お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第125話 今日の一護 ~拡大版 その3~

「すげーじゃねえかお前!! まさか人質作戦がここまで効果的とはな!!」

 

 山田(やまだ)花太郎(はなたろう)君を人質として担いで移動を続けながら、一護君の機嫌はとても良さそうです。

 なにしろ道行く先で出てくる隊士たちはほぼ全員が、花太郎君を見た途端に驚いて道を譲ってくれるのですから。

 そうでない者も当然いますが、その場合は一護君や空鶴さんやシバ仮面さんがぶっ飛ばしていきます。

 なので概ね順調に移動出来ていました。

 

「この先も頼むぜ! 山田花子!!」

 

 なお、名前は未だに間違えて覚えているようです。

 

「あの……ぼくの名前は……」

「けどあんなに効くってことは……ひょっとしてコイツ、死神でも偉いヤツなのか!?」

「さあ? 少なくともおれは山田なんてヤツは知らねえな。兄貴や藍俚(あいり)の口から出てきたこともない」

 

 一護君の問いかけに空鶴さんは首を傾げました。

 ですがそれも当然です。

 だって彼らが恐れていたのは花太郎君ではなく、そのバックにいる人たちなのですから。けれども護廷十三隊の内部事情にそれほど明るくない空鶴さんでは、どれだけ悩んでも答えにはたどり着けません。

 これはひょっとして、勘違いが積み重なっていく予感!

 

「けど四番隊――藍俚(あいり)のやつの隊なら一目置かれてるかもしれねえな。おいお前、何席だ?」

「一応七席やってます……ぼくとしては、何かの間違いなんじゃないかって思ってますけど……」

「七席か……微妙なところだな」

「けど七席ってことはつまり、上から七番目に強いってことだろ?」

「そんな! ぼくなんて全然強くありませんよ!!」

 

 花太郎君が大急ぎで否定すると、再び空鶴さんが首を傾げました。

 

「でもお前、藍俚(あいり)の部隊なんだろ?」

「それは……確かに、三席とかは副隊長くらい強いですけど……」

「なん……だと……!?」

 

 ポロリと口にしたその内容に、今度は一護君が驚かされました。

 

「マジかよ!? 副隊長くらいってことは、恋次と同じくらい強いって事だよな!?」

「あの、恋次というのはどなたのことでしょうか……?」

「たしか……阿散井! 阿散井恋次って言ってたぞ」

「阿散――ええっ!! 阿散井副隊長ですか!?」

 

 恋次という名前だけではピンと来なかったのでしょう。

 名字を聞かされてようやく、花太郎君は思わぬビッグネームに気付きました。

 

「阿散井副隊長となら、大体同じくらい強いはずです。皆さん霊術院の同期だったそうで、たまに集まって稽古とかしてるみたいですから」

「副隊長クラスの連中がゴロゴロしてるってことか……とんでもねえな、四番隊って……」

「おれも詳しくは知らなかったが……藍俚(あいり)のところならありえるな……」

 

 副隊長クラスがゴロゴロしている。

 確かに嘘ではありません。

 ですがそれは極々一部だけ――具体的には雛森さんや吉良君といった、藍俚(あいり)さんが直接鍛え上げた死神にしか当てはまらない理屈なのですが……

 

 そういう込み入った事情を全く知らない一護君の中では、四番隊が最強の武闘派集団なのではないだろうか? と思い込みつつあります。

 なにしろ隊長である藍俚(あいり)さんに手も足も出ずに負けて治療までされ、稽古を付けてくれた浦原さんも言葉を濁していましたから。

 

 しかも間の悪いことに、空鶴さんは空鶴さんで藍俚(あいり)さんの実力は知っていますが、四番隊の内情については詳しく知りません。

 なので「藍俚(あいり)ならそういうこともあるだろう」と思い込んでいます。

 

 今この空間では、ツッコミ役が圧倒的に不足していました。

 

「まさか、恋次の野郎は副隊長の中でも弱い方……ってことはないよな?」

「そんなことは!! 阿散井副隊長は上から一二(いちに)を争そ――」

 

