あなたが鬼道を使えるようになって、上位鬼道を操れるようになるまで修行して、ルキアさんに力を注ぐ。それを待っていられるほど、上も気は長くないわ」

「なっ……お、おい待て! じゃあ――」

「……先生……もういいじゃないスか……」

 

 なおも何かを言おうとした一護でしたが、それを遮るように声が響きました。

 

「恋次!?」

「要するに、コイツがいたからルキアは極囚にされちまった……コイツが余計なことしなけりゃ、今回の騒動は起こらなかった……そうでしょう?」

 

 地の底から響くような声色に、ルキアさんが思わず身を震わせます。

 なにしろ阿散井君の言葉には、強い強い後悔や悲しみ、怒りといった感情が入り交じっていましたから。

 

「なら、テメェは! テメェだけは殺す!! ルキアから奪った力、何が何でも返して貰う!! そんでテメェは死んで詫び続けてろ!!」

「よせっ! 恋次!! 一護は……!!」

「くそっ! まだこの人と話をしてんだろうが!!」

 

 阿散井君は斬魄刀を抜くと怒りに身を任せたように振り回し、一護を攻撃していきます。

 感情が昂ぶりすぎてるので、普段よりも精細を欠いた力任せで単純な太刀筋ですが、それでも今の一護が受けるには荷が重すぎたようで。

 必死で受け止めようとするものの追いつかず、じわじわと刀傷を増やしていきます。

 

「話だぁ!? 何も知らねぇくせに、生意気なことほざいてんじゃねえよ!!」

「なんでだよ!? やってみなくちゃわかんねぇだろうが!!」

「分かるんだよ! 四十六室が決定したことは覆らねぇ!! テメェが何をしようと、全部無駄に終わる!!」

「だからって"はいそーですか"って頷けるわけねぇだろうが!!」

 

 おや?

 阿散井君の言葉で怒ったのかしら? それとも覚醒でもした? どちらにせよ、一護の霊圧が少し上がったわ。

 強くなった勢いのまま防御から反撃に転じようとしたみたいだけど、でもそのタイミングは大失敗ね。

 

「馬鹿が! 見え見えなんだよ!!」

「ぐああああぁっ!!」

 

 カウンター気味に切り上げられた刀が、一護の身体を逆袈裟に斬り裂きます。

 そんな攻撃を食らえば当然、へたり込んでしまいました。

 斬魄刀を杖の代わりにして倒れるのをなんとか防いでるものの、もはや満身創痍にほど近い状態ですね。

 

「テメェになんとか出来るんだったら、最初(ハナ)っから俺が何とかしてんだよ。テメェに出来ることがあるとすりゃ、とっとと殺されてルキアに力を返すことだけだ」

「……ざ……な……」

「あん?」

「ふざけんな!!」

 

 痛いでしょうに、それを無理矢理押さえつけながら身体を動かすと、座り込んだ体勢のまま一撃を放ちました。

 今の攻撃って、さっきの阿散井君のカウンターを真似たもの……でしょうね。だって、動きが他のと全然違ってたもの。

 

「チッ……テメェ……!」

 

 阿散井君も反応して躱したはずなんですが、避けきれずに彼の腕を掠めていました。ダメージは皆無でしょうが薄く血が滲んでおり、それに気づいて顔を顰めています。

 

「お前らは、ルキアの仲間じゃねえのか!? ルキアを見殺しにするような真似が、どうしてできんだよ!!」

 

 一護の霊圧がまた上がってる。

 さっきまでは絶対に届かなかったはずの攻撃を、次の瞬間には当ててくるとか……

 これが主人公補正ってやつ? 本当、嫌になるわね……

 

「仲間!? 見殺しだぁ!? 上等だコラァ!! テメェに何がわかんだよ!! この一撃、万倍にして返してやんよ!!」

 

 今までの比でないほどに殺気が膨れ上がっています。

 どうやら先ほどの言葉で、火に油が注がれちゃったみたい。

 もう爆発寸前、限界ね。

 

「はい、そこまで。交代よ、阿散井君」

「ッ!?」

「な……っ……!!」

 

 間髪入れずに阿散井君の前へ移動し、肩を掴んで動きを止めます。

 そうしないとこの子、怒りで一護を殺しちゃいそうだったから。

 