 そう言いかけた花太郎君の口が止まりました。

 何しろほんの十年くらい前に――特例処置ですが――副隊長になった元隊長がいます。

 書類上はアレも副隊長扱いであり、多分副隊長という枠組みの中ならばアレが最強だろうと思い直したからです。

 加えて。

 十三番隊の副隊長もかなりの実力者だという話はよく耳にしますし、なにより元五大貴族だった志波家の者です。

 一番隊の副隊長もここ数年で「目立たないけど実はかなりの強者なのでは?」と評価が見直されています。きっかけはお茶会ですけどね。

 

「いえ、副隊長の中では四番目くらいには強いです……多分ですけど……」

「なにっ!?」

 

 なので十一番隊(更木剣八)十三番隊(志波海燕)一番隊(雀部長次郎)の三人を上位に置き、その次くらいなら当てはまるのではないかと判断しました。

 九番隊(檜佐木修兵)が草葉の陰で泣きそうですね。

 

「あれだけ強くても四番目……しかもその副隊長と同じくらい強いのがまだまだいるってことか……やべえな、気を引き締め直さねえと……」

 

 一護君の表情から慢心が消えました。

 自らの斬魄刀を手にし、十日ほどとはいえ稽古をつけた結果、門番の兕丹坊を相手にしても瀞霊廷内で戦った死神たちも余裕で勝てたことで、少々緩んでいたようです。

 

 勘違いに勘違いが重なり合ってしまったわけですが、結果だけ見れば良い方向に転がったようで何よりです。

 

「見つけたぜ! こんなところにいやがったか!!」

「なんだ!?」

 

 そんな一護君の前に、一人の死神が姿を現しました。

 

「ああああっっ!! し、しししし志波副隊長……!!」

「知り合いか?」

「さっきぼくが言ってた中の、上から二番目に強いと思う人です……」

「なんだとっ!?」

 

 どうやら、決め直した覚悟を使う場面が早速やってきたようです。

 よかったね一護君。

 

 

 

 

 

 

「ひー、ふー、みー……ん!?」

 

 都さんから空鶴さんの事を知らされ、妹の尻拭いのために単独行動でここまでやってきた海燕さん。

 人数を指折り数えていたところで、その手がふと止まりました。

 

「そこのお前、どこかで見たことあんな……? 確か、山田……花太郎だったか? 四番隊の?」

「は、はい! そうです!! 花太郎です!! 四番隊の! 山田花太郎です!!」

 

 花太郎君、ここぞとばかりの猛アピールです。

 今まで説明する機会を悉く逃していたからね、頑張れ!

 

「花太郎!? 花子じゃなかったのか!!」

「なん……だと……!?」

 

 当然、今まで名前を間違っていたなど毛の先ほども思っていなかった二人からすればまさに青天の霹靂と言ったところでしょうか。

 でもだからって、そこまで驚かなくてもいいんじゃないかな? 一応男の子だよ? 花子って名前はおかしいでしょう?

 

「まあ、花子でも花太郎でもいいけどよ。お前、そこにいるってことはそいつらの味方になったってことでいいのか?」

「え……ち、ちちちち違いますよ!! ぼく、その、人質にされちゃいまして……」

「人質だぁ!? おい空鶴、お前なにやってんだ……?」

「おれ――い、いや私は志波空鶴じゃねえ! シバリアンハスキー仮面だ!!」

「おいおい……なんか犬の種類みたいになってんぞ……」

 

 予期せぬタイミングで、まさかのお兄さん登場。

 そしていきなり怪しくなった雲行きに、妹さんは思い切り動揺してしまったようです。それでも"おれ"の一人称を"私"と変えたのは流石かも知れません。

 

「とりあえず話がある、大人しくそこで待ってろ。逃げんなよ?」

 

 妹を叱るお兄ちゃんだけが放てる威圧感をたっぷり乗せられた言葉に、空鶴さんは無言でコクコクと首肯しました。

 

「んで、もう一人のお前が……なるほどな、湯川に聞かされた通りだ。似てやがるな、気味が悪いぜ……」

「あんたが散々話に出てきた海燕か……」

 

 一護君と海燕さん。

 よく知らない人からすれば双子だと言っても信じてしまう程によく似た二人が、ようやく奇跡の対面を果たしました。

 本来なら「親戚か! 遠いところよく来たな!」「初めまして! 親戚のお兄さん!」みたいにお互い笑って話せる関係にもなれたはずなのですが、今のところそんな雰囲気は全く感じられません。

 

「まあ、言いたいことも聞きたいことも色々あるんだけどよ……今のお前たちは瀞霊廷に侵入してきたお尋ね者だ。逃げられると思うなよ?」

「逃げねえよ。どうやらあんたを倒さなきゃ、先には進めねえみたいだしな。それに――」

 

 黒崎一護と志波海燕。

 二人の死神は斬魄刀を構えました。

 

「それに?」

「副隊長に勝てねえんじゃ、どのみち俺はここで終わりって事だからな! おらぁっ!!」

 

 先に動いたのは一護君でした。

 巨大な斬魄刀を軽々と振り回しながら、流れるような動きで海燕さんに攻撃を仕掛けていきます。

 

「へえ、常時始解型ってやつか? 初めて見たぜ」

 

 ですが海燕さんはその攻撃を余裕を持って回避していきます。

 受け止めもせず体捌きだけで避け続け、反撃もすることはありません。

 どうやら観察に徹しているようです。

 

「くそっ!! なんでだ、かすりもしねぇ!?」

「きちんとした教育も師匠もいなかっただろうにこれか。下手な三席四席が泣くぞ……いや、朽木が師匠代わりになってたのか? あいつが教育してたならこれくらいは……」

「なにをブツブツ言ってやがんだ!!」

 

 動きや霊圧の観察を続ける海燕さんに、一護君が苛立ちを露わにしました。

 怒りとともに放たれた一撃でしたが、海燕さんはそれを苦も無く受け止めます。

 

「ああ、悪ぃ悪ぃ。ちょっと気になっちまってな……確かに、戦いの最中にやることじゃねえよな」

「……ッ!!」

 

 観察から戦いへと、意識を切り替えただけ。

 ですがたったそれだけで、海燕さんから漂ってくる霊圧は一気に重々しくも恐ろしいものに感じ、一護君は反射的に距離を取りました。

 

稠密(ちゅうみつ)なるは櫛比(しっぴ)の如く、重畳(ちょうじょう)なるは波濤(はとう)の如し――金剛(こんごう)!」

 

 海燕さんが斬魄刀の名を呼べば、手にした刀は一瞬にして形状を変えました。

 

「槍!!」

「コイツは薙刀(なぎなた)ってんだよ!」

 

 金剛はかつて奥さん――都さんが使っていた斬魄刀です。それを槍と間違われるのは、夫として少々許せないようです。

 訂正の言葉を入れつつも薙刀を振り回して反撃が始まります。

 

「おらあっ!!」

「ぐ……っ……!」

 

 先ほどとはまるっきり立場が変わったような光景でした。

 海燕さんが攻撃を続け、一護君はそれを必死で防ぎ続けています。なんとか反撃を仕掛けようにも、その隙がまるで見当たりません。

 刀から薙刀へと武器が変わったことによって間合いも変化し、今までとは勝手の違う戦いに攻めあぐねているようです。

 薙刀の刃を何度も防ぎ損ね、彼の身体のあちこちに傷跡が刻まれていきます。ですが一護君の闘志は微塵も揺らぎません。

 

「けど槍なら、懐に入っちまえば!!」

「甘ぇんだよ!!」

「ぐ……ああっ!?」

 

 薙刀のリーチを逆手に取ってなんとか接近戦を仕掛けようとするものの、相手もそんなことは百も承知です。

 攻撃の隙間を縫ってなんとか近寄れたと思った途端、一護君は腹部に強烈な一撃を受けて弾き飛ばされてしまいました。

 

「な……なにが……!?」

「喰らってわかんなかったか? 無防備に近寄ってきたから、ちょっと石突の部分で殴り飛ばしただけだぜ」

「な……っ……!!」

 

 その言葉を、一護君は容易に信じることが出来ませんでした。 

 石突で殴られたにしては強烈すぎる(・・・・・)一撃もさることながら、彼を驚かせたのはそこではありません。

 

 ――無防備に、だと……!?