「なんでですか先生! 俺はまだやれます!」

「でも斬られたでしょう?」

「こんな怪我、かすり傷にもなりません! マグレで、蚊に刺されたようなもんです!!」

「仮に相手が吉良君の斬魄刀を持っていたら、そのマグレから逆転されるわよ?」

「そ……それは……」

 

 その言葉だけで急速に冷静になっていきました。

 流石に同期だけあって、吉良君の厄介さをよく知っているみたい。

 

「それにもう一つ。阿散井恋次は、尸魂界(ソウルソサエティ)でも上から数えた方が早いくらいの実力者だって私は思ってるわ。マグレ当たりなんて、絶対にありえない」

「ありがとう……ございます……?」

「だったら、その一撃を当てたのは実力ってことになる」

「んな馬鹿な!! ニワカ死神がそこまで強くなれるはずが……」

 

 なっちゃうのよねぇ、これが……言えないんだけど。

 

「見たところ、名前はおろか斬魄刀と対話すらまともにできてない。そんなニワカ死神が、かすり傷とはいえ阿散井恋次を斬ったのよ? これはちょっと、普通じゃありえないこと」

「で、でも……っ!!」

「それともう一つ。もしもあなたが四番隊の隊士だったら、ここまで過保護にはならないわ。でもあなたは六番隊、朽木隊長から部下をお借りしている立場なの。そんなあなたに、かすり傷とはいえ怪我をさせてしまった。これはこっちの落ち度、もうこれ以上の無理はさせられないのよ」

「……くっ! わかりました!」

 

 代理とはいえども任務を受けたのは私で、阿散井君は"他隊からの協力者"という立場ですからね。

 一護は今の時点では未知の相手なので、部下に無理はさせられません。

 

「ということで、選手交代よ。阿散井君が怪我をさせられちゃったことだし、不本意ではあるものの私も剣を取らせて貰うわ。けど、その前に一つ聞いて良いかしら?」

「…………」

 

 せっかくフレンドリーに尋ねたのに、返ってきたのは無言でした。

 

「嫌われちゃったわね、まあいいわ。あなた、志波って家名に心当たりはない?」

「シバ……? なんだそりゃ……?」

「うーん……じゃあ……一心(いっしん)って名前はどう?」

「ッ!! な、なんで……?」

 

 あらら、もの凄いわかりやすいリアクションね。

 

「先生……? 志波に一心って……まさか……!?」

「ルキアさんと阿散井君は、思わなかった? 彼、海燕さんに似てるって」

「海燕……ああっ! そうだ、そうだよ! そう言われりゃ確かに!! ルキア、オメェはどうなんだ!? 同じ十三番隊だろ!?」

「…………」

 

 尋ねられたルキアさんは苦々しそうな表情で声を絞り出しました。

 

「初めて目にした時から、似ているとは思っていた……だが、他人の空似だと……いや、自分でそう言い聞かせていただけかも……心の底では気づいていたのに、見て見ぬ振りをしていただけかも、しれぬ……」

「一心に海燕……ありえねぇ、そんなことありえるはずがねぇ……けど……コイツを見ていると……」

「お、おい! 海燕ってのは誰だ!? 俺に似てるって、なんだよそりゃ!? ルキア! どういうことだ!?」

 

 三者三様に混乱してるわね。

 見てて、ちょっと面白いかも。このままずっと眺めていたいところだけど――そうも行かないのよね。

 

「詳細は気になるけれど、今は話が別。任務は遂行させてもらうわよ。覚悟してね」

「……ちっ……」

 

 少しだけやる気を見せてみれば、小さく舌打ちされたわ。

 

「女が相手だと、やりにくい?」

「……ああ、正直な」

 

 まあ、そうでしょうね。

 こっちはやる気満々だけど。

 だって、主人公相手にイキれるのってこのタイミングくらいでしょう? だったらせめて、今くらいは強キャラ感を思いっきり出しておかなきゃ!

 せっかくの現世なんだし、このくらいしてもいいわよね……?