 

 一護君が必死こいて近寄ろうとしていたのに、相手からすれば無防備に寄っているだけにしか見えなかったわけです。

 それだけでも、一護君と海燕さんの間にどれだけの隔たりがあるのかがよく分かります。

 しかも、長い薙刀を振り回して石突で殴ったのに全然見えなかったというオマケまで付いています。

 

 ――嘘だろ……これで恋次と同じ、副隊長だってのかよ……

 

「……くっ!!」

 

 このまま何も出来ずに負けるかも知れない。

 思わず口からこぼれ落ちそうになった弱音の言葉を、一護君は歯を食いしばって必死で堪えました。

 

「だからって、見えなかったからって、負けられねえんだよ!!」

 

 続いて膝を突きそうになる自らを鼓舞するように雄叫びを上げます。

 

「うおおおおおっっ!!」

「へっ、その根性だけは認めてやるよ」

 

 力一杯、全力で斬りかかっていきます。

 一護君のその動きは海燕さんから見れば稚拙、簡単に対処できるものだったのですが、ですが海燕さんは動くことなく片腕を掲げました。

 どうやら攻撃を愚直に、それも腕で防ぐ事を選択したようです。

 

「おらああああぁぁっ!!!!」

 

 そこへ――海燕さんの腕目掛けて、斬月が振り下ろされました。

 

「兄貴ッ!!」

 

 遠くで見ていた空鶴さんが思わず叫び声を上げます。

 海燕さんに追い詰められたからでしょうか、一護君の霊圧は戦闘開始の頃よりもずっと上がっており、無防備に防ぎ切れるとはとても思えないほどの威力が込められていました。

 そのまま腕を切断して身体まで深々と食い込むと思われた一撃。

 

「な……っ!?」

 

 ですが次の瞬間、一護君の手へと伝わってきたのは想像していたのとはまるで違う感触――例えるなら硬い硬い金属(・・・・・・)を殴ったような感触でした。

 信頼していたはずの斬月の刃は、海燕さんの皮一枚すら切れずにいます。

 

「おらああぁっ!!」

「が……っ……!!」

 

 驚愕に動きを止めてしまったところを、海燕さんは一護君を素手で殴り飛ばしました。

 

 ――ちくしょう……これで終わり、かよ……!!

 

 無防備にところへ強烈な攻撃を食らい、一護君の意識が暗闇へと沈んでいきます。

 そんな彼が最後に見たのは、自分とよく似た容姿の――けれども自分よりも遙かに強い相手の顔でした。

 

 

 

 

 

 

「――ったく、大した威力だな。金剛の能力がなきゃ危なかったぜ」

 

 一護君が完全に気を失ったことを確認してから、海燕さんは呟きました。

 

 斬魄刀"金剛"の能力、それは圧縮です。

 霊圧を圧縮することで硬化させ、一撃を防いでみせました。

 

 それだけではありません。

 一護君はまったく気付いてはいませんでしたが、彼の傷口をよく見てみれば一切出血していないことが分かります。

 これもまた金剛の能力の一つ、凝固させることで止血させていたわけです。

 

「さーて、どーすっかなコイツ……」

 

 空鶴さんと花太郎君が心配そうに見つめる中、海燕さんはそう呟きました。

 




●親戚同士の楽しい語らい
海燕の勝利。
この時期の一護では実力差がありすぎますから。
(加えて殺すつもりがないのでホワイトさんも動かない)

●金剛(斬魄刀)
解号:稠密なるは櫛比の如く 重畳なるは波濤の如し
形状:薙刀
能力:圧縮

元々は志波 都が所持していた斬魄刀。
圧縮の能力によって、土壁や岩などをより強固にして味方を守る壁にする。みたいな感じで使っていたと思う。
(なおもっとエグいことも可能)

名前の由来は「金剛石(ダイヤモンド)」から。
(炭素を圧縮するとダイヤモンドに、という能力と合わせたネーミング)

(仲間も含む防御や補助に活用しやすい能力。(女性が持つので)薙刀に変化する。
 という感じのイメージから)

●解号の解説
稠密:密集している、ぎっしり詰まっている。
櫛比:クシの歯のように隙間がないこと。
重畳:幾重にも重なる
波濤:大波

ぎっしり隙間なく、何重にも重なった大波のようにできるよ。
みたいな意味。
早い話が「圧縮したるで!!」ということ。

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