 

「けど、だからって手加減してくれるわけじゃねえんだろ?」

「あら、それは心外ね」

「ば、馬鹿! 一護!! 逃げろ!! 先生には絶対に――」

 

 ルキアさんの叫び声を合図に、私は駆け出しました。

 

 瞬歩(しゅんぽ)にて一護の背後まで瞬時に回り込みます。

 同時に居合抜きのように抜刀すると、相手の急所――魄睡と鎖結へ狙いを定めます。

 

 どうやらまだ、近くで見ているルキアさんたちも、狙われている一護も私が動いたことに気づいていないようです。

 

「――勝て――」

「な――」

 

 ルキアさんが持っていた死神の力は……ああ、ここね。

 

 定めた狙いに向けて斬魄刀を二度、突き刺します。

 邪魔する者のいない攻撃は吸い込まれるようにして、彼の身体を壊しました。

 

 このタイミングで、私が目の前からいなくなったことにようやく気づいたみたい。

 一護が驚きの声を上げ始めました。

 

「――ぬ――」

「に――」

 

 さて、最後の仕上げ。

 回道を使い、傷ついた一護の身体を――魄睡と鎖結を除いて完治させます。

 自分が刺してて、しかも治りやすいように注意して刺しましたからね。これなら治すのなんて一瞬ですよ。

 ついでに阿散井君が斬った怪我もサービスしておきます。

 

 そしてその相手ですが……

 突き刺された痛みはまだ感じていないのかしら? 声のトーンはそのまま、まだ驚きの声を上げている途中です。

 ルキアさんの注意を促す言葉も、まだ完全に言い終わってはいません。

 

「「――っ!?」」

 

 二人が言葉を言い終わりました。

 ですがそこには、驚愕の感情がありありと乗せられています。

 

『非常ぉぉぉぉぉっに、わかりにくかったと思うので拙者からご説明させていただくでござるよ!! ルキア殿が喋り終える前に藍俚(あいり)殿は移動し、一護殿を刺して怪我を治したでござる。一護殿が藍俚(あいり)殿が消えたことに気づいて"なにっ!?"と声を上げ、ルキア殿が喋り終わる頃には、すべてが完了していたというわけでござる! だから"絶対に勝てぬっ!?"と語尾が驚いたようになっていたわけでござるよ! 気付いたときにはもう終わっていた訳でござるから!!』

 

 やってる方からすると、まるでスローモーションの世界にいるみたいでした。

 

『いやぁ、速い速い。拙者でなければ見逃しちゃうねでござる!!』

 

 もう納刀まで終えてるから、知らない人が見たら私が一護の後ろに移動しただけにしか見えないでしょうね。

 さて、それじゃあ……セリフの続きを言いましょうか。

 

「こんなに手加減してるのに、そう思われていないなんて……心外だわ」

 

 そう言ったところで、聞こえているのか、いないのか。

 刺された傷は癒えても、衝撃までは消えません。一護はゆっくりと前のめりに倒れていきます。

 気絶はしてないみたいだけど、きっと何が起きたか分からず混乱してるでしょうから。聞いてても覚えてない、ってところかしら?

 

「手加減……アレで……? なんとか目で追えたけどよ……」

「せ、先生……今、何を……?」

 

 反応からすると、阿散井君は見えたけれどルキアさんはわからなかったみたい。

 

「鎖結と魄睡を壊したの。ああ勿論、傷は治したから命に別状はないわ」

「あ、あの一瞬で……」

「治療までしてたんですか……」

「目的はルキアさんの力を戻すことで、殺すことじゃないもの。彼はもう霊力を使えなくなり、ルキアさんの力も戻ってくることになる。霊力を失った以上、もう関わってくることもない……落とし所としては、こんな感じでしょう?」

 

 ……たしか、白哉がこんな感じのことしてたわよね?

 治療はしてなかったはずだけど、このくらいはサービスしてもいいわよね?

 

「さて、ルキアさん。もうこの子とは今生の別れになると思うけれど……どうする? 最後に何か伝えておきたいことはあるかしら?」

「よ、よろしいのですか!?」

「まあ、このくらいは。阿散井君は、嫌がるかもしれないけれど……」

「ちょ……!! 何で俺なんですか!!」

「で、では……」

 

 ルキアさんが倒れている一護へと視線を向けました。

 

「一護……お主と過ごしたこの数ヶ月、悪くはなかったぞ……だが、もうよい……もうよいのだ。お主は所詮、利害が一致して関係していただけのこと……お主に助けられる義理もない……だから、明日からは、普通の人間として生きろ……私のことなど、全て忘れて……な……」

 

 顔を伏せたままなのは、相手に表情を見られないようにするためでしょう。 

 彼女が口にしたのは、相手を巻き込まないようにするための精一杯の優しさと不器用な思いやりが含まれていました。

 

「さて、それじゃあ帰りましょうか」

 

 穿界門(せんかいもん)を開き、そして――

 

 ――治療は済ませました。後はお願いしますね。

 

 声には出さず、口だけそう動かして伝えます。

 

「何してんスか……先生……?」

「気にしないで。さ、行きましょう」

 

 ルキアさんを連れて、門をくぐります。

 

 今できるのはこれが精一杯。

 だから!

 後のことは、頼むわよホントに!

 

 

 


 

 

不定期連載 今日の一護

 

 

「驚いたっスねぇ……完全に気づかれてましたよ、アタシたち……」

「まあ、藍俚(あいり)ならそのくらいはするじゃろうな。ぬかっておったわ……」

 

 穿界門(せんかいもん)が閉じたのを確認してから浦原が口を開けば、夜一も頷いてみせた。

 二人とも――特に夜一は藍俚(あいり)の実力をよく知っている。

 だが姿を隠し霊圧を隠してもなお気付かれるとは、ましてやメッセージを投げられるなど流石に思いも寄らなかった。

 

「それにしても、あの湯川さんが隊長っスよ。情報としては知ってましたけど、こうして実際に目にすると……時間の流れを感じますねぇ……」

「ああ……それも"あの"卯ノ花を押しのけて、じゃぞ? やれやれ……何があったのか、詳しい経緯がわからんのが痛いわい……」

「おやぁ? そういう言い回しをするってことは、卯ノ花さんってどういう人なんスか?」

「む。まあ、あまり知られておらぬが昔、少しあったそうじゃぞ。じゃが、今話題にすることでもなかろう?」

「それもそうっスね。んじゃ、ちょっくら行ってきますわ」

 

 そして浦原は夜一から離れると、さも「今しがたやってきました」と言わんばかりの様子で一護へと近づく。

 

「どーも黒崎さん。お体の具合はいかがっスか?」

「ゲタ帽子……」

「おや驚いた! もう立てるんですか!? ちょっと失礼しますよ……っと」

「な、なにすんだよ!?」

 

 具合を確認するため一護の背中に軽く触れ、浦原は驚かされた。

 

「傷、治ってますね……思いっきり刺されたのにまるで新品みたいになってますよ黒崎さん! これは"まさか"と言うべきか"やっぱり"と言うべきか……どっちの方が良いと思います?」

「それ俺に聞いてんのか!? 知らねぇよ!!」

 

 華麗なツッコミが入ったところで、もう一人の男が弱々しく話に加わる。

 

「あいつらの言葉を信じるなら……刺した後に治したそうだ……」

「石田! お前、大丈夫なのか!?」

「ああ、軽く倒されただけで傷一つ負っちゃいない……とはいえ、それはそれで僕にとっては屈辱だがね……」

 

 後半の言葉は、自分に向けたものだった。

 滅却師(クインシー)である彼が、死神に戦闘相手にすら見られなかった――どころか気遣いまでされたのだ。

 そう思うのも当然だろう。

 

「まあ、無事ってことなら話が早い。どうですお二人とも、ウチに寄っていきません?」

「あんたの家に……?」

「ええ、そうですよ。立ち話もなんですし。それにほら、そろそろ雨も降ってきそうですよ? こんな日はさっさとお家に帰って、お茶でも飲みながらお話でもしましょうよ……話題は、そうっスねぇ……」

 

 ぺらぺらと陽気な口調で語ったかと思えば、そこでわざとらしく言葉を切った。

 そうすることで、聞き手が話に興味を持つことを知っているからだ。

 

尸魂界(ソウルソサエティ)についてとか、どうです……?」

「……ッ!!」

 

 聞いた瞬間、一護の身体に電流が走る。

 なにしろ、目の前の相手が何を知っているのか、どこまで知っているのか。尋ねたいことが山ほどできたのだ。

 

「……わかった」

 

 一護は力強く頷いた。

 




●一護と石田
どっちも無傷(一護の鎖結と魄睡は除く)

●今日の一護
要するに「こういう変化がありましたよ」な描写を大雑把にまとめたもの。
(なおこの文体は今回限りです)

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